IS〈インフィニット・ストラトス〉いつか此の手に月を【凍結】 作:生そば
「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」
「そ、そうなのか? 一応わかっているつもりだったんだが……」
シャルルが転校してきてから五日が経って、今日は土曜日。
IS学園では土曜日の午前は理論学習、午後は完全に自由時間になっている。
とはいえ土曜日はアリーナが完全解放なのでほとんどの生徒が実習に使う。
それは俺たちも同じで、今日もこうしてシャルルに一夏と軽く手合わせをしてもらった後、IS戦闘に関するレクチャーをしてもらっていた。
「うーん、知識として知っているだけって感じかな。さっき僕と戦ったときもほとんど間合いを詰められなかったよね?」
「うっ……、確かに。『瞬時加速』も読まれてたしな……」
「一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に一夏の瞬時加速って直線的だから反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうからね」
「直線的か……うーん」
「あ、でも瞬時加速中はあんまり無理に軌道を変えたりしない方がいいよ。空気抵抗とか圧力の関係で機体に負荷がかかると、最悪の場合骨折したりするからね」
「……なるほど」
一夏も俺も、シャルルの話を聞く度にうなずいている。
シャルルは戦闘中、相手の動きや癖などをよく分析しているようで、説明も利にかなっている。
「知識だけじゃダメってことか」
「うん。知識だけじゃ限界があるからね。知識と感覚の両方で分かっていれば、自分の感覚と知識の差がどれくらいなのかも分かるし」
実を言うと、俺もほとんど知識で知ってるってくらいだ。
零式打鉄になってから銃器も取り入れたものの、やはり近接戦闘を重視した戦い方になっていた。
銃器はあくまで敵を威嚇するものや牽制にしか使っていなかったし、セシリアさんや鈴音、そして箒を相手に零式の機動力で翻弄させることは可能だった。
つまりそれは零式の機動力に頼っていたということだ。
「月夜の場合は知識が豊富で、どういう姿勢なら撃つときに安定するのか、そして相手の弾が自分から見てどんな軌道を描いて来るのかわかってるから、感覚で理解してない分を補えてるってことだろうけど」
「豊富、か……」
「でも月夜は無意識の内に理解してる所もあるんじゃないかな?」
「無意識の内に?」
「例えば自分と相手の相対速度によって弾丸の軌道は変わってくるんだし、それを一瞬で判断してどんな回避行動を取ればいいかを決めるだなんて、常人の域を越してるよ」
つまり俺は感覚で弾丸の軌道を予測して避けていたってことか?
まあそれでもシャルルと戦うときには苦戦もするし、敗北もするんだけど。
「一夏の百式も速いけど、月夜の……零式打鉄(?)はもっと速いから、月夜は無意識に把握せざるをえなかったってことかな」
それなら零式の射撃性能を強化してみよう。
弾道予測に加え、敵の軌道予測に合わせて……
おお、やることが増えてきた。
でもまだ肝心の目的には遠い。
「俺はやることができたから、一夏のレクチャーに集中してくれ」
「え、うん。わかった」
俺が零式のシステム弄りに向かうと、シャルルと一夏は射撃の訓練を始めた。
シャルルがリヴァイヴの武器を一夏に貸して、銃器そのものを体で覚えさせるつもりらしい。
「月夜さんは何をなさるんですの?」
セシリアさんが興味を持ったのか、零式を弄り始める俺を覗き込んできた。
「シャルルの話を聞いて、零式の射撃性能を弄ろうかと思ってな」
「でしたら、わたくしのISをご覧になられます? ティアーズならば役に立つと思いますわ」
「本当!? でも、いいの?」
ISの性能はそのまま国の技術力の高さと言ってもいい。
セシリアさんのブルーティアーズや鈴音の甲龍は未だ発展途上の第三世代。つまり最新の技術を晒すことになるのだが。
「構いませんわ。その代わりと言っては何ですが……今度、料理について教えていただきたいのですが」
「そんなことで良いなら幾らでもいいよ」
寧ろ、俺が教えてやりたいくらいだ。
今後の俺の味覚のためにも。
「はい、ありがとうございます!」
目をキラキラさせて、そんなに嬉しいのか。
向上心があるようで結構である。
その心を忘れず料理の腕をあげてくれたまえ。
「ふむ……、ほぉ……へぇ……」
ブルーティアーズのデータを貰い、その射撃データを見ながら作業を進めていく内に自然と口から感嘆の声が漏れる。
セシリアさんの身体能力に合わせて随分と手が加えられている。
セシリアさんはセシリアさんで高い射撃能力を持っているようで、ティアーズのハイパーセンサーはやはり中距離射撃戦を中心に調整されているのがデータを見ればよく見て取れる。
「ねえ、ちょっとアレ……」
「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」
急にアリーナ中が騒がしくなった。
辺りを見回すと、ドイツからの転校生ラウラ・ボーデヴィッヒが黒いISを纏って近づいてきていた。
「第三世代型IS、シュヴァルツェア・レーゲンかよ。まだトライアル段階だって聞いたのに……」
俺は作業を中止して、訓練中の一夏たちの元へ向かった。
ラウラは一夏の前に立ち、を
「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」
「イヤだ。理由がねえよ」
「貴様にはなくても私にはある」
一夏がドイツのIS操縦者に狙われるといったら、理由は大方一つしか思い付かない。
世間には一切公開されていない事件、第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦で織斑一夏が誘拐された事件だ。
この事件を知っているのは当事者の織斑姉弟。独自の情報網で一夏の監禁場所を突き止めたドイツ軍関係者。
そして篠之乃束と十六夜月夜。
俺は束さんから聞いただけだが、一夏が誘拐されたという情報を聞いて千冬さんは決勝戦を棄権し、一夏の救出へ向かった。
言うまでもなく千冬さんは不戦勝となり、第一回のチャンピオン『ブリュンヒルデ』は大会二連覇を逃してしまった。
世界中のほとんどが織斑千冬の優勝を期待していた中、突然の棄権。
大きな騒動になったが、その裏にはそんな事情があったのだ。
それからドイツへの借りを返すために、千冬さんはドイツ軍のIS部隊で一年ほど教官をすることになり、その後に突然の現役引退。
それを知った束さんが相当悔しがっていたのを覚えている。
「また今度な」
「ふん。ならば──戦わざるを得ないようにしてやる!」
言うが早いか、ラウラはその漆黒のISを戦闘状態へとシフトし、左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴いた。
「!」
ゴガギンッ!
