最高位魔法を使えない俺はハチになるエキストラユニークスキルで生き抜く 作:チャンドラ
罠として木にシャープスネイルベアーが好むハチミツを塗っており、その木の手前には落とし穴を掘っておいた。
穴の中には毒を塗った矢じりを仕掛けてある。シャープスネイルベアーが穴に落ちたら一気に総攻撃を行うという作戦である。
「よし、予定通り奴が穴に落ちたら一気に仕掛けるぞ!」
今の所は順調である。しかし、シャープスネイルベアーは穴の手前で立ち止まってしまった。地面に鼻を当て、匂いを確認する。
「あやつ、罠に気づいたのかもしれぬな……」
「そ、そんな……何て賢いモンスターなの」
くそ、少し甘く見ていたか。まさか罠に気づくなんて。シャープスネイルベアーは穴とは反対方向に歩き出した。
「ムゲンくん、作戦を変えましょう」
「……そうだな」
次のプランとしては奴の後を追い、巣を見つけ、油断したところで襲いこむというもの。
しかし、シャープスネイルベアーは急に走り出すと、こちらに近づいてきた。
「あやつ、小生達の場所に気づいたか!」
ヤヨイは柄を握り、シャープスネイルベアーに向かって走り出した。地面を激しく蹴り上げる音が聞こえてくる。
「おい、ヤヨイ! 待て!」
俺が叫ぶもヤヨイは止まらない。鞘からムラマサを取り出し、黒い刀身が光る。
「ゆくぞ! シャープスネイルベアーよ! ハイドロウェーブ!」
水の上位魔法、『ハイドロウェーブ』で大きな津波を発生させると、奴の身体は波に飲み込まれた。
シャープスネイルベアーは地面に伏せ、ブルブルと身体を震わせ、水飛沫を飛ばす。
「その首貰うぞ。せぃあ!」
ヤヨイはムラマサでシャープスネイルベアーの首を切り落とそうとした。だが――
「な、なんと硬い首であるか……」
奴の首はあっさりとムラマサの刀身を受け止めた。
「おい、ヤヨイ。そこから離れろ!」
シャープスネイルベアーが立ち上がると、奴は頭を大きく動かした。
「うお!」
ヤヨイの身体が空に大きく舞い上がる。俺は動き出し、空中でヤヨイをキャッチした。
「助かった……ムゲン殿も随分と小生をキャッチするのが上手くなったものであるな!」
「ま、まぁな……」
変なところをヤヨイに褒められ、何とも言えない気持ちになった。ガルド先生の授業で散々吹っ飛ばされたヤヨイの身体をキャッチしてきた為、反射的にキャッチできたのである。
「サンダーバースト!」
ウィルは雷の上位魔法を発動させる。強烈な電撃がシャープスネイルベアーに直撃する。
「グオオオォォォ!」
『バチバチバチ』という電流の音と共にシャープスネイルベアーは叫び声を上げる。周囲が煙に包まれ、奴の姿が見えなくなった。
「やった! さすがウィル君」
しかし、ウィルの表情は晴れず、険しい表情のままである。
「いや、まだだよ。奴はこんな簡単に死ぬほどヤワじゃない」
煙が晴れ、シャープスネイルベアーの姿が確認できた。ウィルの言う通り、奴は敵意を剥き出しにして近づいてきた。
俺は魔弾銃で奴の顔面に数発、アギの弾丸を浴びせる。こんな攻撃、あまり意味はないだろうが、奴の意識は俺の方に向く。
「こい! このクマやろう!」
シャープスネイルベアーが素早い速度で向かってきた。あまりの迫力で思わず足がすくんでしまいそうだ。
「アクセル!」
高速移動の魔法を使用し、奴と鬼ごっこを開始する。
落とし穴の近くまでシャープスネイルベアーを誘導する。狙い通り、奴は追いかけてきた。
「とう!」
落とし穴の手前でジャンプした。これで奴が落ちてくれれば――しかし、奴はまたもや落とし穴の手前で立ち止まる。
やはり、そう簡単にはいかないか。
「シャーリア! ここで魔法を使ってくれ!」
「え……でも」
シャーリアは俺が巻き添えを食らうのを危惧しているのだろう。
「大丈夫だ! 特大のを頼む」
「わ、分かったわ! フレイムバースト!」
巨大な炎の砲弾がシャープスネイルベアーに向かっていく。俺は痺れ玉を投げた。そして、ズボンのポケットに入れておいた赤色の立方体にアギを込める。
次の瞬間、自分の身体の周りに青白い障壁が展開される。少量のアギで発動させることができる魔道具、『シールドボックス』は質の高い防御魔法を展開することができる。
かなり強力な魔道具であるが、一日一回しか使用することができない。
この魔道具でシャーリアの魔法によって起こった爆風を防いだ。
シャープスネイルベアーは炎の上位魔法と痺れ玉を浴び、身体を痙攣させていた。
「みんな! 一斉に魔法を放つぞ!」
「承知した。ハイドロウェーブ!」
