「あなたは?」
殺意を隠すことなく睨みつける咲夜。そんな彼女に怯むことなく、霊夢はやれやれと肩を竦めて答える。
「別に私はあんたと戦いに来たわけじゃないのよ。ちょっと聞きたいことが有っただけ」
「聞きたいこと?」
訝しむ咲夜に霊夢は質問する。
「あんたの名前は十六夜咲夜で間違いない?」
「……違うわね。私に名前なんて無いわ」
「ふーん……」
その言葉に霊夢の背後に居た文は疑問に思う。目の前の彼女は間違いなく十六夜咲夜にしか見えない。だが彼女はそれを否定した。であるなら、彼女は一体何者なのか……。
そんな文のことは無視し、霊夢は質問を続ける。
「まあ良いわ。あんたは吸血鬼を探しているか言ってたけど、それは何で?」
「簡単なことよ。見つけて殺す。それが私の役目」
先程までの文との会話。そして今の質問の答えから、霊夢は僅かながら目の前の咲夜の正体に感づいた。
「話は良いかしら?」
「ええ。大体わかったわ」
「それじゃあ、今度はこっちの番。あなたは吸血鬼の居場所を知っているかしら?」
その問いかけに、霊夢は挑発的な笑みを浮かべる。
「知ってても、今のあんたに教える義理は無いわね」
「そう……」
霊夢の答えに咲夜は無表情のままナイフを構えた。
「それなら死ねっ!!」
そして咲夜は世界の時間を止める。目の前の少女が何者かは知らないが、自分の力の前では、ただの的同然。無慈悲にその首元を切り裂く。ただそれだけだった。
―ガチッ―
だが踏み出そうとした足が止まる。まるで鎖に繋がれたような感覚が咲夜の両足をその場に繋ぎ止める。何事かと咲夜が足元を見ると、そこには幾何学模様の光が咲夜の足元に描かれている光景が見えた。
「これはっ!?」
思わず咲夜は能力を解除すると、霊夢が勝ち誇ったような笑みを浮かべているのが見えた。
「ざまあ無いわね。あんたが私を知っている咲夜じゃなくて助かったわ」
咲夜の動きを封じたもの。それは霊夢が会話中に仕掛けていた足止めの術である。術自体はそれほど高位のものでは無いが、咲夜相手には十二分に通じる技である。かつて、霊夢がとある異変の最中に咲夜と戦った際にも、この術によって勝利を掴んでいる。今の咲夜であれば対抗策はあるだろうが、目の前の彼女はそれを知らない。だからこそ、この術が有効に機能した。
「それじゃ、手加減は要らないわね」
そう言って霊夢は周囲に大量の霊力弾を生成する。一つ一つが妖精くらいなら一撃で倒すことが出来る威力。それが何十、何百と霊夢の周りに漂い、咲夜に狙いをつける。
「喰らいなさいっ!!」
いくら時間を止められようと、動けなければ回避のしようが無い。迫る弾幕を咲夜は防ぐ手立てを持っていなかった。
「ぐっ、ああああああぁっ!!」
殺到する霊力弾に全身を打ち据えられる咲夜。その姿は痛々しいと表現するほかない。もはやどちらが悪役なのかすらわからなくなる光景でもある。
「わ、わたしは……まだ……」
それでもなお動こうとする咲夜だが、気力が尽きたのかゆっくりと倒れると、全身が光り始める。
「こいつもか……」
「これは一体?」
光に包まれた咲夜の体は徐々に崩れ、まるで塵のように空へと舞い上がっていく。その光景を見逃すまいと、持っていたカメラでその場の写真を撮り始める文に対し、霊夢は疲れた表情で溜息を吐く。
「これで三人……一体どれだけいるのよ」
「ん、それはどういう意味ですか? というか、今の咲夜さんは一体!?」
既に妖怪の再生能力によって首の傷が塞がった文が霊夢に近づく。そんな彼女に霊夢は、やるせない表情を浮かべながら口を開いた。
「あんたに頼むのは、あまり気が乗らないんだけど仕方ないわ……。情報をあげるから協力しなさい」
博麗の巫女からの情報。それは良い特ダネになりそうだと、文は手に入れたチャンスに思わず笑みを浮かべた。
紅魔館の大図書館。そこで二人の魔法使い、アリスとパチュリーは黙々と作業を続けていた。
「むう……表層の術式思った以上に複雑ね」
「ええ。しかも量が膨大な上に、法則も無く乱雑に刻まれてる……」
それはまるで、大量の記録を索引も無く適当に書き連ねた辞書の様。どれも二人が知らない術式であるため、一つを解読するだけでも多くの時間を消費する。だが、それに二人はやりがいを感じていた。二人は魔法使いとなったことで、不老の身となった彼女たちには時間が有り余っている。その時間のほぼ全てを研究のために消費している彼女たちにとって、調べがいのあるものはまさに宝そのものである。それを意図せず手に入れることが出来た幸運は何物にも替え難い。
