地面に倒れ伏すシュテルの下へ、霊夢と妖夢が近づく。既に周囲を覆っていた結界は解け、闇の欠片達も皆消滅していた。
「さて、あいつがどこに行ったのか教えてもらいましょうか」
シュテルによってかなりの時間を浪費することとなってしまった。今更、最後のマテリアルであるディアーチェを闇雲に探すのは手間が掛かりすぎる。それならば勝利者の権利として、シュテルからディアーチェの居場所を聞き出すこととした。
「ええ、構いません」
シュテルもまた、弱肉強食の幻想郷のルールには従うつもりである。既に彼女は役割を完遂したのだから。
「ですが、私が教えずともすぐに分かりますよ」
「何ですって?」
霊夢と妖夢がシュテルに訝し気な視線を向けると同時に、東の方角から桁外れの魔力、そして朝焼けの空ような不気味な紫色の光が発せられているのが見えた。
「これはっ!?」
「この方角は紅魔館……いや、霧の湖?」
この光が発せられる方向には、紅魔館が畔に佇む、幻想郷最大の湖がある。シュテルも霊夢の言葉を肯定した。
「ええ。この先にある湖。そこに我らが求める『砕け得ぬ闇』が眠っています。そして、もう間もなくそれは目覚めるでしょう」
魔理沙と咲夜もまた、霧の湖から発せられる魔力に気付き、急いで向かっていた。
「何なんだよ、この魔力っ!?」
「パチュリー様も相当だけど、これは……」
この幻想郷でもトップクラスの魔力を誇るパチュリー。そんな彼女の魔力がまるで子供に思えるほどの魔力を前に、二人は冷や汗を掻く。
あまりの魔力に中てられて混乱する妖精達を躱しながら、木々が鬱蒼と生い茂る山を下っていく。視界の先には、紫色に妖しく輝く魔法陣が、湖の上に描かれていた。その中心に見える人影。遠くて見づらいが、あれはディアーチェと呼ばれていた少女では無いだろうか。
「霊夢達は何やってんだ……?」
先に廃村を出ていったはずの霊夢の姿が見えない。ということはずっと見つけられなかったのか、あるいは既に破れてしまったのか。嫌な想像が魔理沙の頭を過る。
「早く行きましょう。もし屋敷に被害が出ては堪ったものじゃないわ」
「ああ、分かってる!」
咲夜の言葉に威勢よく応えるものの、実際は魔理沙は先程の弾幕勝負で決して軽くないダメージを受けている。動けないわけではないが、強力な落雷をまともに受けたのだ。至る所にある火傷がじわじわと痛んだ。だが、そんな怪我は今まで異変に関わる度に受けて来たのだ。今更、この程度の怪我で脱落する気は無い。箒により一層魔力を込めて加速する。
―ゴゴゴッ―
幻想郷そのものが揺れるかのような地響きが鳴り響き続けた。
「ふふふっ、そろそろだな……」
深い霧が掛かった湖の上空。紫色の表紙の本を片手に、ディアーチェはほくそ笑む。レヴィとシュテルの二人が時間を稼いでくれたおかげで、既に『砕け得ぬ闇』復活のための魔法術式は完成した。その覚醒まで、さほど時間は掛からない。
「これでこの世界も、全て我のものだっ!!」
最早、障害は存在しない。そう考えていたが、そんなディアーチェの企みを阻止すべく、四人の人間が彼女の許へ現れる。
「そんなことはさせないわよっ!!」
「全く、何を考えているかと思えば、幻想郷征服ってか?」
「随分と調子に乗っているわね」
「そのような謀は全て斬り捨てましょう!」
二人のマテリアルを倒し、この場所まで辿り着いた霊夢達は各々の武器を構えてディアーチェを睨む。奇しくも今朝と同じ状況。しかしディアーチェは不敵な笑みを浮かべる。
「ふん。貴様らには煮え湯を飲まされたが、今回はそうはいかん。既に『砕け得ぬ闇』の復活は近い。それまで耐え続ければ良い話よ!」
「それなら、その『砕け得ぬ闇』とやらが目覚める前に、あんたを倒させてもらうわ」
お祓い棒を差し向けながら高らかに宣言する霊夢。そしていざ勝負を仕掛けようとした瞬間、咲夜が霊夢を手のひらを出して制する。
「待って霊夢」
「何よ一体?」
意気揚々と勝負を始めようとしたところを邪魔され、若干不機嫌になる。だが咲夜はいたって平静な声で霊夢達に囁く。
「あれの相手は私がするわ」
「はあ、何でよ?」
暗に引っ込んでろと言われたため、思わず不機嫌になる霊夢。だが咲夜の目には確かな決意が宿っていた。
「今のあなた達は手負い。そんな状態で戦っても、どうせ勝てやしないわ」
「何ですって!?」
「それに……」
咲夜は一度瞼を静かに閉じると、強い敵意を込めた視線でディアーチェを睨みつけた。
「あれはお嬢様の姿を借りて好き放題したという大罪を犯した。それを倒さないと、私の気が済まないのよ」
魔理沙とレヴィとの戦いでも手を出さずにひたすら力を温存していたのは、全てあの少女を倒すため。あれだけは、絶対に自分の手で倒さなくては気が済まない。そんな強い怒りの感情が込められていた。
「……分かりました」
最初に咲夜の言葉を受け入れたのは妖夢。咲夜と同じ、主に使える立場であるが故に、その主を愚弄するような真似をした敵を許せないという気持ちは十二分に理解できたのだ。
「ま、良いか」
魔理沙もあっさりと引き下がる。実際にレヴィとの戦いで怪我を負っているのは確かであるし、いつも紅魔館を訪れている者として、咲夜の性根が頑固であることを知っていた。こうなったら考えを改めることは無い。食い下がるだけだけ時間の無駄と判断した。
「まあ、分かったわよ……」
霊夢も渋々と言った表情で認めた。指図されることは大嫌いだが、霊夢としては異変が解決するのなら、誰が解決しても構わないと内心では思っている。故に咲夜が勝負をすることには異論はなかった。無論、ただ黙って見ているつもりは無いが。
そして霊夢達は地上へと降りる。上空に残ったのは、咲夜とディアーチェのみ。主の名誉のために戦う者。大事な仲間のために戦う者。どちらにとっても負けられない戦いである。
「ふん、四人相手ならともかく、貴様一人程度、すぐに捻り潰してくれる!」
「あなた程度、私一人で十分よ。さっさとケリをつけてあげるわ」
互いに相手を挑発しながら、獰猛な視線を交わす。
「さあ落ちるがいい、塵芥っ!!」
「それはこっちの台詞よ!」
咲夜がナイフを投げ、ディアーチェは魔力弾で応戦する。互いの弾幕がぶつかり合い、火花が散った。
「さて、私達はのんびり観戦でもするか」
咲夜が戦っている間に体を休ませよう。そう考えて魔理沙は湖の岸辺に生えた木に背中を預け、弁当代わりに持ち込んだ果実を齧る。妖夢は傍らに佇んで咲夜の勝負を真剣な眼差しで追っている。
「おい霊夢。お前も休んだらどうだ?」
未だに宙に浮かび続けている霊夢にも声を掛ける。だが霊夢は、何を言っているのか、と言いたげな表情で振り向いた。
「ちょっとあんた達にも手伝ってもらうわよ」
霊夢の有無を言わせない声に、魔理沙と霊夢は互いに顔を見合わせながら、怪訝な表情を浮かべた。