IS〈インフィニット・ストラトス〉いつか此の手に月を【凍結】   作:生そば

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~第六話~《握手という名の》(2)

 

「ただいま……」

 

 ガックリ肩を落として自室に帰ってきた。

 返事が返ってこない。そしてシャワールームからは水の流れる音が。

 なら俺が帰ってきたのにも気付かないだろう。

 待てよ? たしか昨日、ボディーソープが切れてたのをシャルルに言ってなかった。

 

「いや、さすがにもう気づいて取っていっただろ」

 

 そう呟きながら椅子に座り、ノートパソコンを立ち上げる。

 シャルルはしっかりしているし、いつから入ってたのは知らないが──ってあれ、椅子が暖かい?

 シャルルがこの椅子に座っていたとなると、シャワールームに入って間もないということになり……

 

「まぁ、確認するだけでも」

 

 と、替えのボトルを持って脱衣所の扉を開けると、同時にシャワールームへの扉も開いた。

 

「「えっ?」」

 

 俺と同時に脱衣所に入ってきた人物と声が揃った。

 しかしこの人物、どこかで見たことがある。

 

「つ、つ、つく……よ……?」

 

 とりあえず女子だ。何故なら胸がある。

 そしてウェーブがかかったブロンドで、柔らかさとしなやかさを兼ね備えた髪。

 すらりとした体は脚が長く、腰のくびれが実質的な大きさ以上に胸を強調して見せている。って、何処を見ているんだ俺は。

 

「きゃあっ!?」

 

「ごめんっ!」

 

 はっと二人同時に正気に戻り、俺は部屋に、女子は胸を隠しながらシャワールームに逃げ込んだ。

 

「シャルルが女になった!?」

 

 誰か俺の壊れた思考の結果にツッコミを入れてほしい。

 まあ落ち着けよ、俺。性転換なんて『それなんてエロゲ?』って奴だ。

 現実に起こるはずがない。

 

「あ、ボディーソープ……」

 

 ドアの向こうから言葉はない。たぶん、向こうは向こうで絶句してしまっているのだろう。

 

「ボトル、ここに置いておくぞ?」

 

「……………………」

 

 俺は脱衣所に再び入り、シャワールームの扉の前にボトルを置いて戻ってくる。

 そして漫画のように自らの頬をつねって夢でないことを確かめた。

 

「ヤバっ、ドキドキしてる」

 

 先ほどの一瞬は俺にとってかなり長かったように感じた。

 白くハリのある肌も、濡れた髪も俺の脳裏から離れない。

 

「忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ……!」

 

 自分のベッドに飛び込んでそんなことを言い続ける。

 ガチャ……。

 

「!?」

 

 気持ち控えめに響いた脱衣所のドアが開く音。

 反射的に振り返る。とそこには──

 

「あ、上がったよ……」

 

「…………う、うん」

 

 ──やはり、女子がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 二人とも何も言わずに、一時間程が経った。

 お互いのベッドに腰掛けて向かい合い、そのくせ視線はそれぞれさ迷ったまま無言の時を過ごしていた。

 

「──えっと」

 

 このままでは埒があかない。

 と声をかけると、シャルルはびくっと身を震わせる。

 怖がることはない。俺は別にシャルルをどうこうするつもりはないのだから。

 

「お茶入れるよ」

 

「う、うん。ありがとう……」

 

 こんな事を話したいわけではない。

 えっと何から話そうか。

 シャルルは何故男装を?

 んー、これではストレート過ぎるな。

 

「………………」

 

「………………」

 

 お茶ができるまでの時間がまた沈黙の再来だった。

 俺は緊張してしまっていつものように早く作業ができなくなっていた。

 

「できたぞ、ほら」

 

「あ、ありがと──きゃっ」

 

 コップを渡すときに指先が触れあって、シャルルが慌てて手を引っ込める。

 思わず落としそうになったコップを握り直すと、その反動でおちゃが手にかかってしまった。

 

「あっちっ! 水っ、水っ」

 

 水道に走り、蛇口を全開。

 流れ出す水で手を冷やして事なきを得る。

 

