IS〈インフィニット・ストラトス〉いつか此の手に月を【凍結】 作:生そば
「ああああああっ!!!」
突然、ラウラが身を裂かれんばかりの絶叫を発する。
それと同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ、シャルルの体が吹き飛ばされた。
「ぐっ! 一体何が……。──!?」
「…………っ」
俺もシャルルも目を疑った。
目の前でらラウラが……そのISの装甲がすべてぐにゃりと溶け、どろどろのものになって、ラウラの全身を包み込んでいく。
「ヴァルキリー・トレース・システム……」
ISは原則として変形ができない。
ISがその形状を変えるのは『初期操縦者適応』と『形態移行』の二つだけだ。
パッケージ装備による多少の部分変化はあっても、基礎の形状が変化することはまずない。
しかし目の前で起こっている現象は変形というよりも、一度ぐちゃぐちゃに溶かしてから再度作り直す粘土人形に見えた。
そして俺が呟いた『ヴァルキリー・トレース・システム』とは、過去のモンド・グロッソの部門受章者の動きをトレースするシステムで、IS条約で現在どの国家・組織・企業においても研究・開発・使用すべてが禁止されている。
俺も実物を見るのは初めてだ。
だが、それが、こんなにも禍々しい光景だとは思っていなかった。
シュヴァルツェア・レーゲンだったものはラウラの全身を包み込むと、その表面を流動させながらまるで心臓の鼓動のように脈動を繰り返し、ゆっくりと地面へ降りていく。
それが大地にたどり着くと、まるで倍速再生を見ているかのようにいきなり高速で全身を変化、成形させていく。
そしてそこに立っていたのは、黒い全身装甲のIS似た『何か』。
しかしその形状は先月の襲撃射とは似ても似つかない。
ボディラインはラウラのそれをそのみ表面化した少女のそれであり、最小限のアーマーが腕と足につけられている。
そして頭部はフルフェイスのアーマーに覆われ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。
問題はその手の武器である。見間違う筈がない。
「《雪片》だと……?」
かつてブリュンヒルデと呼ばれた織斑千冬の操るISが振るっていた剣。
そして一夏の《雪片弍型》の前行型。
「っ!? シャルル危ないっ!」
千冬擬きが雪片を振るう。
咄嗟に飛び出した俺はシャルルを抱き抱えてかわそうとする──が、俺は雪片に切られた。
本物のようなシールドエネルギー全損は無かったにしろ、もはや戦えるだけのエネルギーが残っていない。
「月夜、大丈夫!?」
「大丈夫、だけど……」
「月夜、シャルル!」
「一夏!?」
千冬擬きから距離を取った俺たちに白式を纏った一夏が駆け寄ってきた。
「二人とも大丈夫か?」
「僕たちは大丈夫。でも零式が」
「二人ともここにいろ。俺がやる」
そう言った一夏の顔は、今までに見たことの無いほど怒りに満ちていた。
「待てよ、一夏」
『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のため教員部隊を送り込む! 来賓、生徒はすぐに避難すること! 繰り返す!』
「聞いての通りだ。お前がやらなくとも状況は収拾される。だから──」
「だから、無理に危ない場所へ飛び込む必要はない、か?」
「そうだ」
「お前がキレてる理由ならわかる。だけどアイツの姿を見ればわかるだろ。あれは千冬さんの複写だ。千冬さんの動きや戦略を模して動く。アレに戦いを挑むってことは千冬さんに挑むってことに等しい。お前だけで勝てるのかよ。第一これはお前の仕事じゃない」
「違うぜ月夜。全然違う。俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰がどうだとか、知るか。あれは、千冬姉のデータだ。それは千冬姉のものだ。千冬姉だけのものなんだよ。それを……くそっ!」
一夏が力一杯拳を握りしめるため、ギリギリと白式の拳が悲鳴を上げている。
身内の技を盗まれたのがそんなに悔しいか。
俺にとっては束さんがそれだろう。
ISのコアは束さんにしか作れない束さんの技術だ。
それが盗まれることはISによる戦争の開始を意味し、俺は束さんの悲しみと共にそれを許さない。
「とにかく、俺はぶん殴る。あのISも。そしてあんな、わけわかんねえ力に振り回されてるラウラもだ!」
「わかった。じゃあ俺が協力してやるよ」
「でも、零式はもう戦えるだけのエネルギーが残っていないんだろ?」
「う、うん……そうなんだが」
積もったダメージと先程の一撃で零式は動くことは出来るが、それだけでは千冬擬きには勝てそうもない。
どうしたものか……
「無いなら他から貰ってくればいいんじゃない、月夜?」
「シャルル……」
「普通のISなら無理だけど、僕のリヴァイヴならコア・バイパスでエネルギーを移せると思う」
「マジか!? すまんシャルル。頼む!」
「俺からも頼む!」
「けど!」
びしっとシャルルが俺たちに指を指して言う。
珍しく、その言葉は強く、有無を言わせぬものだった。
「けど、約束して。絶対に負けないって」
「…………、任せろ。ここで負けたら男が廃る。な?」
「もちろんだ。ここまで啖呵を切って飛び出すんだ。負けたら男じゃねえよ」
