聖女は数十年に一度、国のどこぞに産まれるとされる。それを見つけ、祝福するのがこの儀式であり、もはや何百年と続いているこの国の伝統だ。
昔は儂も若かった。いや、当然じゃが。若かったの。分かる? 司祭を目指したのも、聖女の傍に立ち、甘言で聖女を騙し、甘い汁を吸うためじゃったよ。
だが……いつしか目的が変わった。司祭という立場に意義を抱けたのだ。この国を良くしていきたいと。この立場なら、少しでもそれが可能だと。
笑った子供の顔が眩しかった。ありがとう司祭様と言ってくれた子の名を耳にし、今でも覚えているほどだ。
だから───もはや聖女が誰になろうが甘言なぞ必要ではない。教え、導き、立派に育てて、ともに国の未来を願い、目指そう。
今ならそれが出来るのだ。ふふ……信じられんなぁ……あの欲望にまみれていたこの儂が。
さ。祭壇に溢れる神託の光が移動を始めた。あの光が辿り着いた先にこそ聖女様はおられる。移動すらせなんだ時は、今はまだ聖女様は産まれていないということ。
……神よ。どうか、この国の未来を誰より願う者にこそ祝福を。私はその者とともに、この国の未来を見てみたいのです───!!
「…………おおお、光が……光が溢れて……! おられるのですね───!? この時代に、聖女様の資格を持つ者が───!!」
心が歓喜に満たされるのを感じた。自然、視界は滲み、この国のために一層尽力出来ることに深い深い感謝を。
選ばれる子は聖女で居たくなどなかったのかもしれん。ただ普通に生きていたかったと言うかもしれん。
この国のために、という大義名分など、相手にはまるで関係がないのだから。
その時は、この身を捧げてでもその子の願いを叶えよう。
聖女とは。愛国の心とは、嫌々捧ぐものではないのだから。
「さあ、光よ……我らを導く、この国を守る聖女様をお照らしくださ───うお眩しっ! えっなにこれ眩しい! あのちょっ……なんでこっちに……ハッ!? よもや我が背後に!? これは失礼を! 今すぐ退きます故……!」
慌てて己の身を退ける。
なんたること、聖なる光の進路を塞ぐなど、なんと無礼な……ッ!!
国に我が身を捧げんとする最高司祭ともあろう儂が、国の未来を担う聖女選定の光を遮るなど、恥を知───
「───ぬお眩しっ! は……はああ……!? な、なぜ避けた儂のところへ!? あのちょっ……え!? もしや光に当てられた者が逃げ回っているとでも……!?」
な、なんと無礼な! 確かにただの娘として生きていたい、目立ちたくなどないと思う者も居るだろう!
だがそれでもこのように光が混乱するかのように逃げ回るなど───!!
……と、祭壇から下を見下ろしてみても、走り回る誰かが居るわけでもなく。
…………? …………………………? ん? ……え?
「──────わっ……儂っ!? よもやの儂っ!? いやあのちょっ……聖女っ……聖女でございましょう!? 儂ッ……男なんですけど!?」
いやあの儂の言葉に我が意を得たりのような勢いで輝かなくとも! な、なにかの間違いでございましょう!?
今ならばまだ間に合いまする! 聖女を! 聖女選定をしっかりとヴァアアアーーーッ!!
……。
……眩い光に飲み込まれた儂は、気づけば見慣れた神殿の寝台に寝かされていたようだった。
少々痛む頭を押さえつつ、起き上がってみると……最近苦しんでいた腰の痛みを感じることもなく、ムクリと起き上がれた。
「ムオッ……ハッ!?」
驚きの声が漏れた───のだが、声が若い。というか、高い。幼い。
何事かと喉に当てんとした手が…………若い!?
「なっ、な、ここれ、は……!?」
馬鹿な……あの
「ん? …………んん? んんんんんっ!?」
…………女になっとるぅうううううっ!?
「なんじゃァこりゃあああっ!!」
馬鹿なッッ! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なァアアッ!! 儂ッ……儂には愛する妻が! 誰よりも愛している妻がいるのだぞ!? どれだけ愛しても足りず、これだけ年老いても体を重ねる妻が! こんなっ……女になったなどと知られたら……!!
いやそういう問題ではなく! なんで儂!? 何故に!? 性別も違ければ歳もっ……何故に儂ッッ!?
