パソコンのある日常-Daily lives of there's a personal computer-   作:海色 桜斗

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学校祭。学生である間しか楽しむことのできない、かけがえのない時間を精一杯楽しむために、着々と準備を進める祐都達一行。その頑張りが功を成し、遂に万全の状態を以って開かれた学校祭。果たして、その先の未来に彼らを待ち受けるものとは――


Shift9「学校祭≠神々の黄昏」

夏がやってきて色んな事をして、準備に忙しくしていると、すぐに学校祭の日はやって来た。校内は既に昨日の時点でやった前夜祭のお陰で、大半の生徒達が浮足立っている。何度やっても慣れないそのテンションの上がり具合に、その日は俺までもが浮かれてしまったのは無理もなく、その余波は非リア充の集まりでもあるパソコン部の面々(女性陣除く)にも訪れていた。

 

「うぃーす、こっちの手が空いたんで手伝いに来たぜ」

 

「む、祐都か。気を遣わせて済まんな」

 

「変に遠慮すんなよ、俺だって一応メイン所属はここだぜ?」

 

「フ、そう言って貰えると有り難いな。では、机と椅子の移動を頼む。場所は、多目的ルームだ」

 

俺がパソコン部の部室であるコンピュータ室を訪れた時、既に机の上に数十台規模であったデスクトップPCは綺麗に撤去されていて、跡形もなくなっていた。恐らくは、皆備品保管庫にて暫しの休息をとっている事だろう。

 

「流石にこの机を一人で持つのは辛いか・・・・・・尚紀、手空いてるなら片側持ってくれ」

 

「ん?おぉ、祐都じゃねぇか。いいぜ、多目的ホールまでだろ?」

 

「あぁ、話が早くて助かる」

 

「へっへっへ、暫らくぶりの戦友との共闘だしな。胸が躍るぜぇ」

 

俺は偶然近くにいた尚紀を呼びつけ、机の運搬を手伝わせる。どうやら、奴とてこの事態を前に浮かれずにはいられなかったようだ。

 

「そういや、お前がこうして準備に力を注いでるなんて意外だな。どういう心境の変化だ?」

 

「ふ、今年の学校祭は御姉様の為に俺も頑張ることにしただけさ、出来れば振り向いて貰いたしな」

 

「何だよ、少し見ないうちに変わったな」

 

「そう言う祐都もな」

 

やはり、コイツにとって美月先輩と言う名の影響は計り知れない様だった。1年の頃は学校祭をやるのにも消極的で真面目に準備を手伝ったりしなかった癖に、今ではこの通り、やる気全開である。特定の個人の気を惹く為という実に欲望塗れな理由ではあれど、こういう場合はむしろプラスだろう。

 

「よし、こんなもんだろ」

 

「他の野郎共が幾つか同じように運んでたとは言え、まだあるはずだ。とことんやろうぜ、戦友よ?」

 

「そうだな、折角だから他の奴らよりも多く運んでみようじゃないか」

 

「おっ、いいな、それ。乗ったぜぇ!」

 

こうして、俺達は変な方向へ入った自分のやる気スイッチを落ち着けるために、机の運び出しを懸命に熟し続けた。途中で同じく机運びをしていた鳴島と修二がドン引きしていたが、そんなことはどうでもいい。やれやれ、どうやらお前らには熱意と言うものが根本的に足りてないようだ、出直してこい。

 

 

2025/7/20 8:40

夢島高校第二校舎部室棟2F 軽音楽部部室

Side:川知 智佳 

 

 

「ねぇ、ちー」

 

「何よ、鈴?」

 

「今日の空き時間、誰かと回る予定ある~?」

 

私が朝から部室で今日使うギターの調整をしていると、後ろの方で同じくドラムの調整をしていた鈴がそんな話を投げかけてきた。まぁ、鈴になら言ってもいいかな。

 

「まぁね。昨日の帰り際に、祐都の奴と約束してるの」

 

「え、ほんとに!?やったじゃん、ちー!」

 

昨日の一件を話すと、鈴はいつものように揶揄ってくるわけでもなく、至って普通に喜んでくれているようだった。うん、やっぱり鈴がいなかったら、今の祐都と昔みたいに話すことが出来ず、ずっと仲違いしたままだったかもしれない。持つべきものは、親友ね。

 

「で、祐都はちーからのお誘いに何て言ってた?」

 

「えっ、ええと、確か・・・・・・」

 

