幻想郷に駆け巡る、一つの情報。それはとある新聞からもたらされた。
『新たな異変? 博麗の巫女が語る謎の存在!!』
そう題された
「約束通り、ちゃんと配ってくれてるみたいね」
新聞を手にしながら霊夢が呟く。
冥界を出た後、霊夢は何体か、幻想郷の住民の偽物を退治していた。だがその中で、霊夢は一つの考えに辿り着く。自分がそうであったように、偽物の存在に気付かず、本物と混同して諍いになる可能性が有る。もし自分の偽物が悪事を働いたら、本物である自分に罪が被ることになるかもしれない。それで異変の解決の邪魔にでもなったら、面倒なことこの上ない。そこで射命丸文に情報を渡す代わりに、急いで新聞を発行するように取引したのだ。これで、無暗に自分を攻撃してくる者は居なくなるだろう。
「それにしても、一体何なのかしら?」
突如として現れた偽物達。そのほとんどはスペルカードルールを無視して攻撃してくる。今まではどのような異変であったとしても、そのルールが破られることは無かったのに、今回は異なる。そもそも、あの偽物が生まれる理由が分からない。
「あいつなら、何か知ってるかしらね……」
「あら、呼んだ?」
誰に言ったわけでも無い、ただの呟き。しかし突然霊夢の背後からねっとりとした声が聞こえ、背中に鳥肌が立つ。
「っ、紫!?」
「ええ。おはよう霊夢」
振り向くと、背後の空間が裂け、その中からフリルが付いたドレスを身に纏った女性が上半身を出している。この女性の名は『八雲紫』。幻想郷を創った賢者の一人と言われる、最高権力者でもある妖怪だ。そんな彼女は、胡散臭い笑みを浮かべながら霊夢に手を振っている。
「あんた、何の用よ?」
「あら、霊夢の方こそ私に聞きたいことがあるんじゃない?」
霊夢は紫のことが苦手であった。長い付き合いではあるが、まるで何もかも知っているかのような態度、そのくせほとんど人に対して自らの手の内を明かさない。そんな人を食ったような性格を持つ彼女を、ただただ苦手としていた。
「どうせあんたのことだし、聞いても答えてくれないんでしょう」
「いやね、言ってくれなきゃ答えられないじゃない」
扇子で口元を隠しながら、カラカラと笑うその姿に、霊夢は溜息を吐く。だが続く言葉に霊夢の興味が惹かれる
「でも、今幻想郷に現れている偽物の住人のことについては、教えてあげても良いわよ」
「何ですって?」
紫はいつも、「異変を解決するのは人間であるべき」と言って、自ら手を貸すということはほとんどない。しかし今回は、その異変についての情報を話すというのだ。その意図が読めずに睨んでいると、紫はやれやれと言った様子で肩を竦める。
「実はね、偽物の住人が現れるのは、どうやら意図して起こした異変じゃないらしいのよね」
「は?」
霊夢は全く考えていなかったその一言に目を見開く。
「ちょっと待ちなさいよ。あの偽物が異変じゃないわけが無いでしょ!?」
あの突然出没した偽物達は、明らかに自分達に敵意を向けて行動している。それが異変じゃないわけが無い。だが紫はいたって冷静に、一つの事実を述べた。
「私、既にこの偽物が生まれた理由について、聞いてきたのよ」
「……誰に?」
「これから異変を起こそうとしている、首謀者の一人……かしらね」
「復元率52%……まだ、完全な復活は出来ていませんが、それでも十分です」
廃村の中心で、紫紺の衣装を纏った少女―白い衣装の少女を飲み込んだ、偽妖夢だったものが呟いた。まるで自分の体の調子を確かめるように、手を何度も握っては開くを繰り返す。
そんな彼女を観察する視線が一つ。
「さて、そこに居るのは誰でしょうか?」
少女が視線を向けると、その先の空間がいきなり裂け、そこから一人の女性―紫が姿を現した。
