パソコンのある日常-Daily lives of there's a personal computer- 作:海色 桜斗
――季節は夏。って、これはこの間もやったか。衣替えも完了し、ついに待ちに待った一年越しの夏服。あの暑苦しい長袖から解放されれば最早こちらのもんである。これでも夏生まれの正真正銘夏の男だ、これしきの暑さに負けてなるものか。やる気に満ちた足どりで俺は学校前の坂を駆け上がっていく。ちょうど校門の前まで辿り着くと、校門の前で一人の女生徒が校門に寄りかかり、何かを待っているようだった。
「やっと来た。朝練、行くわよ」
「おう、朝から出迎え悪いな、智佳」
校門前を通り過ぎようとすると、その女生徒からお声がかかる。そう、俺の小学校からの幼馴染の川知智佳である。別にこんな暑い中律義に待ってなくても、部室棟の場所と軽音楽部の部室なら分かるからいいと前に言ったのだが、全く言うことを聞く気配がない。
「律義に俺を待ってなくてもいいんだぞ、暑いだろ」
「別に私が好きで待ってるんだし、いいでしょ」
「そうか、じゃあもう何も言わねぇわ。ほい、途中で買ったジュースやるよ」
「ん、ありがと」
俺が差し出したジュースを変に遠慮するでもなく、智佳は素直にそれを受け取り、キャップを開けて飲み始める。先週末頃に漸くコイツとの案件にケリがついたのだ。そうさ、これでいい。元々、智佳の奴との間に遠慮なんてなかったのだから。
「頼まれてもいない物を買ってきてる辺り、アンタも人のこと言えないわね」
「厳しいな、お前は」
「ん・・・・・・」
小学校の頃とは違って、明らかに男女の違いが明確に出たとはいえ、人とはそう簡単に変わらぬものである。でも、変わったことがあるとするなら、同じ話題で盛り上がれるようになったこと、であろうか。
「そう言えば、アンタは去年の夏休みって何してたの」
「普通に家で小説書いたり、ゲームしたりしてた」
「うわ、寂し・・・・・・」
「うるせぇ。一応、いつもの奴らとつるんで花火見に行ったりもしてたよ」
「ふーん、そっか」
休み中ずっと一人でなんかしてたわけではないと弁明したが、智佳はその話に耳を傾けずに興味なさそうな顔で携帯に目を通し始めた。
「・・・・・・ねぇ、鈴が夏休みにプール行こうと思ってるみたいなんだけど、アンタも行く?」
暫らくの間をおいて、智佳が唐突にそんなことを言い出す。プールか、いいね!
「いいねぇ、いい目の保養になりそうだ」
「変態」
「いやいや、何でだよ!?」
夏場に男女で集まってプール、何てリア充的なイベントなんでしょ。プールなんてそうそう行く機会ないからな、女性の水着姿の研究が捗りそうだ。設定資料集には欠かせない。故に見逃せない。
「ま、詳細は直接鈴に聞いて」
「おう、分かった」
「い、一応、その・・・・・・私も頑張るから」
ボソッと智佳が何か呟いた気がした。しかし、ここで特に深堀して聞くことではないなと思い、俺はそのまま智佳と並んで部室を目指した。
「うぃーす、お疲れでーす」
「お疲れ様でーす」
「おっ、ちーと向坂じゃん。へへぇ、今日も仲睦まじく一緒に来たんですな、やるじゃん」
部室に入ると、早速俺と智佳が一緒に入ってきたことに関して、鈴が弄りに来る。もう何度も繰り返しているだろうこのやり取りだが、懐かしさを感じるので悪くはない。昔から鈴はこんな感じだしな。
「ちーもすっかり丸くなったねぇ、そんなに向坂と仲直りできたのが嬉しかったんだ」
「うっ・・・・・・で、でも、鈴だって嬉しそうじゃない」
「んん、そりゃあね。また向坂と色々できるんだし、悪くはないでしょ」
この一週間で大分分かったことがある。まずは、智佳。何か、やたらと突っ込みが激しめだったり口数が少ないことが多いのは、智佳自身が感情を素直に表せないが為の行動なのだという事。何だっけ、こういうの天邪鬼っていうんだっけ。だが、少なくとも俺は気にしてはいない。
「そ、そりゃあ、祐都とまた昔みたいに喋れるようになったし、共通の話題も増えたって言うか」
「うんうん、前からちーは色々と話したがってたもんね。分かる、分かるよぉ」
「で、提案なんだけど、これを機に更に一歩前進してみればどうかと思ったんだけど、どう?」