『あぁ、それくらいでいいなら、幾らでも付き合うぜ。俺とお前の仲だしな』

 

『別にすっぽかしたりしないって。俺がそんな薄情な男に見えるか?』

 

あの時、祐都が私に掛けてくれた言葉が、凄く優しくて。だからこそ、あの時の私は少しだけ昔みたいに自分の気持ちに素直になれていた、そんな気がする。

 

「ははっ、相変わらず偶に気障っぽい事抜かすね、向坂は」

 

「まだ中二病卒業出来てないんでしょ。ホント、そういうところは子供っぽいままなんだから」

 

鈴の言葉に思わずそう答えた私であったが、本当のところは少し違ってたりする。何だろう、アイツが私の近くで私に話しかけてくれると凄く嬉しくて、偶にアイツが私以外の女の子と仲良く話してると、少しモヤモヤする。

 

「んー、ちーが向坂と回るなら私は遠慮した方がいいかな」

 

「え、何でよ?鈴も一緒に来たらいいじゃない」

 

珍しくズイズイ来ずに一歩引いて見せる鈴の態度に疑問を覚え、私は鈴も誘ってみる。しかし。

 

「成程、ちーもまだ気付けてない訳だ。じゃあ、猶更私は応援に回るしかないね」

 

「ちょっと、何でそうなるのよ。別に、鈴がいても気にしないわよ、アイツも」

 

「んー、出来ればそこは気にしてほしいかなぁ。まぁ、いいや」

 

鈴はやれやれ、とでも言いたげに、よく海外ドラマで目にするジェスチャーで何かを訴えてくる。しかし、私には何故そこまで鈴が遠慮しているかが全く分からなかった。

 

「ちーには悪いけど、今回は一緒に行くのはパスしとくね」

 

「何でよ、せめてちゃんとした理由くらい言ってくれてもいいじゃない」

 

「じゃ、後はお二人だけで仲睦まじく、ライブ前のリフレッシュ、楽しんできてね~!」

 

「???」

 

鈴は最後まで一緒に回ることを許してくれず、そう言い残して、その場から早々に立ち去って行く。結局、私だけでは幾ら考えてもその答えには辿りつけなかった。

 

 

「――アイツとの約束の時間まで、あともう少し、か」

 

ギターの整備を終えて、部室棟から本棟へ移動した私は、目的地であるパソコン部の部室へと一人向かっていた。ちょっと早すぎたかな、なんてことを考えながら歩いていると、私に近寄ってくる人物が一人。あれは・・・・・・。

 

「へぇ、最近は良く合うわね、ナツ」

 

「あ、あれ?バレちゃったか。ちょっと驚かせようとしたんだけど」

 

そんな呆けた事を抜かして現れたのは、ナツこと藤堂夏希だ。私が知る小学校の頃の顔馴染みの中で恐らく一番背が高いであろう男子だ。周りの女子と比べて背が低い私から見れば、アイツの背も十分高いとは思うが、特にコイツは異常である。

 

「そんなデカい図体しときながら隠れるってのが無理なものよ、諦めなさい」

 

「あはは、そう言う智佳ちゃんは今日も小さくて可愛いなぁ」

 

「もしかしなくても喧嘩売ってる?殴るわよ?」

 

「えぇー、褒めたつもりだったのに」

 

態とらしくブーたれた顔をするナツを見て、そう言えばコイツもアイツの友達だったなと思い出し、試しに誘ってみることにした。

 

「話変わるけど、ナツは今日誰かと学校祭回る予定ある?」

 

「え、何々?もしかして俺、智佳ちゃんから誘われてるのかな」

 

時折、コイツのこういう言い方がちょっと面倒くさく感じるが、伊達に付き合いが長いわけではないので私は特に気にしていない。祐都の偶に出る中二病と同類のものである。

 

「もしかしても何も本当に誘ってるんだけど。で、どう?」

 

「今日は大丈夫そうかな。あ、因みに他に誘ってる人とかいるのかな?」

 

「いるわよ、祐都なんだけど。ナツなら問題ないでしょ」

 

「祐ちゃんかぁ~・・・・・・それじゃあ、俺はちょっと遠慮しておこうかな」

 

祐都の名前を出した瞬間、ナツは先程の鈴と全く同じことを言って、誘いを断ってきた。おかしいわね、もしかしてアイツが何かやらかしたんじゃないのか。ふとそんな事を思ったが、恐らくそれはきっとない。仮にアイツでも付き合いが一番長いといえるナツとの間に何か起こすなんてことは考えられないからだ。第一、そう簡単にアイツらの友情が崩れるなんてことは絶対にないし、そうでなければ毎回あんな感じ(※詳しくは、Shift7「夏休みと計画とライブアライブ・前編」参照)で此方が見てて気味が悪くなる感じのウザ絡みは出来ないはずだ。じゃあ、一体、何で?