「初めまして、と言わせてもらいましょう。私はこの幻想郷の管理者、八雲紫よ」
「これは丁寧に。こちらも初めまして、と返させてもらいます」
どこか機械的な表情の少女に対し、紫は裂け目から体を出し近づく。
「さて、あなたには幾つか質問したいのだけれど、良いかしら?」
「別に構いませんよ。今の私に応えられる範囲内ですが」
妖夢の体の時とは打って変わって理性的な態度を見せる少女に少し面を食らいながらも、紫は質問を投げかける。
「まず、あなたは何者かしら?」
その言葉に少女は少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「申し訳ありませんが、今の私には自分の名を含めた一部の記憶が失われています。とりあえず、仮の名として『マテリアルS』とでも呼んでください」
少女は僅かに復元できた情報から引き揚げた自身のコードを述べる。
続いて紫は、本命の質問を投げかけた。
「では次に、あなたは幻想郷の住民の偽物を生み出して、何をしようとしているのかしら?」
紫にとって重要なのは、幻想郷の存続。そのためには人間と妖怪、この二つのバランスに細心の注意を図る必要がある。しかし無秩序に争いを起こす者が居れば、均衡が破られかねない。それ故に、この偽物を生み出した意図を聞き出す必要がある。
「偽物……なるほど、闇の欠片の事ですか」
「闇の欠片ね……あれを生み出している理由は何なの?」
「残念ですが、あれは私達が生み出しているものではありません」
マテリアルSが放った言葉は紫が考えていたようなものでは無かった。
「確かに私は、闇の欠片を利用して、活動を行うための躯体としていますが、闇の欠片の発生は単なる副次効果です。『闇の書』の残滓が『砕け得ぬ闇』の力に反応し、周囲の記憶を取り込み模倣したのが、あの闇の欠片と言うことです」
闇の書、そして砕け得ぬ闇。聞き覚えの無い単語が出てくるが、あの偽物が彼女が意図して生み出したというわけでは無いようだ。
「そして私……いえ私達の目的ですが、それは『砕け得ぬ闇』の復活です」
「……その『砕け得ぬ闇』とは何なのかしら?」
「詳しくは分かりません。ただ、我々が生まれた理由がそこにあるとしか……」
結局、彼女の目的は彼女自身も分からないらしい。あまり情報を聞き出すことが出来ずに残念に思う。
「あなたの質問には答えました。今度は私が質問させてもらいましょう」
今度はマテリアルSが杖を向ける。その質問はとてもシンプルだった。
「私が聞きたいのはただ一つ。あなたは私達の邪魔をするのでしょうか?」
その言葉に紫は笑みを浮かべる。
「私は手を出す気は無いわ。条件が付くけどね」
「条件?」
「ええ。それさえ守ってくれれば、幻想郷は全てを受け入れる」
そして紫はマテリアルSに、スペルカードなど、この幻想郷におけるルールを伝えるのだった。
「ということなのよ」
一連の話を聞いた霊夢は溜息を吐く。
「結局、偽物が生まれてるのは、そいつらが捜してる『砕け得ぬ闇』だかが原因なんでしょ?」
「まあ、そうなるわね」
「それなら私がさっさと見つけて、破壊でも封印でもしてやるわ。それで万事解決よ!」
霊夢はこうしては居られないと、神社から飛び立つ。その後ろ姿を見て、紫は純粋な笑みを浮かべた。
「それでいいのよ霊夢。あなたはもっと成長出来る」
そして紫は空間に裂け目―スキマを作り出すと、その中へと消えていく。
だが紫は一つの誤算をしていた。もし彼女が『砕け得ぬ闇』が何なのか知っていたら、霊夢に対し警戒するように言っていただろう。あるいは自ら行動していたかもしれない。だが全ては後の祭り。
徐々に幻想郷崩壊の脅威が迫っていることに、まだ誰も気づいていなかった。