「喰らえっ、紫符『アロンダイト』!!」
空を覆いつくすほどの数の紫色の剣が生成され、咲夜を突きささんと襲来する。広範囲に放たれる弾幕。だがその軌道は直線的で読みやすい。咲夜は狼狽えることなく、剣の雨を華麗に躱して見せる。
「どれほど数が有ろうと、私には当たりませんよ」
余裕の表情で挑発する。しかし内心では一向に近づくことが出来ない状況に歯噛みしていた。
咲夜は冷静かつ的確に剣の軌道を読み、躱し切れないと判断すると武器であるナイフを投擲して迎撃する。だが、さすがに魔力で出来た刃に対しては、特製の銀のナイフと言えど破壊力で劣るため、ぶつかる度に破損していく。霊夢達と異なり、咲夜の弾は物理的なナイフだ。その絶対的な数には限りがある。手持ちが足りなくなれば回収するが、破損してしまっては使うことが出来ない。それ故に、短期決戦を咲夜は望んでいた。
だがディアーチェは思いのほか冷静だった。理由は簡単、彼女にとって咲夜を倒すことが勝利ではない。『砕け得ぬ闇』の復活こそが彼女の勝利条件である。つまり、それまで生き残ってさえいればいいのだ。確かに咲夜は自身に土を付けた忌々しい相手ではあるが、倒すことならば『砕け得ぬ闇』が復活してからで十分。そのため、咲夜から挑発されようと耐えていた。
咲夜としては、この状況はあまり好ましくない。まだナイフの数には余裕が有るが、着々と使用できる数は減少している。もしナイフが尽きれば、その時点で敗北は必至。その前にディアーチェに大きな隙が出来ないか伺っているが、彼女は距離を一定に保ったまま弾幕を放つことで咲夜が安易に近づけないように牽制している。
「どうした、もう終わりか?」
咲夜を見下すような視線を向けながら、ディアーチェは立て続けに杖を振り下ろし、剣の雨を召喚する。
このままではジリ貧だろう。何か、ディアーチェの気を惹くようなものでもあれば……。そう考えていると、不意に周囲の空間が大きく揺れた。
「ふははっ、『砕け得ぬ闇』がもうすぐ目覚めるぞ!」
高笑いをしながら、湖を覆う魔法陣に視線を送るディアーチェ。だが不意に彼女の目が見開かれる。それはまるで思いがけない物を見たような表情だ。
「貴様ら、一体何をしているっ!?」
彼女の視線の先。そこには魔法陣を前に、何かを唱えながら攻撃を加える霊夢の姿が有った。驚愕の声を上げるディアーチェに対し、霊夢の傍らに浮いていた魔理沙が自慢げに答える。
「お前が守ろうとしているこの魔法陣を壊してやるんだよ!」
「何っ!?」
霊夢が企んでいたのは、まさにこれだった。大人しく咲夜の勝負を観戦するつもりなど無く、弾幕勝負をしている間に、魔法に精通している魔理沙と協力しながら、様々な術式を用いて魔法陣の破壊を行おうとしていたのだ。魔法陣さえ破壊してしまえば、ディアーチェの企みは潰える。そうすれば異変は解決だ。
さすがにこれは予測していなかったディアーチェは慌てて攻撃を霊夢達へと向ける。だが放たれた魔力の剣は、二人を守るように姿を現した妖夢の居合切りによって全て砕かれた。
「手出しはさせませんよ」
「ぐぬぬっ、塵芥風情が、良い気になりおって!!」
なんとしてでも霊夢達を倒さんと攻撃を加え続けるが、妖夢だけでなく魔理沙も霊夢を守るように弾幕を放ち、迎撃していく。そしてディアーチェの意識から咲夜が消えた。
「私から視線を離して良いのですか?」
自身へ向かう弾幕が甘くなった隙を突いて、咲夜が一瞬にしてディアーチェとの距離を詰め、多数のナイフを放つ。思わず攻撃を中止し防御態勢を整えるものの、空間を覆いつくすほどの夥しいナイフの数を前に、完全な防御を行うことが出来ず、背後から迫ったナイフを受け、頬に傷がつく。
「これで被弾。さて、さっさと終わらせましょうか」
「貴様ら、よくも我をコケにっ!!」
咲夜に攻撃を仕掛ければ霊夢達が魔法陣の破壊を行い、霊夢達に攻撃を仕掛ければ咲夜が接近する。どちらかに狙いを付ければ、どちらかを放置することとなる。ならば、両方攻撃すれば良い。そのための技をディアーチェは持っていた。
「この力で貴様ら全員、闇の底に落としてくれるわっ!!」
そう言うとディアーチェは一枚のスペルカードを取り出す。宣言するのは、周囲一帯を圧し潰す、彼女の技の中でも最大の攻撃範囲を持つ技。
「吠えよ、巨獣『ジャガーノート』っ!!」
ディアーチェが作り出した魔法陣から闇の魔力弾が咲夜と霊夢の両方に向かって放たれる。それ自体はスピードこそあれ、簡単に避けられるほど密度は低い。だがこの技の真価はここからだ。
「おい、気を付けろっ!!」
魔理沙の叫びと共に、動きを止めた弾は一つ一つに込められた濃密な魔力を解放しながら膨張を続ける。その体積は何倍、何十倍、いや何百倍にも膨らみながら、四人を圧し潰さんとする。
