ずっと海の上を走っているせいで普通の人なら方向感覚を失うだろう。
でもメルは違った。
太陽の位置を常に把握し、自分が今どの方角に向かっているのかを、ボートに乗り込んでからずっと見ていたのだ。
あの蜘蛛のアジト……。
一体どこにあるんだろう。
そろそろ港に到着する頃だと思うけど。
するとクロロはそんな私の考えまでお見通しなのか、目隠しをする様に命令してきた。
「お前が逃げたり、外部に連絡を取る可能性も考えられるからな。アジトに着くまでは目隠しをして、絶もしてもらう」
「…分かった」
マチは白い布をメルの目に当てて、後ろでしっかりと縛った。
目隠しや絶まで強要するなんて、普通ここまでする?
まぁ、あの旅団のアジトなんだから仕方ないか。
新参者はやっぱり信頼なんてされないよね。
それからわざとぐるぐるとジェットボードを走らせてくれたおかげで、私は方向感覚を完全に失った。
それから数時間後にようやく船はどこかの港に到着したらしいが、人の声が全く聞こえなかった。
まぁ、堂々と公用の港なんて蜘蛛が使う訳はないけど。
するとふわっと体が宙に浮く感覚がした。
「わっ!」
「しばらく大人しくしておけ。少しでも暴れたり絶を解けば容赦はしない」
どうやら私を抱っこしているのはクロロの様だった。
耳元でささやくものだから息遣いまで聞こえてくる。
しばらく歩いたかと思えば猛スピードでの移動が始まった。
目が見えないのと、絶をしているのとで、もしこのスピードでクロロに手を離されてしまえば私は間違えなく大怪我を負ってしまうのは確実だ。
常に身にオーラを纏わせている分、信頼できない相手、よりにもよって蜘蛛の団長に、命を預けているこの状況は、恐怖でしかなかった。
振り落とされない様無意識に、クロロの肩に回す手に力が籠る。
すると「フッ」と小さく笑い声がかすかに聞こえたような気がした。
また馬鹿にされたのかな。でも、ルイス家の人間が、たかだか移動するだけで怯えているなんて、自分でも滑稽で仕方ない。
その地獄の様な時間は結構長く感じた。
普段ならば体内時間と、風が体に当たる感覚などを加味しておおよそ港からどのくらい離れた場所なのかを推測することくらいはできたのに、状況が状況であった為、頭をそちらに使う余裕もなく、気づいたらアジトに到着していた。
やはり周囲からは人の声はおろか、気配さえ感じない。
クロロはゆっくりと私を下ろすも、なんと私の手足は震えていて立っているのがやっとな状態だった。
クロロの腕をつかんでおかないと今にも倒れてしまいそうな感覚だ。
自分の命を信頼できない他人に預けることがこんなに怖いなんて。
二度とこんな思い体験したくない…!!
「もう絶を解いてもいいでしょ?」
「あのルイス家でも怖いモノがあったなんてな」
「誰でも絶をして貴方みたいな人に命を預けたら怖いわ。それより、もういい?」
「あぁ構わん」
その言葉を聞いてすぐに体をオーラでつつみ目隠しをとった。
すると震えは嘘の様に止まり、クロロの腕からパッと手を離した。
まだ口元に少し笑みを零すクロロであったが、私は無視をして周囲を見渡した。
船の上ではあんなに輝いていた太陽は、分厚い雲に覆われてその姿を隠してしまっているせいで、辺りは昼間だというのに暗い。
そんな不気味な雰囲気の中幾つも似たような廃墟と化したビルが建っていた。
私たちはそのうちの1つのビルの前に全員立っている状態であった。
歩くとコツコツと足音が響き渡る。
辺りは外よりも更に薄暗く、空気もじめっとしていた。
配管はむき出しになっており、所々壁が崩れかかっている。
以前この廃墟はマンションだったのか、少し歩くとかなりの広さがあるエントランスらしき場所になっていた。
すると、見覚えのある嫌なオーラを感じた。
「やぁメル♡久しぶりだね。元気そうでなによりだよ」
「ヒソカ!……ここにいるってことは貴方蜘蛛のメンバーだったの!?」
「そういうこと♡」
そう言えば私ヒソカをルイス家に連れて帰って、イルミの好きな人を聞き出そうとしてたのに、あまりに存在感がないもんだからヒソカのことすっかり忘れちゃってたんだった。
でも聞き出さなくて正解だったな。
「イルミに捨てられたんだって?」
笑顔で触れられたくない話題をズカズカと振ってくる辺りはさすがと言える。
「その話はやめて」
「どうして?♡」
するとマチさんが横に来て「あいつのことは無視しなよ」と助言をくれた。
「ありがとう。そうする」
「つれないなぁ♡」
深いため息をついてやっと心が落ち着いてきたと思えば今度はクロロが口を開く。
「メル、お前の体に入れ墨を掘る。そうだな、フェイ。お前がしてやれ」
指名されたフェイタンはあからさまに嫌そうな顔で大きく「チッ」と舌打ちをした。
いや、私も嫌だから。
舌打ちしたいのはこっちだから。
「ついてくるネ」
スタスタと歩くフェイタンの後ろに続きとある部屋へと足を踏み入れるも、私はすぐにピタリと進むのやめた。
壁には数々の拷問器具がズラリと並べられており、数個は血が付着している。
血の乾き方から察するに1週間前くらいに使用したものと思われる。
無駄に知識がある分、こういう時にはかなりマイナスだ。
この部屋で行われたであろう惨たらしい行為を容易に想像できてしまうおかげで、私の足はこれ以上進むなと危険信号を出していた。
「何してル。早くはいるネ」
いや中に入ったら何をされるか分かったもんじゃない!!
