庭を駆け巡りたどり着いたのは白い薔薇が咲き誇る美しい庭園であった。
握っている手から、メルが震えているのが分かったイルミは、「メル?」と呼びかける。
メルは、ポロポロと涙を流しながら振り向いた。
イルミはハンカチでメルの涙をふき取るも、次々に溢れてきて止まる気配はない。
「こんなにイルミは優しいのにっ!……父様は何も知らないのにあんなことっ、酷すぎるよ」
「それで泣いてるの?」
メルは小さく頷く。
イルミは右手を口元に当てる。
どうしよう、メルが可愛すぎる。
メルにとって、ウィリアムは絶対の筈。そのメルが反抗するなんて思わなかったな。
「冷たくて非情だ、だなんて酷い!!まるでイルミに心が無いみたいな言い方だもん!!」
「うん」
「イルミは修行で感情を表に出さない様に訓練してるからそう見えるだけで、心もあるのに何で同じ暗殺者だった父様があんな言い方できるの!!」
「うん」
「心が無いのは父様の方だよ!!」
「うん」
「しかもイルミが私に悪い影響を及ぼすみたいにも言ってたでしょ?もううんざりだよっ、縛られるのも、大切な人を悪く言われるのもっ!!そう思うでしょ?」
するとイルミはメルの頬を両手で包み込み、小さな唇に自分の唇を重ねた。
「…へっ?」
ちゅっと小さくリップ音がした軽いバードキスは、メルを落ち着けるには十分だった。
「イル…ミ?」
睫毛が触れるくらいの近距離で、イルミの黒い瞳に反射した自分が見えた。
「落ち着いた?」
「へ?あぁ、うん」
気付くと涙は止まっていた。
って今何された!?
イルミは何事も無かったかのように平然としている。
…キス、されたよね?
「人って突拍子もないことをいきなりされたら驚いて落ち着くんだよね」
あ、落ち着ける為にしたのか、って……私初めてだったんだけどな。
段々恥ずかしくなってきて、イルミの顔がまともに見れず目線を反らした。
「メル、あんなことで反抗しても良かったの?父さんのこと大好きだったじゃない」
「もういいよ。父様のことは尊敬してるし、大好きなのは変わりないけど、イルミにあんなこと言うのは許せない」
そう言いながら、少し頬を膨らせるメルを見てイルミはスッと目を細める。
「イルミもうしばらく休みある?」
「うん、あと4日くらい空いてるよ。エルに仕事丸投げしちゃったからね」
「せっかく家にまで呼んだのに嫌な思いばかりさせてるからお詫びさせて?」
「お詫び?何かしてくれるの?」
「ルイス家が経営している超高級サロンに行かない?イルミの髪を今以上に磨き上げて、全身の疲れが取れるマッサージもつける!それからルイス家御用達の超高級レストランで食事。どう?」
「うん、それ凄くいいね」
「決まりだね!!」
メルは着替えを取りにイルミと屋敷の中へ入ろうとすると、ラルが手を振りながら歩いて来た。
「ラル兄様……。私謝りませんよ」
顔を見るなり、目線を反らされたことに少し落ち込むラルであったが、すぐに笑顔を向けた。
「ハハ、父さんは相当怒らせてしまったみたいだね。別に父さんの肩を持つわけではないけど、メルの事を心配してるのは分かってあげてね。それに、父さんはイルミの事をかなり高く評価してたんだよ?じゃなきゃ、まずメルと近づけさせないから。父さんって、人を試すのが好きな人だから、イルミの反応が見たかったんだと思うよ。まぁ、言い方はアレだけどね」
「それにしたってあんな言い方は酷いと思うの。兄様、私イルミと外に出るからしばらく放っておいてって伝えて置いて」
「え!?今から!?」
これじゃぁ家出する様なもんじゃないか、とラルは慌ててメルを止めようとするも、メルの意思は固く、ラルはあたふたとしながら手をこまねいていた。
これはかなりまずいな。このまま行かせたらいつ戻ってくるか分からないし、メルが本気で姿を眩まそうとしたら、ルイス家の誰も痕跡がつかめない。ここは食い下がるわけにはいかない。
「イルミもなんとか言ってくれよ!」
「んー」
「頼む!お前から言ってくれたらメルも納得すると思うし!」
その言葉にメルはため息交じりにラルを見つめる。
「兄様、これ以上イルミに迷惑をかけるのはやめて下さい」
う、このままじゃ俺まで嫌われちゃうよ。
