パソコンのある日常-Daily lives of there's a personal computer- 作:海色 桜斗
「そー言えばさー、向坂ー」
「何だよ、鈴」
「もう少しで学園祭じゃーん?」
「まぁ、そうだな」
「向坂は誰かと回る予定立ててたりする~?」
放課後の事。珍しく、鈴の方から話掛けてきたと思ったら、そんな事か。まぁ、別に隠すつもりはないからいいけど。
「いや、基本ソロかパソ部の連中と回る」
「えー、向坂の周りにゃ見目麗しい乙女が沢山いるじゃないか。その中の誰かと回ればいいじゃん」
「え、だってそうなると仮とはいえ俺とデートってことになるんだぞ、普通に嫌だろ」
「聞いてみなきゃわかんないじゃん、そんなの。少なくとも私はOKだぜ?」
うん、まぁ、鈴は昔からの付き合いだし抵抗ないかもだけど、他の人らはきっとそうは思わないはずだ。何でって・・・・・・ほら、俺ってイケメンでもリア充の部類でもないし。
「それにさ、折角仲直りできたんだし、一緒に回ってあげたら喜ぶんじゃない?ちーがさ」
「そうかぁ?」
「気付いてないとは言わせないよぉ。傍から見れば分かるじゃん、向坂と話してる時のちーがいつもより少しだけテンション高いの」
テンションが高い・・・・・・何処が?何時なん時話しかけても、少しツーンとはしつつも普通に話している感じなんだが。鈴はアレのどこがテンション高めと言うのだろうか。あぁ、因みに当の本人は所用で席を外していて、今は丁度不在となっている。
「あるじゃん、ほら、セッション終わった時とか」
「あれは・・・・・・何つーか、ヴォーカルハイになってるだけでは」
「いいや、私は違うと睨んでるね。まぁ、でも、ちーもちーで其処らへんの理解が追いつてない癖があるから、現状では何とも言えないね」
じゃあ、違うじゃねーか。でも、ヴォーカルハイになってる時の智佳はいつもより素直になっている分、少し可愛くは、見える。うん、男と言う性別の不適合者である俺でも女性に一ミリも興味がないわけじゃないしな、現実での描写を通して思うくらいなら、自分の中の妄想禁止条例にも引っ掛からないはずだ。
「ただいまー」
「おっ、ちーじゃん。おかえり」
「よっ、おかえり」
その時、タイミング良く智佳が帰ってきた為、鈴との話の件はここでお開きとなった。鈴にしては珍しく、本人が登場したから直接本人に聞いてみる、みたいな事を今回はしなかった。
「ねぇ、祐都。さっき、鈴と話してたみたいだけど、何の話してたの?」
「別に。ただ、もうすぐで学校祭だなって世間話を少しな」
「そーそー、ウチらのライブも学校祭でやるわけじゃん。だからその話で盛り上がってたんだよ」
「ふーん、そう」
帰ってきて早々、自分の席に着くなり、智佳がそんな質問をしてきた為、俺と鈴は話を合わせて学園祭の話とだけ伝えた。すると、途端に興味をなくしたようで、此方に向けた視線を楽譜に戻した。
「そう言えば、先輩は?」
「おっ、そう言えば今日はまだ見かけてなかったな。鈴、知ってるか?」
話に夢中で気づけなかったが、今日はまだ美月先輩が部室に一回も姿を現していなかった。智佳の問いを受けて気になった俺は、一番乗りで部室にいた鈴に聞いてみた。
「あー、今日はパソコン部の方に言ってると思うよ。定期交流が何とか言ってた」
成程、というと今頃は龍さんと何か話し合いでもしているのだろうか。恐らく、尚紀は美月先輩の突然の来訪に狂喜乱舞しているところだろう。初対面の時から懐きようが半端なかったからなぁ。
「それって大丈夫なの、あのキモい奴がいた気がするんだけど」
「それに関しては大丈夫だ。本人が言うに、今日の俺は紳士的、らしいからな」
「あー、テイクスのバルバトスね。それなら心配いらないかなぁ」
「・・・・・・ちょっと、よく分からないわ」
智佳の当然ともいえる疑問に、俺がそれと無く奴の口調を真似ながら答えると、やはりと言うべきか、鈴がすぐに理解した反応を示した。オタクと言う名の迷宮のまだ入り口付近にいる智佳にはちょっと難しかったようだ。
