パソコンのある日常-Daily lives of there's a personal computer- 作:海色 桜斗
読み終わったら、ぜひ其方もお読みください。
「はっ、はっ、はっ・・・・・・!」
――走る、走る、走る。
早く早く、急げ急げと心の中の俺が叫ぶ。
「くそっ、こんな時に遅刻はマジでヤバい・・・・・・!」
昨日は今日に備えて早く寝たはずだったのに。少し寝付けなくて、ゲームをしてたら夜更かしし過ぎてしまった。それでこの様だ、呆れすぎて草も生えない。
「元・陸上部を舐めんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
学園敷地内に差し掛かる前の坂に辿り着き、そこから猛ダッシュをかます。走って走って走りまくった先に俺を待っていたのは。
「あ、祐ちゃん!こっちだよ、早く早く~!」
「もう、何やってるのよ、祐都!そろそろバス出るわよ!」
「ったく、冷や冷やさせんじゃねーぞ、向坂ー!」
――昔と違って、こんな俺を優しく出迎えてくれる仲間達だった。
「わ、悪い!かなりギリギリになっちまった、すまん!」
「御託は良いから、さっさと乗れ」
「全く、修学旅行当日に遅刻して、それでも間に合うなんて。お前はホント、ラッキーボーイだぜぃ」
重い荷物を荷台に預け、俺はバスの中へ駆け込んだ。その後、俺の為に態々待っててくれた同級生達にお礼を言って、指定された座席に座った。
「よし、全員乗ったな。では、出発だ!」
そして、夢島高校2年生全員を乗せた5台のバスが、目的地・東京へと学園敷地内を颯爽と後にする。俺を出迎える為に態々バスの外で待っていた、尚紀を残して。
「え゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?ちょ、待っちくりィィィィィィィ!?」
出迎えておいて乗り遅れるとか。やれやれ、そういうお前はアンラッキーボーイだな、尚紀よ。
「待てよ、待てって言ってんだろうが・・・・・・止まるんじゃねぇぞ・・・・・・!」
半ばヤケクソ気味でそう言ってぶっ倒れた尚紀を何とか回収して、俺達は再び修学旅行という一大イベントに出発することが出来たのである。
『【再来】俺氏、魔都・東京に降り立つ Take2』
バスでの移動中、暇だったので携帯でネットサーフィンをしていると、何時ぞやと同じように鳴島がスレを更新していた。Take2って・・・・・・撮り直しかよ。
「何、見てるの?」
「ん、鳴島の奴が書いてるブログ。さっき更新されたんだ」
「そ、そう。ふーん・・・・・・」
座席は自由選択だったので旅行中に一緒に行動する班のメンバーと固まって座る事に。ただ、班編成が全てHJSBに関わるメンバーで纏められていたのには雄輔による何らかの介入を疑いたくなるような必然性であった。窓側の席に俺、通路側の席に智佳、向かい窓側に雄輔、向かい通路側に鈴、通路上にナツさんで座っている状態だ。
「何だブログ巡りでもしているのか、同志よ。ならば、俺のサイトも見ろ」
「お前のサイトに行くとなんちゃってワンクリック詐欺が表示されて心臓に悪いから嫌だ」
「何、別に悪意のあるものをばら撒いているわけではない。いいではないか」
いや、良くはないだろう。サイト内に入った瞬間に『これにてご契約は完了いたしました。右下の案内に従って月額料¥1,358,000をお振込みください』という表示が出てくるんだぞ。未だ鼬ごっこ状態が続くネット問題渦巻く中で、ジョーク仕様とは言え、流石にやり過ぎである。
「あ、ホントだ。いきなり詐欺られた」
話を聞いてちょっと興味が湧いた鈴が如何やら突貫したらしい。例の文章が携帯の画面にデカデカと表示されていた。
「スクロールして一番下のEnterを押すとブログには入れるぞ」
「おぉ、入れた」
鈴が再び雄輔の指示通りに突貫すると、真っ黒な詐欺ページから奴のブログページへ更新される。ブログ名は『シュレディンガーの猫』。生死不明どころか存在不確定な奴じゃん、怖すぎでしょ。
「俺ブログとかやったことないな~・・・・・・面白いの?」
「あぁ、面白いぞ。何の脈絡もなく喧嘩を売ってくる奴らの生態を知ることが出来る」
それは楽しみ方としてあっているのか・・・・・・?勿論、質問したナツさんは何の事やら全く分かっていない御様子だった。
「そう言えば、ちーは回るとこ決めた~?」
「ん・・・・・・まだ」
「早く決めないと他の奴に向坂取られるぞ~?」
「わ、分かってるわよ・・・・・・」
雄輔の下らない冗談話に飽きて、隣を見ると鈴と智佳が女子トークしていた。前半何言ってるか聞き取れなかったな、何が取られるって?