「……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」
横合いから割り込んできたシャルルがシールドで実弾を弾き、同時に右腕に六一口径アサルトカノン《ガルム》を展開してラウラに向ける。
俺だって黙っているはずもなく、一夏の防御をシャルルに任せ、俺はラウラの首元に近接ブレード『葵』改を突きつける。
「第二世代型ごときで私の前に立ちふさがるとはな」
「さっさと武装を解除しろよ」
シャルルもラウラも涼しい顔で睨み合っている。
俺はと言えばこの後をどうするか考えているのだが、ラウラがこのまま引き下がるとは思えない。
シャルルは気付いているだろうか、ラウラは既にプラズマ手刀を展開している。
『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』
突然アリーナにスピーカーからの声が響く。騒ぎを聞きつけてやってきた担当の教師だろう。
「……ふん。今日は引こう」
二度やりを二度も入れられて興が削がれたのか、ラウラはあっさりと戦闘態勢を解除してアリーナゲートへと去っていく。
その向こうではおそらく教師が怒り心頭で待っていることだろうが、あのラウラの性格からして無視してしまうだろう。
「一夏、大丈夫?」
「あ、ああ。助かったよ」
つい数秒前までラウラと対峙していた鋭い眼差しはもうない。
いつものように人懐っこい顔のシャルルが一夏の顔をのぞき込んでいた。
「今日はもうあがろっか。四時を過ぎたし、どのみちもうアリーナの閉館時間だしね」
「おう。そうだな。あ、銃サンキュ。色々と参考になった」
「それなら良かった」
シャルルと一夏の会話を他所に、俺はラウラが去っていったゲートの方を見ていた。
もちろん、このままではいけないと思っているからだ。
「皆、俺はちょっと用事があるから先に行っててくれ」
そう言って俺はゲートの方へ向かった。
「お、いたいた。おーい、ラウラー!」
「…………………………………………」
急いでラウラを追い、名前を呼ぶ。
しかし、ラウラは止まることはなかった。
「おい、待てよ。ラウラ」
「…………………………」
「聞いてんのかよ、少佐殿」
「…………っ」
ん、反応があったぞ。
でもまだ気を引くには足りないようだ。
「んー、じゃあ。デザインチャイルド?」
「!?」
俺の言葉に今まで俺のことを無視していたラウラが睨み付けてきた。
「貴様……何故それを」
「別に、ちょっと情報通なだけだ」
ウソを付いたつもりはない。
そして、今は詳しく言えない。
「何の用だ」
「お前の本音……いや、本心が聞きたい」
「何?」
「お前の一夏に対する本心。何故あそこまで……その、憎んでいるんだ?」
俺からしたら憎んでいると言うよりは何か違う感情なのだが。
それが何なのか聞きたい。俺は楽しい学園生活を送りたいだけなのだから。
「貴様に話すつもりはない」
「連れないこと言うなよ。同類の誼でさ」
「同類だと?」
「いや、そんなことはどうだって良いんだよ。で、何で?」
「断る」
どうも頑なに話そうとしない。
まず目を見て話してもらえないだろうか。
俺がデザインチャイルドと口にした時以外は俺と目を合わせようとしない。
嫌われてしまったか?
「じゃあどうやったら話してくれるんだよ」
これ以降、ラウラは口を聞かなかった。
ラウラは自分の部屋に戻り、扉に鍵を閉めてしまった。
もうこれ以上は話せない。
でも最後に……
「ラウラ、俺はお前が話してくれると信じてるからな?」
それだけを言い残して、俺はラウラの部屋の前から離れた。
「はぁ……、やっぱりダメか」
月夜がいないため、寮の自室に一人だけになっているシャルルはノートパソコンのキーボードを叩いていた。
ため息をつきながら肩を落とし、シャルルはノートパソコンの電源を切って画面を閉じた。
画面の裏には『〇』の中に『零』の字が入っているマークが掛かれていた。
これは月夜が先日考案した『零マーク』で、十六夜月夜が手掛けたIS『零シリーズ』に付けるマークだという。
それがシャルルが使っていたパソコンに描かれていたということは、そのパソコンは月夜の物ということになる。
「僕は……本当はこんな事をしたい訳じゃないのに」
シャルルには月夜の私物を漁らなければいけない理由があった。
そしてそれは秘密にしておかなければならない。
この学園に来て友となり、ルームメイトとなった人物を裏切る行為をすることに、シャルルは慚愧の念に駆られていた。心がズキズキと痛んだ。
(……。シャワーでもして気分を変えよう)
シャルルはクローゼットから着替えを取り出してシャワールームへと向かった。