「何なら、俺がちょっと様子見てくるか?」
「いいわよ、別に。先輩ならアイツ相手でも大丈夫だろうし」
「そうだね、世にも珍しいくらいの心の広さがあるから。シベリア平原のようにね」
待て、鈴。その表現では美月先輩の心の温かさと豊かな双丘が例えれてないと思うんだが。
「あれ、向坂はもしかしてガルパン知らない?」
「いや、知ってるけど。話すなら、龍の方が適任だと思う」
「へぇ~、篠崎は詳しいんだ。いい事聞いたなぁ」
結局、その場はメインの話よりも鈴のオタトークの方が炸裂しただけなのであった。そして智佳はオタクとしてはまだまだだな、もう少し頑張りましょう。・・・・・・うん、何様のつもりだよ。
2025/7/10 8:10
夢島高校校舎本棟2F 2-A教室内
Side:瀬野 葵
「暑い・・・・・・おはよーさん」
「よぉ、向坂。今日は彼女と一緒じゃないのかー?」
「うるせぇ、智佳とはそういう関係じゃねぇって何度も言ってんだろうが」
「ちぇ、つまんねーな」
「人の関係のあれやこれでつまるもつまらんもないだろ、勝手に判断すんなし」
私が教室に着いた時間から数分の後。教室内に彼が入ってきた、そう、言わずもがな祐都君だ。彼はいつも通りにクラスメイトの他の男子達と軽く言い合った後、自分の席へ移動し、通学バックを机の横のフックに引っ掛け、直ぐ近くの棚から今日使うであろう教科書類を取出し始めた。勿論、まだ此方の視線には気が付いていない。
「えっと、今日の予定は・・・・・・ふんふん、成程な」
そして、残りの使わない教科書を棚の奥に追いやって、机に座り、いつものメモ帳サイズのノートを取り出した。祐都君は空き時間は大体、書いていると噂の自作小説の執筆をあのメモ帳にしている事が多い。
「うーん・・・・・・ここはこうして、いや駄目だ。もうちょっと工夫を・・・・・・」
「ここの設定って何だっけ、ド忘れしちまったな。えっと、設定資料集、設定資料集っと・・・・・・」
時々こうやって独り言を言いながら、小説を書き進めている。一度集中を始めると、普段より目付きが鋭くなるので傍から見るとちょっと怖いが、慣れてしまえばその姿も結構可愛かったりする。何て、本人に言ったならあんまりいい顔はしないけれど。
「・・・・・・」
やがて、一言も発しなくなり、黙々と作業し始める。これは彼が完全に外界との接続を切って、自分だけの世界に入った証。こうなったら周りの視線も喧噪も全く気にもしなくなる。もう少し見守ってようかな、そう思って私は携帯のイヤホンを取り出し、音楽を聴きながら少々其方に集中を傾けることにした。ついでに、彼と知り合った時の事を思い出しながら。
それは、1年前の今日みたいによく晴れた日の、3時間目の体育の授業での事だ。1年生の頃、私は1-Cで彼のいる1-Aのクラスには特に用事もなければ行くこともなかった。だから、彼と会ったのはその体育での授業が初めてだった。
「痛っ・・・・・・!」
2クラスでの合同授業中、私は急に腹痛に襲われた。いや、これはただの腹痛ではない。そう、一般的に女の子特有の生理現象と呼ばれるもの。私は急に来たその激痛に耐えながら、木陰に移動して休むことにした。
「ふぅ・・・・・・参ったな。もしかしたらサボりとか思われちゃうかも」
本来、この痛みと言うのは一時的な場合もあり、時間が経てば和らぐ(ただし、症状の重さや継続時間は個人差有)。でも、女の子にとってはこの痛みはとても辛いものだ。男の子にはきっと突拍子もなさ過ぎて分からないと思うけど。
「いいなぁ、楽しそう」
体育座りをしながら、グラウンドの方を眺める私。向こうでは、クラスメイト達が身体を動かしながら元気にはしゃいでる姿が目に映る。そんな光景を退屈そうに見ていた私は、自分に向かって真っすぐ歩いて来る一人の男の子の姿を見た。別にその時は気にも留めなかった、どうせ同じくサボっている人のいるところで固まって休もうという魂胆だろうと。
「・・・・・・」
