IS〈インフィニット・ストラトス〉いつか此の手に月を【凍結】   作:生そば

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第三章《第二移行=Twin Drive=》
~第八話~《落ち着け平常心》(1)


 

「ゴメンね、手伝ってもらっちゃって」

 

「気にするな」

 

 放課後の廊下、赤い夕日が差し込む中を、月夜とシャルロットが並んで歩いていた。

 ふたりとも、その手には今月の学校行事・臨海学校について書かれたプリントを持っている。

 

「でも、よかったの? 今日はセシリアたちと街に行く予定だったんでしょ?」

 

「水着選びだったかな。まあ、シャルロットがいないなら行っても仕方無いし」

 

「えっ?」

 

「分からないか? 俺は好きな奴──シャルロットと一緒にいたいって意味で言ったんだが?」

 

 そう言った月夜はシャルロットに優しく微笑みかける。

 そしてそっと片手をシャルロットの頬に触れさせる。

 

「月夜……」

 

「シャルロット……」

 

 ふたりしかないない廊下でお互いに相手だけを写した瞳。

 月夜がゆっくり顔を近付けてくる。

 オレンジ色の光景の中、ふたりの影が徐々に重なって──

 

「──あ、れ?」

 

 ぼーっとした頭で状況を確認する。

 場所はIS学園一年生寮の自室。時刻は早朝六時半。

 

「………………」

 

 シャルロットはまだはっきりとしない意識のままだったが、二回まばたきをしたところでやっと現状を把握した。

 

「夢……」

 

 はぁぁぁぁ……っと深く深く深海二万マイルほどのため息が漏れる。

 

(ああ、せめてもう十秒くらい見ていれば……)

 

 夢の残骸に思いを馳せ、その名残を惜しむ。

 目が覚めると急速に失われていく夢の内容も、その執着からかなかなか消えずに手元に残っていた。

 それを、お気に入りのビデオを見るような感覚で、もう一度頭の中で再生をする。

 

「………………」

 

 ぼっ、とシャルロットが赤くなった。

 意識がはっきりとするにつれ、夢の内容が途端に恥ずかしくなってくる。

 

(が、学校の廊下で、なんて……)

 

 しかし、文字通り夢見心地だった。

 胸に手を当てると、ドキドキと早鐘を打っているのがわかる。

 

(ぼ、僕は何を考えてるんだろうね……)

 

 先月の学年別トーナメント以降、本来の性別に戻ったシャルル・デュノアことシャルロット・デュノアは、今はもう月夜とは別の部屋になっている。

 けれど、一週間に二回くらいは今のような夢を見て、違うとわかっているのに隣のベッドに月夜の姿を求めて視線をやるのだった。

 

「あれ?」

 

 隣のベッドにルームメイトの姿が、ない。

 それも、起きてどこかに行ったというのではなく、最初からそのベッドは使った形跡がない。

 

「……まあ、いいや」

 

 それよりも夢の続きである。

 今すぐ眠りにつけば、もしかしたら続きから見れるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いて、シャルロットはまた眠りにつこうとまぶたを閉じた。

 

(でもせっかく夢なら、もうちょっとエッチな内容でも僕は全然構わな──)

 

 …………。

 

「な、何を言ってるんだろうね、僕はっ」

 

 カーッと赤くなった顔を隠すように頭のてっぺんまで布団を被ると、ドキドキと高鳴る心臓をなだめるのに苦心するシャルロットだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チュンチュン……。

 

「……落ち着け平常心」

 

 今朝の月夜の一言がそれである。

 何があったのか。それは月夜のベッドの中を見れば明らかだ。

 

「……ん、もう朝か……?」

 

 月夜の朝は早い。

 月夜はいつも早めに起きて零式の調子を見る。

 そのはずだったのだが、起きてみれば何故か自分の毛布にラウラ・ボーデヴィッヒが寝ているではないか。

 学年別トーナメント以降、シャルロットと同室であると月夜は記憶している。

 それは間違いではない。では何故彼女がここにいるのか。

 ラウラは月夜が寝ている隙に添い寝をしていたのだ。

 

「おい、ラウラ」

 

「なんだ、嫁」

 

「……なんて格好してるんだ」

 

 ラウラは一糸纏わぬ──つまり全裸──だった。

 眼帯とラウラのIS《シュヴァルツェア・レーゲン》の待機状態以外。

 

「兎に角全裸は不味い。隠せ」

 

 月夜が毛布を押し付けるが、ラウラは首を傾げて不思議そうに問う。恐らく天然。

 

「夫婦とは包み隠さぬ物だと聞いたが?」

 

「誰だ、そんな事を言ったのは!」

 

「シュヴァルツェ・ハーゼ副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉。私の部下だ」

 

「ドイツ軍のクラリッサ……」

 

 その時、月夜はとある女性の笑い声を思い出す。

 

 ──『フウハハー!』

 

「あの腐女子めぇ……」

 

 月夜とドイツ軍との関係はまた別の話。

 それよりも今は目の前の状況をどうにかしなくてはならない。

 

「どうした、嫁よ」

 

「とりあえず何か着ろ!」

 

「ん、月夜……もう朝か?」

 