「サンダーバースト!」
「フレイムバースト!」
三人が上位魔法を放った。俺は持ってきていた剣を取り出す。
「魔撃斬!」
シャーリアから教わった魔法剣術を使用した。現状、俺が使える魔法の中でこれが一番攻撃力が高い。さすがの奴も大ダメージを受けることだろう。
「う、うそ……ほとんど効いてないの?」
シャーリアの言う通り、シャープスネイルベアーに傷を負った様子はなかった。ここまで耐久力が高いとは想定外である。
「怯むな皆の者! 小生達が攻撃を続ければ必ず突破口が開かれる」
ヤヨイがまたも上位魔法を放つ。俺達はヤヨイに触発され、奴に攻撃を浴びせ続けた。
アギが少なくなるたび、グレートポーションを飲んで回復する。
気づけば戦闘は長時間になり、さすがの奴も疲れが出始めているのが分かった。
しかし、それはこちらも同様だ。アギを回復しても体力が回復するわけじゃない。
「くそ……しぶといな!」
俺は半ばヤケクソの状態で中位魔法を出す。そして、グレートポーションを一気に飲み干した。保持しているポーションは残り一本となった。
「ムゲン君! さすがにこれ以上の戦闘は危険だ。逃げよう!」
ウィルの言うことはもっともだ。このまま戦闘を続けていてもジリ貧となるだろう。
だが、それでも俺は戦闘を続けたかった。
我儘なのは自分でも理解している。それでも、両親の仇をこの手で討たねば気は済まない。
しかし、三人にも絶対に死んで欲しくはない。
「みんな、先に逃げてくれ。俺は後から行く」
迫り来るシャープスネイルベアーに目くらまし用の魔法、『フラッシュ』を使用する。
奴は雄叫びを上げながら俺の横を通り過ぎていった。思ったよりも効いているようだ。
「ムゲン殿……」
ヤヨイが俺の肩にそっと手を置く。「どうした?」と聞き返そうとしたその瞬間、
「馬鹿者!」
彼女は俺の頬を強く叩いた。一瞬、何をされたのか分からなかった。
「ちょ、ちょっとヤヨイ! 何してるの!」
シャーリアが慌てて俺達の元に駆け寄ってきた。
「ムゲン殿は間違っておられるぞ! 大切な友をみすみすと見捨てておけるか!」
「ごめん、ムゲン君。僕もやっぱり戦おうよ。これ以上、仲間をあいつに殺させはしない必ずここで倒してみせる!」
「私も協力するわ! 絶対に三人で生きて帰りましょう!」
心の中で苦笑した。面倒な仲間を持ったものである。ますます負けられなくなってしまった。
「まったく……良い仲間と出会えたもんだ!」
再び攻撃を再開した。学校の授業で培った連携を惜しげも無く出し尽くすも、さすがの奴もA級モンスターだけあって中々倒れなかった。
「ち……もう魔法を使えるだけのアギが残ってねぇや」
「私ももう魔法を使えそうにないわ」
「僕もだよ、本当困ったね」
「小生もであるぞ」
退路は完全に立たれてしまった。役に立ちそうな魔道具もほとんど残ってはいない。
「だが、小生はまだまだ戦うぞ」
ヤヨイの闘志は消えていない。しかし、彼女は激しく息を切らしている。流石に疲労が溜まっているようである。
何とかしなくては……俺は頭の中でオカモリ先生の授業を思い出した。
「体内のアギが無くなった時、アギを回復する以外に魔法を使う術はない。だが、一つだけ体内のアギが無くなっても魔法を使う方法が一つだけある」
「オカモリ先生、一体それはどんな方法なんですか?」
本当にそんな方法があるのかと半信半疑の状態だった俺は挙手をして質問した。
「……人間の身体には生命活動に使われているアギがある。アギが空の状態で無理やり魔法を使おうとすると、生命活動に使われているアギを消費し、魔法が使えるようになる」
オカモリ先生の話を聞き、少しばかりゾクッとした。それはつまり……
「簡単に言えば寿命と引き換えに魔法が使えるということだ。人にもよるが、寿命一年につき、千アギになる。いいか? この方法は絶体絶命の時以外は絶対に使うなよ」
今が使うべき時なのだろう。両親の仇を討つため、奴を倒すため、そして友人を守るため。
「ここで寿命を使う……」
俺はぶっつけ本番でまだ身につけていない無属性の上位魔法を使おうと試みた。
すると、突然息苦しくなり、グニャグニャと視界が歪み出した。
自分の姿、形が見る見るうちに変わっていくのが自分にも分かった。
「む、ムゲン君。何、その姿?」
シャーリアが驚きの表情で俺を見つめている。やけに自分の身体が軽く、まるで浮いているようであった。
頭に生えている二本の触覚、六本の足、音を鳴らし身体を浮遊させる羽、尻に生えている鋭利な針、この姿はまさに――
「お、俺は……ハチになったのか?」