「向坂は何処か決めた?」
「俺か?俺は、此処かな。ほら、ウチの学校の『百年桜』の伝承を実際に持ってる
聞けなかったところを聞こうとしたが、その前に鈴に散策希望の場所を聞かれたので、俺は一枚のパンフレットを鈴と智佳に見せる。すると、二人共意外そうな顔をして、此方に視線を送ってきた。
「へぇ~、こんなところあるんだ。知らなかったなぁ」
「祐都がこういうところに興味あるなんて、意外ね」
「うるせぇ、ほっとけ。こう見えて伝説とか伝承とか結構好きなんだぜ、俺」
実在か非実在かはこの際どうでもよくて、世界中のありとあらゆる伝説とか伝承の伝わる土地を、聖地探訪したりするのが俺の夢の一つである。故に、こうして実際に行けるとなると少しテンションが上がるわけだ。まぁ、でも態々こんな場所を選んだ一番の理由が。
「それに、智佳が興味ありそうだったしな」
「へぇー、何だよ祐都。ちーにお熱じゃん?」
「別にそういう訳じゃないんだが・・・・・・まぁ、いいか」
智佳の為、と言うのも含まれているので強ち間違いでもないのだが。でも、それ以上に優先すべき理由が俺にはあった。
「(俺が智佳の奴と一緒に居れるのも、これが最後・・・・・・だしな)」
修学旅行が終わったら、智佳が今気になっている異性に告白して付き合う前に、俺と智佳の今の関係性を清算する。前々からずっと心に決めていた事だ。俺が智佳の進む道の邪魔になってはいけない、だから俺は潔く身を引くとしよう。
「フェリーで行くって事は離れ小島な訳?」
「あぁ。ま、そんなに移動時間はかからないからさ。一緒に行こうぜ、智佳」
「う、うん。分かった、祐都がそう言うなら・・・・・・」
けれど、その前に。いい思い出として残る、智佳の笑顔が見たい。大丈夫、俺ならやれる。今までだって気になった異性を普通に笑顔で送り出してきたではないか。
「・・・・・・ありがとな、智佳」
「祐都・・・・・・?」
今回だけ変に胸が痛みやがる。それ程、長く一緒に居過ぎた、って事か。ざまぁねぇな。
それから何時間か経って、バスは目的地・新宿駅バスターミナルへ到着した。そして午前中の全員参加のイベントが終わると、午後の自由時間がやってきた。俺は、雄輔、ナツさん、鈴、智佳の4人と一緒に例のパワースポットへと向かう為、乗り場からフェリーへと乗り込んだ。
「羽月島の『千年桜』、か。噂には聞いたことはあるが、まさか原典がそこだとは」
「ウチのとは有難みも美しさも桁違いみたいだからな。驚いて、腰抜かすなよ?」
「フ、俺を誰だと思っている。HJSBの紀郷雄輔だぞ?」
隣にいる雄輔とそんな会話をしながら、俺はパンフレットを眺める。
――羽月島。東京湾からフェリーで出て暫らく行ったところに存在する、羽月諸島の中の代表格である島だ。総人口は300人と秋田よりも少ないが、有名な観光地でもあり、連休中には多くの人が全国から訪れていて、人気は我が県より遥かに上だ。そして、その人気の理由の一つが俺達が今から見に行く、羽月島名物の『千年桜』にある。
「昔から凄く賑わってるみたいで羨ましいよなぁ」
「秋田も結構賑わうじゃない、竿灯とか花火とか」
「いやぁ、千年桜にゃどう足掻いても敵いませんな」
「悲しいけど、観光業って戦争なのよね」
8年程前に都と国の指定記念物として選ばれ、それ以降は年を追う毎に人気はうなぎ登り。夢島高校敷地内にある『百年桜』の伝承の大本、それこそがこの『千年桜』なのだ。
「でも、今の時期だと流石に桜の花は見れないんでしょ?」
「いや、それがな、見れるんだ」
「えぇ~、そんな馬鹿な。だってもう9月だよ?」
「普通の桜の木ならな。けど、何故か『千年桜』は常に咲いてるんだよ」
