幻想郷の結界付近にある寂れた墓地『無縁塚』。ここには幻想郷に迷い込んだ外の住人が主に埋葬されている。場所柄、妖怪達が集まりやすく、それ故に好んでここに来る人間はまず居ない。ただ一人を除いて。
「さて、久しぶりに来てみたが……」
左右非対称な青い服を纏い眼鏡を掛けた青年が、無縁塚の前で腰を屈めている。彼の名は『森近霖之助』。魔法の森の近くで道具屋香霖堂を営んでいる、人間と妖怪のハーフだ。この無縁塚は結界付近と言うことも有り、外の世界の道具が流れ着きやすい。そこで彼は時折ここを訪れ、商品あるいはコレクションとして外の世界の道具を集めている。
そんな彼の目に映ったのは、筒のような形をした金属の塊。今まで数多くの物品を見て来た霖之助ですら見たことが無い。思わず手に取ると、彼の脳裏にその筒の名と用途が思い浮かぶ。これこそが彼の力、『道具の名前と用途が分かる程度の能力』。それによると、この筒は『カートリッジ』という名で、魔力の増幅・強化を行うためのものらしい。だが、この筒でどうやって魔力の増幅を行うのかは分からない。それは彼の能力の範疇外だ。だが使い方が分かれば、彼女に渡すのも良いかもしれない。幼いころから知っている、努力家な金髪の少女の顔を思い浮かべる。
今頃彼女は、また異変に首を突っ込んでいるのだろう。今度はどんな無茶をするのやら。そんなやんちゃな妹に向けるような感情が心に満ちる。
だが、そんな彼の許にも幻想郷を覆うとする不吉な気配が届く。それは未だかつてないほどの強力な魔力。彼が知る幻想郷に住まう魔女のそれすらも容易に上回るほどのものだ。その魔力が発せられているのは、霧の湖がある方向。
思わず彼は冷や汗を掻きながら、異変に関わっているだろう少女の心配をする。だが、彼に出来ることなど思いつかなかった。特別信仰している神が居るわけでも無いが、ただ彼は少女の無事をただ信じるしか出来なかった。
「霊夢、下がっていなさい」
突如として現れた紫は、いつもとは異なる低い声で霊夢へ警告を送る。だがそんな彼女に対し、霊夢は不満げな表情を向けた。
「何よあんた。今更手を出そうっていうの?」
妖怪の賢者が異変に関わることは基本的にはほとんど無い。もし少しでも手を出そうものなら、幻想郷のパワーバランスを崩しかねない。事実、昨日シュテルと会った際にも、自分は手を出さないと約束していた。だが、今は事情が大きく変わった。
「……見誤ったわ。あれを野放しにしては、幻想郷そのものが壊されかねない」
普段の飄々とした態度からは考えられないほど、紫の声色は冷たい。そんな彼女と相対する少女は、右手をゆっくりと紫へと向けると、背に生えた翼から幾重もの真紅の槍を生み出す。それはまるで地獄の針山の様相を呈していた。
「……」
生み出された槍は、紫へと向けて豪雨のように撃ち出されると、紫は少し指先を動かして、自身の目の前に二つのスキマを生成して、その内一方で放たれた槍を飲み込む。そして飲み込まれた槍は、もう一方のスキマから全く同じ速度で吐き出される。文字通り、自らの攻撃を全て跳ね返された少女。しかし全く動じることなく、翼を大きく広げると、槍へと向かって勢いよく飛び出した。少しでも掠れば肉が抉れ、骨は砕ける。そんなものがまるで壁のように迫りくる。悪夢のような光景にも思える。
「なっ!?」
妖夢は自ら見たものが信じられずに声を上げる。少女は幾重もの槍を、まるで飴細工で出来ているかのように、その華奢な腕で砕いて見せたのだ。触れるそばから槍は砕け散り消えていく。その勢いのまま距離を詰め、紫の首元へとその手を伸ばす。もし触れられれば、紫といえどただでは済まないだろう。だが、その指先が紫に届くことは無かった。
「『ハートブレイク』っ!!」
突如として飛来した光の槍が少女の胸へと突き刺さり、そのまま湖の畔に生えていた大樹へと磔にする。それはまるで心臓を杭で貫かれた吸血鬼。この技を使う者を誰よりも知っていた咲夜は、その視線を頭上に向ける。
「全く、紅魔館の近くで大暴れした上に、私の可愛い咲夜にまで手を出すなんてね」
「お嬢様!!」
その姿は幼い子供。しかし内包する力は幻想郷でもトップクラスの吸血鬼。そして咲夜の主人でもあるレミリアの姿がそこに有った。本来なら日が昇り、吸血鬼である彼女が外出できる時間帯では無いが、今は不気味な暗雲が日を遮っているため問題なく活動できる。
そんな彼女はどこか呆れたような笑みを浮かべていた。
「まさか今の一撃を受けて無事とはね……」
