IS〈インフィニット・ストラトス〉いつか此の手に月を【凍結】 作:生そば
「海っ! 見えたぁっ!」
トンネルを抜けたバスの中でクラスの女子が声を上げる。
臨海学校初日、天候にも恵まれて無事快晴。
陽光を反射する海面は穏やかで、心地よさそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。
「おー。やっぱり海を見るとテンション上がるなぁ」
バスで隣の席になったのは一夏だった。
はじめは誰が一夏、もしくは俺の隣に座るかで色々あったのだが、一夏が俺を誘ったことで終結した。
まあ、皆仲良くってことで。
「俺は海見るのも久しぶりだな」
「そうなのか?」
「ずっと束さんとISの研究してたから」
「そう言えばあの人どこにいるんだろう」
それは俺も知りたい。
久しくあの人の声を聞いてないと、物寂しく感じる俺がいる。
「箒、何か知らないか?」
と、前の席に訪ねてみるが返事がない。
「……なんだ。箒は寝てるのか」
今日が楽しみで寝られなかったとか?
そんなことないか。箒に限って。
「コホン。人の寝顔を見るのはあまり良くないよ?」
箒の隣に座っているシャルに注意された。
「そうですわ、月夜さん」
「そうだぞ、月夜」
後ろの席にはセシリアとラウラがいる。
ちなみに鈴音はいない。このバスは一組のバスだから、すぐ後ろを追走する二組のバスの中にいるだろう。
「ん、なんだ。着いたのか?」
「おはよう、箒」
「うむ、寝てしまったようだな」
「もうすぐ着くぞ」
「向こうに着いたら泳ごうぜ。箒、泳ぐの得意だったよな」
「そ、そう、だな。ああ。昔はよく遠泳をしたものだな」
昔っていつの事だよ。
箒が一夏と一緒にいたのは小学生の時だよな?
まあ、千冬さんもいたんだろうが。少し心配になる。
「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」
千冬さんの言葉で全員がさっとそれに従う。
今日の指導能力は抜群だ。
言葉通りほどなくしてバスは目的地である旅館前に到着。
四台のバスからIS学園一年生がわらわらと出てきて整列した。
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」
「「「よろしくお願いしまーす」」」
千冬さんの言葉の後、全員で挨拶をする。
この旅館には毎年お世話になっているらしく、着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をした。
「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」
三十代くらいといったところか。しっかりとした大人の雰囲気を漂わせている。
仕事柄笑顔が絶えないからなのか、その用紙は女将という立場とは逆にすごく若々しく見える。
「あら、こちらが噂の……?」
ふと、俺と一夏を見た女将さんが千冬さんに尋ねる。
「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」
「いえいえ、そんな。それに、いい男の子たちじゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」
「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者ども」
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」
「十六夜月夜です。よろしくお願いします」
「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」
そういって女将さんはまた丁寧なお辞儀をする。
その動きは先ほどとおなじく気品のあるものだった。
「何、緊張してんだよ。一夏」
「う、うるせっ……」
「不出来の弟でご迷惑をおかけします」
「あらあら。織斑先生ったら、弟さんにはずいぶん厳しいんですね」
「いつも手を焼かされていますので」
「それじゃあ皆さん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」
女子一同は、はーいと返事をするとすぐさま旅館の中へと向かう。
とりあえずは俺も荷物を置いてこなければ。
ちなみに初日は終日自由時間。
食事は旅館の食堂にて各自とるようにと言われている。
「ね、ね、ねー。おりむ~、ツッキー」
この独特の呼び方はのほほんさんだ。
本名は布仏本音で、略すとちょうど『のほほん』さんになるのだが、始めにのほほんさんと呼んだのは一夏だ。
当時の一夏はのほほんさんの名前を覚えておらず、眠たそうにしている顔や、雰囲気からそう呼んだらしい。
なんという偶然だろうか。
「ん、何?」
振り向くと、例によって異様に遅い移動速度でこっちに向かってきていた。
「二人の部屋ってどこ~? 一覧に書いてなかったー。遊びに行くから教えて~」
その言葉で周りにいた女子が一斉に聞き耳を立てるのがわかった。
あれ、これ正直に答えると何人もの女子に押し掛けられる羽目になるのか?