するとその光景を見ていたシャルナークは笑いながら近づいてきた。
「ハハハ!女の子にその部屋はキツイでしょ。僕が一緒に中に入ってあげるよ」
と、来てくれたのは良いのだけれど、できればマチさんやパクノダさんの様な女性陣の方が数倍ありがたい……。
でもせっかく来てくれたのだし……。
私はゴクリと生唾を飲み込んで決意した。
「よ……よろしくお願いします」
「ハハハハ!何もされないから安心しなって!」
無邪気に笑うシャルナークとは裏腹に、私の顔は引きつったままで、大人しくフェイタンに言われた台の上に座った。
人一人余裕で寝れるくらいの大きさのステンレスで作られた台は、座るとひんやりとしていた。
寝そべると手や足の位置にくるであろう場所には、頑丈な鉄の拘束具が取り付けられており、所々錆びていた。
「どこに掘るネ」
「なるべく見えない所がいいんだけど……」
今は無理かもしれないけど、蜘蛛は活動がない時は自由に過ごせるみたいだから、後々ルイス家にも戻れる筈。
その時に、目立つ場所に蜘蛛の入れ墨なんか入れてたら皆気を使うと思うしなぁ。
「チッ。早く決めるネ」
「えっと………」
見えない場所と言えば、胸かお尻か太ももの付け根とか……。
下着で隠せるところがいい。
……待って、掘るってことは私この2人に見せないといけないじゃない。
恥ずかしさのあまり口ごもっていると、旅団の中でも短気な男、フェイタンの舌打ちが返ってくる。
「さっさとするネ」
まずい。
早く言わないと殺されかねない。
「じゃ、じゃぁ……お尻に……」
「なに恥ずかしがってネ。お前に興味なんてないネ」
「あ、フェイタンそれは酷いよー。女の子なんだからもっと労わらないと!」
「労わる?お前の口から出る言葉とは思えないネ」
「ハハハ!確かにね」
こ、この女の子の敵みたいな人達に肌を晒さないといけないのか……。
頑張るのよメル。
恥ずかしいのはきっと始めだけ!!
私はルイス家なんだからこんな羞恥、耐えれなくてどうするの!!!
「早く済ませよう」
さっきまで恥ずかしがっていたが、どこか吹っ切れた様に着ていたワンピースをたくし上げた。
「大胆なやつネ。そこに横になるよろシ」
幸いなことに下着はTバックの中でも面積が多めのタイプだ。
脱がずに済んだことだけでも良しとしよう。
1度水着だと思えば羞恥心は嘘の様に消えた。
「どっちに掘ル?」
「じゃぁ左に」
するとフェイタンの手が腰に添えられる。
真っ白い肌に鋭利な道具が当てられそうになった時だ。
深いため息が降ってきた。
「オーラ消すネ。消さないと彫れなイ」
確かにそうだけど……もうどうにでもなれ!!
オーラを消した瞬間、お尻に鋭い痛みが走った。
ついビクッと体を動かしてしまうとガッシリと掴まれて身動きが取れなかった。
「動くナ」
動きたい訳じゃないんだけど痛い……!!
ルイス家でも拷問の訓練はあるけど私は受けてはいない。
拷問されるようなことにはならない、と兄様や父様に言われて私だけその訓練は受けてはいないのだ。
今になって受けて置けばよかったと思ったことはないよ……!!!
