「勝てないだと?」
レミリアの無情な言葉に最初に反応したのは魔理沙だった。確かに目の前に居る少女の力は、桁外れだ。だがこの場に居る面々の力を合わせれば、苦戦はすれど倒せない相手では無いだろう。他にも妖夢や妹紅もその言葉に対し魔理沙と似たような感情を持ったのか、訝し気な表情を浮かべていた。
だが、レミリアの言葉からは嘘が感じられない。それは彼女の言葉が絶対的な事実であることを示している。
「なるほどね……」
霊夢はレミリアの言葉の意味を理解したように、苦々しい表情を見せる。そして自分の考えが正しいかどうかを確かめるべく、レミリアに問いかけた。
「レミリア、もしあいつを倒せたとして、
「そうね……最小限に抑えたとして、幻想郷の三分の一は滅びるわ。ついでに、この場に居る何人かも死ぬわね」
レミリアの言葉に、その場に居た多くの者の血の気が引く。これこそレミリアが「勝利することは出来ない」と言った理由だ。彼女達の勝利条件は『幻想郷を守る事』に他ならない。目の前で暴れる少女を倒すのはその過程に過ぎない。だが、その少女を倒すためには、周りの被害を顧みずに本気を出すしかない。その結果、幻想郷に大きな被害が齎される。だがそれでは自分達の勝利とは言えないだろう。
幻想郷を守るためには少女を倒すしかなく、少女を倒すには幻想郷への被害に目を瞑るしかない。それは完全な矛盾。どう足掻いても行き詰まりだ。だが、それを解決する方法を彼女達は持っていない。目の前に居る少女は、人間や妖怪とも全く異なる存在。正しい対処の方法など分かるはずも無かった。
「来るわよ!!」
紫が言葉を発した次の瞬間には、彼女達へ少女から伸びた触手が迫る。寸前で全員は避けることに成功するが、このまま逃げ続けても事態は好転することは有り得なかった。
だが紫はこの危機を突破しうる一つの方法を思いつく。それは言わば賭け。上手く行く保証は無い。だがそれでも、幻想郷を守るにはそれに縋るしか無かった。
「ちょっと離れていなさい!」
紫はその場に居た全員に聞こえるように声を張り上げると、何を考えたか少女に向かって真正面から突進する。
「ちょっと紫!?」
突然のことに霊夢が驚愕の声を上げるが、紫がそれを聞き入れることは無い。少女は紫を目標として捉えると、触手を全て紫へと向け鋭く突きだす。一本一本が鋭利な槍と化し紫を狙うが、それらを全てスキマを使って受け止める。
「これでも、喰らいなさい」
さらに紫は少女の正面と背後に巨大なスキマを生成する。何をするのかと少女が警戒していると、正面のスキマの中から何かが近づいて来た。
―プォン―
それは鈍色の金属の塊。幻想郷では見ることのない乗り物、『電車』だった。紫の妖力によって強化された車体は少女に向かって猛スピードでぶつかると、その勢いのまま背後のスキマへと少女と共に突っ込む。
この瞬間を狙って紫はスキマを操る。少しでも時間を稼ぐべく、スキマの中に新たなスキマを生成することを繰り返しながら、少女の動きを封じる。
スキマが開いては閉じる。そんな音を繰り返しながら、少女の姿は消えていく。そして最後に大きなスキマが閉じられると、少女から発せられていた悍ましい魔力も消え去り、幻想郷に一時的と言えど平穏が戻った。
「ふぅ……」
力が抜けたのか、紫の体がふらふらと安定しない。そんな彼女を支えるように、幽々子が手を背中に回す。
「お疲れ。少し体が鈍ったんじゃないの?」
「……そうね。久しぶりに本気を出したから疲れたわ」
そして紫は自分の許へ集まる面々の顔に視線を巡らせると、重々しく口を開いた。
「一度、作戦会議をするわ。博麗神社に集まるわよ」
陽が沈み、本来なら星や月が夜空を彩る時間。しかし今もなお、幻想郷の空は暗雲によって閉ざされていた。
そんな中、博麗神社には幻想郷のあちこちから様々な人間、妖怪達が集まっていた。紅魔館からはレミリア、咲夜、パチュリーの三名。白玉楼からは幽々子と妖夢の主従。永遠亭からは輝夜を始めとして、永琳、鈴仙。妖怪の山からは天狗の代表兼スクープを求めてやって来た文。その他にも多くの面々が顔を連ねる。これほどの面々が集まるのは宴会の時くらいだろうが、今はそんな明るい気分ではない。
「集まってくれたわね」
一番最初に口を開いたのは、この会議の主催者である八雲紫。その隣には彼女の式である八雲藍も居る。
「まず今回の異変についての確認から始めるわ」
