東方紫天譚   作:雪見柚餅子

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11話

「あいつ、どこに行った?」

 

 幻想郷を飛ぶ一筋の流れ星。それは箒に乗って空を飛ぶ霧雨魔理沙だ。紅魔館を出た彼女は、姿を消した偽レミリアを追うべく、幻想郷中を飛び回ったが、その姿は一向に見つけることが出来なかった。

 既に日は傾き、山も橙色に染まっている。夏とはいえ、もたもたしていれば、すぐに夜になるだろう。それは吸血鬼にとって最高の時間。倒すことが難しくなることは想像に難くない。

 

「これは、一度戻るべきか?」

 

 捜索を諦めて明日に備えようか、そう考えたとき彼女の視界にあるものが映った。それは妖怪の山に浮かぶ煙の球体。紅魔館の図書館で、偽レミリアが変貌した時に見たものとそっくりな物体が、そこにあった。

 

「おっと、これはラッキーか?」

 

 今ならまだ吸血鬼は全力を出すことが出来ない。速攻で倒すべき。そう考えた魔理沙は、その煙の色が紫ではなく青である理由など全く考えず、先手必勝と魔力弾を放つ。

 

「はああっ!!」

 

 だがその攻撃が直撃することは無かった。激しい魔力と共に煙が吹き飛んだかと思うと、中から放出された青い電光が魔力弾を弾く。その雷光の中心部には、一人の少女の姿が有った。それは黒いボディスーツを身に纏った、青いツインテールの少女。内側が青いマントを羽織り、手には機械的な杖を持っている。その姿はレミリアとは似ても似つかない。

 

「何だお前は?」

 

 その少女は敵意を込めた目線で、魔理沙を睨む。魔理沙は彼女のことなど知らない。だが偽レミリアと似た気配を持っていることから、関係者であると直感で感じ取った。

 

「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ」

 

 並みの人間なら、その瞳で睨まれただけで恐怖に身を竦めるだろう。それだけの威圧感があった。だが幾度となく強大な妖怪を相手取って来た魔理沙は、全く意に介さない。

 

「それで、お前こそ何者なんだ?」

 

 敵の名を知るべく、魔理沙が質問し返すと、少女はどこか寂し気な表情を浮かべる。

 

「さあね。ボクも自分の名前なんて覚えてないよ。だけど一つだけ確かなことがある」

 

 少女は杖を高々と掲げ、魔理沙を睨みつけた。

 

「この世界の全てを血と怨嗟によって塗りつぶされた闇に染め上げる。それがボクの役目だ」

 

 どこか虚ろな表情で言い放つ少女を前に魔理沙は確信する。目の前の彼女は倒すべき敵であると。

 

「そんなこと、させるかっ!!」

「ふん、ボクの剣の前に堕ちろっ!!」

 

 少女が杖を変形させた大剣で斬りかかる。いきなりの攻撃。だが魔理沙は慌てることなく、箒を加速させて避ける。偽レミリアの戦いを通じて予測していたが、やはり彼女達はスペルカードルールに従う気は無いようである。ならば、こちらもルールなんてしったことかと、美しさを捨てて何としてでも勝つための弾幕を生成する。

 

「いくぜっ!!」

 

 魔理沙の高らかな声と共に、無数の魔力弾が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、手近な闇の欠片を使った結果がこれとは……まさか太陽の下すら歩くことが出来ないとはな」

 

 鬱蒼とした木々が生い茂る魔法の森。陽の光もほとんど差し込まないこの森の中に、紅魔館から逃げ出した偽レミリアの姿が有った。

 あれから少し時間が経ったが、吸血鬼の弱点である太陽の光、そして流水。この二つによって動きが妨げられ、思うような活動が出来ていない。その事実に彼女は歯噛みしていた。

 

「至急、他の体を見つけなくてはならないが、今の我では魔力の探知すらも難しいな……」

 

 彼女もまたマテリアルの一人。しかし自らの記憶や能力の一部データが破損しており、本来の能力を発揮出来ていない。吸血鬼の体も相まって、彼女はかなり苦境に立っている。

 だが、そんな彼女に一つの幸運が訪れる。

 

「あれ、子供?」

 

 偽レミリアの前に現れたのは幻想郷では珍しい車椅子に乗った少女。

 

「なあ、ここがどこか知らんか? 気付いたらこんなところに居たんやけど……」

 

 全く警戒心も抱かずに近づく少女を見て、偽レミリアは笑みを浮かべる。

 

「ああ、これは僥倖……」

「え?」

「その体、我が貰うぞ!」

 

 偽レミリアは吸血鬼の身体能力を活かして少女に掴みかかる。その衝撃で車椅子が倒れた。

 

「ちょ、止めて! 何をするんや!?」

「夜天の子鴉……肉体としては申し分ないな。だがあの魔法使い共に見つかるのは面倒だ」

 

