最高位魔法を使えない俺はハチになるエキストラユニークスキルで生き抜く 作:チャンドラ=グプタ
八年前、ムゲンの父、インフィニ=アベイルがリーダーを務めるギルド『無限の栄光』はA級モンスターを狩りに山へと向かった。目的のモンスターを討伐し、山を下ろうとした時だった。
「グオオオオォオオォ!」
忘れることのできない耳が痛くなるほどの咆哮と共に私達の前に現れたのは『シャープスネイルベアー』というA級モンスターだった。
目的のモンスターを倒し、アギをほぼ使い果たしてしまった私達にはもうほとんど戦う力が残っていなかった。
「逃げるぞ! みんな!」
インフィニは私達に逃げるよう指示を出した。煙玉や痺れ玉といった少ない魔道具を使って何とか逃亡を試みた。
しかし――
「うわあああああ!」「やだ、死にたくない!」
そのモンスターは恐ろしいまでの速さで私達に襲い掛かり、私達が使う魔道具など意に介さないようであった。
八人いた私達の仲間は次々と惨殺され、残ったのはインフィニとアンフィニ、そして私だけになった。
「オリモカ。君だけでも逃げるんだ!」
インフィニがシャープスネイルベアーと対峙する。所持していた魔弾銃で二発魔弾を浴びせるも、全くダメージを受けた様子はなかった。
「リーダー! そんな、私だけ逃げるだなんて……」
「はああああああ!」
アンフィニが叫び、シャープスネイルベアーに斬り掛かる。しかし、奴は鋭い爪で斬撃を防ぐばかりか、あっさりと刀身を切ってしまった。
「オリモカ、あなたは逃げなさい! 大丈夫。必ず生きて帰ってくるから」
「アンフィニ……」
「行くんだ、オリモカ! こいつは私と妻で食い止める!」
私は二人に背中を向け、走り出した。街に戻った私はすぐに他のギルドの人達にこの事を伝え、共に山へと登った。
だが――そこで見つかったのは二人の無残なまでの死体であった。
「……」
オリモカ先生の話を最後まで聞いた俺は何とも言えない気持ちになり、何か話そうと思ったが、言葉が出てこなかった。
「どうだ? 今の話を聞いて、私のことが憎くなったか?」
自嘲するように尋ねるオリモカ先生。その目は悲哀に満ちている。
「憎くなんてなりませんよ。そんな状況に出くわしたら誰だって逃げるしかないでしょう」
「そうか。その言いづらいんだが、お前の両親と私達の仲間を殺したそのモンスターなんだがな……まだ生きている」
「……!」
オリモカ先生の言葉を聞き、全身の血が沸騰するかのような感覚がした。俺の両親を殺したモンスターが……まだ生きている。
「ウィルが前の卒業試験で不合格になった理由だがな……そのモンスターと会ったからなんだ。他の生徒が逃げ切れず殺されていく中、あいつだけが逃げ切ることができた。それだけで卒業認定させても良いくらいの実力なんだが結果として、試験は不合格になった」
「シャープスネイルベアーでしたっけ? そのモンスターの名前」
名前から推測するに熊のモンスターであるのだろう。銃でも傷一つつけることができず、刀を斬るほどの鋭い爪。相手にするのは厄介である。
「そうだ。奴は八年に一度冬眠から目覚める。今年、丁度目覚めたんだ。もう少しで冬眠の時期に入るがな」
確かに俺の両親が亡くなったのは八年前である。あの日の出来事は今でも忘れることができない。ただただ、現実を直視することができなかった。
この世界で俺を育ててくれた両親のことを元の世界と両親と同じかそれ以上に大切に思っていた。
「卒業試験はバキア内のダンジョンなら自由に選ぶことができる。だが、コウロク山だけはやめておけ」
「……分かりました」
個人面談を終えた俺は寮に戻り、シャープスネイルベアーのことを調べてみることにした。
学校の図書館から借りていたモンスターに関する本を取り出し、奴の項目を閲覧する。
シャープスネイルベアーはその名の通り、鋭い爪を持ち、人間を見ると見境なく襲いかかってくる。その執着度は異常と言って差し支えなく、見失うまで追いかけてくるようである。そして、ランクはA級。
「A級モンスターか……」
この世界のモンスターは危険度によって、ランク付けされる。
一番低いランクのモンスターがD級――卒業試験では、大抵の在学生がこのランクのモンスターを討伐する。最下位のランクということもあり、強さも控え目である。
その次のランクであるC級は普通レベルの強さのモンスターで、一般的な冒険者がこのランクのモンスターを討伐する。
