IS〈インフィニット・ストラトス〉いつか此の手に月を【凍結】 作:生そば
箒とそのISに言葉を失っている中、千冬姉だけはまるで敵でも見ているような顔をしていた。
どうしたんだよ、千冬姉……。
「たっ、た、大変です! お、おお、織斑先生っ!」
いきなりの山田先生の声に、千冬姉は鋭い視線をやめて向き直る。
いつも慌てている山田先生だが、それにしても今回はその様子が尋常じゃない。
「どうした?」
「こ、こっ、これをっ!」
渡された小型端末の、その画面を見て千冬姉の表情が曇る。
「特命任務レベルA、現時刻より対策をはじめられたし……」
「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼働をしていた──」
「しっ。機密事項を口にするな。生徒たちに聞こえる」
「す、すみませんっ……」
「専用機持ちは?」
「ひ、ひとり欠席していますが、それ以外は」
なにやら、千冬姉と山田先生は小さな声でやりとりをしている。
しかも、数人の生徒の視線に気がついてか、会話ではなくなんと手話でやりとりを始めた。
普通の手話ではなく、軍関係の手話かもしれない。
「…………っ」
ふと月夜が目に入ったのだが、その顔はISでの戦闘中にも見たことないほど険しかった。
きっとあの手話の意味がわかっているに違いない。
「そ、そ、それでは、私は他の先生たちにも連絡してきますのでっ」
「了解した。──全員、注目!」
山田先生が走り去った後、千冬姉はパンパンと手を叩いて生徒全員を振り向かせる。
「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」
「え……?」
「ちゅ、中止? なんで? 特殊任務行動って……」
「状況が全然わかんないんだけど……」
不測の事態に、女子一同はざわざわと騒がしくなる。
しかしそれを、千冬姉の声が一喝した。
「とっとと戻れ! 以後、許可無く室外に出たものは我々で身柄を拘束する! いいな!!」
「「「はっ、はいっ!」」」
全員が慌てて動き始める。
接続していたテスト装備を解除、ISを起動終了させてカートに乗せる。
その姿は今までに見たことのない怒号に怯えているかのようでもあった。
「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑、十六夜、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰! ──それと、篠ノ之も来い」
「はい!」
妙に気合いの入った返事をしたのは今し方俺の隣に降りてきた箒だった。
そうか、箒もこれで専用機持ちになったんだよな。
でも大丈夫なのか……?
なぜだか俺はそんな不安に駆られて、一人胸がざわつくのだった。
「では、現状を説明する」
旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間では、俺たち専用機持ち全員と教師陣が集められた。
証明を落とした薄暗い室内に、ぼうっと大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『
俺の後ろで千冬さんが作戦の説明をしている。
俺はというと、大急ぎで零式打鉄のコアを参型に移している最中。
大丈夫。作戦の内容は聞こえてるから。
暴走した軍用ISを俺たちが止めろってことらしい。
「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
「わかった。ただし、これらは二ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」
俺も見ろ、と言わんばかりに目の前に福音のデータが映し出された。
なるほど、なるほど。
広域殲滅を目的とした特殊射撃型、攻撃──主に射撃と機動を特化した機体か。
近接戦闘における福音の戦闘能力が未知数だが、こっちの近接戦闘型は白式と零式参型だけだ。
この任務を俺たちがやるなら、単独での突撃は無いだろうし、俺が福音なら近接戦闘を避けて遠距離射撃による戦闘を選ぶだろう。
「偵察は行えないのですか?」
ラウラの問いに千冬さんが答える。
「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」
「一回きりのチャンス……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力をもった機体で当たるしかありませんね」
山田先生の意見から、選ばれるのは一夏の白式か。
フルパワーの零落白夜しかないだろう。
とすると、白式のエネルギーはすべて雪片につぎ込むわけだから、誰かがそこまで白式を運ばなくてはならない。
「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」
「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし、超好感度ハイパーセンサーもついています」
「俺の零式参型もいけます。今し方コアの移植も終わった所です。ただ、参型で実際にトランザムは使用したことないですが」
「……オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」
「二〇時間です」
「ふむ……。それならば適任──」
だな、と言おうとした千冬さんを、いきなり底抜けに明るい声が遮る。
「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」
しかも、声の発信源は天井から。
全員が見上げると、部屋のど真ん中の天井から束さんの首がさかさに生えていた。
「……山田先生、室外への強制退去を」
「えっ!? は、はいっ。あの、篠ノ之博士、とりあえず降りてきてください……」
「とうっ★」
くるりんと空中で一回転して着地。
その軽やかな身のこなしはサーカスのピエロも顔負けだ。
「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の中にナウ・プリンティング!」
「……出て行け」
「待ってください、織斑先生。束さんの話を聞いてみるだけ聞きいてくださいませんか?」
「つっくんの言う通り! この束さんの作戦をリスニング・プリーズ!」
千冬さんは基本的に束さんの言葉をスルーしようとするが、束さんの提案は確かに役に立つ。
そもそも束さんの思考回路が常人のそれではないのだ。
「はいはい、紅椿のスペックデータ見てみて! パッケージなんか無くても超高速機動ができるんだよ!」
束さんの言葉に応えるように数枚のディスプレイかわ千冬さんを囲むようにして現れる。
「紅椿の展開装甲を調整して、ほいほいほいっと。ホラ! これでスピードはばっちり!」
「束さん、展開装甲って?」
回りの疑問を代表して質問する。
「おや~? 発案者が何言ってるのかな?」
『!?!?!?』
え、何だって?
