「何か騒がしいわね」
紅魔館の地下にある大図書館。そこでは二人の魔女が会していた。
「多分、侵入者を美鈴が相手しているんでしょう。後で咲夜を向かわせるわ。そんなことよりもこっちよ」
アリスの疑問に対し何事もないかのように答える、紅魔館の魔女『パチュリー・ノーレッジ』。そんな彼女の興味は、机の上に置かれた紫色の表紙が特徴的な一冊の本だった。
「パチュリーも、この本について知ってることは無いの?」
「ええ。今まで色々な本を読んできたけれど、これは初めて見るわ」
そう言ってパチュリーは本を手に取る。既にアリスの手によって掛けられた封印は解かれているが、手に持っただけで何か起こるようなものでは無いということは判明している。
「ただ、あくまで経験からの予測だけれど、この本は一冊で一つの術式を構築しているものだと思うわ」
「そうなの?」
パチュリーは恐らくと言ったが、その表情からは確信めいたものが感じ取れる。
「ええ。正確には、複数の術式が表面上に構築されているけど、それはいわば外殻。その奥にある基盤とは別物。強いて言うなら、元々一つの目的のために作られたベースに、別の術式が外側からコーティングしているような感じかしら」
少し解析しただけでそこまで分かるというのだから、パチュリーの知識量にはアリスも舌を巻くしかない。
「それでどうするの?」
パチュリーがアリスに顔を向けて言う。その言葉の意味は、この本を封印したままにするか、危険を承知で解析を行うか、問い詰めるものだった。
無論、アリスの答えは決まっている。
「調べましょう。何か役に立つ情報があるかもしれないし」
「ええ、分かったわ」
アリスの答えにパチュリーは、予想通りと笑みを浮かべる。二人とも果ての無い知識を求める魔女である。例え危険が有ろうとも、その先に自身を満たす何かがあるかもしれないのなら、調べずにはいられない。
「それじゃあ、始めましょうか」
二人互いに頷き、周囲に結界を張ると、魔導書を慎重に開く。そしてそこに記された未知の言語を一つ一つを解析し始めた。
冥界。幽霊が揺らめくこの世界に霊夢は訪れていた。
「さて、幽々子に会わないとね」
彼女の頭に浮かぶ、桃色の髪を持つ女性の姿。かつて幻想郷で起きた、春が奪われるという異変の首謀者であり、魂魄妖夢の主人。それが『西行寺幽々子』だ。彼女なら妖夢に何が有ったのか知ってるかもしれない。そう考えてやって来た。
「相変わらず、無駄に長い階段よね……」
そんな彼女が住まう屋敷、白玉楼の前にある長い階段を進みながら、霊夢は溜息を吐く。空を飛べる霊夢はわざわざ一段一段登る必要は無いが、それを差し引いても鬱陶しくなるほど長い階段なのだ。
時折姿を現し、邪魔をしてくる亡霊達を霊力弾で弾きながら霊夢は飛び続ける。
そんな彼女の目に、白玉楼の門が見え始める。やっとか、と嘆息しながら進む霊夢。だが続いて目に入ったものに、驚きを露にする。
「なっ、霊夢!!」
「妖夢!?」
そこに居たのは、門に背を預けて息を切らしていた魂魄妖夢だった。
「幽々子に話を聞こうと思ってたけれど、まさか本人が居るなんてね。ちょうど良かったわ」
「一体何ですか? さっきは魔理沙が来て、弾幕勝負を仕掛けてきたと思ったら突然消えましたし、あなたも意味の分からないことを言いますし……」
「はあ? 白々しいことを言わないで欲しいわね。一体何を企んでいるのかしら?」
互いに言っていることが噛み合わない。霊夢は妖夢の態度を何か隠しているものと考え、妖夢は霊夢の話が理解できず混乱する。
「まあ良いわ。弾幕ごっこで勝負を付けようじゃない。あんたを叩きのめして、それからゆっくりと話を聞かせてもらうわ」
「くっ、分かりましたよ。私が勝ったら、大人しく帰ってもらいますよ?」
互いに空中へと飛び、弾幕勝負の準備をする。霊夢はお祓い棒を、妖夢は刀を構える。
そしてかつての異変と同様に、白玉楼の前で二人の少女は勝負を行う。それはまるで花火のように美しくも、少女同士の意地の張り合い。それを見ていたのは幾つかの亡霊だけだった。
「何してるの、美鈴」
「あ、咲夜さん」
聳え立つ紅魔館の門。その前で仰向けで倒れる美鈴に、紅魔館のメイドである『十六夜咲夜』が声を掛けた。
「いつもサボって寝ていると思っていたら、まさか今日は堂々と寝そべって昼寝しようとしてるわけじゃないでしょうね?」
「ち、違いますよ!」
冷たい殺気を放ちながら見下す咲夜に、美鈴は慌てて右腕を振る。
「ちょっと変な妖精がいきなり攻撃してきましてね。それを追い返そうとしてこんな風に……」
そう言う美鈴の体には、所々火傷の痕があり、服も一部が焦げ付いている。さらにいつもは花が咲き誇る門前なのだが、今はその見る影もなく、あらかた燃え散っていた。
「変な妖精ね……。あなたが妖精ごときに遅れをとるなんて思わないけれど……」
「いや、本当に強かったですよ。気を抜いていたら、それこそ不味かったですね……そういえば、あの妖精、ちょっと気に掛かることが有ったんですよね」
「気に掛かる事?」
言葉を繰り返す咲夜に美鈴は寝そべったまま頷く。
「あの妖精、決闘のルールを知らなかったみたいなんですよね」
そう言いながら、美鈴は妖精との戦闘を思い出す。
あの妖精はスペルカードを見せることもせず、ただ攻撃を仕掛けて来た。純粋に美鈴という敵を排除するためだけに。これはルールの有る『
「それに最後の言葉が気になって……」
結果として美鈴が勝利したのだが、最後に妖精が逃げる時の言葉に引っ掛かりを感じていた。
『もうっ、この体使いにくいなっ! こうなったらもっと良い体を見つけて、絶対にお前をコッゲコゲにしてやるからな!!』
こっげこげ、という言葉の意味はともかく、その台詞から察するに、あの姿は本当の姿では無いということだろうか。しかし、もっと良い体を見つけるとは一体どういうことなのか、美鈴の頭では理解出来なかった。
「そう。まあこのことはお嬢様に話を通しておくから、今日は部屋で休んでなさい」
「え、良いんですか?」
不意に掛けられた優しい言葉に困惑する美鈴。咲夜の事だから、さっさと仕事しろと言われると思っただけに驚きも大きい。
「さすがにその体で門番をしろなんて、無理が有るでしょう? 正直、気は進まないけれど、妖精メイド達に任せるわ。居ないよりはマシでしょうし」
そう言って一瞬で姿を消す咲夜。先程まで彼女が居た空間を見つつ、美鈴は溜息を吐いた。
「私はどうやって部屋に戻れば……」
痺れ続ける体では屋敷の中に戻るのすら一苦労だろう。美鈴のどこか悲痛な呟きは、霧の中へと消えていった。