IS〈インフィニット・ストラトス〉いつか此の手に月を【凍結】   作:生そば

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~第七話~《その気持ち、その想い》(4)

「おーい、月夜ー。シャルルー」

 

「「────っ!?」」

 

 部屋の扉を叩く音がする。一夏が帰ってきたようだ。

 俺とシャルルはとりあえず部屋に戻り、着替えを用意し、それぞれのISの点検を『一応』しておいた。

 そう『一応』である。

 確かにどちらのISにも以上は見当たらなかったが、俺たちは自分達のISとは別のことを考えていた。

 

「おう、一夏。上がったのか」

 

「まあな。まだ浴場は空いてるから。入るなら早くした方がいいぜ」

 

「こっちも終わったところだ。しゃ、シャルル、行こうぜ」

 

「う、うん」

 

 一夏から鍵を受け取り、シャルルと共に大浴場へ。

 そう、大浴場へ行くのだ。

 俺たちはなるべく平穏を装って脱衣所に入ると、二人揃ってため息をついた。

 

「ど、とうしよう……かな」

 

 シャルルが申し訳なさそうに口を開く。

 

「どうしようって、シャルルが入ってこいよ。俺は誰も来ないように見張ってるから」

 

 俺も入りたいが、シャルルだって風呂に入りたいに決まっている。

 特に女子は臭いを気にする奴が多いのだから、風呂に入ってさっぱりしてくるといい。

 ちなみに俺は部屋のシャワールームで我慢するつもりです。

 

「そ、それなら僕が見張ってるよ。月夜は僕よりも頑張ってたんでしょ?」

 

「いや、それじゃあ──」

 

「じゃあ僕は見張ってるから!」

 

 そう言ってシャルルは入り口付近の棚の陰へ去った。

 強引ではあったが、そこまでするのなら断るのも悪い気がする。

 ちゃっちゃと入って、ちゃっちゃと出てこよう。

 

「ふぅ」 

 

 大浴場の感想。『広い』

 町の銭湯なんかとは全然違う。

 広くて、響いて、気持ち良くて。

 風呂に入ると色々なことを思い出す。

 

「VTシステム……か……」

 

 産みの親が言うのはどうかと思うが、危険極まりないシステムだ。

 レーゲンに搭載されていたのが未完成な物だったからかもしれない。

 VTシステムはもとから自立型なのだが、制御不可能になる訳ではない。

 本来の目的は千冬さんの動きを真似た敵でシュミレーションするための物だった。

 完成前に開発を禁止されてしまったので放棄してしまったが、まさか知らぬところで開発が進められていたとは。

 

「束さん……どこにいるんだよ」

 

 あの人は自由過ぎで困る。

 天才は奇人ということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜が風呂に浸かっている間、シャルルは脱衣所で待機している。

 しかし、シャルルは今すぐ大浴場に突入したいという思いと戦っていた。

 

「でも、部屋に帰っちゃったら言える自信がないし……」

 

 月夜に伝えたい想いを、今なら伝えられる気がする。

 だが、今は月夜が入浴中。

 後で部屋でなら、状況的には伝えららる。

 だが、シャルルの方が伝えられなくなる。

 

「入っちゃおう、かな……?」

 

(勢いに乗せれば大抵のことはできる。頑張れ、僕!)と自分に言い聞かせ、制服に手をかけた。

 

「よし、いこう!」

 

 物の数秒で制服を脱ぎ、タオルを体に当てて大浴場の扉を開けた。

 

「ん?」

 

 月夜がシャルルの侵入に気づく。

 

「つ、月夜……」

 

「しゃ、シャルら……!?」

 

 月夜が驚きのあまり噛んだ。

 それもその筈。タオルを当てていると言っても、所詮薄手のスポーツタオル。

 その向こう側の肌の色がうっすらと透けて見える。

 そして月夜の方から見ると、逆光のせいでボディラインがはっきりと見えている。

 

「あの、えっと……これは」

 