普通であれば桜の木と言うものは皆、春の終わり頃には花を散らしてしまうもの。しかし、この『千年桜』だけは何故か春夏秋冬、何時の時期においても必ず満開の桜が見られる事で有名。散り際の儚さの象徴となっている桜界の中で恥ずべき異端児ではあるが、それ故に無類の桜好きな者達からは大好評。特に花見の本シーズンともなれば会場予約は必須であった。
「そうなんだ、不思議だね」
「では、ここで『千年桜』に関する面白い話を一つしてやろう」
唐突に雄輔によるエピソード解説が披露される。話としてはこうだ。
ある日、千年桜が常に花を咲かせている理由を探ろうと一人の若い学者がこの羽月島を訪れた。当然、調査をするには対象となっている千年桜から枝もしくは樹皮を拝借してこないといけない。故に彼は色々な機関の代表者に頭を下げて調査への協力を要請した。彼等は協力はしてくれた。だが、実際にその土地へ行って直接素材を取るという事に関してはかなり消極的で、調査当日は彼一人で其処へ乗り込む形になったのだという。
そして、その当日。彼は真っ先に千年桜の元へ向かい、樹皮を採取するため、木の幹に持ってきたサバイバルナイフを擦り当てた。すると、次の瞬間、木の根元から禍々しい触手のようなものが伸びてきて彼の体に巻き付いてきた。彼は叫んで助けを呼ぼうとした。しかし、時既に遅し。触手は彼の体全体を縛り上げ、覆い隠し、そのまま地面の底へと姿を消した。彼は依然として現在も行方不明のままなのだそうだ。
「・・・・・・って、ガチのホラーじゃねぇか!?」
「面白い話の要素が一つもなかったよ、恐ろしいね」
ついうっかり最後まで聞き入ってしまったが、決して面白い話などではなく冗談抜きに怖い話であった。やめろよ、行きにくくなるだろ。
「まぁ、ネットで拾った作り話みたいなものだ。信憑性はない、安心しろ」
「なーんだ、それなら安心だね」
「ところがどっこい、実際に起こった話かも・・・・・・!」
雄輔の言葉に安堵した一同だったが、気付けば鈴がニンマリ顔で話をぶり返そうとしていた。
「ほら、よく言うじゃん。桜の木の下には死体が埋まってるー的なヤツ」
「あぁ、何だ、そっちか・・・・・・」
「うむ、恐らくはそれをモデルにした話なのだろう。実際にありそうな体をしているしな」
確かにそれと無く似てはいるけど。でも実際、それなりに年期を重ねたものには魂が宿るとかいう概念があるから一存には否定できないところが悔しい。付喪神の話は割とホラーよ。
「あ、もうすぐ目的地に着くみたいだよ」
「む、もうそんな時間か」
「何かあっという間だったね~」
そんなナツさんの発言を受けて、全員が前方を見ると、視界が羽月島の港らしき場所を捉えた。そこからは早いもので、船がゆっくりと港に近づいていき、乗り場に停船させる。俺達はそれを見るなり、急いで船から降り、例の『千年桜』の場所へと走り出した。
「ところで同志よ」
「何だよ、急に」
「これから例の場所へ向かっているわけだが、俺と紗々由と藤堂はその前に寄る場所がある」
「故に、同志と川知嬢で先に向かっていてはくれぬか?」
えぇー、これからって時に何ていう悪意ある分け方しやがるんだコイツは。そんな不服感たっぷりの顔を奴に見せると、奴は続けてこう言った。
「この前の同志の相談を受けての判断だ、察してくれ」
「尤も、受けるか受けないかは其方で判断してもらって構わない」
あぁ、成程、そういう事か。この提案は雄輔なりに、俺がこれから智佳に話そうとしていた大事な話を二人きりでさせるために考えてくれた事なのか。それじゃあ、俺は――
→・提案を受け、智佳と共に先に千年桜へ向かう