磔にされた少女がその華奢な指先で触れる。ただそれだけで光の槍は砕け、少女は自由を取り戻す。だがその少女の許へ今度は黒い花びらのようなものが降り注いだ。いや、それは花びらではない。一つ一つが濃密な死の力を宿した漆黒の蝶。触れただけで命を奪いかねないそれが、何百匹、何千匹と少女に纏わりつく。
「妖夢、無事かしら?」
蝶を自在に操るその人物は、ゆったりとした口調で満身創痍の妖夢に声を掛けた。
「幽々子様!!」
「ええ。まさかこんなことになるなんてねえ……」
悪い予感が当たった幽々子は、口調とは裏腹に一切の警戒を解かず、無数の蝶に群がれ漆黒の球体と化した少女を見る。このような状態となっては、普通なら命はあるまい。だが少女が発し続ける濃密な魔力が消える気配は全く無い。
「っ!!」
一瞬の事だった。群がった蝶達が形作った球体の中心部から魔力が急激に増幅したかと思うと、蝶達が炎に当たったかのように焼き尽くされていく。それはまるで魔力の爆発。そして消えゆく蝶の群れの中から、少女が傷一つない姿を見せる。
「あら……」
幽々子も驚いたように目を見開きながら扇子で口元を隠す。『死を操る程度の能力』。それが幽々子が持つ、幻想郷でもトップクラスの危険な力。しかしそれを全く苦にしない少女は一体何者なのだろうか。
「うう……あああああああっ!!」
少女は頭を掻きむしったかと思うと、大きな叫びを上げる。それはまるで威嚇をする獣の叫び、あるいは苦しみと嘆きの声に聞こえる。だが言葉はどうやら通じないようだ。少女が腕をレミリアと幽々子へ向けると、翼と同じ暁色のエネルギーがまるで触手の様に二人へ迫る。幾つにも枝分かれしながら襲い掛かってくるそれを、レミリアと幽々子は弾幕勝負で鍛えた回避能力と持ち前の力を活かして対処するが、切りが無い。
だが、少女の注目がレミリアと幽々子に向かった隙を突いて、さらに二つの影が少女に肉薄する。
「だああああっ!!」
「ふっ!!」
それは二人の蓬莱人。藤原妹紅と八意永琳は少女を挟み込むように陣取ると、妖術と弓矢による攻撃を至近距離で放った。
だが二人の一撃を、少女は新たに生成したエネルギー体による巨大な腕で防いで見せていた。さらにその腕は勢いよく伸び、妹紅と永琳を掴んで動きを封じる。
「くっ!」
「離しやがれっ!!」
込められた力は強く、二人の体は軋みながら鈍い音を断続的に立てる。二人は不老不死の蓬莱人ではあるが、痛覚が無いわけではない。全身を握りつぶされる激痛が襲い、二人は苦しい表情を浮かべる。
「捉えたぜ!」
だがその二人もまた囮に過ぎなかった。先程まで誰も居なかったはずの少女の背後。そこに姿を現したのは、見上げるほどの巨体を誇る鬼、伊吹萃香。『密と疎を操る程度の能力』によって、体を霧状にして少女に気付かれることなくその背後を取ると、今度は体を巨大化させて、その拳を容赦なく少女へと叩きつけた。
さすがにその勢いには抵抗できなかったのか、勢いよく湖へとその体は叩きつけられる。それと同時にレミリアと幽々子を追っていた触手や、妹紅と永琳を掴んでいた腕は粒子となって消え去る。
「……やったか?」
魔理沙の呟きが静かなこの空間に響く。巨大化した鬼による容赦のない一撃。それをまともに受けて無事でいられるはずはない。だが、レミリア達の攻撃に対して全くと言って良いほどダメージを受けていなかった少女が、このまま終わるとは思えなかった。
そんな魔理沙の悪い予感は当たった。次の瞬間、湖の中から現れたのは、暁色の茨のような触手。それは萃香を水中に引きずり込まんと、その巨体に絡みつく。
「くそっ!!」
悪態を吐きながらも、萃香は茨を掴んで引き千切る。だがいくら引き千切ってもまた伸びる触手を前に、萃香の動きが絡め捕られていく。さすがにこれは危険と判断し、体を霧へと変えて脱出する。
「何なんだよ、こいつは……」
誰もが考えていた言葉を、元の体に戻った萃香が代表して口にする。先程まで萃香の右腕が付きこまれた地点。触手達が発生している中心部。そこから少女が浮かび上がる。その魔力は未だに上昇が止まらない。
この場に集まった誰もが警戒する中、一人レミリアが残酷な事実を知る。
「ねえ、悪いニュースが有るんだけど、聞きたいかしら?」
それに返事をする者は居なかったが、レミリアは気にせず言葉を続ける。それはあまりにも無情な内容だった。
「あれと戦っても、私達は勝利することは出来ないわ」
レミリアの言葉の意味については次回にて。