まあ、正確な所は知らないんだが。
山田先生から別の部屋が用意されると聞いている。
「いや、俺も知らない。廊下にでも寝るんじゃねぇの?」
「わー、それはいいね~。私もそうしようかなー。あー、床つめたーいって~」
夏だからと言っても、流石に風邪引くぞ。
「織斑、十六夜、お前たちの部屋はこっちだ、
ついてこい」
のほほんさんに「またね」と言って別れて、千冬さんについていく。
すると教員室と書いた紙が貼られた扉の前で止まる。
「織斑はここ。十六夜はその隣だ」
「え、でもここって」
「織斑は私と、十六夜は山田先生と同室だ。はじめは男子二人で一部屋にする予定だったが、それでは就寝時間を守らない女子が押し掛けてくるだろうということになってだな」
それも学校の旅行の醍醐味であると俺は主張したい。
実際にいつの時代でも就寝時間を守る生徒はどれだけいるか。
それはきっと執心時間を守る生徒の数を数える方が圧倒的に簡単な筈だ。
よって、俺が何を言いたいかというと──
「お前たちも時間を守れよ?」
──織斑先生に逆らえない、ということです……はい。
「あ、織斑先生、織斑君、十六夜君」
「山田先生、こいつをお願いします」
そう言って千冬さんは俺を山田先生に押し付ける。
まあ、『織斑先生』と同室でないだけリラックスはできそうだ。
久しぶりに『千冬さん』と話してみたいものだ。
「じゃ、一夏。荷物置いたらさっそく海行こうぜ」
「おう、そうだな」
「あ、セシリアだ」
「月夜さんはこれから海へ?」
「うん、まあね」
着替える前にちょっとトイレに行こうとしたところで、セシリアに会った。
「わたくしも海へ行こうと思っているのですが。そ、そこでですね」
こほんこほんと咳払いをするセシリア。
落ち着かせたかったのか知らないが、全然落ち着けてない様子だ。
「せ、背中はサンオイルが塗れませんから、月夜さんにお願いしたいのですけど……よろしくて?」
「え、俺が? と、友達に塗ってもらうとかは?」
「え、ええまあ、そうですけど、できれば……その、月夜さんに……」
オイルを塗るってことは、ほら、あれだろ?
女の子の素肌に触るってことだろ?
それも手とかではなく、セシリアがいっていた通り背中だ。
「ぬ、塗らないとかは──」
「却下です!」
冗談です。はい。
「ん、まあ、それくらいならいいよ」
「ほ、本当ですね!? 後からやっぱり無しは認めませんわよ?」
そんなに日焼けしたくないならジャージ着てるとか日陰にいればいいのに、という意見は無視だ。
最近の水着は泳ぐ為だけじゃなくて、見せるためでもあるからな。
じゃあセシリアは誰に見せるんだろうか……まあ、いいか。
「じゃた、また後でね」
「ええっ。また後で!」
こくんこくんと深く二回うなずいて、セシリアは別館へ向かって走っていった。
俺はすぐに用を済ませ、別館へと向かう。
当然だが男子である俺と一夏は別館の更衣室でも一番奥を使用するようにと言われている。
ちなみにその別館からは直接浜辺に出られるようになっていで、これまた当然ながら女子の更衣室の前を横切ることになる。
勿論中は見えないのだが、中から聞こえるきゃいきゃいとした黄色い声は外に漏れている。
「わ、ミカってば胸おっきー。また育ったんじゃないの?」
「きゃあっ! も、揉まないでよぉっ!」
「ティナって水着だいたーん。すっごいね~」
「そう? アメリカでは普通だと思うけど」
いったいどんな水着なのだろう。
そんなことを考えてしまうのは俺が男だからである。
同じ男なら同感してほしい。
と、やや早足でその場を立ち去り、男子更衣室へ。
すると、一夏がちょうど着替え終わったところだった。
「月夜か。遅かったな」
「トイレ行ってた。先に行ってこいよ。すぐ行くから」
「いや、すぐなら待ってるから」
「そっか」
さっと着替えを済ませて一夏とともに浜辺へ。
するとちょうど隣の更衣室から出てきた女子数人と出会う。
各人、可愛い水着を身に付けていて、その露出度にやや照れてしまう。
「あ、織斑君に十六夜君だ!」
「う、うそっ! わ、私の水着変じゃないよね!? 大丈夫だよね!?」
「わ、わ~。織斑君の体かっこい~。鍛えてるね~」
「こう見ると、やっぱり十六夜君が受けよね」
「あとでビーチバレーしようよ~」
「おー、時間があればいいぜ」
「う、うん。時間があればね」
途中に何かおかしなのが混じっていたような気がしたが、きっと気のせいだ。そうに違いない。