・提案を受けない
智佳√《幼馴染みと同人誌のある日常》の解放条件・最終をクリアしました。
√突入条件、達成完了。次回よりアップデートを開始します。
「分かった。あんまり遅くなるなよ?」
「フ、精々気を付けるとしよう。では行くぞ、紗々由、藤堂」
「オッケー!それじゃあ、頑張ってね、ちー」
「ちょ、ちょっと、何なのよ一体・・・・・・!」
「後悔しない方を選ばないとね、祐ちゃん」
「あぁ、ありがとな。ナツさん」
雄輔の号令に従って、鈴とナツさんは俺と智佳の向かう方向とはまるっきり反対方向へ向かっていく。親友たちの急な進路変更に戸惑って、奴らが去っていった方向をしきりに気にしながら俺の後に続く智佳。頼むから、あっち行くとか言わないでくれよ。俺の立つ瀬がなくなる。
「ね、ねぇ、祐都。何でいきなり鈴たちと別行動になったの?」
「何でって、聞いてたろ。アイツらはアイツらで寄りたい場所があったんだとさ」
「い、一応、自由時間とは言え班行動中なのよ?」
一応班行動中、か。如何にも真面目な智佳が言いそうな台詞である。けれど、此処は絶対に何が何でもこの茶番に付き合ってもらう他ない。ホント、俺には勿体ない程のいい幼馴染みじゃねぇか。
「いいじゃねぇか、ちょっとくらい。それに此処まで態々見張りに来る暇な教師なんかいねーよ」
「そ、それはそうかもだけど・・・・・・!」
「心配すんなよ、行こうぜ」
「う、うん・・・・・・」
不意に俺が差し出した手を、びっくりしながらもおずおずと握り返す智佳。少し冷たいけれど小さくてふわっと柔らかいその感触を手の中に抱きながら、俺は千年桜のある場所へと急いだ。
「うわぁぁぁ・・・・・・!」
「すげぇ・・・・・・まるで夢の世界に迷い込んだみたいだな」
暫らくして、祐都と智佳は無事に千年桜のある場所へと辿り着いた。そこで見た景色はまさに圧巻。周囲の僅かな音さえも掻き消え、静寂と化した場所に煌々と咲き誇る一本の巨大な桜の木。それは、今までに見たことがない位、綺麗で美しい桜だった。
儚く散る時に見せる美しさを演出しながらも、未だに木全体の花が散って哀愁漂う姿になる事はない。桜の木の最も美しいとされる瞬間と日本人に古来より愛された可憐な桜色。それらが共存する形でこの場所には存在していた。
「見て、祐都。花弁が舞ってて凄く綺麗よ!」
「あぁ、そうだな」
景色に目を奪われ、殆ど素に近い状態で燥ぐ智佳。そんな彼女の姿を見ていると、祐都は妙にドキドキしてしまう感覚を覚える。あのプールでの一件以来、彼は彼女の自然体の笑顔が直視できなくなってしまっていた。
「ねぇ、祐都。こっちに来て?」
「お、おう・・・・・・」
彼女の微笑みに誘わるがままに彼は彼女の待つ場所まで駆けていく。二人きりになった瞬間、何故か本来の目的とは別の目的で動いてしまった。自分の中で決めていた決別の時が間近だという事実から逃げたくておかしくなったのか。それとも、まだ彼女とこの関係を続けていきたいからそうしたのか。
「・・・・・・此処に来たって事は、その、ゆ、祐都も誰か好きな人がいるって事・・・・・・?」
近くに来た彼を、彼女は何処か期待するような眼差しで見つめている。胸に残る少しの不安を同時にしまい込んで、彼からの答えを待っていた。もし、彼が好きな相手がいたと言った時は、それが自分であればいいと密かに思いながら。
「な、何でいきなりそういう話になるんだよ」
「何よ、私には言わせておいて。祐都は駄目だって言うの?」
「そんな事はねぇよ。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「わ、分かんねぇんだよ。今まで意識した事もなかった訳だしさ」
