最高位魔法を使えない俺はハチになるエキストラユニークスキルで生き抜く 作:チャンドラ=グプタ
「はぁ……」
職場の近くにある公園のベンチで、俺は佇んでいた。
「仕事辞めてぇな……」
この俺、渋谷和也(しぶたにかずや)はこれまで平凡な人生を歩んできた。
そこそこの大学に進学し、それなりに名の知れた企業に入社した。
強いて変わったこととは言えば……二十八年間、一度も彼女が出来たことがないことくらいだろうか。
仕事は営業職であるが、ノルマを達成することができず、上司に怒られてばかりの毎日である。
「父さんと母さん、元気かな……」
ふと両親の顔が思い浮かんだ。俺の家は代々続く養蜂業を営んでおり、大学卒業後は家業を継ぐことを期待されていた。
しかし、俺は反発した。
「誰が『こんな仕事』継ぐかよ!」
両親にそう言い残して、半ば強引に地元を離れて東京で就職した。
楽な仕事なんてない。六年間働いてようやく気がついた。きっと両親は俺を養うために色んなことを我慢して仕事に励んできたのだろう。
「帰ったらちゃんと謝らないとな……」
ふと、視界に一匹の鉢が入り込んできた。実家が養蜂業のため、雀蜂の一種であることが分かった。
「珍しいな、こんなところに……」
刺されたらまずいと思い、この場から離れようと思った。
「っつ!」
急に右腕に猛烈な痛みが走った。視界に入ってきた蜂とは別の雀蜂に刺されてしまったようである。
「しまった……」
サーッと血の気が引いていき、地面に倒れた。上手く身体を動かせない。助けを呼ぼうにも周囲に人が見当たらない。
追い討ちを掛けるように雀蜂は次々と他の箇所にも針を刺してきた。
「死ぬのか、俺……だけど」
まぁ、いいかそんな楽しい人生じゃなかったし。
こうして、元の世界での人生は幕を終えた。
死んだ後、魔法が使えるこの世界に転生し、今日までムゲン=アベイルとして生きてきた。
冒険者として凄まじい才能を持つ両親や祖父を尊敬すると共に、自分には到底辿り着けないという思いも少なからずあった。
卒業したら、身の丈にあった仕事に就いて生きていこうと考えていた。
しかし、元の世界での死をキッカケに俺は確かに望んでいたのである。
生きる意味を。生きる目的を。
俺は一体、何のためにこの世界に生まれてきたのか。それが分かるまではまだ死にたくないと思っていた。
そうだ……俺にはまだやるべきことがある。まだ生きたい。
「ムゲン殿、目を覚ますのだ!」
ヤヨイの声が聞こえ、ゆっくりと目を開けた。ヤヨイが俺の顔を覗き込んでいる。どうやらヤヨイの膝の上で気を失っていたようであった。
「大丈夫? ムゲン君」
「すまない心配させてしまって。もう平気だ」
起き上がると、自分の身体の異変に気がついた。
「寿命が……元に戻ってる?」
驚くべきことに残り僅かであった俺の寿命はシャープスネイルベアーと戦う前と同じ状態に戻っていた。
「何!? ムゲン殿、本当か?」
「俺の勘違いじゃなければだが……」
「良かったじゃない! けど、どうして急に?」
「推測だが……今になってヤヨイの不死の力をコピー出来たのかもしれないな」
あくまで予想の範囲内であるため、また寿命が尽きた時どうなるのか検討もつかない。
復活するのか、はたまた死を迎えるのか。
だが、もしも前者なら……俺は無限に魔法を使うことができる。
「二人とも、小生達は戦闘でボロボロである。早いところ山を降りようぞ」
「そうね!」
「ん? なんだあれ?」
ふと、遠くから人影が見えた。よく目を凝らすと、白い体毛で覆われたゴリラのようなモンスターが近づいてきた。
「あ、あれはシルバーイエティ……」
シャーリアがモンスターの名前を呟く。よりによって、このタイミングで出会うとはな……
シルバーイエティはA級モンスターに該当し、人を見つけると見境なく襲いかかる凶暴なモンスターである。
「どうしよう……私、もうほとんどアギが残ってないわ。ポーションも全部飲んじゃったし」
無理もない。シャーリアは上位魔法を何発も繰り出していた。
「では、ここは小生が」
ヤヨイは地面に落ちているムラマサを拾い上げた。
「ヤヨイ、無茶しないで!」
「せぃあ!」
シャーリアが呼び止めるも、ヤヨイは聞く耳を持たず、シルバーイエティに斬り掛かった。
「うがぁ!」
シルバーイエティは片手で刃を掴んだ。俺から見てもヤヨイの動きは明らかに鈍っていた。
「しまった……」
奴は刃を掴む手の力を強める。すると、『バキッ』という鈍い音と共に、ムラマサの刃が折れてしまった。
「そんな……む、ムラマサが」
ヤヨイは身体を震わせて、折れたムラマサを見つめた。そんなヤヨイに対し、シルバーイエティは容赦無く鉄拳を入れた。
「ヤヨイ! この……ファイアボール!」
シャーリアがファイアボールを当てたことで奴の気が俺達に向いた。奴はゆっくりと近づいてきた。
「ひ……ムゲン君。私が囮になるから、ヤヨイを助けに行って」
優しいな、シャーリアは。俺は彼女の言葉を無視し、シルバーイエティに近づいた。
