その日、人間の里では大きな騒ぎとなった。地鳴りは響き渡り、空は暗い雲で覆われ日差しも閉ざされた。また何かの異変が起きたと、皆が家に閉じこもる。
「当主様、お体に響きますよ」
里で最も大きな屋敷。そこは幻想郷が誕生してから続く一族、稗田家のもの。その軒下で不安げに空を眺める少女に、使用人が声を掛ける。
「ええ、すぐに部屋に戻るわ」
そう言って『稗田阿求』は使用人を引き連れ、ゆっくりとした足取りで屋敷の中へと入っていく。そんな彼女の心に渦巻くのは、言いようのない不安。彼女は稗田家の初代当主である稗田阿礼が九回目の転生を果たした姿。彼女の頭の中には、幻想郷に関する様々な記憶がある。そんな彼女ですら、今まで感じたことのない波動を前に、思わず手が震えた。
だが彼女を始めとして、大半の人間には異変を解決するだけの力は無い。彼女達に出来るのはただ信じることだけ。いずれこの異変が解決することを、博麗の巫女に祈る。ただそれだけだった。
「一体何が起きてるのよっ!?」
思わず霊夢が叫ぶ。彼女の目の前にある湖は激しく波立ち、その中心では何かが光を発しながら浮上している。距離があるというのに、霊夢達は今までにない強い圧迫感を感じた。
「魔法陣は破壊したはずじゃ……」
魔理沙が箒を支えにしながら呟く。
確かに霊夢の手によって、『砕け得ぬ闇』を目覚めさせるための術式は破壊された。だが、遅かったのだ。霊夢が破壊した時点で、既に『砕け得ぬ闇』は目覚める寸前まで封印が解けていたのだ。
「ふははっ、所詮貴様らのやることなど無意味よ!!」
目的を達成したディアーチェは勝利の笑い声を上げると、翼を広げて空へと舞い上がる。そして湖の中心へと辿り着くと、足元から何かがゆっくりと頭を出した。それは透き通る紫色の結晶。中からまるで扉を叩くかのように光が脈動している。
「さあ、目覚めよ。無限の力、大いなる翼、忌まわしき無限連環機構『砕け得ぬ闇』よっ!!」
ディアーチェが左手を前に突き出すと同時に、結晶が漆黒の影に包まれる。その形状は完全な球体。まるで何かの卵のようである。
「何が起こるっていうの?」
武器を構えながら立ち上がるも、周囲を圧迫するような空気を前に、霊夢達はただそれを眺め続けるしかない。
そして漆黒の球体は、突如として弾けた。それはまるで中から強烈な圧力が掛かったかのようである。遂に自分達が無限の力を手に入れられる。ディアーチェは笑みを深くする。
「ユニット起動__無限連環機構動作開始」
だが中から姿を現したのはディアーチェの予測とは違うものだった。元々、彼女の記憶の一部は破損しており、『砕け得ぬ闇』についても、僅かに残っていたキーワードから強化外装や戦艦のようなものであると考えていた。
だが弾けた球体の中に居たもの。それは見るからに幼い金髪の少女そのものである。
「これは一体? 人間の姿をしているなど、我が記憶には無かったが……」
予想外のものが現れたショックに、思わず言葉を失う。それ故に反応が遅れた。ディアーチェの横を紅白の影が通り抜けた。
「なっ、貴様!?」
「悪いけど、あんたにはここで倒れてもらうわよ!!」
いつの間にか近づいてきていた霊夢が札を構える。
博麗の巫女は人間の代表。本来であれば不意打ちなんて卑怯な真似は好ましくない。正面から妖怪を倒してこその存在だ。だがそんな余裕は無かった。一目見たときから彼女の第六感が警鐘を鳴らしていた。これは危険であると。故に何が何でも倒すべきと判断し、手加減無しの攻撃を少女に向けて放つ。
「敵正反応感知。躯体の安全確保のため、排除します」
だがその攻撃は、少女の背中から生えた翼のようなオーラによって、いとも容易く防がれる。
「っ!!」
並みの妖怪であれば消し飛ぶだろう霊夢の本気の一撃。それがまるでダメージが通っていない。その事実に衝撃を覚えていると、今度は翼がまるで鬼の腕のように変化すると霊夢の体を薙ぎ払った。
「きゃあっ!?」
「霊夢っ!!」
まるで人形のように容易く吹き飛ばされる霊夢を、咲夜が受け止める。その横を魔理沙と妖夢が抜け、斬撃と魔力弾を放つ。しかしそれすらも意に介さず、翼を一振りする。たったそれだけで風に吹かれた蝋燭の火のように攻撃は掻き消される。
「何だよ、こいつ……」
今までにない敵の存在に、魔理沙は恐怖を感じた。これまで戦って来た相手は、スペルカードルールの範囲内でこそあるが、どれだけ強くても互角以上に戦って来た。だが目の前の少女には、どんな攻撃すらも通用する気がしない。
「出力上限5%……空中打撃戦システム起動」
まるで感情の無い目で魔理沙達を視界に捉える。そして一瞬でその姿は掻き消える。
「っどこに!?」
妖夢は警戒をしながら刀を構える。だがすぐに冷たい気配を感じた。
「妖夢っ!!」