「なぁ、顔色悪いけど大丈夫か?」
「えっ・・・・・・?」
今までクラスメイトの男子からは全く気にもされなかった。でも、彼は違った。私は驚いて、彼の顔を見上げる。すると、彼は少し顔を赤らめてこう言った。
「向こうまで移動する時、苦しそうにしてるの見ちゃってさ。ほっとけなかったんだ、悪い」
「う、ううん、大丈夫。少し休めば良くなるから」
この時、私は、『あぁ、彼は凄く優しいな』と思った。初対面のはずなのに、そんなところを偶然にも見てしまったから心配してきた、なんて。
「少しだけ、隣いいですか?」
「・・・・・・うん、いいよ」
彼の問いに私がOKを出すと、彼は少しだけ間を開けたところに座った。もしかして、緊張してるのかな。そんな姿がちょっと健気で可愛くて。私はそこで初めて彼に興味を持った。
「えっと、それで・・・・・・本当に保健室とか行かなくて大丈夫なんすか?」
「まだ大丈夫。でも、また辛くなったら、お願いできるかな」
「分かりました・・・・・・俺でよければ」
その後も、彼とは色んな話をした。彼の名前は、向坂祐都君。アニメとかゲームが好きで小説を読んだり自作で書いたりするのが趣味。一家の長男で下には弟と妹がいる事。今は、学生寮で一人暮らしをしていて家事も一通りは出来るという事。私が質問をすれば、彼は特に隠すことなく色々な事を話してくれた。私はそれが嬉しくて、いつの間にか時間を忘れて二人で話し込んでいた。
「そっか、向坂君にも下に弟と妹がいるんだね。私もそうなんだ」
「そうなんですか、奇遇、ですね・・・・・・」
「ふふっ、そうだね。同じ境遇のお兄ちゃんとお姉ちゃん同士、ちょっと運命感じちゃうね」
そんな私の発言に、また顔を少し赤らめて視線を逸らす彼。その姿にやっぱり可愛いな、と保護欲を刺激されてしまって。そんな彼との会話はお腹の痛みを忘れられるくらいに楽しかった。
「瀬野、さんはその、部活とかやってたりするんですか?」
「うーん、特にやってないかな。実は私、昔から少し病弱で、皆に迷惑かけるといけないから」
「そ、そうなんですか・・・・・・じゃあ、運動とかは?」
「ん、得意な方だよ。中でもバドミントンとかテニスとか、そんな感じかな」
彼との会話中に、私はふと思う。知り合って間もないからとはいっても、やっぱり同じ学年同士なんだから彼にはもうちょっと砕けた感じで喋ってほしい。次の瞬間、私は思い切って言った。
「ね、折角同じ学年なんだし、もうちょっと砕けた感じで話してくれてもいいと思うな、祐都君」
「・・・・・・ッ!?い、いや、それは何と言うか、恐れ多いといいますか・・・・・・」
「駄目、このままじゃ何か私だけ馴れ馴れしい感じに見えちゃうじゃん。だから、ほら、祐都君も」
「・・・・・・」
多少無理矢理感はあるけれど、きっと彼はこうでもしないと此方に一歩踏み出してくれない。そんな予感があった。別にこれが恋というようなものでなくても、彼との関係をただの同じ学年同士で終わらせたくはなかった。この時はそう思ってなかったけど、多分これは私が彼に言った最初の我儘だ。そして、彼は暫らくの沈黙の後、意を決したように顔を上げた。
「分かり、ました。その・・・・・・葵、さん」
「うん。ありがとう、祐都君」
「そ、その代わり、敬語になってる事については訂正しないで頂けると・・・・・・助かります」
「もぅ、ホントはそこも直してくれるといいんだけど、しょうがないなぁ」
こればかりは仕方ないだろう。まだまだ先が長い3年間を通して、ちゃんと同じように喋れるように私が歩み寄っていくしかない。最終的に、彼がこの我儘の妥協点を克服してくれることを願って。
「・・・・・・」
「ふふっ、ホントに変わらないね、祐都君は」
結局、あれから一年経った今も彼は偶に敬語遣いになるのを止めてくれないのだが。それでも、大分距離は縮まったと思うし、話しかけてくれることも多くなった。私にとってはそれが嬉しかった。
「・・・・・・よし、取り敢えずここら辺で中断しとくか」