瞳に涙が溜まっていく。
ガリガリと削られる感覚で、ひりひりと熱を帯びてくるのを感じた。
痛みに耐え続けて30分が経過した頃「終わったネ」と一言あり、フェイタンの手が離れた。
起き上がった私を見て、フェイタンとシャルナークは目を丸くしていた。
「アッハハハハ!」
「お前何泣いてるネ」
鼻を赤くさせ、目が潤っているのが自分でも分かるけど認めたくない。
「なっ、泣いて…ない」
そう言うとシャルナークはまた大笑いをしてしまい、フェイタンも服で隠れているがどうやら笑っているようだ。
「わ、笑わないでよぉ…」
「ごめんごめん!意外だったからさ!だって、あのルイス家の子がさっきは団長に連れられてる時に震えてたし、今は入れ墨入れられて泣いてるもんだから可笑しくてさ!!」
「私拷問の訓練受けてなかったから…」
「へぇ、じゃぁワタシが教えてやろうカ?」
「フェイタンの拷問はピカイチだよ!!」
「いややりたいなんて一言も言ってないんだけど」
「訓練したいならいつでもいいよろシ」
ふとフェイタンの後ろの壁に飾られている、痛そうな道具達を見てゾワッと悪寒が走る。
「いや、遠慮しておく」
この人確実にサディストだ!!
人が苦しむのを楽しむ人種だきっと!!!
外ではフェイタンの拷問部屋から叫び声とは違う、笑い声が聞こえてくるもんだから他の旅団が気になって扉を開けてきた。
中に入って来たのはフィンクスだった。
「笑い声がするからよ、来てみたら一体どういう状況だ?」
「それがさぁ、聞いてよ!」
と、シャルナークは私が泣いたことを話すとフィンクスは「まじかよ」と少し口角を上げる。
「お前なァ、入れ墨入ってんだからもう旅団のメンバーじゃねぇか。そんな奴が墨ごときで泣くんじゃねぇよ」
ポンポンと頭を撫でてくれるフィンクスに、メルは少し戸惑う。
こんな顔怖いのに実は優しいんだ?
もしかして慰めてくれているのかな。
……あの、旅団のメンバーが?
なんだろう、私の思っていたイメージとかなり違うんだけど。
こうして接してみると普通の人にしか見えない。
フィンクスに撫でられたり、こうして笑いあったりする空間は、不思議と嫌ではなかった。
広場に行くとクロロはまた本を読んでいた様で、私が来るなりパタンと本を閉じた。
「随分賑やかだな」
「あ、それはねぇ!」と、シャルナークがまた喋り出そうとしていたが、「話は全て聞こえていた」と言い、薄っすらと笑みを浮かべながらクロロは私を見据えた。
シャルナーク……、要注意人物だ。
何か秘密を知られたら速攻で皆にバラすタイプだなぁ。
気を付けないとまた笑いものにされちゃうな。
「しばらく予定はない。各自自由に過ごしてもらって構わない」
その言葉で全員消えるのかと思ったが、一向に誰も出て行こうとはしなかった。
その行動にクロロも疑問に思ったのか、メンバーに対して「どうした?」と訪ねた。
「メルがココにいるなら僕の残るよ♡」
まぁ、ヒソカが言い出しそうなことである。
私はヒソカにあからさまな嫌な顔を向けるも、全く動じておらず満面の笑みで返されてしまう。
「新人教育してやるネ。そいつ、面白いやつネ。きっと拷問したらいい反応するネ」
こっ、この人私を拷問するつもり!?
サッとクロロの後ろに隠れてみる。
「おっ、フェイタンにしては人に興味を持つなんて珍しいね。俺もルイス家について知りたいことあるし、メルともっと仲良くなりたいから残るよ」
さわやかにウインクを送ってくるシャルナーク。
私は信用しないからね!!
その他の人達も私と仲良くなりたい、もっと知りたいという理由でアジトから出て行かなかったという訳である。
そんなに興味を持たれても、何もないんだけどな……。
するとクロロは「いいだろう」と言って本をまた読み始めた。
えっ?それだけ?