馬鹿な……少なくともこの儀式は、国を愛し、国の力になりたいと思う歳若い者から選ばれると言われているのに、何故ッッ……!?
「そりゃあ儂の愛国心といえば、若者に説こうものなら苦笑いをして距離を取り、青年に話そうものなら素晴らしいですねと苦笑いで距離を取り、同年代に説こうものならお前それイカレてるぜ……と言われるほどで…………───」
…………。
「原因それだわ!! 愛国心が年齢と性別度外視したんだわ!!」
原因それしか思い浮かばんかった! この国やばい! やばいわ真剣に!
ななななんという……! こんなジジイが愛するほどだから、もっと若いモンも大好きかと思っていたのに……!!
「ああいやだがだ。これは逆に良い機会というもの」
この身は既に若人。この姿で聖女として国を愛せば、若者とてこの国を愛していってくれるはず。
だがしかし……それはつまり…………ああ、つまりは…………。
老人の姿でどれだけ国の良さを説こうが、若者には説教にしか聞こえなかったのかもしれんということか……。
「儂は……儂の愛は、いったいなんのために……」
ほろりと涙がこぼれた。
だがそれを拭うと、震える呼吸を整える。
強くあれ、儂。
なんの因果か儂が聖女に選ばれた。
つまり儂はこの国で一番、この国を愛しておるということ。
ならばこそ、この身は国に捧げよう。
そも、聖女とは誰とも結ばれず、生涯を神と国に捧げると言うもの。
その悲しさに、途中で聖女の立場を捨てる者も多かったが───
「大丈夫。儂は生涯を捧げられる。男の身で、しかも最愛の妻が居た身で、何故男を愛せよう。儂は妻を愛した。国を愛した。その心に一片の偽りもない」
ならば───迷わず歩んでいける。
儂は聖女として立派に、この国のために生きてゆけるのだ───!!
……。
それから、聖女・儂の生活が始まった。
光に迎えられ、気絶した儂を運んでくれたのは妻だったようで、さらには世話係まで引き受けてくれたそうだ。
問題なのがそのー……司祭としての儂、歴史から抹消されとるんじゃけど。
なに? 神様儂のこと嫌い? あれほど国のために尽くしてきた儂の人生抹消とか鬼畜にも程があるじゃろ?
もう本日のお供え物に、嗅ぐだけで鼻が捻じ曲がるヴォジェエーノの実とか供えたかったわ。だが耐えたねこの聖女は。
そう、今儂聖女じゃし。聖女とは国のために耐え、国のために清くある者。
今もこうして浄化の祈りを捧げ、気色の悪い曇天を眩いばかりの晴天に変えとるとこじゃし。
ていうか聖女スゲェ。スゲェのじゃよマジで。司祭時代の法力とかクソに思えるほどパネェんじゃよこれ。
今までの儂の苦労って……畜生。
「おおお! 聖女様……聖女様ァーッ!!」
「すげぇ……ドス黒いくらいだった曇天が一気に晴れて……!」
「すげぇ……いやすげぇ! スゲッ……えっ!? すっ…………マジ!? え、すげぇ! なにあれすげぇ!」
「聖女様ァーッ! もう一生付いて行くッス!」
「聖女様!」
「聖女様ァーーーッ!!」
だがだ。どれだけの困難があろうとも、まずは努力をすること、抗うことを忘れてはならない。
民達が苦しむ姿などすぐに笑顔に変えてやりたいが、楽ばかりをしてはならないことを説いて回る。
「やさしいだけじゃなく時に厳しい……! あ、なんか俺何かに目覚めそう……!」
「せっ……聖女様ァーーッ!!」
「ののしっ……声を! 声を聞かせてください聖女様!」
「聖女様ァーーーッ!!」
「ブヒィーーーッ!!」
なにやら豚のような声を出す民が増えたような気もするが、それでも儂はこの国を、民を愛そう。
ていうか国王なにやってるの!? もうちょっと人心しっかり掴んで!?
……。
なんか最近……なんか……うん。なんか……違くね? なんて思わなくもないような。
「邪悪なる存在よ……退きなさい!