 月夜の隣のベッドの主『織斑一夏』が起きてきた。

 シャルロットが女に戻り、部屋割りが変わって、当然ながら月夜と一夏が同じ部屋になった。

 

「い、一夏──見るなっ!」

 

 月夜はベッドから飛び起きて自分の枕で一夏の顔を覆う。

 

「月夜!? 何をっ」

 

「ラウラ、ほらっ。早く何か着ろ!」

 

「制服以外は軍服しか持っていなくてな。寝るときは何も着ていない」

 

「じゃあ、ここまでどうやって来た?」

 

「全裸だが?」

 

「服を着ろ、服を!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参りましたわね……」

 

 セシリア・オルコットは危機感を覚えていた。

 理由はそう。彼女の恋愛対象である十六夜月夜の近くに二人もライバルが出現したからだ。

 片方は先日のHRで強引にもキスを奪った。

 もう片方は短い間とは言え、彼との相部屋で過ごしていた挙げ句、一緒に風呂に入っていた。

 セシリアを含む鈴音、箒、ラウラの四人の尋問により、シャルロット・デュノアと風呂に一緒に入ったのは月夜だけだったということが判明。

 そして直後、セシリアとラウラによる月夜への砲撃が始まった。

 現在はその翌日に当たる。

 

「どうしましょう……」

 

 セシリアは焦っていた。

 理由はそう。セシリアだけは呼び方が『さん付け』であるからだ。

 周囲の皆は呼び捨てで呼んでいるのに、自分だけが一線引かれているようだ。

 

「あ、いましたわ。月夜さん!」

 

「あ、セシリアさん。おはよう」

 

「おはようございます。月夜さん、お疲れですか?」

 

「いや、何でもないんだ」

 

 朝食へ向かう月夜を見つけたセシリア。

 周囲には誰もいないことを確認し、月夜の隣を歩く。

 

「あの、その……月夜さん?」

 

「ん、何?」

 

「えっと、前からずっと気になっていたのですが。なぜわたくしだけ『セシリアさん』ですの?」

 

「ああ、確かにセシリアさんにだけ『さん付け』だ」

 

「ええ、ですからわたくし、月夜さんに一線引かれてるような気がして……」

 

「そんなことはないさ。『セシリアさん』って呼び方が気に入らないなら『セシリア』にするけど?」

 

「そんな無理しなくてもよろしいのですよ?」

 

「無理なんかじゃないさ。セシリア」

 

 セシリア。セシリア。セシリアセシリアセシセシセセセセ……

 

「は、はひ。月夜さん」

 

 セシリアの中で月夜の声がエコーのように繰り返された。

 

(不意打ちなんて卑怯ですわ。でもやっと呼び捨てで呼んでもらえました)

 

「セシリアは朝食はまだなのか?」

 

「え、ええ。宜しければご一緒に……」

 

「うん、行こっか」

 

 ぱあっ とセシリアは嬉しそうな顔をして月夜の隣を歩く。

 恋愛成就までまた一歩前へ進めたことで、セシリアの胸はいっぱいだ。

 だが、呼び捨てにしてもらったと言っても、他のライバルはすでに呼び捨てられているのだから、ようやく同じスタートに立てたくらいだろう。

 

(い、今なら……もう一歩くらい)

 

「ん、セシリア?」

 

 月夜がセシリアが近付いてきたのに気づく。

 しかしその時にはもう、月夜とセシリアの距離は無くなっていた。

 

「これくらいは許してくださいな。紳士は淑女をエスコートするものでしてよ」

 

 セシリアは月夜の腕に自分の腕を組む。

 端から見たら二人はカップルに見えることだろう。

 

「じゃあ、参りましょうか。オルコット嬢……って、何だこりゃ」

 

 自分のキャラではないと悟った月夜は照れ隠しに頬をかじる。

 今日は日曜日。IS学園は休み。

 生徒たちは学園の外へ出掛けたり、ISの訓練をしたり、各々の休日を過ごしていた。

 さらに幸運なことには、現在この場にセシリアと月夜しかいないということだ。

 つい最近ライバルとなったシャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒはどこにいるのかはわからないが、今のセシリアには知ったことではなかった。

 初恋の相手の側にいられる。それだけで嬉しいのだから。

 

「嫁」

 

「うおっ……ラウラじゃないか」

 

 学食へ入ると、背後からぬっとラウラが出てきた。

 

(いかん、今朝の記憶が。)

 

「貴様は何をしている?」

 

「何をって、……エスコート?」

 

「何故疑問形なんですの?」

 

(なぜだろう)

 

「私の嫁から離れろ!」

 

「あら、紳士は淑女をエスコートするものでしてよ?」

 

「そうか。では──」

 

「えっ、ラウラ?」

 

 セシリアの真似をして、ラウラは月夜の腕に抱きつく。

 その顔はどこか満足気だ。

 

「えっと、二人とも。これじゃ歩きづらいんだが」

 

「「紳士は淑女をエスコートするものでしてよ(なのだろう?)」」

 

 どうにも二人は離す気は無いらしい。

 月夜はため息を漏らしながら、二人を(仕方無く?)エスコートする。

 

「あ、そうだ。二人とも?」

 

「なんだ?」「なんでしょう?」

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