37話 メル×ノ×カゾク
イリアの“異空間アナザーワールド”を抜けると、メルが所有していた245階のフロアによく似た創りの空間が広がっていた。顔が映るくらい磨かれた白い石の床の上には塵1つない高級感のある深い青のカーペットが敷かれている。メル達が移動してきたのはルイス家の玄関であり、正面には巨大な大階段があり、天井には何個電球が使われている分からない程大きなアンティーク調のシャンデリアの柔らかい光が広い空間を照らしている。
ルイス家の主を待っていた黒服を来た部下たちは、両脇に綺麗に整列し声を揃えて頭を深く下げていた。
「おかえりなさいませ」
ゴンは圧倒されて目を終始輝かせていた。
「うわぁ!広い!!ここがメルの家なの??」
無邪気に笑いながらメルを見るゴンに、黒服達は少し眉間にしわを寄せる。自分たちが尊敬し忠誠を誓った主を呼び捨てにし、礼儀も弁えずはしゃいでいる子供を、どうしてやろうかと思いながらもすぐにその様な考えを取り払う。主の隣に立ち、その発言をルイス家の至高の存在であるウィリアムが何も言わない所を見て、ただの少年ではないとすぐに理解したからである。
「そう、ここが私の家。ゴンもゆっくりと寛いでね。修行するには休息も重要だからね」
「ありがとう!」
その会話を聞いてメルの部下はすぐに察した。主が弟子をとったと聞いて一体どんな奴だろうかと思い悩んでいたがあの様な子供を弟子にしたのか、と沢山の黒服と並んでいた3名は耐えきれなくなり列を乱してメルの元へと走ってきた。
「メル様!!まさか弟子がその様なガキ…、子供だったとは聞いておりません!!」
イルミとよく似た身長の金髪の男、名をレンと言い、5名いるメル直属の部下の1人である。赤い瞳をしているのが印象的で、忠誠的な顔立ちは男でありながら女性の様に美しい。
どこかクラピカを連想してしまう魅力的なその瞳を見てゴンはレンと目が合うも、すぐに目を背けられる。
「見たところ礼儀もなっていない様なそんな子供、メル様の品位を落としかねます」
濃い青の艶やかな長髪をし、眼鏡をしきりに直すこの男の名はレイ。メルの暗殺が無事に終える様作戦やプランを練っており、メル自身何度もレイの機転により助けられたこともありかなり信頼している。
「レイ、言い過ぎだよ。僕はフレッチャーって言うんだ。よろしくね」
満面の笑みを浮かべながらゴンに手を伸ばしたのは、茶髪の癖毛をした少年であった。年はゴンよりは上だが1番年が近いフレッチャーは、メルが選んだ弟子のゴンに興味津々であったのだ。
ゴンは「よろしくね」とその手を握り返した。
それを見ていたメルはゴンの肩にソッと手を置きレンとレイに目をやる。
「紹介するわ。この子はゴン!正式な私の1番弟子なの。レイもレンも、弟みたいに可愛がってあげてね」
主にそう言われてしまえば何も反対できず、2人とも渋々頷きながらゴンを見下ろしていた。
「礼儀や品位の話を持ってくるなら列を乱して走ってきちゃダメだよ?」
ラルは少し笑いながら話に参加してきた。
「気になる所はあると思うけど、メルが選んだ子だし信用してあげなよ?2人とも」
レンもレイも返す言葉がなく「すみませんでした」と声を揃えるも、レンはまだ何か不満があるのかある方向を見つめていた。
「メル様、なぜゾルディックであるこの男がいるのですか?」
その視線の先にはヒソカを担いだイルミが立っており、相変わらず何も表情を変えずに冷たい瞳でレンを見ていた。
「あぁ、そのことなんだけど」
口を開いたのはなんとウィリアムであり、レンは少し体を固くさせた。
「メルが随分イルミ君に世話になっていてね。いい機会だからわが家へお招きしたんだよ。ついでにキルア君とゴン君も招いて色々話を聞かせてもらえたらと思っているんだ。だからしばらくうちに滞在するよ。皆、失礼のないようにね」
それを聞き、メルの部下5人は目を丸くさせたのであった。主であるメルと幼い頃から仲が良く、口を開けば「イルミイルミ」と聞かされてきた為、主の気持ちを自分たちから奪った存在としてイルミには敵対心を向けている。そのイルミが数日間同じ空間にいて、しかも失礼のないようにもてなわなければならないこの屈辱的な状況に、5人は唇を噛みしめながらイルミを見るのであった。
レンは黙ってイルミに近づいていく。
メルはハラハラとした気持ちでそれを見ていた。
皆なにかとイルミに突っかかる節があったからなぁ。大丈夫かな?
