「突然来たかと思ったら、飯を食わせろとか、何を考えてるのかしら?」
紫から話を聞いた後、『砕け得ぬ闇』について何か知っている者が居ないか聞いて回っていたのだが、収穫はゼロ。見つかったのは、それによって生み出された偽物である『闇の欠片』のみ。それらの退治をして疲れた霊夢が博麗神社本堂の脇にある住居へと戻ると、居間には何故か見知った人物が我が物顔で居座っていた。
「別に良いだろ。わざわざキノコだって持ってきてやったんだし」
青髪の少女との戦闘後、空腹だった魔理沙は、家に戻ってから準備するよりも、ここで夕食を強請るべくやって来たのだ。さすがに何も持っていかなければ追い出されるということは理解していたので、近くで取って来た無害なキノコをお土産として渡している。
「全く、私だって今は食料の貯蔵が少なくて困ってるんだから。キノコが増えたくらいでそこまで良い物は出せないわよ」
「ああ、そう言えばしばらく異変起きて無かったからな……」
霊夢の生活費は主に異変の解決による報酬や一部の妖怪からの差し入れ、そして僅かばかりのお賽銭で賄われている。ここしばらく異変らしい異変が起きていなかったことによって、今の博麗神社の家計は火の車と言って差し支えなかった。
「そういえば、お前異変が起きていたのを知ってたんだな」
「今更?」
魔理沙は座布団に座りながら、道端に落ちていた新聞に目を通していた。一面に映る仏頂面の霊夢の顔。まさか自分が紅魔館に行った後、すぐに異変に巻き込まれているとは思っても無かった。気付いたら妖夢も異変解決のために行動していたと聞き、自分が出遅れたことに気付いて内心悔しがる。
「多分、咲夜も動くだろうな……」
紅魔館から逃げ出した偽レミリア。あれはレミリアに忠誠を誓う咲夜からすれば許しがたい存在だろう。きっと科の字も異変解決に乗り出すはずだ。
「これは、私も急がないとなー」
異変の解決を為すのは自分であると心に決め、より一層の気合を入れる。それと同時に霊夢も調理を終えたようで、奥からお盆を持ってやって来る。
「ほら、食べたらさっさと帰りなさいよ」
そう言って卓袱台に置かれるお椀と皿。それを見て空腹の魔理沙は目を煌かせるが、すぐに渋い顔になる。
「なあ、これなんだ?」
「何よ、文句でもあるの?」
「いや、ちょっと説明が欲しくてな……」
霊夢が面倒くさそうに溜息を吐きながら、それぞれ指を差して料理の解説をする。
「これがあんたの持ってきたキノコを焼いたやつ」
大皿に乗せられた焼きキノコ。そこからは醤油の香ばしい匂いがする。これはまだ良い。問題は残りだ。
「これは焼き魚」
そう言って指し示すのは、よくイメージされる切り身ではなく、丸々一尾がそのまま焼かれたもの。ただしその大きさは爪楊枝と同じ程度。焼き魚と言うより、煮干しなんじゃないかと思わずにいられない。
「それで、これがすまし汁」
最後に指さしたのは、お椀に装った汁物。文字通り透き通った汁の中に僅かばかりの大根と葱が浮いている。匂いもほとんどしない。これはすまし汁と言うよりも……
「これ、ただのお湯で煮ただけだよな……」
「そうとも言うわね」
「それただの茹で野菜だろ!!」
どう考えてもすまし汁では無い。しかし霊夢は一切顔色を変えることは無い。
「だから言ったでしょ。今は火の車だって」
「そりゃ言ってたけどよ……さすがにこれは……」
これなら大人しく家に戻って自分で作れば良かったと魔理沙は思う。しかし出された手前、食べないわけには行かない。お茶碗に三分の一程度の量しかない米を口に運びつつ、質素なおかずに箸を伸ばす。
「それで、あの偽物は昔の記憶が基になってるんだったか?」
「紫は聞いたらしいわ。だからほとんどの偽物はスペルカードも使わずに攻撃してくるみたいね」