魔理沙の言葉と共に振り向くと、いつの間にか少女が背後に立っていた。振り向きざまの斬撃を浴びせ距離を取ろうとするが、それよりも早く少女が妖夢の胸へと手を翳す。それはスピードも力強さも無く、ただゆっくりと触れただけ。しかしそれだけで妖夢は大きく吹き飛ばされる。
「かはっ!?」
口から血反吐を吐きながら湖へと叩きつけられる。激しい水飛沫を上げ、その体は底へと沈んでいくが、それを慌てて駆け寄った魔理沙の手が掴み取った。
「大丈夫か!?」
魔理沙が声を掛けると、妖夢は返答代わりに激しく咽る。そんな二人に再度、少女が襲い掛かる。
「させないわ!」
それを妨げるように、咲夜の肩を借りた霊夢が符を放つ。それは効力を発揮する前に翼によって焼き尽くされるものの、魔理沙達から注意を逸らすことが出来たようで、何とか距離を取らせることに成功する。
「はっはっはっ、よくやったぞ! 塵芥共め、自らの愚かさを思い知ったか!!」
まるで自分が勝利したかのようにディアーチェが高笑いを上げる。そんな彼女の声に誘われたように少女が彼女へ顔を向ける。
「……闇の書の構築体マテリアルD__躯体起動を認証」
そして機械的で冷たかったその瞳に光が灯る。
「――ディアーチェ……ディアーチェですか?」
「うむ、やっとうぬと巡り合うことが出来たわ」
まるで、遥かな時間離れ離れとなっていた家族が巡り合ったかのように、二人は視線を交わす。
「我ら三基、ずっと探しておったのだよ」
「三基……シュテルとレヴィも?」
少女の言葉に引き寄せられたかのように、二つの光が霊夢達の頭上を越え、少女の許へ現れた。
「ここに」
「来たよーっ!!」
戦闘のダメージを回復させたシュテルとレヴィの二人が、ディアーチェと共に少女を囲むように陣取る。彼女達が夢見た光景。三基のマテリアルと『砕け得ぬ闇』が一つに揃った瞬間。だが少女は悲し気に涙を流した。
「会えて嬉しい……本当はそう言いたいです。だけど、駄目なんです……」
「何と……?」
少女の言葉の意図を読み取れず、ディアーチェは首を傾げる。だが、少女は言葉を続ける。
「誰もが私を制御しようとしました……だけど、出来ませんでした。だから封印したんです。私に繋がるあらゆるシステムを破断し、上書きし……全ての情報から私のデータを抹消して……」
突然、少女の魔力が感情と反比例するように増幅する。あまりにも強大なそれは、周囲に突風すら巻き起こした。
「おい、うぬは何を――」
ディアーチェの言葉が断ち切られる。その光景に霊夢達も思わず目を疑った。
「記憶からも記録からも抹消された、沈むことなき黒き太陽――影落とす月――故に決して砕かれぬ闇……それが私です」
「ぐ、あ……」
少女の背から生えた翼。それがまるで槍のような形状となり、マテリアル達の胸を貫いていた。瞬きするよりも早いその一撃を前に、マテリアル達は叫び声を上げることすら出来なかった。その体は粒子へと分解し、消滅していく。
「私が目覚めたら、破壊の爪痕しか残らない……」
懺悔するように涙を流し続ける少女。その服装は白から彼女の翼と同じ禍々しい暁色へと変化する。
「だから……ごめんなさい」
その言葉を最後に少女の瞳から再び光が消え去ると、背中の翼が巨大化する。その小さな体からは考えられないほどの魔力が、周囲に突風を巻き起こす。
「どうするんだよ、あれ……」
明らかにあの少女はやばい。立ち向かうなど、命を捨てるのと同義だろう。だが大人しく逃がしてくれる理由も無い。そもそもここで逃げたら、誰があれを倒すというのか。
「……やるわよ」
全身ボロボロの霊夢がお祓い棒を構えると、魔理沙達も震える手を抑えながらそれぞれの武器を構えた。ここに居るのは満身創痍の者ばかり。勝てるビジョンなと見当たらない。だが、逃げるわけにもいかなかった。
「――ヴェスパーリング」
少女は右手を翳し、暁色の輪の魔力弾を放った。霊夢達は重く感じる体に鞭を入れて回避するが、やはりいつもと比べるとキレが無い。魔力弾が地面にぶつかった衝撃を受け、大きく体勢を崩す。そんな隙を少女は逃すことは無い。膝を付いた霊夢目掛け、無慈悲に魔力弾を放った。
「避けろ霊夢っ!!」
魔理沙の言葉が届くものの、上手く体を動かすことが出来ない。それでも彼女は少女から視線を外すことは無かった。
―ドンッ―
魔力弾が直撃した衝撃で土煙が舞う。まともに受けた霊夢は無事では済まない。誰もがそう考え、息を飲んだ。
「さすがにこれは手を出さざるを得ないわね」
だが土煙が晴れた後に現れたのは、本来この場に居るはずの無い人物と、それに庇われ無事だった霊夢の姿。
「あんた……何でここに居るのよ?」
霊夢は自身に背を向ける彼女に遠慮のない言葉を放つ。
「霊夢、下がっていなさい」
幻想郷の賢者、八雲紫。彼女は幻想郷の歴史上、類を見ない脅威を前に、普段からは想像のつかない真剣な表情を浮かべた。
八雲紫 参戦!!
次回 幻想郷最強決定戦(嘘)