今まで意識を余すことなく集中していた彼は、漸く筆を止めて、思いっきり背伸びをする。今日はいつもより戻ってくるの早かったね、と心の中で呟き、私は立ち上がって彼の席まで歩み寄っていった。すると、彼も私に気が付き、視線を送ってくれた。
「おかえり、祐都君。今日は筆のノリが良かったね」
「ただいまっす、葵さん。いやぁ、偶々ですよ、偶々」
「祐都君さえ良かったら、また私に小説見せてくれるかな?」
「ん、了解。読み終わったらでいいから、また感想聞かせてくださいな」
そう言って、私に前に読んだことのある話の続きが書いてある、全ページ執筆済みのノートを手渡してくれる祐都君。彼にとっては、私を含めたクラスの皆の感想が執筆を継続する力の源になっているらしい。それを知った時、私は当然嬉しかったし、もっと力になりたいと思った。だからこうして、定期的に執筆が終わっているノートを借りているわけだ。
「なぁ、祐都ー。この間の続き、読ましてくれねぇ?」
「悪いな、それなら丁度今、葵さんにレンタル中だ」
「マジかー・・・・・・瀬野さん、読み終わったらオレに回してくれないか?」
「ん、祐都君がいいなら」
更に言えば、彼の書いた小説は今、この教室で密かなブームとなっていて、このように借りる手数多といったところだ。それなのに、現状に満足せずに書き続けている彼の胆力には、最早、尊敬の念すら覚えた。
「俺は別に構わないっすよ、葵さん」
「だってさ」
「おう、了解だ!なるべく早めに頼むぜ」
私同様、祐都君に小説を借りに来たクラスメイトの男の子は、その場から立ち去って行った。そして、その場には私と祐都君だけが残る。あ、そう言えばまだアレを祐都君に貸してなかったな。
「あ、そうだ。私からもこれ、祐都君に貸してあげる」
「これは・・・・・・!」
私が祐都君に差し出したもの、それは一枚のCD。前に音楽の授業の一環としてやった、一人一曲をノルマとした曲紹介の時間で私が自前で持ってきた、お気に入りの曲が入っているCD。その授業の後の移動の時に祐都君が借りたがっていたのを思い出し、今手渡した次第だ。
「あの時のCDか。助かったよ、葵さん」
「ん。でも、まさか祐都君もこの曲好きだったなんて意外だったな」
「あはは・・・・・・俺が紹介する曲全部アニソンですもんね。何かすみません」
これは余談だけど、祐都君はその曲紹介の時間を大分気に入ったらしく、クラス内で紹介する曲のネタが尽きた時に、音源を持ってきては皆に度々紹介してくれる。その曲を聞いてる時や曲の説明をしている時の彼の目は終始キラキラしていて、本当にその曲が好きなんだなと思わせてくれる。
「そんなことないよ。現に、私も祐都君に紹介してもらった曲、何曲か携帯に入れてるし」
「それは、どうも。紹介した身からすれば、実際に気に入って貰えれば僥倖かな」
頬を掻いて少し照れつつも、何処か満足げに言う彼。そして、そんな彼に静かに微笑み返す私。この場が一瞬だけ二人だけの空間になった、そんな気がした。
「おっと、そろそろHRの時間だな」
「あ、もうそんな時間か。もうちょっと話してたいけど、またね、祐都君」
「ん、またな、葵さん」
その時、そんな少し甘ったるい感じの雰囲気を掻き消すように、朝のHR前の予鈴が鳴り、教室中が少しざわつき始める。私は祐都君に別れを告げると、少し足早に自分の席へと戻る。その途中で。
「祐都君、私があの時、龍君にお願いしたこと聞いたらびっくりするかな」
出来れば直接彼に伝えたいが、龍君とは後々のサプライズと約束しているので、敢えて伝えることはせず。私は、誰にも聞こえないような声で呟いた。
Side:瀬野 葵 END
「そう言えば、このメンバーで揃ってお昼食べる事ってあんまりないよね」
「そうね、先輩とか鈴は兎も角、今年は祐都がいるもの」
「偶にはこういうのもいいじゃないか、少なくとも私は嫌いじゃないなぁ」
「・・・・・・」