次に鈴。コイツはコイツで反応が面白いからということで、智佳を弄り倒すことが楽しみで仕方なくなったのだという。一見すれば、意地の悪い事だが、それでも智佳にとっては有り難い事らしい。流石は智佳と最も通じ合ってる女だ、信頼関係の深さが半端ない。
「何よ、一歩前進って」
「またまた、分ってるくせに。ちょっと耳貸してみ~?」
そして、鈴が智佳の奴に何やら耳打ちを始めた。最初の方こそ、ふんふんと相槌を打ちながら聞いていた智佳の顔が次の瞬間、ボンッと音が鳴るくらい真っ赤に染め上がった。
「ち、違うわよ、そんなのじゃない!!」
「わー、ちーが怒った~、向坂助けて~」
一体何を話したのだろうか。智佳が鈴に怒鳴り声をあげ、鈴は棒読みで助けを求めて、俺の背後に隠れる。何じゃい、この状況は。
「鈴、お前またやりすぎたんじゃないのか?」
「へ、へへぇ~、仕方ないじゃん、今のちーは弄ると面白いんだから」
「うぐぅ~っ・・・・・・祐都、退きなさい!ソイツ、殴れない!」
物騒なこと言うな、コイツ。いつものじゃれ合いと言えど、そろそろ止めなければ朝練しに来た意味がなくなる。俺は、隠れようとする鈴に腰をがっちり掴まれながら、ムキになっている智佳を宥めた。大丈夫だろうか、本当に。いや、大丈夫だと信じたい。
「やぁやぁ、いつも通り元気そうで何よりだ。皆、おはよう」
騒がしくしていると、美月先輩が部室のドアを開けて入ってきた。ナイスタイミング、先輩。
「おはようございます、先輩。すみませんね、朝からコイツ等が騒がしくて」
「何よ、保護者面して。祐都の癖に生意気言ってくれるじゃない」
「そーだ、そーだ!」
悪いか、実際ただただお前らが騒いでただけだろ、俺ただ巻き込まれただけだし。
「じゃあ、そんな時には喧嘩両成敗だ。・・・・・・えいっ!」
「痛っ!?」
「ふぎゃっ!?」
美月先輩が徐に取り出した楽譜の書かれたノートを丸めて、二人の頭を軽く殴る。危ない危ない、もしもギャルゲとかなら俺の頭部にも飛んできてたはずだ。理不尽はラブコメの王道的展開だからな・・・・・・誰がラブコメじゃい。
「幼馴染だからって、あんまり祐都君を困らせたら駄目だぞ。朝練、始めるよ」
「「は~い・・・・・・」」
助太刀してくれた美月先輩のお陰で、俺達は無事朝練に打ち込む事が出来たのだった。
「あぁ、そうだ、鈴。ちょっといいか?」
「おー、向坂が私をご指名とか珍しいじゃん、どったのー?」
朝練が終わり、本棟に向かう途中で鈴に、今日の朝に智佳から聞いたことを話してみることにした。まだ教室につくまでは時間あるからな。
「朝来た時に智佳から聞いたんだが、夏休みにプール行く予定あるんだって?」
「おー、その話か。成程成程、みなまで言わずとも分かるよ。向坂も行きたいんだろ~?」
聞いた途端すぐに好意的な反応が返ってきた。流石は鈴、話が早いな。
「あぁ。仲間内で行くプールとか結構楽しそうだしな」
「いいよー。ただし、これに参加してもらうけどね」
そう言って、鈴は一冊の冊子をカバンから取り出して、俺に手渡した。冊子にしてはヤケに分厚い。そう思った俺が受け取った冊子を裏返し、表紙を見る、と。
「なッ、こ、これはまさか今年の夏コミ案内の冊子だと・・・・・・!?」
「そそ。実は私、中学の頃から毎年そこで同人作家として出店してるんだ~。だから、一緒にプール行きたいなら、それ手伝ってくれないと」
オタクのオタクによるオタクの祭典。毎年、東京ビックサイトを会場に夏と冬に3日間の日程で一回づつやる大型同人販売イベント、通称「コミックマーケット」。オタクになった身ならば、一度はこの即売会に行くことに憧れ、誰しもが目指す、遥か遠き理想郷である。
「お、俺まだ一度も行ったことないんだが、いいのか、同行して!?」
「へぇ~、向坂は一回も行ったことないんだ。私はてっきり、自前の小説でも売ってるのかと思ってたけど」
「今は進捗悪いから、それはちょっと、な。けど、行けるってなら行ってみたい!」
同人誌販売ショップすらない、過疎るに過疎りまくったこの土地に住み続けること16年。漸く、俺にも好きな同人誌を掛けて争われるという、彼の戦場の地へと赴けるチャンスがやってきた。これを逃す手はない、例えその死地において死する運命にあろうとも!