レンはイルミの前まで行くと、今まで殺してしまいそうだった瞳が嘘の様に消え去り満面に笑みで「ソレ、お持ち致します」と言ったのだ。
「あぁ、コレ持ってくれるの?助かるよありがとう」
イルミは「よいしょ」と90kgはあろう男をレンに渡した。
「き、…君たち人をモノみたいに扱わないでおくれよ」
ふらふらのヒソカが呟くもレンは無視して肩に担ぐ。
「もうすぐ日が暮れる。今日はゆっくり休んで、明日茶会でも開いて色々と話をしようイルミ君、キルア君、ゴン君。申し訳ないが僕は仕事があるから今日はここで失礼させてもらうよ。後は頼んだよエル、ラル。」
そう言ってウィリアムは数名の部下を連れて屋敷の奥へと姿を消した。
いつの間にか祖父ハクと祖母ミラの姿もなく、2人も各々自分の仕事に向かったのだろう。
エルは咳ばらいを1つしてイルミ達を客間へと案内した。
長い廊下を歩いていると、少年組のキルア、ゴン、フレッチャーは仲良くきゃっきゃっと盛り上がっていた。元々キルアとフレッチャーは共に修行を積んだこともあり仲も悪くはなかった為久しぶりに会えた修行仲間との時間を楽しんでいた。
3人とも楽しそうでよかった。ゴンならすぐにフレッチャーと仲良くなれると思ったんだよね!!……問題なのは……。
メルは相変わらずイルミに敵対心を燃やす5人の部下を見てため息をついていた。時折抑えきれずに殺気も漏れているがそんなの全く気にしていない様子のイルミは流石と言わざる負えない。
昔から何度言っても距離が縮まらなかったから今更何を言っても無駄なのは分かるが、どうにかして仲良くなってもらいたいものだ、とメルは肩を落とすのであった。
案内された客間はフカフカの青いソファにアンテーィク調のローテーブルが置かれてある。部屋を彩る家具は値段が付けられない国宝級のモノまで置かれており、価値が分からないゴンにはただ綺麗な空間だという認識しかなく、容赦なくフカフカのソファにダイブをしていた。
「うわああ!フカフカだぁ!!」
ゴンに続き、キルアもフレッチャーもソファに座り話を続きをし始めていた。
「全くこれだからガキどもは」
ボソッとレイの口から洩れた言葉にイルミはギロリと視線を向ける。
「うちのキルアに何かしたら許さないからね?」
クリンと首を傾げるイルミを見据えて「分かってるよお前の弟馬鹿なところは」とレンが口をはさむ。
レンはドサッと別のソファに奇術師を置き、首を鳴らしながらメルの傍へとやってくる。
「部屋の準備を今忙している。ここでしばらく待っていてくれ」
エルもソファに腰を下ろして、部下に入れさせた紅茶を啜る。
ローテーブルにルイス家兄弟と、客人であるイルミ達にも紅茶が配られて、バターと蜂蜜を溶かして固められたタフィーも用意されていた。甘いモノに目がないキルアはそれを見てパクッと口に運ぶと「うめぇ~!」と言いながら次々に口に頬張っていく。
「メルの家に何度か来た事あるけど、毎回このお菓子出してくれてただろ?これが忘れられなくてさぁ!」
そう言いながらまた1口小さな口の中に運ばれる。
「そんなに好きなら作り方教えてあげるよ。キキョウさんに言っておくからゾルディック家で作ってもらいなよ」
キキョウの名前を出した途端うんざりとした表情になるキルアを見てメルは苦笑いする。
「これ俺も好きだったんだよねー。メル、母さんにちゃんと教えといてね?」
キルア同様に甘いものに目がない男がもう1人、口の中いっぱいにタフィーを頬張っていた。