さて、本日のお昼時。あれ、珍しい組み合わせで食べてるね、なんて外野からそんなヤジが飛んできそうな光景が目の前にはあった。そして、何故昼時にも関わらず軽音楽部の部室にいるのか。その答えはズバリ、学校祭の準備の為である。
「あ、ちーの弁当の卵焼きおいしそう。一口ちょーだい」
「じゃあ、鈴の方にあるのと交換ね。はい、どうぞ」
「えー、折角なんだしそこはあーん、してほしいなぁ~」
「嫌よ、めんどくさい」
女子同士のお昼感が、まさに真正面に座っている幼馴染み二人から醸し出されていた。一方、美月先輩は無言で2箱用意された購買弁当を交互に食べている。実に幸せそうな顔つきだ。
「ガーン!?なぁ、聞いてくれよ向坂ぁー、ちーが私にあーんしてくれないんだー」
「いや、知らんがな」
「向坂まで冷たいなぁ・・・・・・あ、そう言えば、向坂の弁当って自分で作ってるんだっけ?」
「あぁ、まぁな。これでも寮暮らしの一人暮らしだ。それくらいはやらねぇと」
「そっかぁ、じゃあ向坂お手製のもの、一つ食べさせてよ」
鈴がそう口にした瞬間、後ろで様子を見ていた智佳が橋をピタリと止めて此方を凝視する。うん、まさか私も、とか言わないよな?
「へぇ、自分で作ってるんだ・・・・・・ふーん」
「何だよ」
「別に」
そこで智佳は一言も食べたいとは言わなかったが、俺が視線を手前の鈴に戻すと少しソワソワし出していた。智佳お前、それでバレてないとでも思っているのか、それで。
「料理できる男子は評価高いよね。ささ、この私が直々に味を見てあげるよ」
「何様だよ、お前は・・・・・・まぁ、別にいいか。ほれ、自家製鶏唐揚げ(作り置き)だ」
「おおっ、何か本格的な物来た!あーん」
鈴はそんな智佳の様子を一切気にすることなく、此方にぐいぐい来るので、適当に弁当箱の中から鶏唐揚げを、予め用意していた予備箸で取り出し、鈴に文字通り「あーん」してやった。
「あーん・・・・・・ふんふん、ほれはほれは・・・・・・」
「ッ・・・・・・!?」
「ん、鈴、どうかしたか?」
先程まで味を噛み締めるかのように口をもぐもぐさせていた鈴の表情が一変して、驚愕に染まる。俺はもしかしたら口に合わなかったんだろうか、と心配したが、すぐにそれは杞憂だと分かった。
「・・・・・・くっ、くぅぅぅぅぅっ、超うめぇぇぇぇぇぇぇ!!」
食べた唐揚げを完全に飲み込み終わると、鈴はその場に立ち上がって声高らかにそう叫んだ。
「すげぇよ、祐都!唐揚げなんて皆同じ味付けかと思ってた私が間違ってたぜ、唐揚げ最高ー!」
「そ、そうか。そこまで喜ばれると、こっちも提供した甲斐があるな」
あまりにデカい声だったので多少気恥ずかしさは感じたが、それでも自分の作ったものが喜ばれると悪い気はしない。ありがとう母さん、実家の味、最高だってよ!
「そ、そんなに美味しいの?」
「おおっ、ちーも興味津々だね。食べさせてもらいなよ、びっくりするぞ~」
「ごくり・・・・・・じゃ、じゃあ、私も」
絶賛する鈴に後押しされて、智佳が少し顔を赤らめながら、ギュッと目を閉じて口を開けている。すでに「あーん」をする前提なのは突っ込みどころだが、此処までされたら、流石に食べさせない訳にはいかないか。俺は再び弁当箱の鶏唐揚げを予備箸で掴み、智佳の口の中へと持って行った。
「・・・・・・」
鈴の反応とは違い、唐揚げが放り込まれたのを確認するや否や、素早く口を閉じ、顔を明後日の方向に向けて味わう智佳。やっぱり、らしくないことをしたんで此方を見るのは恥ずかしいらしい。
「っ・・・・・・ホントだ、おいしい・・・・・・」
「いや~、自分で扇動しといてあれだけど見せつけるね~、ひゅーひゅー!」
智佳の素が顕わになったが、横からの鈴の煽りが飛び込んだことで、一瞬にして顔が真っ赤になる。その後の智佳の行動は早かった。すぐに食べていた唐揚げを、自前で用意した水筒のお茶で流し込み、そして一言。
「ち、ちちちちち違う、そんなんじゃない!!」
「ふはははは~、そんなパンチでは当たらん、当たらんよ、ちー」
動揺した智佳から放たれる連続ジャブを、華麗に避ける鈴。更に出来るようになったな、鈴!