「いやぁ~、ちーをこの道に引きずり込んでから毎年手伝って貰ってるけど、そろそろ忙しくなってきたから男手が欲しかったんだよね。いや~、今年は楽できるぞー!」
「任せ給え。この私が来たからには通常の三倍で動いて見せよう」
「おぉ~、大佐の物真似だぁ、似てる似てる~」
ほほぅ、どうやら鈴はガンバムシリーズを知ってるみたいだな。間違いない、コイツぁマジもんの玄人オタクだぜ。と、興奮冷めやらぬ中、俺の頭の中をチラッといつものパソコン部の面子が過る。そうだ、鈴さえよければあいつらも誘ってみようかな。
「なぁ、鈴。もし良かったら、パソコン部の連中も連れてってやりたいんだが、いいか?」
「いいぜ~、人手は多いに越したことはないって言うしなー!」
「恩に着るぜ、鈴!よーし、じゃあ早速連絡を・・・・・・」
鈴から許可をとった俺はパソコン部のグループチャット板にその旨を書いて、投稿した。すると、あっという間に既読が付き、全員から返信があった。
「すまん、鈴。パソコン部が全員参加になった」
「おおう、何という大所帯。しかし、無問題。ね、先輩!」
「ん、あぁ。移動手段については任せ給え」
パソコン部フルメンバー8人と軽音楽部フルメンバー3人の合わせて11人。多いなぁ、まるで休みの日に大人数でそこら辺を我が物顔で歩く、リア充集団のようだ。というか、美月先輩も行くんですね。良かったな、尚紀。
それから、本棟の螺旋階段付近で美月先輩と別れ、俺と智佳は2-Aへ、鈴は2-Bへとそれぞれのクラスの教室へ向かった。最初こそ、俺と智佳が並んで教室に入る姿を物珍しく見ていたクラスメイト達は流石にもう一週間も経って慣れたのか、最早誰も気に留めなくなっていた。
そして、授業とかHRとか何やかんやあって放課後。俺が軽音楽部の部室に向かおうとすると、玄関前で葵さんに呼び止められたのであった。
「珍しいっすね、葵さん。どうしました?」
「実は、紀郷君から聞いたんだけど、夏休みにプールに行くんだって?」
紀郷め、何処から情報を入手した。要らん配慮を回しおってからに・・・・・・だが、グッジョブだ。
「はーっ、はっはっはっ!そこまで言われると照れるなぁ、同志よ!」
「うおっ、お前、今、どっから湧いた!?」
「何、些細な事だ気にするな。因みに、この情報は今朝掴んだ」
「この野郎・・・・・・どっかで聞き耳立ててたろ」
噂をすれば何とやら。何処からともなく、俺と葵さんの中に割って入るかのような位置に突如として紀郷が現れた。葵さんも横でびっくりしているご様子。そして、開示された情報元は今朝の俺らしい。まさか付いてくる気じゃないよな。
「案ずるな、同志よ。今回は同志のお膳立てだけで同行はしないつもりだ」
「毎度毎度、勝手に人の心の中を読むな」
「むぅ、そこは感謝してほしいところだな、My同志・向坂よ」
うん、正直感謝はしている。だが、だがな・・・・・・いや、待て。取り敢えず一回落ち着いて、紀郷ではなく葵さんに向き合わねば。俺が今話そうとしていた相手は葵さんだ、勘違いするなよ。
「えぇ、まぁコイツの言う通りですが。でも、条件としてコミケ参加の手伝いがありますからね。お薦めはしませんよ」
「へぇ、コミケってあのニュースとかで最近やってるやつ?いいなぁ、ちょっと楽しそう」
何ですと。これはもしかしたら千載一遇のチャンス・・・・・・いやいやいや、待て待て待て。憧れの高嶺の花までオタクに染まってしまったらどうする。
「ほ、本当にいいんですか、結構人混み凄いところみたいですよ?」
「あははっ、別にそれくらいは気にならないよ。それに普段祐都君が見てる景色が分かるかもだし」
・・・・・・これを(オタク)殺し文句と言わずに何という。ええとね、出会って早々の間もない頃にそんなこと言われでもしたら、普段から自分の趣味について語りたいと思っているオタクにしてみれば、それは救いの言葉以外の何でもないのです。それが例え、社交辞令的なモノだったとしても、だ。