聖なる氣が遥かなる頭上で拳の形を作り、それが一気に魔物の軍勢へと落ち、聖氣が爆発する。
突風さえ発生させるそれが消える頃には、その場には邪気を失った動物たちの姿。
「魔の森の瘴気に当てられた動物達……もう大丈夫。自然へお帰りなさい」
動物たちはそれぞれ私に向かってひと鳴きすると、自然へと帰ってゆく。
それを見て儂は笑みを浮かべるものの、最近の忙しさに目を白黒させる。
「怪我の治療、毒の治療、魔物の浄化、曇天の浄化、空気の浄化、聖水の作成にポーションの精製に……」
……これ愛国心関係なくね!? 仕事押し付けられてばっかじゃねーか儂!!
となる心を抑えつつ。
「すぅう……はぁああ……!!」
愛国心が溢れんばかりに蓄積されて、多少の疲労など吹き飛ぶ儂。
なんかこれもう聖女とか関係ないよね? これもう超人とかそういうレベルじゃよね?
まあ儂さ? 国を良くしていければいいんじゃけどね? でもやっぱりなんか違う気がするの。儂間違ってる?
……。
で……
「ごばぁあああっ!! っ……ま、まさかこの我が……! 破国四天王たる北のキャツガモォトさんが敗れるとは……!!」
「これに懲りたら二度とこの国に手出しをしないと誓いなさい」
「ふっ……言いよるわ……! だが貴様はこの国の真相を知らぬからそのようなことが言える───! この国がどれだけのことをしてきたのかを知れば、貴様とて───!」
「なっ……!? こ、この国が何をしたと!? 出任せは許しませんよ!」
「ぬかせ! 散々としてきただろう! 我ら魔族が苦しむ聖氣をこれみよがしにバラ撒きおって!」
「………」
「ねぇ分かる!? 風向きとか北に向いてるともう迷惑なの! ほんともう迷惑なの! 魔素で育ててる作物とか枯れちゃうし、目は染みるわ鼻は荒れるし! なのにこの国がなにもしてないなどとよくもぬけぬけと!!」
「……こちらも北から魔素とかドス黒い雲とか流れてきて毎度迷惑してますが!?」
「はぁーーっ!? そんなの関係ないしー!? お前の方から流れてきたのが先だしぃー!? とにかく迷惑してるからこれからも四天王総出で嫌がらせしてやるかんな! やーいブスブス! 聖女ブース!!」
「───」
「……あ、ごめん。やめ、許して? そんな聖氣撃たれたら北の魔国滅んじゃう。い、今ならこの四天王の中でも最弱と言われた北のキャツガモォトさんのドゥゲザァーも付けるよ?」
「わ、し……だって……! 儂ぃ……だってぇ……!! ぐすっ……! 好きでこんな格好しとるんでないわぁああああああっ!!」
「いぃやぁあああああああああああっ!?」
北の魔国が
……。
そうして、北が浄化されると次は東が、次は西が。
「オォレは東の魔国を担う破国四天王! アヤツモォト!! 北を殺ったらしいその聖女の実力に敬意を表し、一人で乗り込んできてやったぜェ!!」
「……忙しいのであとにしてください。大体国を跨いでの訪問など……アポイントは? 先にふれるものくらいあって然るべきでしょう。国を任させているというのに、そのような常識さえ無視するなど、そんなものは敬意とは呼べません」
「え? マジ? ……じゃあなんて呼ぶんだ?」
「無礼です」
「無礼……無礼か! じゃあそれでいい! 無礼を表しに来た! オォレと勝負しろ!」
「無礼者に遠慮は要りませんね。
「お……お? なんだその透明なデケェ拳! すげぇな! それでそれで!? それをどうすヴァーーーッ!!」
東が浄化された。
「……で?」
「ヒィッ!?」
「あなたはいったいどういった御用ですか」
「あ、あの、あのあの、私は西の魔国担当の、西のオレガモォトです……!」
「いやあの……俺がモートって、あなた死ぬんですか?」
「ここ殺さないでくださいぃ! わ、私は聖女様に逆らうつもりはありませんので、せめて命を見逃してもらえればと……!」
「……東西南北の魔国のうち、西からが一番危険な魔素が流れ込んでいることに関しては?」
「殺さないまま死んでください」
「よろしい。殺しはしないと約束しましょう。では
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
西が浄化された。
というか……何故魔国から喧嘩を売られとるのこの国!
愛国心だけでここまで来たけど、なんかこの流れだと魔王とかに喧嘩売られない!?
嫌なんじゃけど儂! 儂ただ国を愛しただけなんじゃけど!?
国王!? 国王ーーーっ! こういうのって国の仕事だと思うの儂!