 

「祐都がいると都合悪いなんてナツらしくないわね、どうしてよ?」

 

「都合悪いとまで言ってないけど・・・・・・やっぱり、ねぇ?」

 

やはりだ。鈴の時とデジャヴを感じるくらい全く同じで、何かを隠したままでお茶を濁そうとしている。残念だけど、私はアイツみたいに「まぁ、いいや」で終わらせる質じゃないわよ。

 

「はっきり答えなさいよ、何で駄目なの?」

 

「智佳ちゃんが鈴ちゃんと一緒に、だったら良かったけど、祐ちゃんとだから?」

 

「何で相方が鈴ならいいのよ、訳が分からないわ」

 

「とっ、取り合えず、俺は今回もパスってことで・・・・・・それじゃ、またね!」

 

「あっ、ちょっと!?」

 

私が逃がすまいと手を掴む前に、ナツはすぐに玄関前まで駆け出し、外で待機している来賓の人々によって作り上げられた人混みの中に身を隠すように入り込み、そのまま行方をくらました。

 

「もう、何なのよ・・・・・・」

 

鈴にしてもナツにしても。結局のところ、私がそれ以上そこから何かを理解できるような材料が手元にあるはずもなく、小首を傾げながらも、改めてコンピュータ室へ向かうことにした。

 

 

さて、そんな智佳を背後の柱の陰から見つめる人物が二人。紗々由鈴と藤堂夏希、その人である。鈴は兎も角、何故、先程外に逃げていった彼までもがいつの間にかそこにいるのか。理由は簡単、人混みに紛れた後すぐに換気目的で偶然開かれていた保健室の窓から、鈴の手引きにより校内に再び戻り、鈴との合流後、こうして偵察みたいな真似を続けていたのだ。

 

「ごめんね、鈴ちゃん。俺ちょっと危なかった」

 

「ほんとだよ、バレると思ってハラハラしちゃったじゃんか」

 

ナツが自分の名前を出した瞬間から、今回のこの共謀がバレないか見てて内心冷や冷やしていた鈴は、ナツのドジっぷりに呆れながらも今回は仕方がない、と思い直すことで、平常心を保った。

 

「まぁ、ちーは気付いてないみたいだから結果オーライみたいなもんだけど」

 

「あ、智佳ちゃん階段上って行っちゃうよ、追いかけないの?」

 

「あっちからだと上ってすぐのとこにコンピュータ室があって鉢合わせになるから、私たちはこっち」

 

鈴が指をさした方角、つまり彼らが隠れている柱から数メートル先、もう一つの別の階段がそこにはあった。上っていけば丁度1年生の教室が並ぶ通りに出られて、そこをまっすぐ進むとコンピュータ室へ続く通路の先にコンピュータ室側からは死角になる大きな柱と掃除用具入れのロッカーが存在する。まさに、尾行するにはうってつけのルートだ。

 

「それじゃ、私たちのライブ前までちょっとだけ付き合ってくれよな、ナツ」

 

「うん、鈴ちゃん達のライブも楽しみにしてるから。今は二人で頑張ろうね!」

 

こうして、いつの間にか開かれた謎の追跡ごっこがスタートした。旦那の不倫を疑う依頼者から依頼された、浮気現場を押さえるべく行動する、探偵のような素振りで。

 

 

Side:川知 智佳・END

 

 

「――成程、それでここまで来てそのふくれっ面、と」

 

「悪かったわね、出会って早々機嫌悪くて」

 

当日の朝にやるべき仕事を全て終えて、龍さんが使っている部長用の机の上の最新型デスクトップPCを除いて、全ての机とPCが撤去されたコンピュータ室で俺が一休みしていると、ドアの丁度ガラス張りになっているところから一人の女子生徒の姿が見えた。その姿に見覚えのあった俺は、すぐにドアを開けて外を確認する。

 