「フ・・・・・・(良かったな、同志よ。この世に天使は存在するようだぞ)」
「・・・・・・(あぁ、これには俺も一瞬浄化されかかった。凄まじいな、心の広さ)」
意識を保つために、後ろにいる紀郷とアイコンタクトをとってみる。この間僅かコンマ数秒の出来事である。しかし、ここまで肯定的にされては、多少下心も湧いてくるものである。最早コミケ云々はこの際どうでもいい事だ。それよりも何よりも、水着姿の葵さんがプールではしゃぐ様を見てみたい。
「じゃ、じゃあ、葵さんが良ければ、その・・・・・・一緒に行きませんか?」
「本当に!?やったぁ、今年の水着は気合入れて選ばなくちゃ!それじゃあ、またね!」
此方に向かって手を振る葵さんを見送りながら、俺も葵さんに手を振る。葵さんと出会ってまだ数ヵ月ばかりの時しか経ってはいないが・・・・・・帰り際に見せたその笑顔は過去のどのシーンを切り取ってみたとしても最高に可愛く、彼女への気持ちを増幅させるきっかけになるには十分すぎた。
「へへっ、そんなもんかよ。もっと来いよ」
「と、魂は言ってるが、肉体は死んでいたな、同志よ」
いつかのツイポで見かけた、そんな小ネタを呟いた後、俺は浮かれ気分で元々目指していた場所へ向かった。我ながら、実に単純である。
「来たわね、行くわよ」
「おう、お勤めご苦労さん」
さて、部室棟前で智佳と鉢合わせし、更に一人増えたことを鈴に報告せねばと思っていたその時、その場所で一人サッカーボールを手にした背の高い男子生徒の姿を目撃した。あれは・・・・・・。
「おーい、そこにいるの、もしかしてナツさんかー?」
「あれ、祐ちゃんだ。珍しいね、こんな時間にこんなところで会うなんて」
俺がもしかしてと声をかけてみると、やはりそうだった。コイツは藤堂夏希。智佳と同じく、昔からの幼馴染である。夢島高校サッカー部所属のエースストライカー、長身細身で俺の知り合いの中では群を抜く程、超イケメンの男子生徒だ。
「おいおい、この年になって未だにちゃん付で呼ぶのいい加減に止めろよ~」
「仕方ないだろ~、オレにとって、祐ちゃんは昔からずっと裕ちゃんだし」
思えば、オタクじゃないのに未だ付き合いあるのってナツさんだけなんだよな。リア充サイドではあるけど、基本こっちのオタ話もそれなりに聞いてくれるいい人だ。あれだ、人としての根っこの方がお互い似てるんだよ、きっと、多分。
「ちょっと、男同士で気持ち悪いわよ、ナツ」
「あははっ、ごめんごめん。智佳ちゃんも一緒だったんだね」
俺とナツさんの絡みを間近で見て、若干引き気味の智佳がナツさんに対して突っ込みを入れる。そう、この二人も俺の幼馴染つながりで昔から交流はある仲だ。同じ空間に居合わせれば、大体はこうなるはずである。
「事情が事情だけに、ね。ところで、こんなとこで何してたのよ。ここは練習場所じゃないでしょ?」
「ん、練習中にボールの空気抜けちゃったから、ちょっとね。サボりとかじゃないよ」
普通、部活のエースにそんな新人みたいなことさせねーだろと思ったが、よくよく考えてみれば、それを口実にナツさんが一息つきたかった説もある。流石、ナツさん、やることが違うね。
「そりゃあそうでしょ。エースのアンタが抜けたら絶望モノよ、ウチのサッカー部」
「えぇ~、そんなことないよ~」
「絶望したッ、エースのいない我が部に絶望したァァァッ!!」
「そんで、アンタは何してんのよ」
一瞬クスリ、としてはくれたが、直ぐに冷静な突っ込みが返ってきた。うんうん、やはり智佳も『さらば絶望教授』を知っていたようだ。面白いよね、あの漫画。
「智佳ちゃんは分かるんだね、オレには全然分んなかったや」
「そうね。ナツと喋れるのは『プロモン』とかその位だったわよね」
「あぁ~、懐かしいね『プロモン』。今度新しいのやるんだっけ?」
「そうそう、『プロモンアドベンチャー#』ね。駄作リメイクにならないといいけど」