ラルは潤んだ瞳でイルミに助けを求めると、深いため息をついて今まで黙ってみていたイルミが「貸しだよラル」と呟いた。
「メル、お詫びの旅行に連れて行ってくれるのは嬉しいけれど、ルイスの誰とも連絡を取れなかったら少し厄介なことになると思うんだよね」
「……厄介なこと?」
「想像してもみてよ。メルの居場所がわからなかったら、あの心配性達は恐らくメルや俺に監視をつける筈だよ。ずっと見られるのも気が休まらないじゃない?」
確かに。というか絶対にそうなる。
「んー……それもそうだね。兄様、携帯は持っておくから付いて来るようなことはしないで下さいね?それと!」
「な、なんだい?」
これ以上最愛の妹に嫌われたくないラルは、にこにこと笑顔を作る。
「父様に伝えて下さい。イルミに謝罪するまで私は家に帰りませんって」
「メ、メル?それはちょっと難しいんじゃー…・…」
兄様の言う通り。父様は、表の世界ではかなりの有名人で絶大な権力を持っている。色んな国のトップとも有効な関係を築いているし、父様の言葉次第で財界や政界が動く。それ程の立場の父様が一個人に頭を下げ、謝罪をするなんて普通ならばあり得ない。でも、人として謝るのは当然のこと。それに、イルミには昔からお世話になっているのを、父様も理解している筈なのに、やっぱりあの言葉はいただけない。
「私はそれくらい怒っているってことです。では失礼します兄様」
メルは振り返りもせずにラルに背を向けて部屋の中へと入っていく。
ラルは頭を抱えながら壁に寄り掛かった。
「あぁ、父さんになんて伝えよう」
元々陶器の様に白く美しい肌は、血の気が引いたことで青ざめていた。
「んー、そのまま言うしかないんじゃない?メル、かなり怒ってるし」
「いや、そうなんだけどねー。あぁ、僕もメルに嫌われたかなぁ」
「……」
心配するところそこなの?本当にこの家は妹馬鹿の集まりだ。つくづく変わった奴ばっかりだな。そんな捨てられた子犬みたいな目されても困るんだけどなぁ。
「イルミ、僕たちはしばらくメルに近づけない」
「はいはい、分かってるよ。面倒を見ろってことでしょ?本当にエルもお前も、俺を何だと思ってるんだか」
まぁ、俺にとっては好都合なんだけどね。
メルを独り占めできるし。
「お前ねぇ、この状況ラッキーだと思ってるでしょ」
「んー、まぁね」
ラルは更に深いため息をついてイルミを見た。
まぁイルミ程この状況での適任者はいない。メルに何かあっても、イルミなら絶対にメルを見捨てない。もし見捨てる様ならその時は……。
深い青の眼光がギラリと光を帯びる。
すると、5分も経たないうちにバックを持ったメルがやって来た。メルはドレスから白いチャイナ風ワンピースに着替えていた。
「イルミお待たせ。じゃぁね、兄様」
「メル、気を付けるんだよ?知らない人にはついて行っては駄目だよ?もし何か困ったことがあったら、迷わず連絡するんだよ?」
「兄様、私もう20歳です!そんなに心配されなくても大丈夫ですよ」
と言っても、ラルの心配は止まりそうになく、最後メルは「分かりました」と言い、ルイス家を後にした。
メル達が向かったのは、ルイス家所有の島、シェラードアイランドと呼ばれる観光地であった。
この島にあるモノは、全てルイス家が経営、販売しているモノばかりで、旅行したい場所ナンバー1にも選ばれているのだ。
島に来る旅行客は、富裕層から貧困層の客まで全てが楽しめる様工夫されており、島には絶えず様々な人間が足を運んでいる。
島へ向かうには、ルイス家が経営する空港から飛行船に乗るか、港から就航している客船に乗船しなければならない。だが、ルイス家の人間であれば、一般客と相乗りせずとも、そのまま島へ直行することができるプライベートジェットがあるのだ。
「ルイス家が経営するモノの中でもここってかなり人気の場所だよね。1度行ってみたいと思っていたんだよねー」
イルミはジェット機の中で服を着替えており、青いチャイナ服に白いズボンを履いている。以前、天空闘技場でイルミにチャイナ服を着せた時に、あまりにも似合っていた為、こっそりと用意していたものなのだ。
やっぱりイルミにチャイナ服は必須アイテムかもしれない!!