美味しいとは言えない味をごまかすために、互いに情報の交換をする。異変の解決をするのは自分であるという考えが強い魔理沙だが、何の手がかりも無く一人で解決できるとまでは己惚れてない。そのため、霊夢から積極的に話を聞いた。
徐々に夜は更け、妖怪達の時間へと移り変わる。神社に響くヒグラシの声が、その幕開けを告げるようであった。
「紫様、静観していて良いのですか?」
幻想郷のとある場所。人影など一切ない、誰も知らない名も無き場所に二つの影。一人は幻想郷の賢者である八雲紫。もう一人は、彼女の式である九尾の狐『八雲藍』。
紫は藍が唱えた異議に対して、妖しい笑みを浮かべる。
「そうね。確かに今、幻想郷に現れている偽物、いえ『闇の欠片』は手当たり次第に攻撃を行いやすいという性質を持っている。安易に放置して良い存在ではないわね」
「それなら!」
「でもね、調べてみたけれど、あれはいわばただの現象に過ぎないわ。今回、異変を起こした彼女達と深い関係は有っても、意図したものでは無い。それなら、私が無暗に手を出す訳には行かないわ」
八雲紫は幻想郷の中でも、トップクラスの実力を有し、その力を利用して幻想郷のバランスを保つ役割を担っている。逆を言えば、彼女が手を出すこと自体が、幻想郷のバランスを崩すことになり得る。それ故、彼女が表に出るのは、幻想郷そのものが危機的状況に陥った時のみである。
「あの闇の欠片なら、それなりの実力があれば容易に倒せるわ。私が出る必要は無い」
紫の言葉通り、いくら記憶を再現した偽物と言えど、その力は体を構築した魔力の量によって変動する。そのほぼ全ては、オリジナルに比べて格段に戦闘力が落ちているというのが、観察して分かったことだ。その程度なら、霊夢達に任せていても問題は無いだろう。
それでもなお不安げな藍に、紫は言い聞かせるように口を開く。
「別にただ見ているだけじゃないわ。万が一の時は、いつでも出れるようにしているのよ。あなたも、いつでも出れるように心構えはしておいてね?」
「分かりました、紫様」
紫の言葉に静かに頭を下げ、藍はその場から姿を消す。
それを見届けた紫は、新たにスキマを生成する。そこから見えるのは、皿をつつく霊夢と魔理沙の姿。
「今回も頑張ってね……」
どこか優し気な表情を浮かべると、紫は眠りにつくように瞼を下した。
「やっと馴染んだか……」
魔法の森の奥。鬱蒼とした木々が生い茂る中、一人の銀髪の少女が笑みを浮かべていた。レミリアの姿を借りていた、最後のマテリアル。彼女はやっと自分が扱いやすい体を得たことに満足していた。
「だが、まだ完全には回復できていないな……」
自らの体に巡る力の不足感。彼女の力も未だ万全とは言い難い。この状態で戦闘するのは望ましくないだろう。『砕け得ぬ闇』の回収という目的は、既に目前に迫っている。だからこそ、ここで焦って全てを台無しにするわけには行かない。
「……既にあやつらも目覚めているな」
遠くから感じる二人の臣下の存在。自身が何よりも信じている彼女らが居れば、不安など無い。幸いにも、この場には魔力が豊富にある。ここは回復に専念し、その間の準備を臣下に任せよう。
そう考えた少女は、改めて結界を張り直す。今度はより隠密性と防御性の両方を高めた、完全防備の結界だ。これなら並みの魔導士では、こじ開けることすら難しい。
そして少女は再び眠りにつく。その目が次に開かれた時こそ、『砕け得ぬ闇』を手に入れ、自身に土を付けた連中に報復しようと。
ある者は異変を解決すべく、ある者は自分達の自由のために。それぞれの思惑が交錯しながら、幻想郷の夜は更けていく。
だが彼女らは後に知るのだった。真の異変は、まだ始まってすらいなかったことを。