憧れや尊敬、それに連なる好き、と言う感情は彼でも理解できていた。しかし、そこから先の何方の方で好きかと聞かれると彼には理解しがたいものだった。自分が今まで出会ってきた女性達。中学時代は思春期と言う事もあり、兎にも角にもそういう感情の狭間に飲まれることはあった。だが、それは本当に相手を異性として意識しての好きなのか。それともただ、友達が少ない自分がその子と友達になりたいと思って抱いた一人の人間としての好きと言う気持ちなのか。経験不足が祟り、その違いを明確にすることが出来なかったのである。
「・・・・・・葵の事は好き?」
「分かんねぇ。けど、親近感みたいなものは感じた」
けれど、それも異性としてなのか人としてなのか、皆目見当がつかない。それが今の彼に出せる精一杯の答えだった。年齢的に恋愛へ興味を持ち始める時期からずっとそう、彼は自身が心の底から特定の誰かを異性として本気で愛していると確信できなければ何もできない、恋愛事に対して律義というか難儀な男であった。
「そっか。じゃあ、わ、私は・・・・・・?」
「智佳・・・・・・?」
ただ、この時だけは。彼は彼女が問う言葉の真意が、今までのそれとは全く別の色を示していることが分かった。彼女の方はと言うと、今までの彼の言葉を受け止めて一段と大きくなりつつあった不安をどうにか沈めながら、彼の本心へ向き合おうとしていた。
「わ、私だって、一応、祐都からしたら異性、なわけだし。き、気になると言えば気になるじゃない」
「智佳、俺は・・・・・・」
彼女の自分だけを見つめる少しだけ潤んだ目を見て、彼は先程まで切り出そうとした彼女との決別をするという話を心の奥へ閉まい込む。彼の大切な幼馴染を泣かせたくないという気持ちが、覚悟が半端になりかけた最悪の答えへの可能性を完全に殺した瞬間であった。
「「・・・・・・」」
やがて、二人はお互いに向き合ったまま沈黙する。後は何方かがこの空気に耐えきれなくなって相手に想いを伝えるだけ。そして、その瞬間は早くも訪れた。
「あ、あのね、祐都・・・・・・!」
「な、なぁ、智佳・・・・・・!」
二人が切り出したのはほぼ同じタイミング。完全にお互いの先に言おうという意思が前に出過ぎた結果であった。勿論、こうなると後の展開は予想するまでもなく。
「な、何?祐都から言ってよ」
「や、俺の事はいいから智佳から言えよ」
「「・・・・・・」」
このように、お互いがお互いに遠慮しあって何も言えなくなる。日本人特有の譲り合う精神は素晴らしいものではあるが、事この瞬間においてはただ邪魔な障害にしかならなかった。
「ゆ、祐都は旅行前からずっとこの場所に来るつもりだったの?」
「あ、あぁ・・・・・・」
「そ、そっか。じゃあ、今日こうなったのも私に何か言いたいことがあった、って事、だよね?」
その問いへの彼からの返答を待たずに、彼女は覚悟を決めた表情になり、彼を見つめ直す。もしかしたら自分の長年の想いが結ばれるかもしれない。けれど同時に、彼に振られてこの関係が終わってしまうかもしれない可能性もゼロではない。どっちの結末に至ろうとも、彼の前では涙を見せまいとする彼女を見て、彼の中に今までの彼女との思い出が鮮やかに蘇った。
『ふぅん、それが祐都の考えたキャラクター?ちょっと待ってて』
『な、何するんだよ。それ、大事な設定集だぞ』
『いいから、いいから。後でちゃんと返すわよ』
これは小学生の頃。彼が当時漫画家を目指して自作の漫画を描いていた時に、彼女が彼の漫画に登場する一人のヒロインの絵を見て、徐に何かを書き始めたのである。