「……あ、あんまり見ないで。月夜のえっち……」

 

「わ、悪い!」

 

 月夜がシャルルに背を向ける。

 

「な、な、なんでここに? そとで見張ってるんじゃ」

 

「ぼ、僕が一緒だと、イヤ……?」

 

「べ、別にそういう訳じゃないんだが」

 

 背を向けた月夜が、聞こえないように円周率を数えていることを、シャルルは知らない。

 

「やっぱり、その、お風呂に入ってみようかなって。──め、迷惑なら上がるよ?」

 

「いや、それなら俺が上がるよ。シャルルは今入ってきたばかりじゃないか」

 

「ま、待って!」

 

 月夜がそそくさと出ていこうとするのを、シャルルが大声で止めた。

 

「そ、その、話があるんだ。大事なことだから、月夜にも聞いてほしい……」

 

「わ、わかった……」

 

 そう言われては仕方がない、と月夜は再び湯船に浸かる。

 しかし直視するわけにはいかないので、シャルルに背中を向けて浸かることにする。

 

「ホント言うとね。僕は……最初から君に秘密を知られたかったのかなって……」

 

 シャルルは俺と背中合わせに浸かり、恥ずかしそうに話す。

 

「あの時、バスルームのカギをかけなかったのは、心のどこかでそう思ってたからなのかもしれない。きっと、月夜には知っててほしかったんだ。僕が女の子だってこと」

 

 何か秘密を持っているとき、そしてそれを隠すとき。

 そんなときは、秘密の共有者がいると一人とは随分と楽になるものだ。

 

「他の人だったら……こうなってなかったと思う」

 

「俺もだ。シャルルだから助けたいと思った。じゃないと咄嗟にあんなこと言えないって」

 

 月夜は先日シャルルに向かって「助けてやる」って言ったのを思い出す。

 

「な?」

 

「う、うん……」

 

「あれ? でも、知られてもよかったってことは……」

 

「?」

 

「俺には裸を見られてもよかったってことにならないか?」

 

 部屋でのことも、今現在のことも。

 自分に裸を見せに来てるんじゃないかと思えてきた月夜は急に恥ずかしくなった。

 

「!?」

 

 シャルルが『ビクンッ!』と反応する。

 

「あっ、悪りぃ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 恥ずかしさから沈黙が続いてしまう。

 そしてそれが長引く程に次の言葉が出なくなってくる。

 すると、シャルルが背中を少し丸めて話し出す。

 

「その……前に言っていたこと、なんだけど」

 

「学園に残るって話か?」

 

「そ、そう。それ。僕ね、ここにいようと思う。僕はまだここだって思える居場所を見つけられていないし、それに……」

 

「それに?」

 

「…………」

 

 言葉が繋がらず、再び沈黙。

 浴場全体がしーんと静まりかえっている。

 

 ぴちゃーん。

 

「きゃあっ!?」

 

「ど、どうした!?」

 

 いきなりのかわいらしい叫び声に、月夜まで声が裏返る。

 

「す、水滴かま落ちてきて……びっくりしただけ」

 

「そ、そうか……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 そしてまた沈黙が続く。

 時折天井から落ちる滴が、妙に大きく感じられる。

 

 ちゃぷ……。

 

「しゃ、シャルル?」

 

 シャルルの背中が離れたかと思うと、ぴとっ……と、月夜の背中に手が触れてきた。

 その手は背中から胸へ。シャルルが後ろから月夜を抱き締める形になる。

 背中に華奢な体が密着して、月夜の鼓動が先程にも増して早くなる。

 

「月夜が、ここにいろって言ってくれたから。そんな月夜がここにいるから、僕はいたいって思えるんだよ」

 

「そう、なのか……」

 

 もはや円周率を数えることができない。

 シャルルの柔らかさが、体温が、互いに裸のため直に伝わってくる。

 

「シャルロット」

 

「はっ?」

 