「じゃあ二人とも、負けたら明日から女子の制服で通ってね」
「うっ……! い、いいぜ? なにせ負けないからな!」
「心配することはない。なにせ俺がいるんだからな」
軽いジョークを交えた会話に緊張がいい意味でほぐれる。
一夏も、血が上っていた頭が冷えているようだ。
「じゃあ、はじめるよ。……リヴァイヴのコア・バイパスを解放。エネルギー流出を許可」
リヴァイヴから伸びたケーブルが零式に繋がり、そこからエネルギーが流れ込んでくる。
すると、血液が流れるような感覚を感じ、元気を取り戻したように零式のスラスターからGN粒子が吹き出す。
「完了。リヴァイヴのエネルギーは残量全部渡したよ」
「これだけあれば戦える。ありがとな、シャルル」
「うん、二人とも頑張ってね」
そう言ってシャルルは駆けていった。
「よし、やるぞ。俺が極める。一夏はトドメを」
「わかった!」
一夏の返事とともに飛び出す。
俺のすぐ後ろを一夏が追う。
千冬擬きに勝つ最善の方法は俺が囮になって、一夏が零落白夜で攻撃、といったところだろう。
いくぞ、零式。新機能──
「トランザム!」
俺の声に反応して『TRANS-AM』という表示が現れる。
それを了解すると、零式の装甲からスラスターから大量の粒子を撒き散らす。
それだけではない。全身が赤く染まったかと思った瞬間、速度が一瞬にして三倍にまで加速した。
ほぼ一瞬で千冬擬きの懐に飛び込む。
半ば体当たりのようにブレードを突き刺す。
半テンポ遅れて千冬擬きが雪片を振り下ろす──が、俺には当たらなかった。
雪片が振り下ろされた時には既に俺は体勢を変えていて、千冬擬きの首へと腕を回していたからだ。
さらにそこから雪片を持つ腕を掴み、体を仰け反らせる体勢にさせる。
なぜここまで素早い動きができるのか。
『TRANS-AM』という機能は、零式のエネルギーを完全解放し、一時的に通常の三倍のスペックを発揮させるものだ。
そのかわり雪片並みにエネルギー消費が激しいため、注意が必要だ。
ま、今はそんなことより──
「一夏、今だ!」
「うおおおぉぉぉおおお!!」
一夏がすれ違い様に千冬擬きを切り裂く。
「ぎ、ぎ……ガ……」
ジジッ……と紫電が走り、黒いISが真っ二つに割れた。
すると割れ目からラウラが現れ、俺はそれを受け止める。
「……まったく。専用器持ちは皆、手のかかる奴らだ」
その声が聞こえたのか、一瞬だけラウラと目があった。
眼帯が外れ、あらわになった金色の左目と。
それはなんだかひどく弱っていて、捨てられた子犬のような眼差しのようだった。
助けて欲しいと、言っているように見えたのだ。
「一つ忠告しておくぞ。あいつに会うことがあれば、心は強く持て。あれは未熟者のくせにどうしてか、妙に女を刺激するのだ。油断してると惚れてしまうぞ?」
弟の話をするときの教官はひどく嬉しそうで、それでいてどこか照れくさそうで、なんだか見ているこちらがモヤモヤした。
──その気持ち、何だか分かるか?
ああ、今ならわかる。あれはそう、ちょっとしたヤキモチたったのだ。
それでつい、あんなことを訊いてしまった。
「教官も惚れているですか?」
「姉が弟に惚れるものか、馬鹿め」
照れ隠しにニヤリとした顔で言われて、私はますます落ち着かなくなる。
教官にこんな顔をさせるその男が──羨ましい。
──羨ましい、か。やっぱりな。
私は教官の言っていた『強さ』が分からなかった。
──分からな『かった』?
織斑一夏とだけではない。
他のいろんな奴と戦って分かったことだが、どれも一つとして同じものはなく、その答えは無数にあるのだということを知った。
──そうだ。人の数だけ答えがある。
──自分の思うままに組み立て、自分の思うままの強さを形作ればいい。
しかし、私はどんな強さを形作ればいいのだ?
──思うまま。そう言ったろ?
では、お前の強さとはなんだ?
──俺の強さ? うーん、『目指す強さ』かな。
目指す……強さ?
──俺には目標がある。挫けそうになるかもしれないけど、それを乗り越える強さだ。
何を目指しているのだ、貴様は?
──月だ。
月、だと?
──俺は俺の作ったISで月まで行くのが夢だ。
それは、壮大だな。
──ん、そうだ。もしお前が応援してくれるなら、俺もお前のことを応援してやるよ。お前がお前の望みを叶えられるように。
私の望み……か。
──それすらわかんないなら、まずは自分で好き勝ってやってみるこった。そうすれば自ずとやりたいことが見えてくる。
え、えっと……?
──……はぁ。じゃあまずは友人を作るところからだ。
──とりあえず、人間関係を作れ。話はそれからだ。
そんなことを言われてもな。
──じゃあ、まずは俺が友人第一号になる。
え? ……え?
──俺はお前の友人だ。異論は認めん!
な、なぜだ。なぜ貴様はそこまで私に……
──なぜ、って。放っとけないからさ。
どうしてだろうか。
私は今、暖かいもので包まれているような気がする。
大変落ち着ける。この感覚はなんだ?
──なに、ニヤついてんだよ。
私はニヤついていたらしい。
教官のようにか?
心臓が早鐘を打っている。
どうやら惚れてしまったらしい。
十六夜月夜という男に。
心を強く持っていたつもりだったが、とんだ不意打ちだ。