「クロロ、私は何をすればいいの?」
「言っただろう。しばらく予定はない」
つまり何もせずにアジトで過ごせということね。
するとウボォーギンは「まぁまずは飯だな!!」と言って立ちあがる。
「お前も行くか?」
と提案されるも「いいの?私逃げるかもしれないのに」というと、大笑いしながら「俺たちから逃げられると思うか?」と言われた。
まぁ、確かにそうだ。
このメンバーなら地の果てまで追いかけてくるだろうな。
「なァ?団長、いいだろう?」
「絶をしたままなら外出してもいいが、一度でも絶を解けば強制的に連れて帰れ。また、逃げる素振りをしても、だ」
こうして外出許可が出たのは良いのだけど、買い出しメンバーはウボォーギン、ノブナガ、フェイタン、フィンクスの4人で、蜘蛛の中でも戦闘向きのメンバーばかりだ。
このメンバーから絶をしたまま逃げられる訳もなく、大人しく買い出しを楽しむつもりでアジトを出た。
絶をしたままで皆のスピードについて行ける訳もなく、ぜぇぜぇと肩で呼吸をしていると「チッ。情けないネ」とフェイタンが一言。
「いや絶のままでついて行ける訳なっ…わぁあ!!!」
言い切る前にウボォーが私を担ぎ上げ、逞しい肩にちょこんと座らされた。
「のっけてってやるぜ!振り落とされんなよ!」
「えっ!このままはちょっとおおおおおおおおおおおおお!!!」
猛スピードで風を全身に浴びて後ろに倒れそうになるが、ウボォーの首に手を回してなんとか耐える。
生身で新幹線に乗っている様な気分だったが、ゆっくりと目を開けるといつもより高い位置から見える景色に目を見開かせた。
さっきまで薄暗い廃ビルの場所だったのにいつの間にか森の中に移動しており、その景色はまさに紫幹翠葉という言葉がぴったりだ。
数時間前に雨が降っていたのだろうか、空気は少し水分を含んでおり、葉には雨の雫が落ちている。
そのせいで、太陽に照らされた木々は、青々しく美しい輝きを放っていた。
スゥと空気を吸うと、新鮮な空気に自然と体が軽くなるような気さえする。
「わぁ!!綺麗!!!」
きゃっきゃっとはしゃぐ私にウボォーは首を傾げる。
「そうかァ?ただの木しかねぇじゃねぇか」
「ウボォーさんは感情がないの?照り付ける太陽に瑞々しい木々が光って見えてこんなに綺麗な景色そうみられないよ!!」
「嬢ちゃん、ウボォーにそんなこと求めても無駄ってもんさ」
カカッと笑うのはノブナガだ。
まぁ確かに盗賊に美しさを訪ねても仕方ないか。
しばらくその景色を楽しんでいると、ようやく街が見えてきた。
仕事で色んな街に行ったことはあるけど、その街は見覚えが無くやはり今どこにいるのかは分からなかった。
ゆっくりと地面に下ろしてもらうと、いつもの目線の高さになりなんだか心惜しい気持ちになった。
いつもと違う高さでいるのも悪くないな…なんて思っていると、慣れた足取りで街の中へと皆入っていく。
危うく置いて行かれそうになるも、急いで追いついた。
私を逃がしちゃダメなのに普通先に行く?
可笑しいんじゃないのこの人達。
……いや、離れても追いかけられる自信があるからこその余裕の表れか。
全くとんでもないな。
「いつもどこで買い物をしているの?」
「買い物?そんなのしないネ」
「え?買い物しに来たんじゃないの?」
「嬢ちゃん俺たちゃ盗賊だぜ?」
「欲しいモノは盗む」
……そうだった!!
この人たち盗賊だった!!!
そうだよね、普通お金出して買わないよね盗賊は!!
私が馬鹿だったよ。
「メル、なんか欲しいのあるか?取って来てやるぜ?お前初心者だから盗むの気が引けるんだろ?」
フィンクスさん優しいんだけど言ってることは最悪。
「な、何でもいいよ。盗みやすいので」
「なんだそれ。俺たちが盗めないモノなんてあると思うか?」
まぁそれはないだろうけど……。
「適当にとってこいってことネ。はやく行くネフィンクス」
「へーへー」
そう言っておもむろに店内に入っていったフィンクスは、ものの数分で出てきて、両手いっぱいの酒や肉やらを掻っ攫ってきたのだ。
なぜ店員や客たちは、こんな堂々としている不審者がいるのに、一切騒ぎにならないんだろうか、と不思議に思うも考えるのをやめた。
常識が通じる相手じゃないから仕方がない、それが導き出した答えだった。
ウボォーはどこかからか大量の酒を、ノブナガは魚を、フェイタンは小籠包や肉まんを持っていた。
性格が分かれるなぁと観察していると、お前も行ってこいと背中を押されてやはり私も盗むことになった。
盗んだことのない私は人の目を気にしてキョロキョロとしているとフェイタンに一括を喰らう。
「そんな辺り見てたらバレルネ。お前バカカ?」
「そう言っても…。き、気になるよ」
「流れる様に取るネ。あのバカを見てみるネ」
そう言って指さす方向にはフィンクスがいた。
あの人もう既に両手いっぱいに荷物を持ってるのに更に肉を取ろうとしてる!!
なんて傲慢!!!
でもあの流れる様な手さばき。
自然に腕の中に肉が移動していく様にメルは目を見開いた。
「あんな自然に取れるモノなの?」
「普通ネ」
これが経験というやつ?
よし……。
私は弁当コーナーのから揚げ弁当に目を付けた。
人に紛れて自然に盗る!!!!!