「まぁ、一旦落ち着け、智佳。あんまり暴れると足元の弁当の中身、ブチまけちまうぞ」
「うぐ・・・・・・それは、ちょっと嫌だわ」
俺が的確な指摘で静止を求めたこともあってか、智佳はすぐに冷静さを取り戻し、その場で静かに据わり直した。うんうん、食べ物粗末にすると怒りそうな人いるからね、怒らせない方がいいね。え、誰かって?美月先輩の事よ。
「向坂が指摘すればすぐに落ち着けるんだ。やっぱりすでにこの二人デキ――」
「止めろ、鈴。これ以上、智佳を煽って我を忘れさせんじゃねぇよ」
「先に私が足止めを喰らってしまった・・・・・・まぁ、いいや」
再び調子に乗って智佳を煽ろうとした鈴を止めに入ると、鈴はすぐに降参の意をジェスチャーで表し、それ以上は何もしなかった。やれやれ、世話の焼ける奴らだ。
「二人が絶賛する美味しさなのか、私も貰っていいだろうか」
「美月先輩にでしたら喜んで」
今まで弁当にがっつくのに夢中で、此方の事など気にもしなかった美月先輩が、俺に話しかけて来た。うーん、制服越しから見ても良く分かる位のたわわな双丘・・・・・・とっ、特盛ィ!
「しかし、これだと祐都君の弁当の中身が寂しくなってしまうな。よし、私からはこのハンバーグをあげようじゃないか」
俺の弁当箱から唐揚げを持っていた先輩が、代わりに置いて行ったのが何とハンバーグだった。あの最高に美味いと噂のハンバーク弁当のメイン食材をもらってしまった。いいんでしょうか、いいんです!
「うん、うん、これは美味い・・・・・・!出来る事なら、毎日食べたいくらいだ」
美月先輩が何度も頷きながら、満足そうな笑顔を振りまく。な、成程!確かにこれ程大袈裟にリアクションをとってくれる人に手料理を振舞うというのは何だか癖になりそうだ。これが世に言う『一杯食べるキミが好き』という言葉の神髄・・・・・・根源そのものか!
「い、いやぁ、それは流石に大袈裟ですよ」
「いいや、大袈裟なものか。こうなれば私は手段を選ばないぞ・・・・・・祐都君、私を養ってくれ!」
「無茶言いなさるなぁ、この先輩はァ!?」
某アニメで活躍する、ニートな八子みたいなことを言う美月先輩。そして、そんな台詞を聞いたからには黙っていられない二人がこちらに向かってすっ飛んできた。
「ちょ、ちょっと祐都!今、どういう状況なのよ、これは!?」
「俺が知るか、先輩の天然頭に直接聞いてくれぇ!?」
「ねぇねぇ、今どんな気持ち、どんな気持ち?」
「鈴、お前は一々人様を煽ってくるんじゃねぇぇぇぇ!!」
こんな状況下ではあるが、言わせてもらいたいことが一つある。丁度前回の話の冒頭辺り、智佳と鈴の二人の生態についてある程度把握したと言ったが、勿論、その二人と同じ部で活動する美月先輩の事も例外ではない。そう、この人は天才ではあるが、実際のところ、頭が最後まで総天然色たっぷりなのである。その為、こうして偶に志向が暴走することも多々ある。
「むぅ、タダでは動かないという事か?なら、私に出来ることなら何でもやってあげようじゃないか!」
「先輩は出来ればもう少し、ご自身の身体を大切にしてくださいよ!?」
「ぐぬぬ・・・・・・やっぱりアンタもスタイルいい方がいいのね、そうなのね!?」
「智佳ァ、お前もうちょい落ち着け、今のやり取りの何処を聞いたらそうなる!?」
「何でもシてあげる、彼はその言葉の持つ魅力に抗えるはずもなく・・・・・・」
「解説文っぽく語るな!そして、不思議な事に抗えちまうんだなぁ、これが!」
三人寄れば姦しい。俺は女子しかいないこの軽音楽部に助力として呼ばれてから、この言葉の意味する真の恐ろしさを、この身を以って体験する日々を送っていた。クソったれ、遂にこの俺にもラブコメの呪いが巡ってきたという事か・・・・・・!?
