「てめえ、誰だ!」
鉄槌を強く握りしめ、ぎらついた眼光で現れた女性を睨みつける少女。そんな少女の問い掛けに、煩わしそうに髪をかき上げながら答えた。
「藤原妹紅。そこに居るウサギの知り合いだよ」
「ふんっ、まあついてだ。お前の魔力も貰うぞっ!!」
そう叫びながら鉄槌を振りかぶり、妹紅との距離を詰める少女。スペルカードを宣言しない攻撃に妹紅は一瞬動きが止まる。その隙を逃すまいと、少女は鉄槌を妹紅の腹目掛けて振りぬいた。
「が、はっ!?」
少女が全力で放った一撃は、妹紅の肋骨を砕き、ぼろ雑巾のように地面へ投げ出す。
「何だ、この程度かよ?」
大層な登場に反して、いとも容易く倒れた妹紅に呆れる少女。だがその光景を見ていた鈴仙は妹紅の心配をしていなかった。
「全く、ひでえことするな」
それは妹紅がまだ倒されていないということを知っているから。
倒れていた妹紅は、まるで何事もなかったかのように立ち上がると、服に着いた土埃を払う。
「なっ!?」
その光景を見ていた少女は言葉を失う。自分は確かにこの女を倒したはず。その手応えだってあった。普通なら動くことすら出来ないというのに、何故目の前の女は何事もないのか。
少女は知らない。『藤原妹紅』が蓬莱の薬を飲んだ、不老不死の人間であるということを。例えどのようなダメージを受けようと、顔所の体はすぐに再生する。それこそ、体の大半が失われようとも、髪一本でも残っていれば蘇る。
「お前、幻想郷のルールを守らないってことは、最近外から来た奴か?」
「はっ、何を言ってるのか分かんねえよ。それにルールなんて知ったことか! あたしにはやらなきゃいけない事があるんだっ!!」
一撃で倒れないというのなら、何度も攻撃すればいいと再び鉄槌を振るう。だが先程とは異なり、妹紅には油断は無い。全身から妖術で炎を吹き出すと、拳を握る。
「良いぜ。あたしはこっちの方が得意なんだよ!」
スペルカードルールは、ごく最近作られたものである。それ以前は純粋な力比べ、あるいは殺し合いによって決着をつけていた。そしてことルール無用の殺し合いに関しては、何度も、何百年もある人物と繰り返してきた妹紅にとっては、まさに得意分野だった。
さすがに火力こそ抑えるが、手加減は一切しない。文字通り腕を折りながら鉄槌を弾くと、紅の炎を纏った膝蹴りを無防備な腹目掛けて叩き込む。
「ぐふっ!?」
まさか自らの体を顧みず攻撃をするとは思っていなかったのか、防御をする暇もなく、今度は少女の方が無防備に攻撃を受ける。
さらに妹紅は両腕から炎の波を放出する。
「ちっ、ロードカートリッジ!!」
〈
体勢を直した少女が宣言すると同時に鉄槌から薬莢のようなものが排出される。すると鉄槌が変形し、ロケットが接続されたピッケルのような形状となる。
「ラケーテンハンマーっ!!」
ロケットを噴射しながらハンマー投げの要領で回転を始める少女。遠心力も加わり、そのパワーは増大し続ける。
そして妹紅が放った炎が少女を包み込もうとしたが、鋭い鉄槌の先端が炎を吹き飛ばす。
「くっ!!」
さすがに火力も抑えている場合ではないと理解した妹紅がより一層高温の火炎を放つが、それすらも少女の鉄槌は掻き消していく。
「どりゃあああああっ!!」
雄々しい叫び声と共に渾身の力を込めた一振りを最後に、妹紅の炎は完全に吹き飛ばされる。そして獲物をその目で捉えた少女は、鉄槌で彼女を砕くため、ロケットの出力を上げ加速する。
「これでも喰らえええっ!!」
振り下ろされる鉄槌。その一撃は妹紅の柔らかい肉を引き裂き、鮮血を撒き散らす、はずだった。
「私を忘れないでよね?」
少女の背後から聞こえる言葉。それと同時に妹紅の姿が霧のように掻き消える。
「何だとっ!?」
突然のことに少女の理解が追い付かない。
これは鈴仙の特性である『波長を操る程度の能力』によるもの。音や光、電磁波、あるいは精神の波動など、様々な波を支配するこの能力によって、少女に対し幻覚を見せていたのだ。
「おらあっ!!」
そして少女の脇腹目掛けて、妹紅のドロップキックが刺さる。隙だらけの体勢でまともに攻撃を受けた少女はそのまま竹に背中を打ち付け倒れこんだ。
「ふう、手こずらせてくれたな」
汗を拭きながら妹紅が近づく。疲労こそ残っているが、戦闘の際に負った怪我は全て消えている。
そしてこれから始まるのは尋問。何故このようなことをしたのか、問い詰めなくてはならない。
「それじゃあ、話を……?」
だがそれを行おうとした瞬間、少女の足先が崩れ始め、光の粒子となって消えていく。
「まだ、あたしは……。絶対に、救うんだ……」
それでもなお立ち上がろうとするものの、足が消えたためにバランスが取れず転ぶ少女。その衝撃でついに全身が崩れ、深い悲しみの声を上げながら消えていった。