似合い過ぎている。
今度は明るい色も試してみようかな。
「ねぇ、聞いてるの?」
「いはは」
メルの頬をキュッとつまんだことで、ハッと我に返ったメルは「はっち」とサロンの場所を指さした。
「なんだ、すぐ近くじゃない」
「海も見えるし、眺めは最高なんだよね」
サロンに付くなり、経営責任者が慌てて出てきて、プライベートルームでの施術を受けることとなった。急遽用意されたのにも関わらず、部屋の手入れは手を抜いておらず、さすが末端とはいえ、ルイス家が経営しているだけはある。
ベッドが二つ用意されており、目の前は一面ガラス張りで美しい海が広がっている。部屋は薄暗いが暖かい照明ランプがぼんやりと燈っており、優雅で落ち着きのある音楽ともマッチして、視覚や聴覚的にもリラックスできる空間になっていた。
2人ともベッドに横になり、プロの施術師に施術を受けること2時間。全身の筋肉を解され、ついでに肌もピカピカに磨き上げられており、2人の長い髪の毛も、艶やかに光を帯びていた。
「う~ん、気持ちよかったぁ」
すると、施術師たちは横一列に並び、深々とお辞儀をする。
「お嬢様、大変お美しゅうございます」
「突然来たのにありがとうね」
ルイス家の人間を施術したということは、この施術師たちにとって誇りであり、尊敬する絶対的主に褒められたことは、光栄なことであるのだ。
「いえ!!あっ、ありがとうございましたぁあ!!!」
お礼を言わないといけないのはこっちなんだけどね。
メルは苦笑いしながら、店を出ると、ツインテールの金髪の女の子に声をかけられた。
「なんて綺麗な髪!?それに磨き上げられたもちすべのお肌!!!!!あんたたち!!!何者なのだわさ!!!!!」
メルとイルミは顔を見合わせてまた視線を女の子へと移す。
なんて答えようかと言葉を選んでいると、すかさずイルミが口を開いた。
「人に聞く前に自分から名乗るのが筋だよね」
「まぁそれはそうだわさ!!あたしはビスケ!!この島で、サロンを開いてるのよ。あんたたち、もしかしてあのルイス家が所有すると言われる超高級サロン“シファ”に行ったんじゃないでしょうねぇ!!!」
「そうだけど?」
「きゃあああああああああ!!!私あそこ1年待ちなんだわさ!!どんな施術だったのか教えてー!!」
きゃっきゃっと目を輝かせるビスケを見据えてイルミは首を傾げながらメルを見た。
「じゃメル行こうか。こんなの相手にするのは時間の無駄」
「無駄ってなんなのさ!!!」
あからさまな態度に、どんどんと目つきが怖くなるビスケ。
「ビスケちゃん。私はメルっていうの。施術について知りたいなら、“シファ”の施術師を紹介するわ。それで許してくれるかしら」
「メル?……あなたまさかとは思うけれど、メルルイス、本人なのかしら?その綺麗なプラチナブロンドに青い宝石の様な碧眼の瞳、真っ白な陶器のような美しい肌……。あたしが今まで見た人間の誰よりも美しいわ。それに、簡単に“シファ”の施術師を紹介できるなんて、そうとしか思えないのだけれど」
「お前、知りすぎだよ?」
イルミはいつの間にか針を構えており、明らかにビスケに対して敵意を向けていた。