『プログラムモンスター』略して『プロモン』。そのシリーズの初代アニメ作品でもあり金字塔でもある『プロモンアドベンチャー』は今尚語り継がれる伝説のアニメである。OP、挿入歌、ED・・・・・・どれを聞いても気持ちがブチ上がる。最終回はマジで泣けた。
「あ、そうそう。実は夏休みにプールに行く予定あるんだけど、ナツは行けそう?」
「うーん、行きたいのは山々だけど、夏休みのサッカー部は交流練習試合が多いから、ちょっと無理そうかな~」
智佳がナツさんを誘おうとするが、部活の事情があるようで断られてしまった。まぁ、ナツさんくらいの実力にもなれば交流試合は自身の腕試しをするには絶好のチャンスの場でもあるわけだし、こればっかりはもう既に致し方なし、ってところか。
「そう、それは残念ね」
「折角ナツさんと行ける機会だと思ったんだけどな」
「ごめんね~、今度また機会あったら一緒に行こう」
そう言って、ナツさんはグラウンドの方へ駆け出して行った。俺と智佳はそれを見送ると、再び軽音楽部の部室目指して歩みを進め始めたのだった。
2025/7/5 17:30
夢島高校校舎本棟2F コンピュータ室
Side:篠崎 龍
「フム・・・・・・アップデートは無事完了のようか。今まで主体でないことを主体でやると中々体が慣れてくれないものだな」
コンピュータ室の部長席に座りながら、凝り固まった身体を解すように捻る。途端に身体中からパキパキと音が聞こえ始めた。
「やれやれ、備品でマッサージチェアでも欲しいものだ」
「そんな龍ちゃんにはこれをあげよう。プレジデントチェアー」
俺の口から零れた贅沢な要望を偶然近くで聞いていた、同じBクラス所属の水鳥優海さんが近寄って話しかけてきた。なお、彼女が手を広げた先にはプレジデントチェアなんて高級品はなく、この部の備品である安物のパイプイスがあった。
「そんなものがここにあるわけなかろう、優さん」
「あは、試しに言ってみたまでだぁよ。良かったら私がマッサージして進ぜよう」
「クラス一のマッサージ師の腕、体感させて貰おうか」
「おおっ、乗り気だね。任せて、なんせ私の腕はあの高級サーバーマッサージ機以上なのだよ」
俺の返答を聞いた優さんが腕まくりをして、肩の方から施術し始める。成程成程、これは素晴らしい腕前だ。本格的に我が家で雇いたいくらいだな、正規雇用は無理だが。
「いつも部長のお勤めご苦労様、龍ちゃん。どうやら大分お疲れの様みたいだよ」
「何、これくらい熟さねば、あの兄の足元にも及ばなくなってしまう。まだまだ妥協はできないな」
「好きなものにまっすぐなのは、祐都君とそっくりだね」
優さんの口から、今し方は軽音楽部との交流の要として勤しんでいるであろう人物の名前が出た。確かに、今の俺はきっと奴の態度に触発されてることも多々あるのだろう。そう、時折あの輝きがひたすらに眩しく見えたりするのだから。
「何かね、助っ人に行ってからすぐにちーちゃんと仲直りできたみたいだよ、祐都君」
「そうか、どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだな。無事に馴染んだようで何よりだ」
成程、1週間前辺りからよく一緒にいるのを目撃すると思ってはいたが、そこまで漕ぎ付けていたか。本人は無自覚なんだろうが、あれで天然の女たらしだからな。女性人員のいなかった我が部に2人の女生徒を連れ込んだのだから、それくらいは熟してもらわんとな。
「話変わるけど、祐都君がいないけど、尚紀君もが静かだね。てっきり、監視の目が外れたから真っ先に慧巳ちゃんに飛んでいくと思ったら」
「あぁ、奴か。奴ならばこの前遭遇した比賀乃先輩とやらに心を奪われてしまったようでな」
「御姉様・・・・・・」
優さんの言う通り、奴はここ最近はコンピュータ室に来てからというもの、ずっと窓辺の近くの席に座って、窓の外の景色を眺めたまま一切そこを動くことがないのである。