『はい、完成。どう、ちょっといい感じになったでしょ?』
『す、凄い・・・・・・!』
漫画を書いてはいたものの絵が絶望的に下手過ぎた彼は、幼馴染みが書いたそのキャラと自分が書いたものを見比べ驚きを隠せない様子だった。ヒロインと見分けるのさえ困難な棒人間気味のイラストと雑誌に掲載されている漫画に出てくるキャラ張りに等身がしっかりしているイラスト。何方を見れば購買意欲が増すか、それは火を見るよりも明らかであった。
『やっぱり、これくらい書けなきゃ漫画家にはなれないか・・・・・・』
『大丈夫よ、祐都ならすぐに書けるようになるって!ちょっとくらいなら教えれる自信、あるわよ?』
『わ、分かった・・・・・・!智佳、お願いだ。絵の事、色々と教えてくれないか!?』
『ん、了解。それじゃあ、まず基礎から行くわよ!』
そして、この約束から一週間後の事だ、あの全校集会での彼女との衝突があったのは。もし、あれがなければ彼はまだ彼女と共に漫画家への道を邁進していたかもしれない。けれど、あれで一旦別れてみなければお互いに相手の存在がどれほど大きかったか、今でさえ分からないようになっていたかもしれない。
やがて回想を終えた彼は、自分のバックの中から筆箱を取り出し、シャーペンやボールペン等が入っている大きなスペースのあるところではなく、定規や分度器などが入っている小さめのスペースの場所から一枚のメモ用紙を取り出し、それを広げる。そこには彼女があの時に描いたあのイラストが写っていた。
「なぁ、智佳。これ、覚えてるか?」
「それって、あの時、私が描いた・・・・・・!」
「あぁ。そんでその一週間後に揉めて擦れ違って。俺が全部台無しにした、お前との約束の印だ」
その当時、家に帰ってから彼は激しく後悔した。折角、自分が漫画になる夢を応援してくれたというのに、漫画の事ばかりで浮世離れし過ぎた自分を再び他人と関わる道へと誘ってくれたというのに。自分自身の身勝手が祟ってこうなった。
だからこそ、彼は思った。あの時のような事件を再び起こさないために俺はこのイラストを後生大事に持っていようと。故に、このイラストは彼にとって幼馴染みの智佳に対しての尊敬と子供心ながらの淡い好意と自分が引き起こした事への戒めを含むとても大事なものになっていたのである。
「最初言おうとした事と違う答えになっちまうけど、智佳には正直に話すぜ」
「うん・・・・・・」
彼の中で今までの幼馴染みに向けての感情の変化とその全てが積み重なって、経験の浅い彼にもどういう事か、はっきりと理解する事が出来た。そして、彼は漸くここにきて自分が彼女に対してどう言う思いを抱いているのか。胸の中に既にあったその答えを、そのまま告げた。
「――俺は・・・・・・智佳が好きだ」
「・・・・・・!」
あぁ、言ってしまった。遂にここまで来てしまった。そして何より、気付いたのだ。最近、智佳の姿を見るたびどうしてもドキドキしてしまう事、智佳が好きな奴がいると言った時に知った胸がモヤモヤする感覚、自分が智佳とどうしても別れたくないと思うこの気持ち・・・・・・それら全ての正体を。
「祐都・・・・・・祐都ッ!」
「智佳・・・・・・!」
涙腺を緩ませ、俺に抱き着いてきた彼女を、俺は優しく抱き返した。あの時に感じた柔らかくて華奢な力を入れたらそのまま壊れてしまうかもしれないその身体をその温もりを全体で再び感じた。
「私も、私も祐都の事が好き・・・・・・大好き・・・・・・!」
「あぁ、俺も大好きだ、智佳」
智佳の抱きしめる力が少しだけ強くなる。だが、これくらいで音を上げては男が廃る。同じ強さで抱きしめ返す代わりに、智佳の頭を優しくそっと撫でた。