「よう、ゴリラさん」
モンスターにしか分からない発音で奴に話し掛けた。
「お前……わえの言葉が分かるのか?」
死の淵から目覚めた後、人間の姿のままでも奴の言葉が分かった。
そして、何より……不思議なくらい力が湧き出てくる。まるで生まれ変わったみたいだ。
「まぁな。それで一つお願いがあるんだが、この場は見逃してくれないか?」
「ダメだね。わえは人間を殺すのが好きなんだ。お前たちは絶対逃がさん!」
巨大な体躯が俺に迫り来る。本来であれば、恐怖を感じるはずだが、高揚感を感じていた。
肩に刺していた刀を抜き、奴の太い腕を魔法剣術で斬り落とす。
「あれ?」
奴は地面に落ちている自分の腕を見て、愕然としていた。
「ハチになるまでもないな」
人間の姿のまま自分の爪を鋭く伸ばし、奴の首筋を引っ掻いた。人間の姿のままでもモンスターの能力を使えるようになっていた。
「ぎゃああああ! お、お前!」
奴は残った片腕で俺に殴ろうした。
「遅い」
俺の顔面に拳が届く前にもう片方の腕も斬り落とした。奴の首を引っ掻く際、爪から痺れ作用のある毒を注入しておいた。
「ひ……!」
恐怖で表情が引きつっていた。腰に付けている魔弾銃を取り出し、ありったけのアギを込める。
「お、覚えてろ!」
その場から逃げようとする奴の頭部に照準を合わせ、引き金を引く。銃口から発砲される魔力の弾は絶大で、奴の頭をあっさりと吹っ飛ばした。
「立てるか? ヤヨイ」
地面に倒れているヤヨイに手を伸ばす。
「うむ。ムゲン殿、恐ろしく強いな」
ヤヨイは俺の手を掴むと、立ち上がり、折れてしまったムラマサを虚しそうに眺めた。
「父上殿が作ったムラマサが……」
これは俺達にとっても痛手である。ムラマサが無ければ不死の力を持つ王を倒す術はない。
「ヤヨイ、それちょっと貸してくれるかしら?」
「シャーリア……まさか直せるのか?」
シャーリアが王族魔法を使えるようになっているのなら、もしかしたら直すことができるかもしれない。
しかし、シャーリアにはもうほとんどアギが残っていない。
「今ならなんだか出来そうな気がするわ」
シャーリアはムラマサを受け取ると、目を瞑り、王族魔法の発動を試みた。ムラマサが青白く発光すると、折れていたはずのムラマサは何事も無かったかのように元に戻っていた。いや、お店で見つけた状態よりも綺麗になっているように見える。
「すごい……けど、大丈夫なのか? アギが少ない状態で魔法を使って。まさか、寿命を消費したんじゃ……」
「うん、何ともないみたい。寿命どころかアギも全く減った様子はないわ」
何はともあれ、シャーリアのおかげで王を倒すことができる可能性が残った。
「シャーリア殿……ムラマサを直してくれたこと、誠に感謝致す!」
ヤヨイは深々と頭を下げた。
「ちょっとやめてよヤヨイ。大事な刀なんでしょ、それ」
「うむ」
「それだけじゃない。ムラマサが無ければ不死の力を持つ王には敵わない。俺からもお礼を言うよシャーリア。本当にありがとう」
「何はともあれ、みんな無事で良かったわ。今度こそ山を降りましょうか」
幸いにも下山中に強いモンスターと遭遇することはなかった。もっとも、今の俺であれば一人でもA級モンスターを倒せるであろうが。
山の麓に到着すると、バキアの街へと戻る馬車へと乗った。
「ムゲン殿。目を覚ますまで何かあったのであるか? さっきのモンスターを倒した時の力、まるで別人のようであったが」
別人のようか……確かに生まれ変わったかのように力が溢れてくる。
「どうしてあんな夢を見たんだろうな」
「ムゲン殿?」
「すまない。別に何ともないよ。気にしないでくれ」
「そうか、なら良いが……」
「シャーリア。さっきの王族魔法、もう一度できるか?」
「うーん……今はちょっと無理そうね」
「そうか。アギが回復したらもう一度試してみて欲しい」
「うん、分かったわ」
俺はシャーリアの王族魔法が王の能力の全貌を知る手掛かりになるかもしれないと考えた。
バキアの街に戻った俺たちはギルドハウスで手続きを済ませることにした。レッドフレイムドラゴンの討伐実績が記載された冒険者カードを受付員に渡す。
「こちらが報酬の一千万ロルと王国軍加入申込書になります」
「おぉ、すごい札束の量であるな」
ヤヨイは大金にえらく感動しているようであった。確かにこんな大金、元の世界だって目にしたことはない。
「ちょっと、ヤヨイ! 私達の目的はお金じゃなくて王国軍への加入でしょ?」
「う、うむ……そうであったな!」
「二人とも今日はゆっくりと休むといい」
「うん。そうするわ」
「ムゲン殿はどうするのであるか?」
「今日は帰って寝る。明日、ちょっと調べておきたいことがあってな」
「そうであるか。承知した」
「それじゃ、ヤヨイ。一緒に銭湯に行くわよ!」
「うむ、そうであるな!」
楽しそうな二人の背中を眺めた。もう少しだ。後、もう少しで王と戦える。
「見ていてくれよ、じいさん」