「ご、ごめん! 大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だ。すぐ冷やしたし火傷には──」

 

「ちょ、ちょっと見せて。……ああ、赤くなってる。ゴメンね」

 

 軽くパニックになっているのか、シャルルは俺の側に来ると強引に手を取ってお湯のかかった場所を痛々しげな表情でみつめる。

 

「すぐに氷もらってくるね!」

 

「いや、冷蔵庫の中に入ってるはずだ」

 

 第一、今の格好のシャルルが出ていったら、一発で女である事が他の者にも知られてしまう。

 

「わ、わかった」

 

 シャルルは冷蔵庫に氷を取りに行く。

 俺はシャルルに強引に取られた手に感じた柔らかさを思い出していた。

 あれは恐らく……

 

「氷あったよ。…………、……って、どうしたの?」

 

 氷を持ってきたシャルルはそれを俺の手に当てて冷やしてくれる。

 その時、俺の様子に気が付いたのか不思議そうに見上げてくる。

 

「いや、その……柔らかかったな……って」

 

 俺の言葉に一瞬戸惑う様子を見せるシャルルだったが、どういう意味かを理解したのか顔を真っ赤にして自分の胸を隠す。

 

「心配してるのに……月夜のえっち……」

 

「ご、こめん……」

 

 気のせいだろうか、シャルルの眼差しは抗議だけでなく、全体的には恥ずかしそうでそのくせどこか嬉しそうな表情をしている。

 たぶん気のせいだ。シャルルは好きでもない男に胸を触られて喜ぶような奴ではない。

 

「氷、ありがとな。だいぶ楽になった」

 

「そ、そう……」

 

「さて、と。何で男装していたのか、洗いざらい吐いてもらおうか」

 

「う、うん」

 

 今度はちゃんとコップ。受け取ったシャルルが、こくりと一口お茶を口にする。

 俺も同じように一口。そしてまず最初の問い。

 

「なんで男のフリをしてたんだ?」

 

「それは、その……実家の方からそうしろって言われて……」

 

「実家っていうとデュノア社、だよな?」

 

「そう。僕の父がそこの社長。その人からの直接の命令なんだよ」

 

「なんか、父親なのに他人行儀だな」

 

「僕はね、月夜。愛人の子なんだよ」

 

 俺は思わず絶句した。

 俺の過去はともかく『愛人の子』という言葉の意味がわからないほど世間に疎くもなければ純情でもない。

 

「引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなったときにね、父の部下がやってきたの。それで色々と検査をする過程でIS適応が高いことがわかって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」

 

 シャルルは、おそらくは言いたくはないであろう話をそれでも健気に喋ってくれた。

 俺はそれを黙って聞いている。

 

「父にあったのは二回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活をしているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あのときはひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたらあんなに戸惑わなかったのにね」

 

 あはは、と愛想笑いを繋げるシャルルだったが、その声は乾いていてちっとも笑ってはいない。

 ……なんで笑ってんだよ。

 そんな話は笑って良いもんじゃないぞ。

 俺に気を使っているのかもしれないが、俺なんかよりシャルルの方がずっと辛いんじゃないか。

 

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」

 

「そうか、リヴァイヴは第二世代型だからな」

 

「ISの開発はすごくお金がかかるし、ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立っているところばかりで。それで、フランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されているからね。第三世代型の開発は急務で、国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるんだよ」

 

 欧州連合では第三次イグニッション・プランの次期主力機の選定中。

 今のところトライアルに参加しているのはイギリス、ドイツ、イタリアの三ヵ国。

 今のところイギリスのティアーズ型がリードしているが未だ難しい状況なのだと、この間セシリアさんが言っていたのを覚えている。

 

「話を戻すね。それでデュノア社でも第三世代型を開発していたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代型最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、なかなか形にならなかったんだよ。それで、政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。そして、次のトライアルだ選ばれなかった場合は援助を全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの」

 

「なんとなく、シャルルが男装してきた理由がわかった気がする」

 

「注目を浴びるための広告塔。それに──」

 

