東方紫天譚   作:雪見柚餅子

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1話

「ふんふふーん♪」

 

 霧の湖。昼間になると濃い霧が掛かるこの湖の上で、青い服と氷の羽が特徴的な一匹の妖精が鼻歌を歌いながら飛行している。

 

「チルノちゃーん、どこに行くのー?」

 

 それを追いかけるのは似たような服装の緑色の髪をした『大妖精』と称される妖精。心配そうな声を掛ける彼女に、青い妖精『チルノ』は自慢げな表情で答えた。

 

「昨日落ちて来た星を見に行くんだ!」

「え~っ!?」

 

 その言葉に驚きのあまり叫び声を挙げる大妖精。

 

 それは昨日の夜のこと。突如として地面が揺れたかと思うと、上空に紫色の光が輝きだしたのだ。何事かと人間も妖怪も空を見上げると、それは花火のように弾け、幻想郷中に降り注いだ。

 この現象の原因は不明で、ある者は妖怪の妖術と考え、ある者は河童が作ったロケットじゃないかと言い、またある者は天変地異の前触れではないかとも答えた。

 

 その噂の光の幾つかは、この霧の湖にも落ちている。チルノはその光を見つけようとしていたのだ

 

「大丈夫なの、チルノちゃん?」

「大丈夫! あたいは最強だからな!」

 

 何が大丈夫なのか全く分からない根拠を言いながら進むチルノ。大妖精は不安げな顔をしながらも、大事な友人を心配して付いて行く。

 彼女たちが向かうのは湖の東側の岸。そこに強い水色の光が落ちるのをチルノは見ていた。

 

「あたいと同じ色なんだから、きっとすごいものだぞ!」

 

 そんな期待に胸を膨らませながらチルノが岸へと辿り着く。

 

「あれ……?」

「何もない……?」

 

 だがそこには何も見えない。チルノが見たと言った水色の光はおろか、他の妖精や人間の姿も無い。いつも通りの光景しか広がっていなかった。

 

「もしかして、誰かがもう持って行っちゃったんじゃないの?」

「え~!」

 

 大妖精の言葉に肩を落とすチルノ。折角ここまで来たのに、何もないなんて。

 逆に大妖精は胸を撫でおろす。チルノは他の妖精と比べると確かに強いが、幻想郷全体ではそこまで強いというわけでは無い。時折こうした思いつきで行動した結果、他の妖怪や人間の怒りを買った結果、弾幕勝負となって倒される。そんな光景を見続けた大妖精は、こうした何もなかった結果の方が安心できた。

 だがそんな彼女の期待は裏切られる。

 

「何だお前は!」

 

 突然二人に投げかけられる声。聞こえるのは二人の頭上。チルノと大妖精は揃って顔を上げると、そこには信じられない姿をしたものが居た。

 

「え、チルノちゃんが……?」

 

 大妖精はあまりのことに声を失う。

 二人の前に姿を現した者。それはチルノと全く同じ姿をした妖精だったのだから。違いを言うとするなら、瞳の色が青く、さらに着ている白いシャツが黒く染まっているという点だろう。

 

「お前こそ一体なんなんだー!」

 

 チルノはその姿に興味が無いのか、もう一人のチルノに大声で叫び返す。

 

「ボク? ボクは……誰なんだ?」

 

 もう一人のチルノはその質問に答えを詰まらせる。

 

「確かボクは……大事なものを取り戻さないと。でもそれって……?」

「おい、話を聞けーっ!!」

 

 そしてブツブツと呟きだすもう一人のチルノに対し、本物のチルノは我慢の限界と言わんばかりに猛烈な冷気を浴びせようとする。

 

「くっ、うるさい!!」

 

 だがその攻撃をもう一人のチルノは青い電撃を放つことで相殺して見せた。

 

「何あれっ!?」

 

 チルノと似ているが、全く違う存在を目の当たりにした大妖精は混乱する。

 

「もう、ボクが何者かなんてどうだっていいだろ! 君と話してると苛々するっ!!」

 

