頭上から迫る、炎を纏った刀身。それを霊夢は霊力が込められたお祓い棒で受ける。
「あんた、一体何してるのよっ!」
じりじりと手に熱を感じながら霊夢は叫ぶ。だがその言葉に妖夢は答えない。
「私を忘れるなっ!!」
膠着している妖夢に向かって、萃香が巨大化させた腕で殴り掛かる。だが妖夢は慌てることなく、刀を霊夢に押し込む反動で宙へと躱す。そしてゆっくりと着地した妖夢を霊夢は睨みつける。
「あんた、ルールも守らずにいきなり斬りかかるなんて、どういうつもり?」
幻想郷では人間と妖怪には圧倒的な力の差というものが存在する。そんな中、幻想郷内で起きた揉め事や争いを解決するべく作られた平等なルールがスペルカードルール、通称『弾幕ごっこ』と呼ばれるものだ。スペルカードと呼ばれる紙を用いて行われる決闘方法であり、相手が放った弾幕を全て制した者が勝利者となる。
詳細なルールは多岐に渡るのだが、妖夢は大きなルール違反を犯している。それは自らが使用するスペルカードの枚数を宣言せずに攻撃を仕掛けているということ。声に出して宣言せずとも、所持しているスペルカードを見せるだけで良いのだが、妖夢は何もせずに斬りかかっている。このような不意打ちはスペルカードルールでは許されない。これではただの辻斬りでしかない。
そんな違法行為を咎める霊夢の言葉に、妖夢は首を傾げる。
「ルール……?」
「何よあんた。スペルカードルールを忘れたとでも言うの?」
「……スペルカードルール。ああ、なるほど。そのようなルールがこの世界にはあるのですね」
まるで何も知らなかったというような反応に、霊夢は不気味さを感じる。しかしそんな霊夢の心情を知ってか知らずか、萃香が拳を握りしめて走り出す。
「こういう奴は、拳で相手するのが良いだろっ!!」
「くっ!」
妖夢は刀で萃香のパンチを受け止めるが、勢いが乗ったその一撃を受け刀身が歪む。
「おらよっ!」
さらに追撃の回し蹴りが放たれ、ガードごと妖夢を吹き飛ばす。
「鬼の前で隙なんか見せるからこうなるんだよ!」
地面に叩き落とされた意趣返しが出来て満足そうな萃香。だが妖夢は曲がった刀を杖代わりにゆっくりと立ち上がる。
「やはり、この体は私とは相性が悪そうですね……」
「何ですって?」
妖夢が放った言葉に違和感を感じる霊夢。だが妖夢はその言葉の意図を話すことなく刀を構える。
「さすがに今の体のまま、活動を続けるのは難しいようです。ここは一時撤退させてもらいましょう。決着は次の機会に……」
「おい、それをあたしが見逃すとでも思ってるのか?」
拳を握りしめ距離を詰めようとする萃香。だが妖夢は極めて冷静に曲がった刀を向ける。
「残念ですが、見逃してもらいます」
そう言うと刀身から熱線を萃香に向かって放ち、牽制する。狙いは甘く、簡単に避けることが出来る。だが回避した隙を突いて、妖夢は足元に赤い魔法陣を描く。
「待ちなさいっ!」
それを止めようと霊夢が弾幕を放つが、一歩遅かった。
「それではまたいずれお会いしましょう」
その言葉と共に魔法陣が輝くと、妖夢の姿が一瞬にして消え去った。
「今のは何だ?」
萃香と同じ疑問を霊夢は思い浮かべていた。妖夢は卓越した剣技を用いるが、あのような熱線や瞬間移動が出来るなんて話は聞いたことが無い。
「どうする霊夢?」
妖夢の様子から考えて、何かが起きている可能性が有る。それなら解決するのが巫女である霊夢の役割だ。
「とりあえず、冥界に行くわ」
妖夢が暮らしている白玉楼。そこに行けば妖夢に何が有ったのか分かるかもしれない。そう考えた霊夢は冥界へと向かうべく、地面を蹴り宙へと飛んだ。
霧の湖の畔にある洋館。そこには吸血鬼の姉妹とその友人が住んでいた。その屋敷の入り口である大きな門の前で、一人の女性が腕を組みながら立っていた。
「……ん、むにゃ」
否、寝ていた。
彼女の名は『
門番がこんな態度では、簡単に屋敷に侵入できるのではないか。そう考える者もいるだろう。しかし、それは違う。彼女は気と呼ばれるエネルギーを自在に感じ取り、操ることが出来る。そのため何者かが近づけば、その気配を感じ取ってすぐに対処することが可能である。そんな彼女の警戒を通り抜けて紅魔館に入り込むことが出来る者は少ない。
「……ん」
そして今日もまた、彼女は館に近づく何者かの気配を感じ取り目を覚ます。
「また妖精か……?」
その気配は、よく悪戯にやって来る妖精達のものに近い。しかし、今までの妖精と比べると、気の濃さが段違いである。
その気配がする方向へと視線を向けると、空中で青い雷が何度も弾けるのが見える。
「何だ?」
その雷を見た美鈴は警戒を高め、拳を構える。すると彼女の眼前に一筋の雷が落ちた。
―ドンッ!―
大きな音と共に、紅魔館の門の前の道が焼け焦げる。そしてその中心には、青い妖精の姿が有った。
「確かあんたは……」
美鈴はその姿をよく知っている。この霧の湖に住む妖精の一匹。だが美鈴が見知った姿とは異なり、黒いシャツを着ている。顔はよく似ているが、偶然だろうか?
「お前は誰だ?」
どこか傲慢な口調で質問する妖精。その口調と気配の大きさから、美鈴は警戒は解かずに質問に答える。
「私は紅美鈴。この紅魔館の門番だ」
「へえ」
「今度はこっちから質問させてもらうよ。あんたは何の用でここに来たんだ?」
美鈴の質問に対し、妖精はどこか暗い表情で返答する。
「この近くで大きな力を感じたんだ。どこか懐かしくて、どこか寂しい感じの力が……お前、何か知らないか?」
「力、ね……」
美鈴が思いつくのは、自身の主とその妹である二人の吸血鬼。紅魔館の中で最も強い力を持った二人だ。
「悪いけど知らないね。分かったら帰ってもらえるかな?」
だが、目の前の妖精を主人に会わせる気にはならなかった。目の前の妖精からは、明らかに危険な気配が感じられる。紅魔館の門番として、ここから先を通すわけには行かない。
「お前もボクの邪魔をするのか?」
だがその答えを聞いた妖精は、強い憤怒の表情を浮かべる。
「ボク達は帰るんだ。あの温かい怨嗟と呪いが溢れた闇の中に……その道を妨げるものは皆、ボクの刃で切り刻んでやるっ!!」
そう言って敵意が込められた視線を向ける妖精に立ち向かうべく、美鈴も拳を強く握る。
「そうはさせるかっ!」
そして青い妖精と真紅の門番は、それぞれの役目を果たすべく走り出した。