2人が物凄い勢いで食べつくしても、決して茶菓子を切れさせない様にルイス家の部下達は次から次へとお菓子を運んでくる。
「2人とも食べ過ぎだよ」と呆れ顔のメルの口にイルミは、タフィーを1つ放り込む。キャラメルの様な甘さが口の中いっぱいに広がっていく。メルの口の中にイルミの細長い指先が少し触れ、ゆっくりと引き抜くと銀の糸が繋がっていた。イルミはその指を舌を出して舐めた。
「おいしいでしょ?」
顔を真っ赤にさせながらメルは「う、うん」と頷いた。
それを見ていたエルとラルはぴしゃりと固まり、5人の部下たちは運んできたお菓子を床に落としガシャンッという金属音が静まった空間に響き渡った。
エルの咳払いで全員何事も無かったかのように動き出した。あくまでイルミはおもてなしの対象。ウィリアムの命令は絶対だ。喉元まで出かかっていた暴言、罵声の数々をなんとか堪えて飲み込んだのだ。
キルアはそれを見て苦笑いをしながらイルミを見ていた。
ルイス家も大変だな。
にしても兄貴、やっぱりメルのこと気になってるのか?でもあの兄貴に限って誰かを好きになるなんてそんなことあり得るわけねぇか。多分メルは大事な弟子だからってだけでそれ以上でもそれ以下でもないだけなんだ。
そしてキルアは再びお菓子を詰めるのであった。
「イルミ、キル、ゴン。待たせてすまないな。今部屋の準備が出来たそうだ」
「全然いいですよ!」ゴンは笑いながらどんな部屋なんだろうとわくわくした面持ちでエルを見ていた。
「キルとゴンは一緒の部屋にした」
「エル兄さすが!分かってるね!」
キルアはヒューと口笛を鳴らしてゴンとハイタッチをする。
「イルミの部屋はキルとゴンの隣の部屋だ。その隣にヒソカの部屋も用意した」
「ん?俺メルの部屋で寝る予定なんだけど」
クリンと首を傾げるイルミを見てエルは眉を顰める。
「そんな予定などない。俺が直々にお前の部屋まで案内してやる」
そう言ってエルはイルミを引きずる様に出て行った。
無表情で引きずられる様はなんともシュールなものでメルは笑いながらイルミに手を振った。
「また明日ねイルミ」
イルミが何か言いかけたが、エルに引きずられて扉の向こう側へと行ってしまった為聞こえなかった。
しばらくここにいるしまた明日聞けばいいか。
メルはキルアとゴンを連れて部屋まで案内し、また明日と言って部屋を後にした。
ようやく自室へと戻ると、懐かしく落ち着く香りがスゥと鼻を擽る。至る所に白い薔薇が飾られており甘いフローラルな香りにホッと胸をなでおろした。
括っていた髪を解き、チャイナ服を脱いでそのまま自室のシャワールームに入った。シャンプーもトリートメントもルイス家特性の摘みたての白薔薇を使っており、売り出そうとラルが言い出して市場に並ぶと注文が殺到し今では世界一手に入りずらい高級シャンプー、トリートメントなのだ。メルはそれを惜しげもなく念入りに洗っていく。ヒソカとの戦闘中に擦り傷や内臓の損傷があったが全てリリーの念能力によって回復しており、鏡に映る自分の体には傷1つない。
泡を綺麗に流し終え軽く水けをふき取りキャミソールタイプのワンピースに袖を通した。そしてメルの体の何倍もあるキングサイズのフカフカのベッドに体を預け枕を抱きしめた。
ハンター試験が終わって、天空闘技場でゴンやキルアに念を教えて、イルミと新技を作って、ヒソカと戦って……
短期間のうちに色んなことがあったなぁ。
やっとゆっくりできる。
