IS〈インフィニット・ストラトス〉いつか此の手に月を【凍結】 作:生そば
セシリアが来たときは驚いたなぁ。
どうにか僕が体調を崩しているってことで誤魔化せたけど……。
月夜はセシリアと食堂に行っちゃったし、僕はどうしようかな。
「はぁ……」
ため息をつく。
でもそれは月夜に全てを話した後だったからなのか、あんまり重くない。
「手、暖かかったなぁ」
握手をした僕の手に月夜の手の感覚がまだ残ってる。
許してやるなんて言い方してたけど、本当は助けてくれるつもりだったんじゃないかな。
僕が手を握ったら暖かく包んでくれたような気がして、月夜が僕に居場所をくれて。
なんだろう、この気持ち。心の中まで暖かくなってくるよ。
「…………」
手を胸の前で組みながら、ベッドに倒れ込む。
あ、こっちって月夜のベッドだ。
月夜の匂いがする。
まるで月夜がすぐ側にいるみたいだ。
安心できて……眠くなってくる。
…………、………………。…………。
「……い。シャ……。…………ってば」
あれ、誰かの声がする?
「シャルル。おい、シャルル」
いつの間に寝てたんだろう。
目をゆっくりと開けると、そこには月夜の顔が──
「あれっ、月夜!?」
「おう。寝てるとこ悪いな」
「ぼ、僕の方こそ。月夜のベッドで寝てたりなんかして」
変な奴とか思われてないかな?
ああ、もう。なんで寝ちゃってたのさぁ!
「腹減ったろ。飯持ってきたけど、食べられるか?」
月夜が持ってきたのは焼き魚定食だった。
僕って部屋の外に出なかったから何も食べてなかったんだ。そう言われればお腹空いてたかも。
「うん、ありがとう。いただくよ」
って、あれ。箸?
「ん、どうかしたか?」
「え、えーと…………」
僕ってまだ箸をうまく使えないんだけど、せっかく月夜が持ってきてくれたんだし、食べなきゃ勿体ないよね。
よし、がんばろう。
「い、いただきます」
箸ってどうしてこんなに難しいんだろう。
日本人って手先が器用な人が多い気がする。
「あっ……」
ぽろっ。
「あっ、あっ……」
ぽろっぽろっ。
やっぱりダメだぁ。あぁ、月夜が見てる前なのに……。
「箸、苦手なのか?」
「う、うん。練習はしているんだけどね。あっ……」
「ごめん。スプーンでももらってくるよ」
「ええっ? い、いいよ、そんな。なんとかこれで食べてみるから」
「遠慮するなって。食べにくいだろ?」
「で、でも……」
食堂までまた往復させるのは、やっぱり遠慮するよ。
この部屋からって結構遠いし。
「構うことはないさ。シャルルには結構世話になってるし、少しくらい甘えてくれたっていいんだぞ?」
「月夜……」
僕は別に世話なんて……、って言っても月夜はきっと『そんなことはない』って言うんだろうな。
でも、やっぱり食堂まで行かせるのは……。そうだ!
「じゃ、じゃあ、あの……」
「ん、フォークの方がよかったか?」
「え、えっと、ね。その……月夜が食べさせて」
う、うわぁ。恥ずかしい!
えっと、これってつまり『はい、あーん』ってのをやってってことだよね?
ここまで言っちゃったし。もう引くわけには……
「あ、甘えてもいいって言ったから……」
「そうだったな。……じゃあ、うん」
月夜に箸を手渡す。
僕もだけど、月夜も緊張してるみたい。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
僕がさっきから苦労してたお魚を食べさせてもらった。
生まれて初めての男の人からの『あーん』だけど……
「おいしいか?」
「う、うん。おいしい……」
「そっか」
恥ずかしくて味なんて分かんないよぉ。
でもここまで来たら、もういいよね?
「次は……ごはんがいいな」
「わかった。はい、あーん」
「あ、あーん」
そんな感じを続けて夕食を食べ終わった後、月夜はシャワーを浴びたらすぐに寝ちゃった。
まったく、僕はこんなに緊張して眠れないのに。
「でも……ありがとう、月夜」
さて、僕も早く寝なくちゃ!
「はー。この距離だけはどうにもならないな……」
「これだけで体力作りができそうだぜ」
学園内に男子が使えるトイレが三ヶ所しかないという現状、授業終了のチャイムと同時に中距離走開始だ。
行きも帰りも全力疾走しなくては授業に間に合わない。
しかし先日『廊下を走るな!』と叱られた。我慢しろと?
(シャルルが気の毒だな……)
なにせ本当は女子なのに男子トイレに行かなければならない。
「月夜? どうかしたか?」
「いや、なんでもない。それよりも急ぐぞ」
そう言いながらギアをひとつあげる。
次の授業はISの格闘性能に関する基礎知識と応用。
俺はともかく、一夏にとって死活問題となりうる授業なのだ。
「なぜこんなところで教師など!」
「やれやれ……」
廊下を曲がろうとした所で、突然ラウラの声が聞こえた。
俺たちは足を止めて、どちらからと言うこともなくその様子を伺ってみる。
すると、ラウラが織斑先生に詰め寄っているところだった。
「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」
「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」
あのラウラがこうまで声を荒らげているというのは驚きだ。
一夏をひっぱたいた時すら氷のように冷たかったのに。
どうなら織斑先生の現在の仕事についての不満や思いの丈をぶつけているようだが……。
「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」
「ほう」
「大体、この学園の生徒など教官が教えるにたる人間ではありません」
「なぜだ?」
「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている。そのような程度の低いものたちに教官が時間をさかれるなど──」
「──そこまでにしておけよ、小娘」
「っ……!」
凄味のある織斑先生の声に、さすがのラウラもその覇気にすくんでしまったらしい。
言葉は途切れたまま、続きが出てこない。
「少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」
「わ、私は……」
その声が震えているのがここからでもわかる。
圧倒的な力の前に感じる恐怖と、かけがけのない相手に嫌われるという恐怖からだろう。
「意識が甘く、危機感に疎いと言ったな? それらはあまり口にするな。特にアイツの前ではな」
「どういう……こと、ですか?」
俺は今まで、織斑先生があそこまで怖いと思ったことはない。
それだけの圧迫感がある。
「さて、授業が始まるな。さっさと教室に戻れよ」
「………………」
ぱっと声色を戻した織斑先生がせかして、ラウラは黙したまま足早で去っていた。
「そこの男子ども。盗み聞きか? 異常性癖は感心しないぞ」
「な、なんでそうなるんだよ! 千冬ね──」
ばしーん!
「学校では織斑先生と呼べ」
「は、はい……」
「そら、走れ劣等生。このまましゃお前は月末のトーナメントで初戦敗退だぞ。勤勉さを忘れるな」
「わかってるって……」
「そうか。ならいい」
ニヤリと笑みを見せた織斑先生は、今だけは姉弟として言っているらしい。
「じゃあ、教室に戻ります。行こうぜ、月夜」
「失礼します」
「おう。急げよ。──あはあ、それと二人とも」
「はい?」
「廊下は走るな。……とは言わん。バレないように走れ」
「了解」
織斑先生はくるりと俺たちに背中を向けた。
どうやら見逃してくれるらしい。
俺たちは教室までの道のりをバレないようにダッシュした。
「それより、千冬姉が言ってた『アイツ』って誰なんだろうな?」
「さあな」