すると、そこには智佳がいた。何故か、凄く不満たっぷりの表情を浮かべながら、だが。

 

「まぁ、いいや。まだ始まるまで余裕あるから、お前も少し中で休んでけよ」

 

「じゃあ、そうする。お、お邪魔します・・・・・・」

 

こうなるに至った事情を智佳から聞いた俺の、心からのお疲れ様を込めた休憩の提案を受けて智佳が部屋に入ると、部屋の中にいたパソコン部全員の目がこちらに引き付けられた。そして。

 

「また女子の連れ込みかお。いい加減にしろ、リア充め」

 

「此処はテメェ専用のVIPルームじゃねぇんだぞ、馬鹿野郎が」

 

いつもの妬み嫉みブラザーズから発せられる、俺への罵詈雑言。だが、別段気にして態々相手取る必要はない。今の客人は俺ではなく智佳の奴なのだから。と、俺は敢えて平静を保とうとするが、智佳はそうでもなかったようで。

 

「五月蠅いわね。少しはスルーして黙ってなさいよ、非リア馬鹿共」

 

「おっふ、何かと思えば罵倒のご褒美だったでござる。もっとよこしやがれ下さい、はぁはぁ・・・・・・」

 

「大体テメェは・・・・・・って、おいぃぃぃぃ、いつもと反応違うじゃねぇか、鳴島ァァァ!?」

 

智佳のドストレ-トにキツい暴言を受けて、遂に鳴島の今まで奥に秘めていた、変態紳士という禁断の性質がはっきりと浮き彫りになった。一方、修二はその反応にすっかり意を削がれたようだ。

 

「おっと、いかんいかん。漏れとしたことがつい。鳴島康平ですお、君の名は?」

 

「想像以上に気持ち悪いわね、アンタ。川知智佳よ」

 

「おうふ、シンプルなうえにグサッと来る、最高!・・・・・・ふむ、川知氏でござるか」

 

偶に他人に対しても口調がキツい時があり、それが今最悪とも言える形で、その全てが変態紳士モードの飯島へのご褒美と化していることを智佳はまだ気づいていない。まぁ、あの程度で済んでるなら別に止めなくてもいいか。

 

「川知氏、川知氏。変態のバナナ何て食べるもんですか、って一回言ってみて下さる?出来れば、悔しそうな顔で」

 

「はぁ、何でよ?」

 

「いいから、いいから。お試しでサクッと言ってみてよ」

 

いかん、智佳がちょっとだけなら、という気になっている。こういう時、鈴から説明受けれれば察してくれるだろうが、生憎今此処に鈴はいない。言いそうになったら俺が止めよう、絶対にそうしよう。

 

「変態のバナナ――」

 

「言わせるか、このHENTAI紳士がァァァァァ!!」

 

台詞の意味を全く理解できてない智佳がそのまま発言しようとするが、俺が遮るように全力で阻止する。しかし、やっぱり言いやがったか。高校2年生にもなって、まだその意味がすぐに理解できない純粋さは今時レアすぎる価値だ。そうだな、例えるならUR(ウルトラレア)を越えたLR(レジェンドレア)並み。課金しすぎるなよ、そこから先は地獄だぞ。

 

・・・・・・話が逸れたな。一旦価値の話がどうこうは置いといて、あまりにも致命的な弱点過ぎるものを背負った幼馴染にただただ呆れるしかなかった。本当にお前、あの鈴の影響でオタクになったんですよね、ちょっと今の見た後だと信じられないわ。

 

「ちっ、見事に邪魔されてしまったお・・・・・・」

 

「ちょっと、何で遮ったのよ?」

 

「お前さ、本当に鳴島の要求した台詞に何の悪意も潜んでないとでも思っているのか?」

 

「は、それってどういう・・・・・・?」

 

「あー、ちょっと耳貸せ。えっと、つまり、此処でいうバナナってのは・・・・・・」

 

智佳の耳元で今の台詞に潜んだ悪意について解説する俺。いや、何で俺が態々コイツの純粋さを挫くような真似しないといけない訳?えげつない程の罪悪感なんですけど。そして、俺の話を最後まで聞き終わった智佳は、いつものように思いっきり顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「なッ、何て事を言わそうとしたのよ、この変態!!」

 

「おほーっ、希望した言葉じゃないけど特上級のご褒美のお叱り、ktkr!」

 