「僕の本当の名前。僕のお母さんがくれた……」

 

「そ、そうか……」

 

「二人きりの時だけでも、そう呼んでほしいな」

 

「じゃあ、シャルロット?」

 

「うん、何?」

 

「────……」

 

「あれ、月夜?」

 

 ブクブクと言いながら月夜の体が湯船に沈んでいく。

 のぼせてしまったのだった。

 

「わーっ! 月夜、しっかりしてー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……まったく、月夜ったら」

 

 大浴場で気を失った月夜をなんとか部屋のベッドに運び込んだシャルロットは、盛大にため息をついた。

 その直後、浴場からここまでの経緯を思い出して顔を赤くする。

 そしてまたため息をつく。

 

「……きっと君は気づいてないよね」

 

 シャルロットはベッドの上で寝息を立てている月夜の顔を覗き込みながら微笑んだ。

 

「月夜のそんな優しさが、僕やみんなを誰かと繋いでくれてるって」

 

 暴走したラウラを必死に助けようとしたこと。

 自分に酷いことをしたシャルロットを許してくれたこと。

 シャルロットは知らないが、セシリアが自分はエリートだからと周囲から引いていた一線を破壊したこと。

 月夜は意図してか、誰かの心の解れた糸を掴み取り、それを自分のに括り付けてから、また別の誰かに括り付けて大きな輪を産み出しているようだった。

 

「今はまだ言えないけど、僕の本当の気持ち」

 

 シャルロットはそんな月夜に好意を抱いている。

 秘密の共有者ではなく、一人の女子として彼に接したいと思った。

 

「待っててね。いつかきっと……伝えて見せるから──……」

 

 そして、そっと月夜の額に唇を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、月夜。シャルルは?」

 

 翌日、シャルル──いや、シャルロットは俺と一緒に登校しなかった。

 

「さあ、なんか『先に行ってて』って言われた」

 

 何か用事があるみたいだったが、もうHRが始まるぞ。

 

「おはようございます。月夜さん。一夏さん」

 

「ああ、おはよう。セシリアさん」

 

「おはよう、セシリア」

 

「お二人とも聞きまして? またこのクラスに転校生が来るらしいですわ」

 

 転校生? それまた随分と急だな。

 IS学園にはよくあることなのか、転校生が多い気がする。

 

「本当?」

 

「新聞部の方から聞きましたので、嘘ではないかと」

 

 なるほど、それなら信用できる情報だ。

 

「またどこかの代表候補生とかかな?」

 

「そこまでは分かりかねますが」

 

 教室にいないのはシャルロットとラウラだ。

 ラウラの方は負傷や事情聴取か何かだろう。

 と、教室の扉が開き、生徒たちが各々の席へ戻る。

 

「み、みなさん、おはようございます」

 

 教室に入ってきた山田先生はなぜかふらふらとしている。

 いったいどうしたと言うのだろう。

 

「織斑君、何を考えているかわかりませんが、私を子供扱いしようとしているのはわかりますよ。先生、怒ります。はぁ……」

 

 覇気無く言われても、こっちが心配になるわけで……

 

「今日は、ですね……みなさんに転校生を紹介します。転校生といいますか、すでに紹介は済んでいるといいますか、ええと……」

 

 クラスが一斉に騒がしくなる。

 転校生とはいったい誰だろう。すごく気になります。

 

「じゃあ、入ってください」

 

「失礼します」

 

 あれ、この声は──

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 ぺこり、スカート姿のシャルロットが礼をする。

 一夏を始め、俺を除くクラス全員がぽかんとしたまま、これはどうもご丁寧にとばかりにぺこりと頭を下げ返す。

 

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです。はぁぁ……また寮の部屋割りを組み立て直す作業がはじまります……」

 

 なるほど、山田先生の憂いはそこにあったのか。

 

「え? デュノア君って女……?」

 

「おかしいと思った! 美少年じゃなくて美少女だったわけね」

 