B級になると、上位クラスの冒険者でなければ手を出すことができず、大抵は複数人で狩りに行く。
そして、A級――より優りの冒険者が集まらないと倒せないと言われている。
オリモカ先生は別のA級モンスターを討伐した後にシャープスネイルベアーと遭遇したと言っていた。
先に会っていたのがシャープスネイルベアーなら、両親は死ななかったのかもしれない。
「もう少しこのモンスターの情報が必要だな……」
俺はウィルの部屋に向かうことにした。扉の前に立ち、ノックをすると、ウィルが出てきた。
「やぁ、ムゲン君。どうしたんだい?」
「ちょっと聞きたいことがある。中に入ってもいいか?」
「うん、いいよ」
ウィルの部屋の中に入った。部屋の中は綺麗に片付けられており、机の上には魔法警察の試験対策本が置かれいてる。
「ムゲン君。コーヒーでいいかな?」
「あ、うん」
ウィルがコーヒーカップを机の上に置く。コーヒー豆の香ばしい香り鼻腔を付く。
「悪いな勉強中に。警察の試験勉強していたんだな」
「まぁね。卒業できたらすぐに警察試験が待っているからね」
最近、ウィルは夕食の時に食堂で姿を見せなないが、きっと試験勉強に励んでいたのだろう。
「それで、聞きたいことっていうのは何かな?」
「シャープスネイルベアーのことについて聞きたい。ウィルが卒業試験の時に遭遇したっていうな」
ウィルは目を丸くし、しばらくの間黙り込んでいたが、やがて口を開く。
「オカモリ先生から……聞いたのかな」
「ああ、そうだ」
俺は頷き、オリモカ先生が話してくれたことを認めた。トラウマと呼べる過去を聞くのである。正直ベースで話した方がいいと考えた。
「ちなみにどこまで聞いてる?」
「卒業試験の時……ウィルが唯一そのモンスターから逃げることができたってとこまで聞いたよ。あと、他の生徒は殺されたってことも」
「そっか……そこまで知ってるんだね」
ウィルは後ろめたそうに顔を伏せた。きっと何もできなかった自分を悔いているのだろう。
「ムゲン君はさ、オリモカ先生の話を聞いてどう思った?」
「どうって?」
「その……僕のことを軽蔑したりしなかったのかい?」
「軽蔑なんかするかよ。自分よりも強いモンスターと会ったら、普通は逃げるしかないだろう」
少なくとも俺が同じ立場であれば逃げるだろう。逃げることだって立派な選択肢だと考えている。
そうだ、逃げることは間違いじゃない。元の世界の時だって俺は――
「そっか。ムゲン君は優しいんだね。それで聞きたいことはシャープスネイルベアーのことだったね」
「ああ」
ウィルからシャープスネイルベアーの情報を聞いた。
奴の姿形、そして強さについて。
ウィルが言うには奴は中位魔法をものともせず、次々に他の生徒は殺していったらしい。
しかし、唯一目くらましに使われる魔法、フラッシュは通じたとのことだった。
「ムゲン君、一応聞くけど……卒業試験の時、シャープスネイルベアーを討伐しに行く気じゃないよね?」
「仮にそうだったと言ったら?」
ウィルがものすごい力で俺の肩を掴み、ぐっと顔を近づけてきた。
「いくら何でも危険すぎる。止めるべきだ」
ウィルの言うことはもっともである。中位魔法までしか使えない俺が挑んでも到底敵わないだろう。しかし――
「オリモカ先生から聞いたんだ。奴が俺の両親を殺した」
「え……そ、それって……」
ウィルにかつてオリモカ先生が俺の両親と同じギルドに所属していたこと、俺の両親の仇であるシャープスネイルベアーがもうすぐ冬眠してしまうことを伝えた。
「そうだったんだ……けど、やっぱり止めるべきだ。みすみす自ら死にに行くようなものだよ」
「そんなことはわかっている。けどな、これは俺がやらなきゃダメなんだ」
自分の中にある全身の血が信じられないくらい熱くなっているのが分かる。
こんな『憎い』という気持ちは初めてである。
なんなら、今すぐにでもコウロク山へ向かいたいが、無策で行っても無駄であることくらい、自分が一番良く知っている。
「奴を殺したい。だから、俺はあいつをこの手でぶっ倒す!」
コーヒーを一気に飲み干すと、俺は立ち上がり、玄関へと向かった。
「ちょ……ムゲン君!」
ウィルが呼び止めようとするも、俺は自分の部屋に戻り、シャープスネイルベアーを倒す為の作戦を立てることにした。
卒業試験当日まで時間が少ない。奴を狩るのに有効な魔道具、魔法の検討を始めた。