よし!!!!!
できた!!!!
後は店を出るだけ。
心臓の音がバクバクと高鳴り、「盗りましたよね?」と声をかけられないか不安と罪悪感のまま店の扉を潜った。
盗ってみればなんともあっけないもので、誰一人として声はかけられなかった。
「嬢ちゃんそれだけでいいのか?」
「仕方ねぇな、俺が取ってきた肉分けてやる」
「ビビりすぎネ。お前本当にルイス家カ?」
「ガッハハハハ!!まぁ初めてなんだしこんなもんだろ!!」
まだ心臓はドキドキとしていたが、なんだろうこの達成感。
やっていることは最低なんだけど、盗ったことに対してこうも責められず、受け入れられるとなんとも変な気持ちだ。
帰りは同じようにウボォーさんが担いでくれて、私は夕焼けの空を眺めながらアジトへと戻った。
「おかえりー!」
「こいつもちゃんと盗んできたんだぜ?」
「へぇ、盗賊デビューおめでとうメル!!」
「デ、デビューって。あ、ありがとう…?」
そんな様子を見ていたヒソカはククっと喉を鳴らす。
意外にも蜘蛛のメンバーは、私の事を受け入れてくれている様で仲良くなるのに時間はそうかからなかった。
私が蜘蛛に入団してもう1週間が経とうとしていた。
毎日の様に盗みを繰り返しては夜遅くまでバカ騒ぎするという繰り返しだったが、嫌ではなかった。
むしろ心から笑っている自分に驚いていた。
メンバーのこともいつの間にか「さん」とつけるのをやめて、愛称で呼んだりするようになっていた。
そして団員のことも少しずつ分かってきた。
ウボォーは単純バカな所はあるけど蜘蛛のムードメーカー。
ノブナガはウボォーとペアを組むことが多いらしく、ボケとツッコミとうまい具合に分かれて、お互い背中を預けられる良いコンビなんだとか。
フィンクスは顔は怖いけど、意外にも優しい一面が多くて、私の事をよく気にかけてくれて結構頼りになる。
フェイタンはいつも私を小バカにしてくるけど、フィンクスと同様に私の事を心配してくる節がある。拷問好きなサディストのくせに意外な一面だった。
ボノレノフは戦いの話になるとついつい盛り上がった。美しさにこだわりが強く、かなりの質問責めにあったけどボノレノフとの会話はかなり楽しい。
シャルナークはルイス家に興味があったのか、ルイスの歴史についてかなり詳しく聞いてきた。眠たくなるような話なのに歴史に興味を持つなんて、蜘蛛一の情報収集家なだけある。
フランクリンは無口だが、私がフェイタンとフィンクスに小ばかにされているといつも「そのくらいにしてやれ」と助け船を出してくれる。一番優しいのはこの人だ。
コルトピはおっとりとしている性格で、ちょこんと私の隣に座っては外の景色を一緒に楽しんでくれた。他のメンバーなんて空を見ても「それが何?」というのにコルトピは「綺麗だね」と言ってくれて、ちゃんと感情がある様だ。一緒にいて実は一番落ち着く。
マチはお姉さん的存在だ。興味があった念糸について尋ねると快く教えてくれるし、妹の様に可愛がってくれる。もっと早く出会えていたら親友に慣れていたのかもしれない。
シズクは何を考えているのかたまに分からないけど、マイペースな気まぐれさん。デメチャンを見せてくれた時は服を吸い込まれそうになってかなり焦ったけど、話をするのは面白い。
パクは記憶を読めるみたいで、私に触れただけで過去を全て読み取ったらしい。少し涙ぐんでいたのはどの記憶を見た時だろう?母様が殺された時?それともイルミに捨てられた時?それとも他のことかな…?聞こうとしても「言わなくていいのよ」と抱きしめてくれるだけで何も教えてくれなかった。とても優しい人なんだと思った。
そう、旅団のメンバーは意外にも優しいのだ。
とても仲間想いなのだ。
私はどうしてもこのメンバーのことが嫌いにはなれなかった。
私の母を殺したのに。
レンやクラピカの仲間を全員殺したのに。
私はどうやら可笑しくなってしまったみたいだ。
感情がぐちゃぐちゃに入り混じって、憎しみや怒りはいつの間にか消えてこの、蜘蛛のメンバーとの時間を楽しんでいる。
私は蜘蛛の団長、クロロにあることを尋ねた。
全員酒を飲んで寝静まっても、クロロだけは蝋燭の火の下で本を読んでいた。
この人が1番何を考えているのかが分からない。
この個性的なメンバーの誰もが尊敬し、圧倒的リーダーシップのあるクロロはまさにカリスマなんだろう。
「クロロ。聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
本を読む姿勢は崩さないがどうやら話には付き合ってくれる様だ。
「なんで、母様を殺したの?」