「え、月夜が発案者?」
一夏が声を漏らした。
「説明しましょ~そうしましょ~。展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型のISの装備なんだよー」
『!?!?!?!?』
先程以上に回りが驚く。
それもその筈。現在、各国で第三世代型ISの開発に躍起になっている中、束さんは第三を飛ばし第四世代型ISを『紅椿』によって完成させたと言ったのだ。
「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始~。いっくんのためにね。へへん、嬉しいかい? まず、第一世代というのは『ISの完成』を目標とした機体だね。次が、『た後付け武装による多様化』──これが第二世代。空間圧作用兵器にBT兵器、あとはAICとか色々だね。……で、第四世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』といあ、現在絶賛机上の空論中のもの。はい、いっくん理解できました? 先生は優秀な子が大好きです」
「は、はぁ……。え、いや、えーと……?」
「ちっちっちっ。束さんはそんじょそこらの天才じゃないんだよ。これくらいは三時のおやつ前なのさ!」
朝飯前じゃなく?
「具体的には白式の《雪片弐型》に使用されてまーす。試しに私が突っ込んだ~」
「「「え!?」」」
本日何度目の驚きだろうか。
零落白夜発動時に開く《雪片弐型》の、その機構がまさにそれだったとは。
しかも、言葉通りに受けとるなら『白式』自体も第四世代型ということになる。
「それで、うまくいったのでなんとなんと紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼働時にはスペックデータはさらに倍プッシュだ★」
「ちょっ、ちょっと待ってください。え? 全身? 全身が、雪片弐型と同じ? それって……」
「うん、無茶苦茶強いね。一言でいうと最強だね」
皆が皆、目の前の篠ノ之束という存在に度肝を抜かれていた。
助手として鼻が高いものだ。流石天才だ。
「ちなみに紅椿の展開装甲はより発展したタイプだから、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えか可能。これぞ第四世代型の
しーん。場の一同は静まり返って言葉もない。
「はにゃ? あれ? 何でみんなお通夜みたいな顔してるの? 誰か死んだ? 変なの」
「それで、束。何で月夜が発案者なんだ?」
こんな空気の中切り出すなんて千冬さん、けっこう神経図太いですね。
「皆は見たんじゃなかったのかな? つっくんの零式参型には展開装甲のプロトタイプが使われてるんだよ」
正直に言おう。
展開装甲というのは、俺がセシリアとのクラス代表決定戦で使った未完成の機能である《無月》のための参型に使用された機構の発展型だ。
参型が
当時は装甲内部にGN粒子放出機構を搭載するために装甲を開くようにしたのだが、束さんがそれを応用して非実体装甲発生機構に改造したのだろう。
つまり『発案者』というのは『ヒントをくれた』という意味なのだ。
それを説明したところ、遂に千冬さんが眉間に手を当ててしまった。
「──束、言ったはずだぞ。やりすぎるな、と。そして十六夜もだ」
「そうだっけ? えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~」
熱中するだけで第四世代型を開発しちゃうって規格外すぎるでしょうが。
「あ、でもほら、紅椿はまだ完全体じゃないし、そんな顔しないでよ、いっくん。いっくんが暗いと束さんはイタズラしたくなっちゃうよん──つっくんに」
「え、何で俺?」
「まー、あれだね。今の話は紅椿のスペックをフルに引き出したら、って話だからね。でもまあ、今回の作戦をこなすくらいは夕飯前だよ!」
超余裕! っていう訳ではないらしい。まあ、当然か。
「話を戻すぞ。……束、紅椿の調整にはどれくらいの時間がかかる?」
「お、織斑先生!?」
驚いた声をあげたのはセシリアだった。
専用機持ちの中でも高機動パッケージを持っているのが自分だけだったため、イギリス代表候補生として見せ場を作りたかったのだろう。
「わ、わたくしとブルー・ティアーズなら必ず成功してみせますわ!」
「そのパッケージは
「そ、それは……まだですが……」
痛いところを突かれたのか、勢いを失ってもごもごと小声になってしまうセシリア。
それと入れ替わるかのように束さんが天真爛漫な笑顔で口を開いた。
「ちなみに紅椿の調整時間は七分あれば余裕だね★」
「織斑先生、俺は?」
「そうだな──」
「あいや待った!」
またしても束さんが千冬さんの思考を遮り、千冬さんを苛立たせる。
「つっくんには、こっちの相手をしてもらったほうがいいと思うんだよ」
そう言いながらディスプレイに映したのは、超広範囲レーダーだった。
ある一点には『silverio gospel』と書かれた福音の反応が一直線に動いていて、別の方向にはなんと通信不能領域というエリアが福音に接近している最中だ。
「ジャミング性能を持った何かだろうね。で、つっくんにはこの謎の敵の撃墜もしくは足止めをお願いね」
決定事項のように話してくれるが、そういうことなら確かに俺はそっちの方がいいかもしれない。
「よし。では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。十六夜には現在接近中のアンノウンの撃墜もしくは足止めを命じる。作戦開始は三〇分後。各員、ただちに準備にかかれ」
ぱん、と千冬さんが手を叩く。
それを皮切りに教師陣はバックアップに必要な機材の設営をはじめた。
「手が空いているものはそれぞれ運搬など手伝える範囲で行動しろ。作戦要員はISの調整を行え。もたもたするな!」
『はい!!!』