結果的に、やはり意図しない方向で鳴島を喜ばせてしまうだけだった。しまった、教える場所を選ぶべきだったな。まぁ、変えたら変えたで鳴島への罵倒の代わりに、俺に照れ隠しのパンチが飛んできたかもしれないが。

 

「まぁ、それは置いておくとして、質問なんですけど。最近まで仲悪かったんしょ、何で二人共平然と一緒に行動できるん?」

 

「何でって――」

 

「そりゃあ――」

 

鳴島の素朴な質問に、俺と智佳は一瞬だけ顔を見合わせて、ほぼ同時に発言した。

 

「「幼馴染みだから」」

 

「あっ、今自分で地雷踏み抜いた気がしたお。畜生、リア充死ね。死ねじゃなくて氏ね!」

 

おいおい、自分で質問投げかけておいてそれはないだろう。そこでチラリと横にいる智佳の様子を見る。すると、いつも通りのツン、とした表情ではあるものの何処か嬉しそうな顔をしていた。

 

「それよりいいのか。お前らが会話に夢中になっている間で、既に学校祭はスタートしているぞ」

 

今までその場にいながら全く会話に参加してこなかった龍が、突然言葉を発する。その言葉につられて時刻を見ると既に9:30を回っていた。

 

「ホントだな、助かったぜ龍。ほら、行こうぜ智佳」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

その時、無意識下に智佳の手を取り、廊下の方へ向かう俺。そんな俺の姿を生温かい目で見送った龍は、隣にいた優海さんとこんなことを話した。

 

「フ、青春だな」

 

「そうだね、青春だねぇ・・・・・・」

 

二人共、孫の成長を見守りつつ、縁側で寛ぐ爺さん婆さんの気分でそれらを見ていたのだった。

 

「さ、まずは何処から回る?」

 

「そ、その前に手、離しなさいよ・・・・・・」

 

廊下に出た俺はそんな智佳の発言で漸く自分が彼女の手を握っていたことに気付いた。うわ、やってしまった。道理で何か凄く柔らかい感触があるなと思ったんだ。俺は慌てて、智佳の手を離した。

 

「す、すまん・・・・・・」

 

「べ、別にいいわよ、これくらい・・・・・・」

 

初めて掴んだ女性の手の感触。噂で聞いた以上の柔らかさ、強く握りすぎれば砕けてしまうようなちょっとした儚さみたいなものも感じた。恐らく、今の俺の顔は少し赤くなっているに違いない、智佳も先程よりはうっすらとだが頬を赤く染めていた。

 

「ゆ、祐都は、私と繋ぎたいの?」

 

「智佳、俺は・・・・・・」

 

少し夢見心地な顔で聞いてくる智佳のその質問に、俺は即答できずそのまま固まってしまう。待て、これは違う、俺と智佳はただの幼馴染だぞ。そう自分に言い聞かせるが、その努力も空しく心臓はバクバクと高鳴っていた。

 

「やっぱり・・・・・・嫌だったの?そう、どうせ私なんて」

 

「そ、そんな事ねぇよ。ただ、その、何気に初めてだったから答えが出てこなかっただけだ」

 

「えっ・・・・・・そっか、私が祐都の初めてなんだ」

 

智佳がその答えを聞いて、にっこりと微笑む。くっそ、その言い方だよ、言い方!聞いてて凄くドキドキすることをさらりと言いやがって・・・・・・心臓に悪いったらありゃしない。

 

「だったら、もうちょっと、握ってみる?」

 

「・・・・・・あんまり誤解されるとアレだから、少しだけな」

 

「もぅ・・・・・・誤解って何よ」

 

智佳の珍しく積極的な提案に誘われるがままに、俺は再び智佳の手を握る。人生で2度目に味わうふわりとした感触と僅かな温もりが手を通して伝わってきた。駄目だ、まだ暫らく慣れそうにない。

 

「あれ、コンピュータ室から出てきた瞬間、凄くいい雰囲気になってる!?」

 

「中で何かあったのかな、智佳ちゃん凄く嬉しそう」

 

「くそぅ、アイツら、朝の学校でドキドキに任せて交尾しやがったんだー!!」

 

「流石にそれはない、かな。ほら、中にパソコン部の人達全員いるし」

 

そんな様子を陰から見守っていた二人。すると鈴が、潜んでいることを忘れて騒ぎ始める。運が良いことに、その場は祐都と智佳が二人だけの世界に入っていた為、気付かれずに済んだ。

 