そう尋ねるとクロロはページを捲る手を止めて、静かに本を閉じた。
「お前の能力を奪うのに邪魔だったから」
ストレートすぎるその言葉で、あぁ、やはりこの人はあの幻影旅団の団長だと再認識すると同時に少しホッとする自分がいた。
幻影旅団には圧倒的悪であって欲しい。危うく私のこの怒りと憎しみを忘れてしまうところだった。
「そうよね。…母様は私のすぐ隣にいたしね。そもそもなぜ私の能力が分かったの?見た人は全員死んでる筈なんだけどな」
「フッ。シャルナークが徹底的に調べ上げたからな。シャルに操られた人間がいたということだ」
「なるほどね。あの日のこと、詳しく聞きたい。ルイスでは、まだ幼い私なら懐柔できると思った組織が私を狙って襲撃した、ということになっているのだけど……。その組織と蜘蛛とは、どんな関係なの?貴方達が組織に組するなんて思えないのだけど」
「まぁ確かに俺たちはあいつら(組織)に組した訳じゃない。利用できると思ったのさ。表向きは組織のせいにして、お前の能力を掻っ攫う。それが目的だった」
「いいように利用された組織は後でルイス家によって壊滅させられたけど、貴方の姿が無かったから可笑しいなと思ったの。ルイスではまだ組織の生き残りがいると思って捜索されてたの。どおりで見つからない訳ね。あなた、組織のメンバーじゃなかった訳だしね」
「不運な奴らだ。マフィア連中なんて幾らでも利用できる。うまい餌を垂らしてやればすぐに食いついたよ」
「私の身柄を好きにしていいとかなんだとか言ったんでしょう?」
「あぁ。まぁ、計画はうまくはいかなかったけどな。お前の叫び声を聞いて直ぐにお前の父親や兄達が駆け付けようとしたからその前に逃げるハメになったが。その後も機を狙っていたがいつも邪魔者がいたからな」
「……イルミのこと?」
「常に警戒してるもんだから一切近づけなかったよ」
……イルミ私の事を守ってくれてたんだ。
でも、それは私にイザベラを重ねただけであって、私個人を守るためじゃない。
私に向けられた行動に見えてもそうじゃない。
はぁとため息をつくとクロロは興味津々な顔つきで「お前、まだ気づいていないのか?」と言ってきた。
「何を?」
「イルミは別にお前を裏切ってはいない」
「……どういうこと?だって私ハッキリ聞いたんだけど。メルは関係ないって」
「お前がルイス家の娘かたまに疑いたくなるくらい抜けているな。イザベラと俺は手を組んでいた。お前が1人になる様に仕向けたんだ。あの夜イルミは恐らく色でもつかったんだろう?そうまでして、お前が誰に狙われているのかを知りたかったんだろうな。思ってもいない言葉を言ってあの女の信頼を得たかったんだろう。そこを見かけたお前はショックのあまり、イルミから距離をとった所を俺たちが掻っ攫うという計画だ。それでお前はまんまと作戦にハマり、ここにいるという訳だ」
「……は?」
じゃぁイルミは何も悪くなくて勝手に勘違いした私が1人飛び出して……・
「……最低」
メルの大きな瞳から大粒の涙がこぼれた。
一瞬殺気が籠ったせいで、寝ていたメンバーが飛び起きた。
「あれ!?団長がメル泣かせてる!?」
「何したのさクロロ!!!」
「メル大丈夫?」
「うぅっ…ふっ……」
なんで私の心配をするの?
なんでこんなに優しいのよっ。
「うぅっ……うわぁあああん!!!」
マチはよしよしと頭を撫でてくれる。
この人たちもこの作戦を知って、分かってて私を攫ってきたのに!!
なんでこんなに優しくするの!?
もう、分からない。
ひとしきり泣いている間、クロロから状況を聞いたメンバーはバツが悪そうな顔をする。
「男の1人や2人くらいお前ならすぐできるだろ。そう泣くなよ」
「うぅ…ヒック……ふぅ……イルミを信じられなかった自分に、腹が立つ。イルミは私の為に動いてくれていたのに……」
そう思うとまた涙がポロポロとこぼれる。
するとマチが背中をさすってくれた。
「メル、そう落ち込まないで。いい出会いはすぐにある。こうしてアタシらが会えたのもその状況があったからだし。アタシあんたのこと結構気に入ってるんだけど。メルはそうじゃないの?」
そ、そんなこと言われると複雑な気持ちになるじゃない。
でも…
「……私ももう皆のことが好き…なんだと思う。だから感情がぐちゃぐちゃで…どうしたらいいか…」
するとマチはフッと笑みを浮かべる。
「なら楽しめばいいじゃん」
「楽しむ?」
するとパクも隣にやって来た。
「人生なんて行き当たりばったりみたいなもんよ。その都度楽しまなきゃ勿体ないでしょ。もう、こんなに目を腫らして。かわいい顔が台無しよ?」
そう言って顔を拭いてくれた。
この状況を楽しむ?