「こらイルミ!!針をしまって!……ビスケちゃん怖がらせちゃったね。お詫びにこのクーポン券もあげる」
メルが手渡したのは、シファの50%割引券だった。
「きゃああああ!!シファの割引券だわさ!!!」
「喜んでくれて良かった。私、最近ハンターになったのだけれど、自分がなる職業にどんな人がいるのか、徹底的に調べつくしたことがあるんだ。あなた、もしかして二ツ星ストーンハンターのスケット・クルーガーさんかしら?」
するとビスケは口角を上げて笑いながら「流石だわさ。何でわかったの?」と首を傾げた。
「やっぱり!!兄様達が心源流拳法の使い手でね、貴方の名前は聞いたことがあったのよ。たまにビスケさんの話をしてたことがあったの!!体術で勝てない人がいるってね。あの兄様達にそこまで言わせる人ってどんな人だろうって、興味があったの。外見も聞いてたし、会ってみてただ者ではないなって思っていたわ。この一定に保たれた絶妙なオーラと、内に秘めた力を感じたし、だからイルミも少し警戒してたしね。もしかしてって思ったの!!」
「あっははははは!!いいわねあんた!あの生意気兄弟の妹とは思えないくらい愛嬌もあるしね」
「私の事はメルでいいです」
「あたしのことは気軽にビスケでいいだわさ」
「よろしくねビスケ!さ、イルミも挨拶」
あからさまに嫌そうな顔をするイルミだが「よろしく」と呟いた。
「メルもそうだけど、連れのあんたもただ者じゃないね?」
「んーまぁね。俺、ゾルディック家だし」
「ゾッ、ゾルディック!?ちょ、ルイス家の娘とゾルディック家の息子がなんで仲良く一緒にいるんだわさ!?商売上敵同士じゃない」
「今は協定を結んでいて、両家とも交流があるんだよ。今はちょっとした旅行中って感じだよ」
「へぇ~、まさか2人とも付き合ってたりして」
冗談で言ったビスケだが、すぐに顔を赤らめるメルを見て、更に笑みを深くするのであった。
なんか面白いことになってそうだわさ。
イルミは、クールでドライな印象。黒い漆黒の髪と大きく吸い込まれそうなほど美しい瞳は、まさかに孤高の美しさを放つブラックダイヤモンド!!!
メルは、この世の者とは思えない程の白く透明感の肌を持つ絶対的な美の持ち主!!人を笑顔にする無邪気な笑顔は、人の心を浄化させると言われる、ホワイトトパーズそのもの!!!!涙の結晶のように美しい透明感と、内に秘める若干の切なさと憂いから放たれる輝きが、良いギャップを生み出す美しい宝石!!!!
ブラックダイヤモンドは、単体でも非常に魅力的な宝石だけれど、無色透明のホワイトトパーズと組み合わせれば、至高のコントラストを生みだす、まさにこの2人は相性ピッタリ!!!!!!
見たところ、メルはイルミにホの字の様だし、イルミも満更ではないんじゃない?
殺し屋として名高いゾルディック家とルイス家の子供たちの恋愛!!!!!
きゃああああああ!!これほど心躍る出来事そうそうないわ!!!!!!!
ビスケは怪しい笑みを浮かべながら、「2人とも、この後予定がなければあたしの家に来ない?」と提案した。
メルは目を輝かせながらイルミを見上げ、「はいはい」とそれを了承せざる負えないイルミであった。