「それにいきなりそこまで進展はありえないでしょ、祐ちゃんと智佳ちゃんだよ?」

 

「確かにそうだけど~・・・・・・うぐぐぐぐっ!」

 

「あぁ、もう、じれったいなぁ!私、ちょっと今からやらしい雰囲気にしてくるぜ!」

 

「それはちょっと止めとこうよ・・・・・・」

 

さっきから夏希の静止も聞かずに興奮気味の鈴と、そんな鈴に付いて行けずテンションが下がりつつある夏希。テンションの乱高下が激しい空間がその場には確かに出来上がっていた。

 

「ま、まずは適当に何件か回るか」

 

「う、うん、祐都に任せる」

 

お互いにぎこちない動きで歩き出す俺達。勿論、道中でクラスメイトや知り合いにこんなところを見られるわけにはいかないので、智佳と繋いでいた手を離そうとした。しかし、そんな俺の手を逃がすまいと智佳が先程よりもがっちりと俺の手を強く掴む。少し痛い。

 

「・・・・・・ちょっと、何で離すのよ?」

 

「何でって、他の奴らに見られたら、色々めんどくさい事になるだろ」

 

「めんどくさくない。私は・・・・・・もうちょっとこうしてたい」

 

うぅ~ん、参ったな。俺としては、ほら、お前程の美少女が、俺みたいな奴と「もしかして、アイツら付き合ってるんじゃね?」って噂になるのは、罪悪感があるんだが。

 

「でもさ、お前だって嫌だろ。イケメンでもない俺と付き合ってるみたいな噂になるのはさ」

 

「それはもう聞き飽きたわ。別にいいじゃない、もう半分そういう噂は立ってるんだし」

 

「いや、だけどさ・・・・・・」

 

「それとも何よ、祐都は私とは嫌だって言うの?」

 

それは違う。確かに、俺みたいな男がお前みたいな奴と付き合えるってなら悪くない。いや、むしろ最高だ。だけど、俺にはまだその資格はない。だから、余計な情報源にはなりたくないんだ。

 

「そ、そんな訳ないだろ!?ただ、俺は智佳が・・・・・・」

 

「ねぇ、祐都。一回しか言わないからよく聞きなさい」

 

「アンタの言い分はただのエゴよ。第一、恋をするのに資格とかそんなのあるわけないじゃない」

 

「・・・・・・」

 

智佳のキッと釣り上がった目が、俺を真っ直ぐ睨む。その目が必死で何かを俺に訴えかけて来ているように感じ、俺は何も言い返せなかった。

 

「大体、自分勝手に噂をする奴らなんて気にする必要ないわよ。少なくとも、私は気にしない」

 

「智佳・・・・・・」

 

「だから、アンタも少しは自信を持ちなさい。祐都は、自分自身で思ってるより、ずっとマシな方だもの。そ、それに・・・・・・」

 

「私にここまで言わせてるんだもの、後は分かってるわよね?」

 

智佳の顔が再び赤く染まる。あぁ、そうか。俺はまた意固地になって、智佳を困らせてしまっていたのか。カッコ悪いな、またあの時と同じことを繰り返すつもりか。いや、気付いたからには繰り返させはしないし、それに・・・・・・幼馴染みに此処まで言わせたんなら、素直に受け止めないと、な。

 

「すまん、悪かったよ」

 

「分かったなら別にいいわよ。じゃあ、気を取り直して行きましょう?」

 

「あぁ、分かった」

 

離しかけた智佳の手をしっかりと握る。あぁ、大丈夫だ。きっとその誤解で色々面倒なことになったとしても、俺の強い幼馴染みなら何とでもするのだろう。俺の心配は杞憂だ。

 

「はぁ・・・・・・後ろで見てて冷や冷やした」

 

「そうだね~。でも、そこは裕ちゃんと智佳ちゃんだから、さ」

 

「あれで二人共まだお互いの本当の気持ちに気付けてないんだもんなぁ、面倒臭い二人」

 

「だね」

 

その背後では、同じ場所で二転三転する幼馴染み二人の様子を未だに見守る、幼馴染み達の姿があった。彼らが互いの気持ちの真意に気付くまで、まだまだ、彼らの苦労は絶えそうにもない。

 

 

「あ、見て、祐都。型抜き何てやってるところがあるわよ」

 

「へぇ、中々マニアックじゃねぇの。どっちが上手く削れるか勝負してみるか?」

 