楽しめるものなの?
全部を過去にしたまま、このまま前に進めるの?
考えなければ楽だけど、楽な道を行ってしまっていいの?
きっとイルミやルイスの皆は私を必死に探してくれているのに、私が、私だけが忘れるなんてそんなことできない。
でもそれを皆に言うこともできなくて、自分の気持ちを飲み込んだ。
このままここにいては自分が可笑しくなってしまいそうだ。
そんな気がした。
全員が寝静まった後、窓の近くへ移動して空を見た。
ガラスなんて存在してなくて、そこだけくりぬかれてているおかげで腰が下ろせるスペースができていた。
「はぁ」と重たいため息をつくと、「や♡」とやって来たのは空気の読めない奇術師だ。
今ヒソカの相手をするのはかなりしんどい。
無視をしていると「ここから出たいかい?♡」と囁いてきた。
「な、なに言ってるの?貴方一応蜘蛛のメンバーでしょ。クロロに背く様なことして、ただでは済まないわよ?」
「僕のご主人様は君だからね」
そう言って、指に着けている指輪を見せてきた。
「君が望むならここから逃がしてあげることもできるよ」
「い、一体どうするの?」
「それは秘密♡」
確かにあの黒い指輪……“拘束する戒めのリング”は、私には嘘はつかず、困ったことがあれば必ず協力することを強制できるというもの。守らなければこのリングから体内に毒が注入されてヒソカは確実に死ぬ。つまり、ヒソカが生きているということは、嘘は言っていないと自分の能力で証明されている。
「そんなことをしてヒソカは大丈夫なの?裏切ることになるんだよ?」
「そうはならないから安心して♡」
しばらくしてもヒソカには何も変化はない所を見ると、この発言も嘘はついていない様だ。
「私は……イルミに会いたい…」
考えるとまた涙が出てきそうだったのをグッと堪えた。
「OK。合わせてあげるよ」
「でも何で今なの?そんなことできるなら初めに言ってよ」
「クク。気づいてた?君の周りには常に2人以上のメンバーがいたんだよ?そんな状況でこんな提案はできないからね」
なるほどね。
確かに常にだれか傍にいたな。
「怪しまれるからもう行って。私はしばらくここにいるから」
「はいはい♡」
暗闇には大きな月が輝いていた。
もう時間は夜の2時を回ったところだ。
私も流石に睡魔がやってきて、まどろみの中に引きずり込まれそうになるのを引き留めたのは、無数の気配だった。
「!!」
私が気づいたということは、他のメンバーももちろん気付いており、警戒して辺りを見渡していた。
「囲まれているな」
クロロのその言葉は正しかった。
気配は一瞬にしてこの廃ビルを取り囲んでいたのだ。
この尋常でない程統率の取れた動きは、まさしくルイス家のそれだった。
すると敵陣の中堂々と中に入って来たのは、父様と兄様達、そしてイルミだった。
「皆!!」
すると、私の前に蜘蛛のメンバーがやって来て、クロロもいつの間にか私の隣にいた。
「まんまとしてやられたよ、クロロ・ルシルフル。うちの娘が随分と世話になった様だね」
「父様!」
私を見るなりにっこりと微笑んでくれて「少し待っていなさい」と言われた。
皆私を見て安堵の表情を浮かべるもすぐに臨戦態勢へと入っていた。
「クロロ。メルを返してもらうよ」
「フッ。手放したのはお前だろう?イルミ」
するとクロロは私の腰に手を回してきた。
それを見たイルミは素早く針を投げつけるもフェイタンに弾かれる。
「こりゃまた豪華なメンツが勢ぞろいだ」
「うわぁ、本物のウィリアム・ルイスにエル・ルイス、ラル・ルイスかぁ。売ったら幾らくらいするんだろうなぁ!」
わくわくと値踏みするのはシャルだった。
「シャル。流石に相手が悪いネ。この状況かなりやばいヨ」
「そうなんだよねぇ。クロロ、どうする?」
「…ウィリアムルイス。交渉に応じるつもりはあるか?」
「交渉…ねぇ」
「見逃す代わりにメルを返そう」
「ふむ……。いいだろう」
なんともあっさりと承諾するもんだから、蜘蛛のメンバーは拍子抜けした面持ちだ。
「うちの娘の命と君たちの命は天秤にすらかけられないよ。メルの安全が第一だからね。じゃぁメル、こっちへおいで」
これは嘘だ。