「祐都が、祐都がもし、私以外を選んだらどうしようって不安だったんだから・・・・・・!」
「悪い、随分長く待たせちまったな」
「ホントよ、私頑張ってたのに・・・・・・気付くのが遅いわよ・・・・・・馬鹿ッ!」
「ん、ごめんな」
智佳の溢れるような告白を受けて、俺は今までの行動の基準を全て理解した。成程、だから鈴の考えた作戦に安易に引っ掛かって俺と一緒にいようとしたり、俺の気を惹こうと智佳なりに頑張ってたんだな。本当に、智佳には苦労を掛けさせてばかりだ。
「でも、プールで祐都が私を選んでくれたの、嬉しかった・・・・・・!」
「あん時の智佳は凄く可愛かったぜ。まぁ、今もだけどな」
「うん・・・・・・うん・・・・・・!」
俺の中にあった、俺では智佳と釣り合わないとか智佳にはもっと頼りになる男が付き合うべきだとかそういう考えはもう思いつきもしなければ考えもしない。だって、こんなに可愛らしい女の子が俺という存在をこれ程に求めてくれているのだ、これでその気持ちを無碍にするなど出来るはずがない。
「頼りない男かも知れないけど、改めてこれからよろしくな、智佳」
「ううん、そんなことない。祐都は、祐都は凄く頼りになるし、カッコいいもの・・・・・!」
「そ、そうか?へへっ、何か照れくさいな・・・・・・」
彼女いない歴16年。これからも続くと思われた不名誉な自己記録の連続更新は、今この瞬間に崩れ去った。そうだ、これからは今まで以上に智佳を守ってやらなきゃならない。コイツの笑顔を誰にも奪わせてなるものか。そう心の中で決意を固めた。
「祐都、私もう我慢できない・・・・・・いい?」
「お、おう。その、上手く出来なかったら、済まん・・・・・・」
「ふふっ、それはお互い様よ。祐都、好き・・・・・・んっ」
「ん・・・・・・」
その場のドキドキに身を任せ、智佳と軽くキスをする。噂で聞いた「初めてのキスはレモン味がする」とかいうやたらと信憑性に欠ける情報は少なくとも俺の中では間違いだった。というか、何分初めてなものでもう何が何やら。恥ずかしさでうろ覚えすら困難な状態になっていた。検証って難しい。
「ぷはっ・・・・・・・え、えへへ。しちゃったわね、キス」
「あ、あぁ。しちまったなぁ・・・・・・」
お互いのファーストキスを幼馴染みにすることになるとは。最初は子供心の勘違いの恋心だったかもしれんが・・・・・・あれ?もしかしてこれ、初恋の人と初キス出来た事にならねぇか!?ヤバい、何か凄い興奮してきた!
「ね、ねぇ、もう一回、しない?」
「智佳・・・・・・」
「有難う、祐都。んっ・・・・・・」
一回目のキスからそんなに間が空かない内に2回目のキスをする。好きな人とのキスは麻薬とはよく言ったものだ、すればするほど相手の事が更に愛おしくなる。もう俺には、隣に智佳がいないなんて事は一切考えられなくなっていた。ずっとこのまま近くにいてほしいし、智佳を他の奴に渡す気もない。
――守っていこう、俺の大切な幼馴染で恋人の智佳の事を。これからも、ずっと。
Shift16 To be continued...
Next Shift...
晴れて幼馴染み兼親友であった関係から恋人同士になった、祐都と智佳。周囲もそれを温かく迎え入れ歓迎した。祐都は祐都、智佳は智佳で自分が相手の彼氏・彼女である事を意識した上で、相手を喜ばせたいとあの手この手で試行錯誤を繰り返す。
次回、パソコンのある日常第18話(智佳√編)「幼馴染みから恋人へ」。
お互いに不慣れな『恋愛』と言う最難関ステージ。彼等の明日はどっちだ!?
サブタイトルが何も意味を成してなくて済みません<m(__)m>