 シャルルは俺から視線を逸らし、どこか苛立ちを含んだ声で続けた。

 

「同じ男子なら日本で登場した特異ケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータを取れるだろう……ってね」

 

「そうか。勝手に俺のパソコンを弄ってたのはシャルルだったのか」

 

「え、気付いてたの?」

 

「零式はどの国家にも属さないオリジナルのISだってのはわかってるだろ? 開発から建設まで俺が一人でやってんだ。そのいままでのデータの全てが詰まってる俺のパソコンは一国家トップシークレットその物なんだよ」

 

 俺の話を聞いてシャルルは呆気に取られている。

 シャルルは俺のパソコンの中には零式のデータが入ってると思っていたんだろう。

 間違いではないが、中に入っていたのはそれ以上のものだったのだ。

 それに厳重なセキュリティを突破していくと、最後にはGNコアドライヴについてのデータが出てくる。

 これがもっとも他人に渡ってはならないデータなのだ。

 

「誰かが初めて俺のパソコンを弄った時から気づいてた。他人にはわからないけど、きちんとした起動方法をしないと最悪の場合、中のデータを消してメモリーを破壊する仕掛けになってる」

 

「え、そこまでするの?」

 

 もちろん。トップシークレットだからな。

 

「ビビったろ。でも、それだけ大事なんだよ。で、続きは?」

 

「まあ、月夜にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」

 

「………………」

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までウソをついててゴメン」

 

 深々と頭を下げるシャルル。

 

「で、シャルルはこれからどうするんだ?」

 

「どうって……時間の問題じゃないかな。フランス政府もことの真相を知ったら黙っていないだろうし、僕は代表候補生をおろされて、よくて牢屋とかじゃないかな」

 

「いいのか、それで?」

 

「良いも悪いもないよ。僕には選ぶ権利がないから、仕方がないよ」

 

 そう言って見せたシャルルの微笑みは、痛々しいものだった。

 もう絶望さえ通り越した諦観がそこにある。

 俺は頭の中で考えを巡らす。

 シャルルをどうやったら助けられるか。

 どうやったらシャルルが笑っていられるか。

 

「ん、そうだ。シャルル」

 

「え、何?」

 

「お前には選ぶ権利があるぞ。特記事項第二一を言ってみろ」

 

「えっと……、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする……だけど?」

 

「つまり、この学園にいる三年間はシャルルが同意しなければ牢屋に入る必要は無いわけだ。それとも進んで牢屋に行きたいか?」

 

 俺は俯きながら微かに首を横に振るシャルルの側に寄り、手を差し出す。

 

「え……?」

 

「握手だ。それで今回のことは許してやる。そして卒業した後のことも助けてやるよ」

 

 シャルルは目をパチクリさせている。

 俺が何もできないとでも思っていたのか?

 

「卒業するまではここにろ。ここで助かる方法を考えようぜ」

 

「つ、きよ……」

 

 うっすらと涙を浮かべながらも、俺の手を握ってきた。

 よし、それでいい。今回のことは水に流すとしよう。

 まあ断られても勝手にやらせてもらうつもりだった訳だが。

 

「……あっ」

 

 話の途中だが、目線としては俺がシャルルを見下ろす形になっているのだが、シャルルの襟元からわずかに胸の谷間が見えている。

 

「ん? どうしたの?」

 

「あ、いや。とりあえず、一度離れてくれ」

 

「?」

 

「いや、胸が……」

 

 指摘されて、シャルルはかぁっと頬を赤らめる。

 ……デジャヴュ?

 

「月夜って、胸ばっかり気にしてるけど……見たいの?」

 

「い、いや。見たくないって言ったら嘘になるけど……。今はそんなんじゃなくでだな! ……えっと」

 

「………………」

 

「………………」

 

 互いに顔を赤らめたまま黙ってしまって、さっきまでとは違う妙な気まずさがただよった。

 

 コンコン。

 

「「!?」」

 

「月夜さん、いらっしゃいます? まだ夕食をまだと、れていないようですけど、体の具合でも悪いのですか?」

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