「初恋の力は偉大だねぇ」
「そうか、今までの奴の恋は、恋とは言えないくらいの酷い自己解釈によるものだったからな」
「俺様にツンしてる、だっけ?」
今思いだすと、何という迷言だろうか。いや、しかしだ。それさえも、もしかしたら奴にとっては今を作り上げる為の布石となったのなら・・・・・・うむ、やっぱり止めておこう。この超ポジティブ解釈をしようものなら、今まで被害を被って来た慧巳さんに申し訳が立たなくなる。
「あぁ、そうだな。ある意味、パワーワードかもしれん。流行るぞ」
「それが出来た経緯を知ってる私らからすれば、流行ったら流行ったで溜まったもんじゃないけどね」
一瞬だけあらゆるメディアでそのワードが取り上げられる様を想像してしまったであろう優さんは、今までの朗らかな笑顔から微妙な表情に変わる。まぁ、気持ちはわかるぞ。
「龍ちゃんには浮いた話はないのかい?」
「生憎だが、俺はまだまだ一人で自由にやっていきたいからな。そういうのは後々でいいだろう」
まぁ、この俺の最近の趣味であるロードバイクについてこれる女性がいたのなら、もしかしたらあるかもしれないが。
「これは私の推測でしかないけど、龍さんも祐都君に負けず劣らずの朴念仁だと思うよ」
「何だと・・・・・・?それは大きな誤解だ、仮にそうだとしても祐都よりはマシなはずだ」
「ふふふ、朴念仁であることにマシもマシじゃないもないのだぁよ、龍ちゃん」
我がクラスで、一番そういう事情に聡いと噂の優さんがそう言うということはそうだということなのだろうか。若しくはクラス内で俺に対してそういう場を抱いている者がいるという事か。まぁ、どちらにしろ分からぬまま掘り当てる俺ではないがな。
「さっきから何の話してるの、龍君、優海?」
「んー、他愛もない世間話だよ、サトちゃん」
「そうだな、他愛もない世間話だ。慧巳さん」
途中で慧巳さんも参戦してきたが、俺も優さんも他愛のない世間話の一点張りで、事細かにしゃべることはなしなかった。勿論、事情がよくわかってない慧巳さんは頭の上に大量のはてなマークを浮かべていたのだが。
「なんかさ、漏れとコイツだけリア充ウェーブに乗り遅れてるような気がしてならん」
「だよな、まさか龍まで知らぬ間にハーレムを築き上げてるとは夢にも思わなかったぜ」
と、外野二人からのヤジも飛んできた。やれやれ、違うと言っているというのにこの二人は何故理解しようとしない。いつまでもそんな偏見で曇ったレンズでこちらを見ていては、一生此方の舞台には立てんぞ。
「というか、何で漏れなくコイツにも来てんだよ!甲斐性なしの厨二ゴリラがよぉ!?」
「うるせぇ、大馬鹿野郎。お前らには御姉様の広い心が理解できるはずがないだろ」
そして、何か言われたと感づいた尚紀も彼方側の世界から帰ってきて、修二に突っ込みを入れた。おかしいな、今奴は自分自身が貶されているのにも関わらず、比賀乃先輩について語り始めている。尚紀よ、現状では只の知り合い程度のお前が、一体あの人の何だというのだ。
「まぁ、そんな僻みジョークは置いておくとして、今日の活動は何をすればよいのだぜ?」
「あッ、テメェ!自分だけジョークで済まして逃げんじゃねぇ!?」
「そうだな。今日のパソコン部の活動は、一先ず、アップデート後のアプリに不備がないかの動作テストだ。と言うわけで、今から校舎の外に出る」
「おいぃ、無視すんなやァァァァァ!」
何だ、先程から五月蠅いぞ、修二。御託を並べるよりも早く準備をしろ、撮影班班長。
「やれやれ、こんな暑い中で外に出なきゃいけねぇとかダルい罠。まぁ、行くんですけどね」
「でもでも、さっきよりは大分快適になってると思いますよ?」
「いやぁ~、やっぱりミニファンはいいねぇ。これで十勝100%のあんぱんもあればねぇ」
「あ、私今持ってるよ。半分こして食べよう、優海?」
「サトちゃん、ナイス!いいよぉ、半分こしよう」
「今ここに、御姉様がいないのが寂しいぜぇ・・・・・・」