「これは不味いなっ!」
魔理沙はミニ八卦炉からレーザーを、妖夢は気を込めた斬撃を放つことで迫る魔力を押し返そうとするが、膨張する魔力の数が多く、全てに対応しきれない。今すぐこの魔力から逃れなければ潰されるのは必至だが、霊夢が魔法陣の破壊をしている間はそれすら許されない。
「早くしろよ……」
今、自分が出来るのは時間稼ぎだけ。柄にもなく霊夢を信じながら迎撃の手を緩めない。
「ふん、無駄な足掻きを……」
そんな魔理沙と妖夢の奮戦を見下すディアーチェが視線を横にずらす。そこには咲夜の姿はなく、膨張を続ける魔力の球体が幾重も重なった光景。敢え無く潰されたと判断し、ディアーチェはほくそ笑む。
それから数秒後、膨張していた魔力はその力を失い霧散する。魔理沙と妖夢は何とか耐えきったが、元から弾幕勝負の影響で疲労が溜まっていた状態だったことも有り、まさに満身創痍である。
「ふん、醜く耐えきったか。だがこれで終わらせてやろうっ!!」
再び『ジャガーノート』発射の構えを取る。だがこれ以上受ければ、魔理沙達と言えどただでは済まない。万事休すかと思われた。だが……
「待ちなさい。あなたの相手は私よ……」
「ん?」
声がした方向へ視線を向けると、そこにはボロボロになりながらも鋭い視線を向ける咲夜の姿が有った。
「ほう、随分と頑丈だな。だがそんな姿で何が出来る?」
最早、勝負を続けることすら難しい姿にも思える。だが咲夜の目からは闘志は消えていない。
「生憎と、私にはまだ奥の手があるのよ」
そう言ってディアーチェへ見せるのは一枚のスペルカード。まだ未完成ながら、強力なスペルだ。だが、これでディアーチェを攻略できるかは五分五分。しかし、やるしかない。
「もう一度、潰れろっ!!」
咲夜達に止めを刺すべくディアーチェが魔力を放つと同時に咲夜は能力を発動した。放たれた魔力を交わしながら、ディアーチェに一撃を与えるべく接近する。
「無駄だ。貴様は我に触れることなど出来んっ!!」
だがディアーチェは咲夜の予測よりも早く、設置した魔力を解放させた。これ以上近づかれなければ良い。それだけの事。膨張した魔力は壁となり、咲夜とディアーチェを隔てる。さらに魔理沙達も再び襲って来た魔力を前に耐え続ける。
「くっ!?」
そのまま膨張した魔力は咲夜を囲み、圧し潰して行く。その瞬間を捉えたディアーチェは勝利を確信した。これで後は、魔法陣の破壊を企む不埒者を処分するだけ。そう考えていた。
「これで終わりだっ!!」
「ええ、そうね」
しかし彼女の耳に入って来たのは、確かに倒したはずの咲夜の声。振り向くとそこには裏手でナイフを握りしめた咲夜の姿が有った。
「これで終わりよ」
「なっ!?」
振り抜かれたナイフの斬撃を無防備な脇腹に受け、ディアーチェは意識を奪われる。彼女が倒したと思っていたのは、咲夜が能力によって時間軸を操作して生み出した分身。耐久性が無く、まだ名も付けていないスペルではあるが、それが結果としてディアーチェを下す一撃に繋がった。それと同時に膨張を続けていた紫色の魔力は拡散し、追い詰められていた魔理沙達もほっと一息を吐く。
「お疲れ様、ちょうど終わったわ」
そして霊夢の作業も終わり、湖に描かれた魔法陣はまるで薄氷が割れるかのような音を鳴らしながら砕けていく。
「これで異変は解決よ」
霊夢の言葉通り、これでディアーチェ達の企みは阻止された。もう『砕け得ぬ闇』は復活することは無いだろう。魔理沙と妖夢も地面に降り立つと座り込みながら笑みを浮かべる。たった二日の事だが、かなり濃密な時間だった。しかし、全て解決したのだと安心する。霊夢と咲夜も疲れからか溜息を吐く。そんな彼女達へ近づく一つの影が有った。
「……ぐ、貴様らぁっ!!」
現れたのは、意識を取り戻したディアーチェ。湖に叩き落とされたためか、全身が水で濡れている。そんな彼女へ霊夢は堂々と宣言する。
「あんたの企みはこれで終わりよ。大人しくお縄についてもらおうかしら」
「誰が従うか!!」
異変が解決した以上、敗北した者は大人しく博麗の巫女に従わなくてはならない。だがディアーチェは敗北を認めず拒絶する。
「大人しくしてればこれ以上は何もしないわ」
「ふん、貴様らの言うことなど信用出来ぬわ。それに負けたから大人しくしろなど、所詮は籠の中の鳥と同じ。そこに我等が望む自由など無い!!」
お互いに主張を譲ることなく、再び勝負が始まりそうな雰囲気が流れる。
そんな時、突如として幻想郷全体が揺れた。
「な、なんだっ!?」
「これは一体?」
あまりに激しい揺れの強さに霊夢達は立つことすら出来ない。そんな彼女たちの目に映ったのは、湖の底から発せられる禍々しい紫色の光だった。
ストックが尽きたので、しばらく更新が滞ります。