「はあっ!!」
幻想郷に現れた闇の欠片。突如として現れ、攻撃を仕掛けてくる存在に、一時はパニックになる者も出た。だが、その混乱は長くは続かなかった。いくら現れようと、それは記憶を模倣した紛い物に過ぎない。幻想郷に住まう実力者の手により、次々と駆逐されていく。良くも悪くも、様々な異変が立て続けに起きて来た。その慣れによって騒ぎは驚くほどすぐに鎮静化し、一日経っただけで既に人里ではいつもの日常が取り戻されていた。
しかし、未だにこの異変と関係があるとされる者達の動きが見えない。暗躍しているのか、それともただ休んでいるのか、それすらも分からなかった。
「うわ~」
気が抜ける声と共に落ちていく妖怪『ルーミア』。彼女を叩きのめしたのは、朝から異変解決のため行動していた霊夢だ。
「闇ってついてるから関係あるかと思ったけど、やっぱり違ったわね」
この異変のキーワードである『砕け得ぬ闇』だが、どれだけ捜索してもそれらしいものは見つからない。仕方なく目についた闇妖怪である彼女に弾幕勝負を挑んだが、結局何の進展も得られなかった。
「やっぱり、あいつを見つけないといけないのかしらね……」
霊夢の言うあいつとは、博麗神社で彼女に刀を向けた偽妖夢の事である。また魔理沙の話から少し様子が異なる偽レミリアや、見知らぬ顔の少女について話を聞いている。こちらを探した方が、まだ早いのではないか、そう考え始めていた。
その時、急に空気が大きく揺れた。
「……っ、これは!?」
霊夢は強大な力を感じる。まるで隠す必要もないと言わんばかりに、堂々と主張する威圧感。それは魔法の森の一角から発せられていた。
「まさか向こうから出てくるなんてね……ちょうど良いわ」
探そうとしていたものが、自分から出て来てくれたのだ。この機を逃すわけには行かないと、霊夢は急いで魔法の森へと飛び立つ。
それと同時に、幻想郷の各地から魔法の森へと向かう者たちが居た。一人は、自分の力を知らしめるべく、異変の元凶を倒すことを目論む自称魔法使い。一人は、主人の姿を借りた無法者を討ち取ることを目指す、深い忠誠心を秘めたメイド。一人は、自分の偽物を打ち倒し、幻想郷に混乱を招く存在を打倒するという二つの目的を秘めた剣士。
そしてそれとは別に、ある二人の人物もその反応に気付き、静かに動き始めた。
「ふ……ふふっ。やっとだ……」
魔法の森。普段から妖しい雰囲気を感じさせる場所ではあるが、空に暗い雲が掛かっているためか、今日はより一層不穏な空気が辺りを包む。
その雲によって日が遮られた一帯。その中心部には、歯を剥いて笑みを浮かべる銀髪の少女の姿がある。その体には、紺と紫が入り混じった鎧を身に纏い、背中からは紫色の六枚羽が生えている。もし、幻想郷の外の人間が彼女の姿を見れば、堕天使と形容するかもしれない。そんな彼女は、やっと取り戻した力に喜びのあまり震える。
「漲るぞ、この溢れんばかりの力っ!! これで我らの悲願が叶うっ!!」
蘇った力を思うがままに放出する。その強大な魔力を前に、周囲の獣や鳥は恐れを為して逃げていく。その力は、間違いなく幻想郷でも上位に入る。ただ見ただけでも、それだけの威圧感があった。
だが、そんな彼女に対し、一切の恐れも見せずに向かう四つの反応に、少女は気付く。その内、二つには彼女は覚えが有った。
「ほう? まさか、早速雪辱を晴らす機会が来ようとはな」
少女が目線を下すと、そこには彼女を倒すべくやって来た霊夢、魔理沙、咲夜、妖夢の姿が有った。
「あれー、似たような反応だからもしかしたらと思ったが……見た目が違うよな、あれ」
「あなたもそう思う?」