そしてこの場に居るものの認識を共有すべく、紫の口から異変の経過について語られる。幻想郷に突如として現れた『マテリアル』と『闇の欠片』と呼ばれる魔力の塊達。その内、闇の欠片については霊夢を始めとする幻想郷の面々によって大半が駆逐され、被害も抑えられている。マテリアル達も弾幕勝負でいずれも撃破され、異変は解決したはずだった。だがディアーチェの手によって復活した少女―恐らくはマテリアル達が目覚めさせようとしていた存在『砕け得ぬ闇』―によって状況は一変する。彼女は復活と同時にマテリアル達を消滅させ、暴走を開始。
「今は私が境界の奥、狭間とも言える空間に閉じ込めたけど、正直言って長くは保たないわ」
せいぜい三日。それが砕け得ぬ闇が解放されるタイムリミット。その言葉に実際に戦闘を目にしていなかった者達の表情にも不安が表れる。彼らも幻想郷を覆うほどの濃い魔力を感じ、さらにここに来るまでに噂としてどれほどの力を持つ存在かを聞いていたのだ。大暴れしたマテリアル達を三人纏めて一蹴し、幻想郷のトップ集団でさえも苦戦する相手。並みの妖怪ではまず歯が立たない。倒すことは可能ではあるが、その場合の被害が大きすぎる。こうなったら幻想郷の再建には大きな時間を要するだろう。これは最後の手段とするほかない。
「いっそのこと、外の世界に放逐したらどうですか?」
最初に意見を出したのは文。普段から言葉遣いは丁寧ではあるが、その実際は自分より実力の劣る者に対してはとことん見下す天狗としての価値観として、大半の人間は道端の蟻同然。幻想郷が守られるなら、外の世界の人間がどうなろうと関係ない。そんな考えからこのような意見を出したが、紫はそれを否定する。
「無理ね。元々幻想郷と外の世界には結界が張られているけど、それは綿密なバランスによって成り立っているわ。もし外の世界が破壊されれば、その影響が幻想郷にも及ぶ」
さらに紫は言葉を続ける。
「そもそもあれは、今もなお境界を破壊しようとしている。それだけの力を持つ存在を外の世界に放逐したとしても、博麗大結界が破壊されない保証は無いわ」
その言葉に文は押し黙る。内心ではそんな怪物の復活をおめおめと見逃した紫に対する侮蔑の感情を抱きながら。
「それじゃあ、どうするつもりなのよ?」
何の策も無く集めたわけでは無いだろうと霊夢が疑問を浮かべると、紫は静かに頷いた。
「そもそも、私達はあれについて何も知らない。それで対抗策を考えるなんて元々無理が有るわ。だから、あれについて知っている者から情報を得る。それが現在最も有効な手よ」
「あれについて知っている奴だと?」
紫の言葉に魔理沙は首を捻る。砕け得ぬ闇について知っている者など、幻想郷内に居るのだろうか。パチュリーやアリスも知らない魔法を使う相手。それを知る者など……。
「あ」
だが一つだけ思い当たる節がある。いや、逆にそいつらしか知っている者など居ないだろう。霊夢もその存在に思い当たったようだ。
「もしかして、あいつら……マテリアルとか言う連中の事を言ってるの?」
「ええ」
紫の策。それはマテリアル達から砕け得ぬ闇についての情報を引き出すことだった。そもそも彼女達が蘇らせた存在。何も知らないということはあるまい。
「でもちょっと待ちなさいよ。あいつらは私達の目の前で消えたのよ?」
霊夢の言う通り、マテリアル達は砕け得ぬ闇の手によって消滅させられたはず。今頃は魂にでもなって冥界、あるいは地獄に行っているだろう。だが魂だけの存在を見分けることは難しく、そもそも意思疎通が出来るかどうかも怪しい。そんな難題を行わなければならないのか。
だが霊夢の言葉を幽々子が否定する。
「いえ、恐らくその子達は生きてるわ。私があの場に来た時、近くからは魂の気配が無かった。まだ生きてる可能性の方が高いわね」
「幽々子の言う通りよ。あの子たちの体は闇の欠片という魔力の塊を利用した、ただの入れ物に過ぎない。本体が無事ならさほど大きな問題ではないはず。きっとまだどこかに存在しているわ」
紫と幽々子の推測が当たっているなら、まだマテリアル達は幻想郷のどこかに居る。それならすぐに見つけて、力づくでもあの砕け得ぬ闇についての情報を吐かせないといけない。時間は刻一刻と過ぎていく。
「それならさっさと探しに行くわ!」
所々に包帯が巻かれた体で飛び上がる霊夢に続き、魔理沙達も行動を開始する。今は一分一秒が惜しい。幻想郷を守るべく、人間と妖怪の双方が動き始めた。
個人的な認識として、恐らく幻想郷のトップ達が全力で戦えば、目覚めたばかりである砕け得ぬ闇を倒すことは可能。ただし余波で幻想郷に大きな被害が発生すると考えられます。