「って、十六夜君、同室だから知らないってことは──」

 

「ちょっと待って! 昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

 

 ザワザワザワッ! 教室が一斉に喧噪に包まれ、それはあっという間に溢れかえる。

 ちなみに俺はというと机の間を縫って教室の外へ──

 バシーン! 教室のドアが蹴破られたかのような勢いで開く。

 

「一夏ぁっ!!!」

 

 どどんと登場。、凰鈴音。その顔は烈火の如く怒り一色。

 背後には昇竜が見える。

 

「死ね!!!!」

 

 ISアーマー展開、それと同時に両肩の衝撃砲がフルパワーで解放される。

 

「ちょっと待て、鈴音!」

 

 タイミングが悪かった。今俺は鈴音と一夏の間に位置している。

 つまり衝撃砲の射線上にいるわけで、しかも零式を展開する暇がなく──

 

 ズドドドドオンッ!

 

「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」

 

 鈴音は一夏を撃ったと思っているようだ。

 怒りのあまり肩で息をしている鈴音がいる。

 って、おい。俺生きてるぞ?

 

「…………………」

 

 間一髪、だったのかはどうかはわからないが、俺と鈴音との間に割って入ったのは──なんとあのラウラだった。

 その体には黒いIS『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏っている。

 おそらく衝撃砲を得意のAICで相殺したのだろう。

 

「ありがとう、ラウラ。感謝する。……もう大丈夫なのか?」

 

「私を誰だと思っている? ラウラ・ボーデヴィッヒだ。そして、お前の亭主だ」

 

「はっ──むぐっ!?」

 

 いきなり。である。

 いきなり、俺はぐいっと胸ぐらを掴まれ、ラウラに引き寄せられ、そしてあろうことか──唇を奪われた。

 

「!?!?!?!?」

 

 ラウラの顔が真っ赤だ。真っ赤っか。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

 

 先日、俺の言葉をそのまま返してきた──って、おい。

 

「嫁ってなんだ。俺は男だぞ?」

 

「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

 何だそりゃ。意味がわからん。

 

「────っ!?」

 

 ビシュンッ──!

 

 鼻先をレーザーがかすめる。おそるおそる俺はそちらに顔を向けた。

 

「あらら、月夜さん? どこかにおでかけですか? わたくし、実はどうしてもお話ししなくではならないことがありまして。ええ、突然ですが急を要しますの。おほほほほ……」

 

 怒っていらっしゃる。セシリアさん、何をそんなに怒っているんだ?

 その手に握るは《スターライトmkⅢ》。

 背中には今まさにビットが光の粒子から形成されているところであった。

 遅れて、ISアーマーが身を包み込む。

 

「やべっ!?」

 

 俺は廊下へと脱出を諦め、窓へと向かう。

 ここは二階だから飛び降りてもたぶん大丈夫。

 最悪、零式を展開すれば飛んで逃げることも──

 

 ぼすっ。

 

「?」

 

 何か──もとい、誰かとぶつかった。

 いや誰だかは分かる。

 

「…………」

 

 エンジェルスマイルを浮かべるシャルロットだった。

 

「にこっ」

 

「に、にこっ」

 

「月夜って他の女の子の前でキスしちゃうんだね。僕、びっくりしたな」

 

「うん、俺もびっくりした。初めてを奪われちゃったよ。そんなことより、シャルロットは何故ISを起動させてるのかな?」

 

「なんでだろうね?」

 

 パンッ! と軽く炸薬の弾ける音が響いて左腕の盾がパージされる。

 そこにあるのは六九径パイルバンカー《灰色の鱗殻》。

 通称『盾殺し』。

 

「は、はは、ははは……」

 

「月夜!」「一夏!」

 

 俺が窓に逃げようとするのと、一夏が窓に逃げるのは同時だった。

 

 ドカアアアアアアンッ!!!

 

 その日のホームルームは轟音と爆音、そして絶え間のない衝撃でクラスが文字通り揺れた。

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