私はどこでも眠れるけど気を許して無警戒で眠ることはできなくて、どこか気が休まらなかった。
今日はしっかり眠らないとね。
髪の毛乾かさないといけないのに……
あぁ、駄目だ。もう起きれない。
「またイリアに怒られる……」
でもまぁいいか。今日は大目に見てくれるだろう。
メルは重たい瞳を閉じた。
それからしばらくしてベッドの軋む音がして目が覚めた。
熟睡してしまっていたから頭がまだぼぅっとしていたが、気配で誰がやってきたのかすぐに分かった。
「…んー、イルミなにしてるの?」
ベッドに入ってきたイルミは、白いチャイナ服を着て1つに結っていたゴム紐を外している所であった。ふわっと白薔薇の香りが広がりメルの鼻にまで届いた。
「あのシャンプーとトリートメントいいね。見てよ、髪がつやつやになったよ」
そう言いながら目の前に垂れている長い黒髪に触れると、確かに前よりも潤いが増してしっとりとした様だ。
「あれ私が育てた白薔薇を加工して作ったのが始まりなんだよね。出来がよかったからラル兄様が商品化してるけど、今じゃなかなか手に入らないんだよー。でも、定期購入するなら何%かおまけして安く売ってあげてもいいよー」
「じゃぁお願いしようかな」
そう言いながらイルミの長い両手はメルを包み込む様に伸びてきて華奢な体はすっぽりとイルミの胸に収まっていた。エルにあれだけ言われていたのに、自分の所に来たということは、イルミに何かあったんじゃないかと思い急に心配になってきて、ふとイルミの顔を見上げた。
「どうしたのイルミ」
イルミはいつも通り無表情で、表情からは何も読み取れない。
長い睫毛に影を落としながらイルミはぼそっと呟いた。
「眠れないんだ」
「……眠れない?」
「眠れるのは眠れるんだけど、心から落ち着いて眠れない。メルだってそんな経験あるだろ?ここはメルにとって落ち着く場所かもしれないけど俺にとっては敵だらけの場所なんだよ」
ゾルディック家とルイス家は、協定を結んで今は協力関係にあるが、昔は依頼が被れば命をかけて殺し合いをしてきた敵同士の家柄だ。しかもその敵の屋敷の中に1人でいれば眠れないと言うのも理解でき、イルミに申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。自分の部下は目の敵にするし、兄達もイルミを気にかける様子は全くないことから見ても、表情一つ変えないイルミだが心の中ではやはり不安な気持ちがあったのであろうとメルは推測した。
「いいよ一緒に寝よう」
そう言ってメルもイルミの背に手を回すと、先程よりも体が密着してイルミの熱を感じ取れた。普段は冷たく見えるが、温かくて、心地よくて、メルの瞼は一気に重たくなっていく。メルは5分も経たないうちに深い眠りへと落ちていく。
イルミが私を頼ってくれた。
そう言えば私といると落ち着くってハンター試験の時にも言ってくれてたなぁ。
私もイルミと一緒にいるとどこにいても落ち着いて眠れるんだよ。
いつか自分の気持ちを伝えたい。
匂いも、この温かさも、優しさも、強さも、美しさも全てが愛しく感じる。
イルミが好きだって素直に言いたい。
いつか
いつかきっと。
規則正しい寝息を聞きながらイルミも瞼を閉じる。
メルといると本当に落ち着く。
いつも俺を受け入れてくれる。
暗殺ばかりの毎日に、色がなかった毎日に、彩をくれたのはメル。
新しい感情を教えてくれたのもメル。
お前はいつも俺にないモノを与えてくれる。
あぁ、今日は眠れそうだ。