「一体何だったんだ?」
少女が何故消えたのか、一体何のために攻撃してきたのか。妹紅は多くの謎に困惑するしかなかった。
幻想郷には妖怪の山と呼ばれる場所がある。天狗や河童など、多種多様な妖怪が住まうこの山。そこに、一人の新聞記者が居た。
「ふむふむ。中々情報が集まりませんね……」
幻想郷随一のスピードを持つ鴉天狗『射命丸文』。彼女は昨夜の光について何か情報が無いかとあちらこちらへと飛び回り情報を集めていたが、自分が望む情報を得ることは出来ず、溜息を吐いていた。色んな妖怪や人間から話を聞いたものの、どれも面白半分の予想だけ。あくまで事実を書くことを信条としている文としては、これでは満足する記事を書くことが出来ない。どうしようか、途方に暮れていると、その視界にある人物が写る。
「おっと、あれは咲夜さんでしょうか?」
それは霧の湖の畔に立つ紅魔館でメイド、十六夜咲夜その人であった。何故こんなところに居るのか分からないが、折角だから話を聞こうと、地面に降り立つ。
「どうもー、清く正しい射命丸文ですよー」
陽気な挨拶をしながら降り立つ文。どうせいつも通り無慈悲な言葉を言われるだろうが、その程度で文の取材を止めることは出来ない。
だが今日の咲夜の様子はいつもとは違っていた。
「……誰、あなた?」
「へ、忘れちゃったんですか?」
感情の籠らない言葉を発する咲夜。その瞳には光が無く、目元には隈も付いている。よく見ると、身長も若干低い。そんな姿に違和感を感じながらも、文は話を聞こうとするが、その前に咲夜が口を開く。
「まあ、良いわ。それよりあなた、吸血鬼がどこにいるか知らない?」
「吸血鬼ですか?」
その質問に文は疑問を浮かべる。何故なら咲夜が生活している紅魔館の主こそ、幻想郷でもトップクラスの力を持つ吸血鬼なのだから。咲夜は言わば、幻想郷で最も吸血鬼に近い場所で生活している人間なのだ。
「吸血鬼ってレミリアさんの事ですか? どこかに出かけてるんでしょうか?」
「レミリア、それが吸血鬼の名前なの?」
まるで自身の主のことをすっかり忘れたかのような言葉に、文は言い表しようのない不気味さを感じる。
「レミリアさんのことを忘れたんですか? あなたの主人のはずでは?」
記憶喪失にでもなったのかと、文はつい口にする。だがその言葉を聞いた咲夜は、文に疑念の表情を浮かべ、銀のナイフを取り出した。
「ふざけないで欲しいわね。吸血鬼が私の主人なんて冗談、面白くもなんともないわ」
「え、ちょっと待ってください、何が何だか!?」
「もしかして、あんたも吸血鬼の仲間? それならここでっ!」
文の首元を狙って投擲される銀のナイフ。いきなり攻撃されたことに面を食らうものの、避けられないわけでは無い。持ち前のスピードを活かし、悠々と避ける。だが、いくら幻想郷最速の文と言えど、咲夜から逃れる術は無かった。
「いっ!?」
気付くといつの間にか文の首が掻き切られていた。振り向くと、そこには血に濡れたナイフを持つ咲夜の姿。
『時間を操る程度の能力』。咲夜は時間を自分と触れている物以外の全ての時間を停止させて動くことが可能である。時間が止まってしまえば、もはや周りの全ては無防備な獲物に過ぎない。
もし文が人間、あるいは吸血鬼だったなら、ただでは済まなかっただろう。だが文は人間よりも頑丈な鴉天狗。銀は弱点というわけでも無い。少なくないダメージではあるが、命に関わるものでは無い。ただ、このようなダメージを何度も受け続ければ、さすがに危険だ。
「レミリアさんはどうやって咲夜さんを御したんでしょうね……」
目の前の相手に聞こえないように呟く。いつもの弾幕勝負であるなら、性質上回避は不可能というわけでは無い。問題は、今、文が直面しているのが、遊びではないということ。仮に逃走したとしても、時間を止められては追いつかれるのは目に見えている。攻撃を行うとしても同様だ。妖怪よりはるかに脆い人間ではあるが、その能力は厄介この上なかった。
どうすべきかと文が悩んでいる最中にも咲夜はナイフを構えた。
「くっ!」
わざと攻撃を受けて能力の影響から逃れた瞬間に、カウンターを狙う。それが最善の対処法だろう。覚悟を決めて団扇を構えた。その瞬間、突如として頭上から何者かが文と咲夜の間に降り立つ。
「……ちょっと様子を見てたけど、今度は咲夜の偽物とはね」
疲れたような声で呟く紅白の巫女。それは幻想郷の異変を解決する存在、博麗霊夢その人であった。
本作における咲夜の能力は「触れている物以外の時間を止める」として扱ってます。なので、接触している場合に関しては、能力の影響を受けません。例えば、ナイフで斬られたとするなら、斬られている瞬間だけ能力の影響を受けなくなります。