「望むところよ、アンタには絶対に負けないんだから」

 

最初は1-Cの教室で開催されていた型抜き大会。最速記録保持者には後でラムネ8本が贈呈されるようだ。景品目当てではなかったが、俺は智佳と勝負する事に。そして、結果は同率一位。俺も智佳もほぼ似たような戦績で終わった。

 

「ラムネの早飲みね、勝負よ!」

 

「受けて立とう、後悔するんじゃねぇぞ」

 

次に参加したのは、外の体育館脇で開催されているラムネの早飲み大会。勿論、ここでも智佳と勝負することになるのだが・・・・・・二人共、制限時間内に飲み干すことが出来ず、失格となった。

 

「へぇ、此処は自作のイラストを描いて展示できるのね」

 

「イラストは専門外だから、俺はパス」

 

「じゃあ、少し待ってて。アンタが度肝抜くくらいのイラスト書いてやるんだから!」

 

「おー、テキトーに期待しとくわ」

 

また校舎内に戻って、今度は1-Aの教室で開かれているイラスト展示会の会場に足を運ぶ。智佳は何か血が騒いだようで颯爽と真っ白な用紙を手にして、黙々と作業を始める。あれ、そう言えば、1-Aって確かあの子のクラスだったな。

 

「あ、先輩!お久しぶりです、ウチのクラスの展示、見に来てくれたんですね!」

 

ふと思い出すや否や、その張本人から声を掛けられた。今年のパソコン部に入部してくれた唯一の新入生、夢野麻衣ちゃんだ。栗色の髪を片側にまとめて縛った、サイドアップテールが風に揺られてふわりと浮かぶ。

 

「よっす、麻衣ちゃん。俺の幼馴染みがお邪魔してるぜ」

 

「あ、さっきの方は幼馴染さんなんですね。てっきり、先輩の彼女さんかと思ってました」

 

「あー、まー、そう見られてもおかしくないとは思うけどな。違うんだな、これが」

 

「でもでも、先輩と結構お似合いだと思いますよ?」

 

彼女は特徴的な垂れ目を細めて、優しく微笑み返す。うーん、此処まで純粋に慕われてる子に言われると悪くないような気もしてくるというか反論しづらくなる。年下属性好きからしたら最高ですが。

 

「あ、もしあれなら先輩の小説のイラスト、あの人に担当してもらえばいいんじゃないですか!?」

 

「たはは、幼馴染みだからって、流石にそこまで面倒掛けさせるわけにゃいかないぜ」

 

「そうですか、折角イラスト付きで見られるいい方法だと思ったんですが・・・・・・残念です」

 

葵さんと同じくらいに、この子も俺の書いている小説の熱心な読者の一人であり、それに関する熱意は本当に素晴らしいものがある。下手したら、作者の俺以上に。

 

「出来たわ!見なさい祐都、私の最高傑作よ!」

 

麻衣ちゃんと話している間に、智佳のイラスト製作が終了したようだ。若干興奮気味に自分の書いたものを此方に見せてくる智佳。おぉ、これは・・・・・・!

 

「《黄金の錬金術師》のエドワードか。ホント好きだよな、お前」

 

「鈴の手伝いしてるんだから当然、等価交換よ!」

 

テンションが大分上がっているようで、エドが錬成する時のポーズをしながら、そう答える。うん、こういうところは本当にオタクなんだなぁとマジで思うわ。疑いようない事実だね。

 

「わあぁ、下書きなしでこんなに上手く・・・・・・凄いです、先輩!」

 

「分かってるじゃない・・・・・・って、アンタ誰よ?」

 

「あ、えっと、1-A所属の夢野麻衣です。向坂先輩とは同じパソコン部の先輩後輩の仲ですっ!」

 

麻衣ちゃんが敬礼のポーズを取りながら、答える。あ、今の《Chaos;Ahead》の色幡梨子の『ビシィ!』に似てる。まぁ、彼女オタクじゃないから知らんだろうけど。

 

「ふーん、パソコン部の、ね。私は川知智佳よ、よろしく」

 

「はい、よろしくです、川知先輩!」

 

「アンタのタイプっぽい子がいるじゃない、良かったわね」

 

「そんな目で見んなし、俺は尚紀みたいな性欲魔人じゃないぞ」

 