少女を視界に捉えた魔理沙と咲夜が、予想外だったという表情で呟く。彼女達が感じた気配。あれは間違いなく、紅魔館で暴れた偽レミリアのものだった。しかし、目の前の少女は、どこをどう見てもレミリアとは似ていない。せいぜい、その大仰な態度くらいだろう。だが、目の前の少女は怒りに満ちた表情で二人を睨んだ。
「そこの金色とメイド!」
「金色……私の事か?」
「そうだ。あの屋敷での屈辱……忘れはせんぞ!」
その言葉に魔理沙と咲夜は確信する。
「やっぱり、お前はあの時の偽レミリアか」
紅魔館を出てから、いつの間にか体を変えていたようだ。今の姿が誰を模した者かは魔理沙達は知らない。だが、他の闇の欠片とは異なる反応から、間違いなくこの異変の中核に居る存在であると直感で理解した霊夢が、一歩前へ出る。
「あんた、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何だ貴様は」
明らかに目障りなものを見る表情を浮かべた少女に、霊夢はいたって冷静に口を開く。
「私は博麗霊夢。博麗の巫女よ」
「知らんな。生憎だが、貴様と話すことなど無い」
「私は聞きたいことがあるのよ」
そして霊夢は、いきなり確信を突く言葉を口にする。
「『砕け得ぬ闇』って何なの?」
それを着た瞬間、少女の目の色が変わった。
「貴様、それを聞いてどうするつもりだ?」
「簡単な話よ。それを封印でも破壊でもしてしまえば、それであんたの妙な企みも終わりでしょ?」
「そのようなことさせるかっ!!」
明らかな敵対宣言に怒りを露にする。あれは自分達が真の自由を手に入れるために必要な物。それをどこの馬の骨とも知れない奴らが破壊すると宣う。そんな許しがたいことは無いだろう。だが、それは霊夢達も同じだ。
「正直、あんたのようなルールも守らない奴に好き勝手されるのは困るのよ」
「色々派手にやってるみたいじゃないか。だが、ここらで私の踏み台になってもらうぜ」
「お嬢様の姿を借りて暴れまわる。そのような無礼はここで終わらせましょう」
「冥界にまで混乱を招いた元凶。断ち切らせて頂きます」
それぞれ武器を構え、目の前の敵を見据える。少女もまた、全身から魔力を放ち、眼前の邪魔者を打ち砕くべく傍らに浮く本を手にした。
「所詮は貴様らなどただの塵芥。ここで永劫の闇に沈むがいいわっ!!」
その言葉と共に放たれた闇の砲弾。霊夢達はそれを躱しながら、異変の主犯格である少女の下へと飛び込んだ。
霧の湖の底。空から降り注ぐ光が、湖底を僅かに照らす。多くの魚や蛙が泳ぐ姿を、水上からも見ることが出来る。
「これ、なんだろう?」
この日、霧の湖に暮らす人魚『わかさぎ姫』は、見慣れないものを見つけていた。それは妖しく透き通った紫色の結晶。まるで夜が明けたときの、ほのかに暗い暁の空を閉じ込めたかのような、そんな色合いをしている。彼女はその結晶に思わず目を奪われる。
「綺麗……皆にも教えてあげようかな」
最初は自分だけの秘密にしようかとも思ったが、この結晶はわかさぎ姫の身の丈以上の大きさもある。黙っていても、いずれ見つかるだろう。それならどこかに隠すか。しかし彼女の力はそれほど強くない。これほどの大きさの物を運ぶのは難しいだろう。それなら、いっそのこと他の人魚にも教えてあげよう。それなら、この感動を分かち合うことも出来るし、自分が第一発見者であると広めることも出来る。そう考えた彼女は、急いで他の人魚へこの場所を伝えるべくその場から離れる。
再び静かとなる水中。だがわかさぎ姫が去った後に残されたその結晶は、心臓ように脈動していた。まるで何かが目覚めようとしているかの如く……。