だが、そんな彼女たちを悩ませる存在が居た。それは幻想郷でも有名な自称魔法使い。魔法のセンスこそ認めるが、その行動に問題があり、注意しても全く悪びれる気配すらない。そんな彼女と友人関係になってしまったことだけは、後悔すべきことかと頭を悩ませる。そんな人物が居た。
「邪魔するぜーっ」
その声を聞いた瞬間、集中していた二人はあからさまに溜息を吐く。
「お、アリスもいるじゃないか!」
「魔理沙……本当にあなたは来て欲しくないときに来るわね」
御伽噺に出てくるような魔女の出で立ちをした金髪の少女、霧雨魔理沙。彼女こそ、二人の厄介な友人である自称普通の魔法使いだ。
そんな彼女は、二人の前に置かれた一冊の本に興味を示す。
「お、それは何だ?」
「触らないで。今調べてるところなんだから」
不用意に近づく魔理沙にパチュリーが注意する。魔理沙はあくまで魔法使いを自称しているただの人間だ。アリスやパチュリーのような、本物の魔法使いではない。その体は脆く、簡単に朽ちる。それでもなお、彼女は魔法使いを目指し、どんな困難にも立ち向かう。その考え自体は立派ではあるが、自らの思いのままに、時に無謀な行動を起こす彼女の姿は、友人として心配だった。
「ふーん、その態度……なるほどなあ」
そんなパチュリー達の思いも知らずに、魔理沙は本を見てにやりと笑う。彼女の最大の欠点。それが窃盗癖だ。たびたびパチュリーやアリスの下へ赴いては、こちらの目を盗んで勝手に資料を持っていく。それを咎めると、決まって「私は盗んでいるんじゃない。死ぬまで借りるだけだ」と開き直る。その上、彼女が盗む資料は時に危険なものが混じっており、それで魔理沙は何度か危険な目にも遭っている。それでもなお直る事のないこの行動には、パチュリー達は辟易していた。
「なあ、ちょっと見せてくれよ?」
「駄目よ。危険な本かもしれないんだから」
「そう言わずにさあ」
パチュリーの制止すら聞かず近づく魔理沙を、アリスが人形を使って止めようとする。
「おっ、それなら弾幕勝負といこうじゃないか。もし私が勝ったら、大人しくその本を見せてくれ」
「何でその勝負を受けなきゃいけないのよ……そもそもここで弾幕勝負なんかしないでくれる?」
「それなら私の不戦勝だな。大人しく本を見せろ!」
疲れた表情を浮かべるパチュリーとアリス。どうやって魔理沙に諦めさせるか、その難問に思考が削がれる。
そんな騒ぎをしている中、図書館の片隅で一つの光が床から浮かび上がる。それは徐々に膨らんだかと思うと、一人の少女の姿へと変貌していくのだった。
「あれ、ここはどこ?」
人里から離れた山の中。そこにはかつて人間が生活していた廃村が有った。そこには最早人の気配も無く、ただ崩れた家屋が並ぶ寂しい場所でしかない。そのはずだった。
「そういえば、あの子は……」
だが今、その廃村の中心に一人の少女の姿が有った。真っ白な衣装を身に纏い、その手には先端に赤い宝玉が付いた白色の杖が握られている。
「どこに行っちゃったんだろ……」
不安げな表情を浮かべる少女。そんな彼女に近づく一つの影が有った。
「ふむ、これは中々……」
「誰っ!?」
僅かに聞こえた呟きに少女が反応する。そんな彼女の下へと降り立ったのは、黒いシャツと赤いスカートを纏った白髪の少女―偽妖夢だった。
「あなたは誰なの?」
緊張しながらも杖を構える少女。そんな彼女に偽妖夢が手を翳す。
「闇の欠片……その力を貰いましょう」
「えっ?」
偽妖夢が呟くと、その姿が溶け始める。突然の事態に少女が驚く暇もなく、溶けた偽妖夢は真紅の光へと変わると、少女の胸へと入り込んだ。
「なに、これ……?」
それと同時に少女の意識が掠れ始める。自分の身に一体何が起こっているのか、自分の中に入り込んだ光は一体何なのか。それを知る術もなく、少女の自我は濁流のような何かに飲み込まれていく。
少女が最後に思い浮かべたもの。それは金色の髪をした、寂しげな少女の姿。彼女に手を差し伸べたいと思った。だがそんな感情すら、全て消えていく。
「進行度……17%」
最後に少女の耳が捉えたのは、自分と全く同じ声でありながら、どこか冷たさを感じる言葉だった。