廃村から少し南東へ降りた獣道。玄武の沢と呼ばれる川の上を低空飛行しながら下っていた二人のマテリアルは、廃村に張っていた結界が崩れたことに気付いた。
「ちっ、思いのほか早いな」
予想以上に霊夢達の動きは早い。シュテルの結界で大分時間は稼げると踏んでいたが、まさかこれほど早く壊されるとは思っていなかった。廃村ではレヴィに足止め役を任せているが、あちらは四人。いくらレヴィが強くても、一人か二人は抜け出すだろう。こちらは目立つことが出来ないため、移動速度はどうしても落ちる。いずれは追いつかれるかもしれない。そして捕まってしまえば、目的の達成に大きな遅れが生じる。それだけは避けなくてはならない。ならば、ここで取り得る選択肢は限られる。シュテルは決意すると、ディアーチェを見つめる。その視線に気づいたディアーチェも、シュテルが考えていることを理解した。
「行くのだな……」
「はい。後で合流致しましょう」
無駄な言葉は不要と言わんばかりに、端的に言葉を交わすと、シュテルとディアーチェは分かれる。シュテルは南西に方向転換し、ディアーチェは川を下り続ける。全ては『砕け得ぬ闇』を手に入れるため。それぞれの役割を達成すべく、互いを信じながら彼女達は動いた。
「これは……」
廃村を出て二人をマテリアルを追う霊夢と妖夢。そんな彼女達はすぐ近くで、まるで挑発するかのように魔力を垂れ流す存在があることに気付く。
「この感覚、あいつか」
それはシュテルと呼ばれていた少女のもの。霊夢にとっても妖夢にとっても、自分が相手をしたいと考えていた人物だ。だが、彼女の行動に納得がいかない。彼女は霊夢達に気付かれないように、レヴィを囮として廃村を出ていったはず。それなのに今度は、自分の気配を隠すことなく、むしろ大々的に自分の居場所を知らしめている。その矛盾した行動の目的、その答えに霊夢はすぐに気付いた。
「これも、多分囮ね……」
「霊夢もそう思いますか」
妖夢も同じ答えに辿り着いていたようだ。恐らく主犯格のリーダーであるディアーチェの下へと辿り着かせないように、わざと自分の存在を明らかにして、霊夢達の動きを封じようとしているのだろう。だが、それが分かれば、わざわざ相手をしてやる必要もない。
「ここは無視して、本命を探すわよ!」
異変を解決するためには、ディアーチェを倒しさえすればいい。効率を求める霊夢は、シュテルが居る方向とは真逆へと向かう。あれが囮なら、間違いなくその反対方向にディアーチェが居るはずという推理に基づいていた。この霊夢の考えは正しい。シュテルはディアーチェが『砕け得ぬ闇』を回収するまでの時間稼ぎのために動いているのだから。
だが、霊夢達は甘く見ていた。マテリアルの参謀であるシュテルが、みすみすターゲットを逃がすような行動をするわけが無いのだ。
「っ!」
霊夢達の行く手を遮るかのように、目の前の空間が歪む。廃村に敷かれていた結界と同じものが、霊夢達を囲むように一瞬で作り出されていた。こんなことをするのは一人しか居ない。
「面倒くさいわねっ!」
再度、結界を破壊せんと霊夢が指先で印を結ぶが、その前に彼女達の頭上に、この結界を張った張本人が姿を現す。
「お久しぶりですね」
「来たわね……」
杖を構えた少女、シュテルが二人の前に降り立つ。スカートをつまむその姿はまるで貴婦人のようにも見える。だが甘く見てはいけない。霊夢ですら厄介に感じる結界を一瞬で張る技巧、そして今もなお全身から発せられる圧力。それは間違いなく、強敵であることを表している。
「……弾幕勝負で倒したら、この結界を解いてもらうわよ」
「ええ、構いません」
だが霊夢達も怯むことは無い。目の前の敵が何者であろうと、霊夢達は常に立ち向かって来た。何よりも相手は弾幕勝負に慣れていない。それこそが勝機である。
いざ勝負を挑もうと、霊夢と妖夢は構える。だが、それに待ったをかけるようにシュテルが手のひらを前に出す。
「申し訳ありませんが、生憎とあなた達の実力は評価しています。故に、二人掛かりで挑まれれば、私は苦戦は免れないでしょう」
「そう。でも生憎と私はさっさと勝負を付けたいのよ」
「正々堂々とした勝負とは言い難いですが、私も手加減は出来ませんからね」
シュテルの言葉を認めないように、二人は戦闘態勢を崩さない。だがシュテルはそのことを織り込み済みだった。
「無論、あなた達がそのような返答をすることは予測済みです。そのため、私としてもあまり気が進まない方法を選ばせて頂きました」
シュテルの放った言葉の意図が分からず、首を傾げる二人。だがすぐにその意味を理解することとなる。
「「っ!?」」
突然、周囲に気配を感じる。それは一つ二つでは無い。徐々に数を増やしながら、その気配は近づいてくる。それは間違いなく、この二日間で幻想郷を混乱に陥れたものと同じだ。
「私の魔力を餌に、闇の欠片を誘いました。元は近くにあった存在です。この程度のコントロールなら誘導なら造作も有りません」
徐々に結界の中へ入り、その姿を見せる闇の欠片。木端妖精の姿のものも有れば、それなりの実力がある妖怪の姿をしたものもある。その数は優に十体は超えるだろう。
「あなた達を倒すには、これが最も有効な手です」
シュテルは魔力を放出することにより闇の欠片の誘導に成功したが、あくまで誘導に過ぎない。自分の配下として扱うことは出来ないうえ、記憶に基づいて好き勝手に動くため、攻撃が自分に向くかもしれない。だがそれでも、混戦に持ち込めればそれで充分。霊夢と妖夢が協力して攻撃を仕掛けて来れば、それを防ぐのは難しい。それなら分断するしかない。そのための一手である。
さすがの霊夢と妖夢も、これほど多くの闇の欠片を前に冷や汗を掻く。だが見た限り、強力そうなものは存在しない。これならまだ勝機はある。
「……霊夢、私が周りの連中を倒しますから、あなたはあの少女を頼めますか?」
本命の敵を倒すという役割を譲る発言に、霊夢は驚きを感じる。
「良いの? あんただってあいつを倒したいんじゃ?」
妖夢は自分の姿で暴れていたシュテルに対し、怒りを感じていたはずだ。折角、自分の手で倒せるチャンスであるにもかかわらず、それを易々と霊夢に渡した理由が分からない。だが妖夢は、霊夢の顔も見ずに応える。
「彼女の技を見る限り、恐らく遠距離が得意なタイプ。それなら私よりあなたが戦った方が良いと思っただけです」
自らの感情よりも、冷静に状況を判断した結果として霊夢に見せ場を譲ることに決めた。そんな妖夢の心境を察してか、それ以上は霊夢は口を出さない。
「では、行きましょうか!」
妖夢は心を奮い立たせると、二本の刀を手に闇の欠片達に斬りかかる。その姿を背景に、睨み会う霊夢とシュテル。霊夢は札とお祓い棒を手に、シュテルは紅い杖を構えた。
「それでは、王の名の下に、あなたを焼滅させましょう!」
「やれるもんなら、やってみなさい!!」
互いに宙を舞い、光弾を撃ち合う。その姿はまるで花火を纏いながら踊っているようにも見えた。