これもう聖女関係なくね!? 国際問題じゃよこれ! 国王!? ちょっ……国王ーーーっ!?
……。
そして。
「……最近風が北ばっかりから吹くなぁと思ったら……」
南の魔国が、いつの間にか浄化されてた。
綺麗な花々が咲く眩い大地……流れる川もとても清らかで、道端なんぞ妖精が飛んでおるわ。
「一体全体何故こんなことに……。国は儂のこと救国の聖女とか祭り上げ始めるし……」
もうやだ儂帰りたい。あの頃に帰りたい。
などと悲しんでいると、城の方から爆発が。
「な、なにが───
法力を駆使して城までを転移する。
すると───なんと、神殿に祀られた神の像の頭の上に腰掛ける国王が───!
「こ、国王様!? これは───」
「ファファファファファ……! ご苦労だったな聖女よ……! 貴様がわざわざ東西南北の王を滅ぼしてくれたお陰で、我の封印もようやく解けた……!」
「封印……!? なっ……この魔素は……!?」
「我ぞ。我こそがこの世界の魔王、中央国が王、オノレモォト様よ……!!」
「お前ら意地でもモートつけなきゃ気が済まんの!?」
「さぁ思い知るがよい……! 貴様がせっせと法力を放ち、浄化した中で少しずつ芽吹いた新たなる力……! 敢えて聖なる国に眠らせることで、聖氣に耐性を、免疫をつけた魔王たる我が力を! ぬおおおおおおおおっ!!」
「
「ぶべっしぇ!?」
ベパーンと綺麗な音が鳴った。
そう、ビンタである。
「………」
「………」
「ふ、不意打ちとはやるではないか聖女の分際で! だがこの魔法が完成した時こそ貴様の最後よ! 貴様は」
「
「ぶべっしぇ!?」
パーン! と綺麗な音が鳴った。
もちろんビンタである。
「………」
「………」
頬を押さえながら、悲し気な顔で見つめられた。
「あ、あの……我、あの、ね? これから魔法を……さぁ」
「
「げひゅん!?」
そしてビンタである。
べちーんといい音が鳴った。
「………」
「………」
「い……いやさあ……! ちゃんと最終決戦やろうよ……! あの、わかってる? これ最終決戦なの。魔王とね? ほら、聖なる存在がさ、戦うっていう……ね? わかるでしょ? だか」
「
「べじゅ!?」
さらにビンタである。
舌を噛んだようで、鈍い音が鳴った。
「こっ……コノヤローーッ!! 人が下手に出ていれば調子に乗りおってーーーっ!! いいだろう! ならばここからは全力で」
「
「へきゃーーーっ!?」
やはりビンタでございます。
全力でと言ったのでこちらも全力でやったら、ぼちゅーんと舌が飛んでいった。
舌、というものは、出来てしまった口内炎でさえ大激痛でございます。
それが、噛むのはもちろん噛みちぎってしまうなど、尋常ならざる痛みと存じます。
「オゴッ……オッ……ヴェァアアアアアアッ!!」
魔王様、悶絶───!!
その隙に法力を全力で集中。痛みにもがき苦しむ魔王目掛けて、一気に放った。
「いや───」
放たれた浄化の極光はこの国を眩く照らし、影も残らないくらいに浄化した。
───こうして、聖女の戦いは終わった。
世は光に溢れ、邪なる存在は消滅し、人々は清い心を持ち続け、世に平和が訪れる。
人々は笑顔で生活し、そりゃあ清い出来事ばかりではないものの、最終的には笑顔溢れる出来事ばかりに落着した。
「…………ふぅ。思えば、こうまで国のために貢献したならば、儂の仕事も……これで終わりだろうか」
思えば随分と…………まあ随分とおかしな経験をした。
だがもしこれで死ぬのなら、もはや思い残すことなど。
「…………いや」
最後に。最後に最愛の妻に会いたい。
もはや儂のことなど歴史に残ってもおらんが、長い時を儂に連れ添ってくれた者だ。
心から感謝を届けたい。そして……心から、儂は───
「カハハハハハ……!! 魔王を倒すなり我のもとへ来るとは、なかなかの判断力よ……! そう、我こそが大魔王、中心の芯、王の中の王、ダレノモォト様よ……!!」
「誰だよ!!」
妻が大魔王じゃった。
もうやだこの国!! 儂のっ……儂の愛した国を返してくれぇえええっ!!