 偽レミリアは少女に馬乗りになったまま指を振るうと、二人を囲う様に半球状の結界が生成される。これで外に音や魔力が漏れることは無い。そして偽レミリアは少女の胸へ手を当てる。すると偽レミリアの全身が紫色の粒子に変わったかと思うと、少女の胸の中へ吸い込まれていく。

 

「う、うああああっ!?」

 

 堪えられない激痛を感じ、少女は叫び声を挙げる。だがその声も結界に阻まれ、誰かの耳に入ることは無い。

 まるで自分の意識が塗りつぶされるような感覚。消えていく自我に恐怖を感じながら、少女の瞼はゆっくりと閉ざされていく。

 

―バササッ―

 

 近くの木々から鳥が羽ばたき、地面へと黒い羽が落ちていく。それは消えゆく少女の存在を暗示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあーっ!!」

「でりゃあーっ!!」

 

 妖怪の山の上空では、魔理沙の弾幕と青髪の少女の電撃がぶつかり合い、花火のように弾けていた。

 

「ふんっ。お前なんかがボクのスピードについてこれるわけが無いっ!!」

 

 天狗を超えるスピードを活かし、魔理沙に対し攻撃を加える少女。だが魔理沙もかつて幻想郷最速を名乗る鴉天狗と勝負したことがある。

 

「人間を舐めるなよっ!」

 

 そう言って魔理沙は周囲に魔力弾を配置する。だがそれは少女へ撃ち込むためではない。

 

「何だそれは。そんなものが当たるものかっ!!」

「その言葉、覚えてろよっ!」

 

 魔理沙はミニ八卦炉を取り出すと、魔力を込めて砲撃を放つ。最大威力のマスタースパークには及ばないが、その分チャージ速度は速く、取り回しもしやすい。だが少女は華麗な身のこなしで躱しながら魔理沙へと距離を詰める。

 

「さあ、この刃を受けろっ!」

「やなこった!」

 

 魔理沙は少女に背を向け、全速力で逃走した。少女も逃すまいと後を追う。だが何度も紅魔館から本を盗み鍛え上げた魔理沙の逃走技術は並ではない。高いスピードを持つ少女ですら中々捕まえることが出来ない。

 

「くっ、待て!!」

 

 だが加速度、そして最高速。どちらを取っても魔理沙よりも少女の方が上である。いずれは追いつくのは自明の理。魔理沙もそれを見越していた。

 

「なっ!?」

 

 突如として少女にダメージが入る。それは魔理沙が最初にばら撒いた魔力弾によるもの。確かに少女の方がスピードは上。しかし旋回性能という点では魔理沙の方に軍配が上がる。何度も弾幕勝負で回避能力を鍛え上げた魔理沙と、高すぎるスピード故にコントロールが効きづらい少女では、回避能力に差が出るのは当たり前である。

 

「くっ、小癪な手をっ!!」

 

 少女の周囲に浮かぶ魔力弾。それはまさに地雷そのもの。手玉に取られたことに腹を立てる少女に対し、魔理沙は得意げな笑みを浮かべた。

 

「私は案外、技巧派なんだぜ!」

 

 さらにそこへ、白狼天狗達が駆け付ける。少女―マテリアルが乗っ取った闇の欠片―と偽チルノによって倒された仲間から連絡を受け、駆け付けたのだ。

 

「狼藉はそこまでだ! これ以上、我らの地を侵すというのであれば、容赦はしないっ!!」

 

 中心に立つ犬走椛が剣を構えながら通告する。少しでも動けば、容赦なくその刀を抜くだろう。

 

「ちっ、面倒な奴らまで来たな」

 

 少女は呟く。その目には明らかな苛立ちが募っていたが、まだ完全に体が馴染んでいない状態で、これ以上闘うのは危険であるという理性は残っていた。

 

「おいお前!」

「……私の事か?」

「次に会ったときこそ、お前を地の底に叩き落としてやる。その時を楽しみに待っていろ!!」

 

 魔理沙に宣戦布告した少女は、体験を握りしめると、雷を纏いながら大きく振り下ろす。その斬撃は彼女の前方に有った魔力弾を一掃した。

 

「覚えていろっ!!」

 

 そして捨て台詞を残すと、一気に加速し南の方角へと飛び去って行った。山から姿を消したということで白狼天狗達は深追いせず、撤退することに決めたようだ。

 

「……私も戻るか」

 

 気が付けばもう夜になろうとしている。これ以上探すのは危険と判断し、魔理沙も家へと戻ることを決めた。

 

―ぐぅ~―

 

 何の情緒も無い腹の虫が鳴る。そういえばお昼も食べていなかった。夕飯もこれから作るのは面倒だが、どうしようか。そんなことを考えながら、魔理沙はお腹に手を当てるのだった。

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