「取り敢えず、お前ら全員落ち着けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
昼の軽音楽部部室内に、俺の魂の慟哭が響き渡る。それから十分後、漸く落ち着きを取り戻し始めた軽音楽部の面々はそれぞれの用意した弁当箱を片付け、学校祭のライブに向けての、本番さながらの通し練習に身を向けることとなった。正直、もう勘弁してくれ。
そして、時刻はあっという間に過ぎ、18:30頃。夕方に一回各自の教室に戻ってHRを挟んで、再び部室に集い、練習に明け暮れた俺達に本日の帰宅時間が訪れた。
「それじゃあ、皆。また明日だ」
「「「お疲れ様でーす」」」
珍しく我先に、と美月先輩が通学バックを持って扉の向こう側へと去っていき、帰っていく。
「あ、ごめん、ちー。同人誌の仕上げがあるから、今日は私も先に帰るね」
「ん、分かった。帰った後の手伝いは必要?」
「いや、大丈夫!ちーに手間取らせる程、遅れている私ではないのだ!」
智佳の提案を断り、美月先輩に続くようにして教室を後にする鈴。部室内には、俺と智佳だけが残った。
「・・・・・・」
「んじゃ、俺達も行くか」
「・・・・・・ねぇ、祐都」
手荷物をまとめて部室を後にしようとしたところで、俺の後ろを歩く智佳が俺の服の裾を掴み、何かを訴えかけてきた。俺はしょうがないな、と呟いて立ち止まる。
「あのさ、学校祭当日は、誰かと回る予定とかあるの?」
「学校祭当日か?あーと、今のところは全く先約も何もないから、今年もパソ部の連中と、かな」
「そ、そう・・・・・・」
あの智佳が珍しく言い淀んでいた。俺としては早く本題を聞き出したいところだが、智佳本来の素直な面が出たということは、本人の心の準備が出来るまで、此方側が敢えて黙っておいた方が得策だということを経験上、すぐに理解した。そして、俺は静かに次の言葉を待った。
「もし、もし祐都さえ良かったら・・・・・・私、と回らない?」
「智佳とか?」
学校祭でのライブ本番までの空き時間に、一緒に出店を見て回ろうと言う提案だった。まぁ、これも下らない仲違いで無駄にした4年間の穴埋めになるなら。そう思って、俺はすぐに頷いた。
「あぁ、それくらいでいいなら何時でも付き合うぜ。俺とお前の仲だしな」
「そ、そう・・・・・・じゃあ、約束して」
「別にすっぽかしたりとかしないって。俺がそんな薄情な男に見えるか?」
「い、いいから!手、出しなさいよ」
智佳の強引さに呆れながらも、俺はそっと右手の小指を立てて、智佳が差し出した左手の小指に結ぶ。小学生の時にいつもやっていたそれは、今は少しこそばゆかった。
「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った」」
「交渉成立だな」
「ふふっ・・・・・・うん」
俺と智佳はお互いに顔を見合わせて、笑う。どうやら、今年からの年間行事は、学校祭に限らず色々な事で退屈せずに済みそうだ。そんな淡い期待を抱きながら、俺達は部室を後にした。
Shift8 To be continued...
Next Shift...
学校祭、それは学生生活でしか味わうことのできない、至福のひと時。それは彼等パソコン部と軽音楽部の面々にも刺激のある時間を与えた。そして、彼等の協力によって生まれた新たなバンドグループが遂にその産声を上げる!次回、パソコンのある日常「学校祭≠神々の黄昏」。今、情報が
次回予告は初代デジモンアドベンチャー風!良ければ、サントラをご用意の上読んでみてくださいな。平田さんの語りが熱い、熱いぜ!!
次回更新は10月16日(金)15:00より更新です。お楽しみに!