私が歩き出した瞬間に、クロロ達は逃げるだろうからそれを見越して父様たちはきっとクロロ達を追う筈だ。
完全に周囲を囲まれた状況では、流石の蜘蛛と言えど何人かは殺される。
私の脳裏にはこの1週間の思い出が流れた。
……最低な人たちに変わりない。
でも、…この人たちに死んでほしいとは思えない。
私は震える声であり得ない提案を自ら出した。
「父様……、提案があります。私がそちらに行ったら皆を追わないで下さい」
その言葉に全員目を見開いていた。
「メル?何を言っているんだ?まさかお前、操られて……」
ラル兄様は取り乱した様子で、私がシャルに操られていると思っているみたいだけど、私は正気だ。
「操られていたりもしてません。お願いです。……追わないで下さい」
頭を深く下げる私を見て、誰も何も言わなかった。
するとイルミのため息が聞こえた。
呆れてるんだろうな。
勝手に一人で出て行って、皆必死に探してくれたのに、最後はまた自分勝手に幻影旅団を追うな、だもんね。
見限られたかもしれない。
それでも……この人達には死んでもらいたくない。
「分かったよメル。今回だけ特別に、追わない。…エル、部隊を下がらせなさい」
「し、しかし父さん」
「メルの頼みだろう?聞いてあげようじゃないか」
「……はい」
エルは携帯を取り出して部下を撤退させた。
その証拠に、森側に広がっていた部隊は、素早く撤退したのか、何も感知できなくなっていた。
「ありがとうございます。……じゃぁね、皆」
そう言うと「またな、メル」そう言って全員目の前から姿を消した。
緊張が解けて、膝から崩れ落ちそうになったのをイルミが受け止めてくれた。
その手は震えていて、しきりに「ごめん…ごめん」と繰り返していた。
イルミの匂いだ。
イルミの温かさだ。
そう思うとぶわっと涙があふれてきた。
「謝るのは私の方だよ。ごめんねイルミ」
そう言うとイルミは強く私を抱きしめた。
「メル、無事で安心したよ。怪我もしてないし、見たところ健康そうだね」
「父様!来てくれてありがとうございます」
「当たり前じゃないか」
「メル、助けに来るのが遅くなってすまない」
「無事でよかったよ~!もう本当に心配したんだからね」
「兄様……、心配かけてごめんなさい。ありがとう」
しばらくイルミは放してくれなくて、兄様達の怒鳴り声と、父様の威圧が効いたのかようやく放してくれた。
放れたのはいいが、手はずっと握っていて「繋いでおかないとどこかに行かれちゃ困る」と言って、私の横にぴったりとくっついている。
「まぁ良いか。今回はイルミのおかげだしな」
「そうだ。何でここが分かったの?私1週間ここにいたのにどこにいるのかさえ分からなかったのに」
「ヒソカから連絡があったんだ。あいつ、何度電話してもすぐに切るから殺してやるつもりだったけど、ちゃんと場所教えてくれたし見逃すことにした。蜘蛛の情報も流してくれる約束したしね」
「そうだったんだ」
やっぱりヒソカが手を回してくれていたんだ。
「とにかく、無事でよかったよメル」
「ありがとうイルミ。それと、……勝手にいなくなってごめんなさい。私勘違いしちゃって」
「俺こそごめん。メルがあの場にいると気づかなかったよ。全く、カプに頼んでまた変な能力作って。まぁその精度は凄いけどさ。全く分からなかったんだから」
「うん。……あの、イザベラはあの後どうなったの?」
「彼女は今ルイス家の地下室で事情聴取をしているよ。メル、もう疲れただろう?早く屋敷へ戻ろう」
ウィリアムはそう言うと、メルの部下5名を呼びよせた。
「メル様ぁああ!!」
「ご無事で何よりです!!!!」
「あぁああ本物のメル様だ」
「どこかお怪我しておりませんか!?」
「早く帰りましょう!!!」
全員一斉に飛びついてきて倒れそうになるのをイルミが支えてくれた。
「はは、皆にも心配かけちゃったね。ごめんね」
ひと際心配していたのはレンだった。
赤い瞳は、ギラギラと輝いていて蜘蛛の話題を聞いただけで、過去を思い出すらしく緋の目が発動してしまうのだ。
レンにはなんだか悪いことをした気分だった。
仇である幻影旅団に、私も入団してしまったのだ。
しばらく隠そう。
とてもじゃないけど今は言えない。
機を見てちゃんと話そう。
イリアは