 癇癪を起したかのように、もう一人のチルノは全身から青い電流が流れる。

 

「邪魔をする奴は皆敵だっ! お前なんかボクの(いかづち)で永遠の闇に葬ってやる!!」

 

 その言葉と共に放出された雷が、二人のチルノの姿を飲み込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷で唯一人間が安全に暮らせる場所「人里」。そこでも昨夜の光についての噂が出回っていた。この幻想郷は普通の人間にとって危険な場所である。異能の力を持つ数多の妖怪が生息しており、隙を見せれば命を奪われることも少なくない。この現象も、妖怪が引き起こした異変かもしれない。そう恐怖するのは必然だった。それ故に人々は、妖怪退治の専門家である巫女が、この現象の謎を解き明かし解決することを期待するのであった。

 

「本っ当に面倒よねぇ」

 

 その当人である『博麗霊夢』は現在、蒸し暑い神社の庭を掃除していた。この博麗神社は人里からもそれなりに距離が有り、また頻繁に妖精や妖怪が立ち寄るため人間の参拝客が来ることは非常に少ない。

 彼女の耳にも既に昨夜の出来事に関する噂は入っている。しかし、だからと言って全てを妖怪の仕業と考えて行動するほど、彼女は浅慮ではない。

 

「大体、異変を解決しろなんて言うくらいなら、少しはお賽銭を入れるとかして欲しいわよね……」

 

 そう言って溜息を吐く。ここ一か月、賽銭箱にお金は入っていない。せいぜい木の葉や妖精たちがいたずら目的で入れた小石程度。さっき来た知り合いの少女も、ただ世間話に来ただけで、それが済んだらさっさと飛んで行ってしまった。

 収入が全く無いのにわざわざ出て行って、結局何でも無かったなんてことになれば、それこそくたびれ儲けだ。今はまだ何か事件が起きたわけでも無い。わざわざ自分が行くほどではないだろう。霊夢はそう考えていた。

 

「おい、どけぇっ!!」

「っ!!」

 

 だがいきなり彼女の頭上から響く声に気付いた霊夢は箒を投げ捨てて、その場から跳び去る。すると、霊夢が掃除していた場所に何かが落下してきた。

 

「いてて……」

 

 落ちて来たのは霊夢より頭一つ低い少女。頭には二本の角が生えた幼子の姿をした少女。だが纏う濃密な酒気と妖気が彼女の正体を物語っている。妖怪の中でも高位の存在。鬼の四天王が一人、『伊吹萃香』。それこそが彼女の名だ。

 

「あんた、一体どうしたの?」

 

 突如として落下してきた萃香に呆れたように呟く霊夢。だが萃香はどこか警戒したような表情で空を見上げる。

 

「ちょっとあいつに落とされてな……」

「あいつ?」

 

 霊夢も萃香の視線を追うように上を見上げる。そこに居たのは……

 

「妖夢?」

 

 白い髪に二振りの刀を携え、傍らには魂が浮いている少女。その姿は冥界の白玉楼で庭師をしている半人半霊の少女『魂魄妖夢』そのものだ。しかしいつもは白と緑の服を着ているはずの彼女は、今日は黒と赤に染まった服を着用している。さらにその目は冷たく、いつもの彼女とは思えない。

 

「何かいつもと違う様子だったからちょっかいを掛けてみたんだが、突然攻撃されてな……」

 

 そう語る萃香の顔は苦々しい。いつも余裕な態度を崩さない彼女の追いつめられた表情を見て、霊夢も警戒する。

 そんな二人を頭上から見下ろす妖夢はゆっくりと口を開く。

 

「ふむ、あなたも私の邪魔をするのでしょうか?」

 

 それはどこまでも冷たく、しかしながら確かに敵意が込められた声だった。

 

「邪魔すると言うのなら、まとめて焼き払わせて貰いましょう」

 

 言い放つと同時に刀が炎に包まれる。そして頭上から斬りかかって来た。

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