智佳が何かを察したかのようなニヤニヤ顔を此方に向けてきたので、俺は即座にそっぽを向きながらぶっきら棒に答える。麻衣ちゃんはそのやり取りを見て、申し訳なさそうにしつつも、くすくすと笑っていた。

 

「あ、て言うか、もうこんな時間じゃない。祐都、お昼食べてさっさと準備するわよ」

 

「え、もうそんな時間・・・・・・って、マジだ!よし、急ごうぜ、智佳」

 

「あ、もしかしてそろそろ先輩方のライブですか?友達も連れていくんで、楽しみにしてますね!」

 

時刻を確認して、速足でその場から退散する俺達に、麻衣ちゃんは笑顔で手をブンブンと振ってお見送りをしてくれた。龍の審美眼は伊達じゃないな、今時絶対いないよ、あんな子。

 

「もうそんな時間か、時が経つのは早いなぁ」

 

「ほら、早くいかないと、鈴ちゃん遅れちゃうよ?」

 

一方、後ろにいたこの二人の耳にもその情報は入り、鈴は夏希の言葉に押されるように、重い腰を上げた。欲を言えば少し物足りなかった、とでも言いたげな表情をしながら。

 

「分かってるってば。じゃ、ナツー、ライブ会場で待ってるからなー!」

 

「うん、いってらっしゃーい!」

 

そして、鈴はその場から駆け出すと、偶然出会った艇を装って、お昼を食べようと移動していた祐都と智佳の二人と合流した。その様子を夏希は静かに見守る。

 

「いいなぁ、俺もあの中に入りたかったな・・・・・・」

 

自分とそれぞれ縁のある三人が遠くで談笑している様を見て、ちょっと羨ましく思う夏希であった。

 

 

「――さ、いよいよ本番だ。キミ達、準備はいいかな?」

 

時間は少し飛び、現在13:30。そろそろ、生徒も来賓で来ていた人達もお昼を食べ終わって、体育館のステージ前の座席に腰を下ろし、ライブの開催を今か今かと待ちわびている頃だろう。美月先輩がその様をステージ脇から確認した後、全員に確認を取る。

 

「午前中に色々見て回ったお陰でプレッシャーが吹き飛んだわ、万全よ!」

 

「劇的な舞台に似つかわしい劇的な演出にしようぜ」

 

「おおっ、大きく出たなぁ、向坂~。よーし、私も頑張る!」

 

それを受けて、各々が今の意気込みを自由に語る。俺の弱気な内面よ、頼むから今だけはどうか、黙っといてくれ。

 

「うん、皆それぞれ、いい時間を過ごせたみたいだな」

 

「はい、お陰様で。それで、美月先輩は誰かと回ったりしたんですか?」

 

「私か?私は途中で尚紀君と回っていたよ、やっぱり彼は面白い子だな」

 

俺は緊張を紛らわすために思い切って、美月先輩に一緒に回っていた相手を聞いてみると案の定尚紀の奴と一緒だったという。どうやら、美月先輩の中で奴は余程お気に入りのようだ。

 

「それじゃあ、開演の為の最終準備だ。皆、行こうか」

 

「「「はい!」」」

 

俺達はまだ幕の開いていないステージ上へと歩みを進める。今まで、こんな活動とは関係ないパソコン部のみでの活動だったというのに、いつの間にかこんな事になってしまった。だけど、悪い気はしない。何故なら、この活動こそが俺が長年抱えていた苦悩を解消するきっかけになった訳だし、パソコン部の面々も俺に触発されたのか最初の頃と比べて活動に積極的になりつつある。当初俺が望んでいた、変わり映えのある日々がまさに此処にはあった。

 

 

――そして、物語はいよいよ中盤戦へと突入する。

 

 

                                                                    Shift9 To be continued...

 

 

Next Shift...

 

『次回、パソコンのある日常第十話!』

 

 

『違う。次回、パソコンのある日常第十話「夏休み-休息編-」。って合ってたわ、すまん』

 

 

『まぁ、中盤戦って言ってもあんまり実感ないわよね』

 

 

『いや、そこは言ってやるなよ!?』

 

 




平田ボイスに前書き乗っ取られたでござるよ……海色桜斗です。


サントラの「アバン」を聞きながら読み上げてみてね!


次回更新は10月22日(木)15:00更新です、次回から中盤戦ですよ、お楽しみに。

※ジャンルを日常から恋愛へ変更しました。変わらぬご愛顧の程、よろしくお願いいたします。
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