俺が先立って移動を始めると、パソコン部の面々がそれに倣ってぞろぞろとコンピュータ室を後にする。そして、部屋の中には突っ込みを無視されて、目の前を面々に素通りされた修二だけが取り残された。
「・・・・・・」
「畜生ォォ!最近、俺と尚紀の野郎との扱いが逆転してきてねぇかァァァ!?」
修二の空しい叫びが、無人のコンピュータ室に響き渡った。何を言うか、お前も元々こういう立ち位置だっただろうが。マジで早くしないと置くて行くぞ。
「畜生、このヤロォォォォォォォォォッ!!・・・・・・パソコンのある日常」
「何だ、さっきのアイキャッチ的な何かは」
「さぁな。恐らく、これを書いてる作者が突発的に小ネタ挟みたくなったんだろ。悪い癖だぜ、乙」
「いかんねぇ、直ぐパロディに走る癖はいかんねぇ。銅魂じゃないんだから」
その後、俺達は予定通り外へやってきて撮影の準備を始める。結局、修二の奴はシケて来なかったので、コンピュータ室の留守番兼モニター係を任命してきた。アプリが拾った映像を連携した際に見れないようでは以っての外だからな。
「どうだ、通信係。モニターにはきちんと反映されているか」
『映ってる、問題ねぇよ』
「そうか、では引き続き動作確認を頼む」
電話の向こうで修二に確認を取る。どうやら、修二は未だにシケているらしく、声にぶすっとした雰囲気がありありと滲み出ている。全く、相変わらずだな。
「さて、次はすぐ近くにある公園へ・・・・・・ん、あのお方は?」
パソコン部総員(軽音楽部出張中の祐都と居残りの修二除く)を引き連れ、俺が次の撮影スポットに向かおうと校門の外に出ると、自動販売機が複数並んでいるエリアから、此方の存在に気付いて真っすぐ向かってくる人がいた。あれは確か、祐都が一目惚れしたという、2-Aの瀬野さん、か。
「あ、龍君達。丁度良かった、実はみんなに相談したことがあって」
「我々に相談事、とは珍しいな。今は活動中故、急ぎで頼むぞ」
「大丈夫だよ、そこまで時間は取らせないから。えっと実はね――」
相談事と言うことでその場にいる全員を集めて、瀬野さんの話を聞く。確かに話はすぐに終わった、しかしまぁ何と言うか・・・・・・此方にとっては利益しかない取引だった。
「ほぅ・・・・・・これはまた、面白い方向に動きそうだな」
「へぇ、楽しくなりそうだぁね。あたしゃ、乗ったよ」
「ちっ、またアイツか。幾ら何でもこればかりは・・・・・・ブツブツ」
そして、それを聞いた一部部員の反応は様々だった。優さんは俺と同じくその提案を肯定し、鳴島はいつもの如くブツブツと愚痴を漏らしていた。これは、お前が戻ってきた時の反応が楽しみだ。なぁ、祐都?
俺は不敵な笑みを校舎に向け、この場に居ぬ者が戻ってきた時の波乱と言うべきか、一時の争乱みたいなものが巻き起こる様を見れる時を楽しみに待っていた。
後編へ続く
Shift7 To be continued...
Next Shift...
『失ったものを取り戻す為、私と智佳の大冒険が始まった!!』
『次回、パソコンのある日常第8話「夏休みと計画とライブアライブ・後編」!来なさいよ、三下ァ!』
『何も失ってないし、大冒険とかは始まらんぞ』
一番最後の「後編へ続く」は某国民的アニメのナレーションでお楽しみ下さい。
一応、これと同時で「キャラクター紹介・弐」も公開しますよ!
次回更新は10/10(土) 15:00です!お楽しみに!
いやぁ、10月になって放送するアニメも一新しましたね。個人的お薦めは、「魔法科高校の劣等生」「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」「ゴールデンカムイ」「キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦」です。
……アニメ視聴の忙しさにかまけて更新サボらないよう頑張ります。