IS〈インフィニット・ストラトス〉いつか此の手に月を【凍結】 作:生そば
放課後の第三アリーナ。
セシリアさん、一夏、俺の三人でIS操縦の訓練をする予定だったが、そこになんと打鉄を装着した箒がいた。
「では一夏、はじめるとしよう。刀を抜け」
「お、おうっ」
「ちょ、ちょっと待てよ箒」
「なんだ」
「なんだじゃない。お前がやるのか?」
「当然だ。それに、近接格闘戦の訓練が足りていないだろう。私の出番だな」
いや、正直言って箒には任せられる気がしない。
なぜなら、箒の教え方が意味不明だからだ。
「操縦を教える時に『くいっ』とか『どんっ』とか擬音語で説明する人間を俺は信用できない」
「こ、これからは実戦訓練だ!」
「ほう……。俺の零式も一応近接格闘型なんだが?」
「私は一夏にどうしてもと頼まれている」
「なら勝負しようぜ。剣道では勝負する機会はなかったけど、今なら時間がある。その間、セシリアさんに一夏の操縦の練習を頼めばいい」
一夏に今必要なのは近接格闘術よりも、自分のISを思い通りに動かせるようになることだ。
ISの性能に頼らず、自分の技量でISを自分の手足のように動かせるようになること。
その点に置いては俺も一夏と一緒にセシリアさんに教えてもらいたいくらいだ。
だからこそ、放課後にこうして集まっている。
いくら一夏に一途な箒と言えど、邪魔はさせん。
「何を勝手に!」
「どちらの近接格闘術が優れているのか、決めようじゃないか。俺に負けるようじゃ一夏に教えるもなにもないだろ」
ちょうどいい。零式打鉄の性能テストだ。
「ええい、邪魔な! ならば斬る!」
「上等だ! セシリアさん、頼んだ!」
箒の斬撃を受け止めながら、セシリアさんに指示を出す。
「月夜さんの頼みとあっては断れませんわね」
「行くぞ、箒ぃ!」
零式打鉄のスラスターが、戦闘開始だとばかりに粒子を撒き散らす。
「ったく、箒が量産型であそこまで戦えるとは」
セシリアさんは一夏にちゃんと教えられたのだろうか。
ピットに戻るとき、一夏は難しい顔をしていた。
そう言えばセシリアさんの教え方は難しすぎるものだった気がする。
擬音後よりはそっちのほうがまだ分かりやすいと思うが、今考えるとどっちもどっちだった気がする。
「ん、十六夜か」
寮の廊下を歩いていると、織斑先生に遭遇した。
「改造ISをもう動かしたようだな」
「零式打鉄です。まあ、GNコアドライヴの稼働データが取れるだけで満足です」
「そうか」
GNコアドライヴは稼働データが取れれば取れるだけいい。
経験によりドライヴの出力を生かした武装の開発が捗るのだから。
「お前があのようなシステムを開発しているとは驚きだった」
あのようなシステムとは《無月》のこと。
複雑なISのシステムをジャックすることができるのは普通のウイルスではないからである。
これに関しては俺すら100%の解答を用意することはできない。
「まだまだ研究しなければならない対象です」
《無月》はGN粒子が対象の内部に入り込むことで何らかの理由から零式を通した操縦者の指令が届くようになるというもの。
ロック機能の一時的な麻痺もそれの仮定であると推定している。
システムの主導権が零式の操縦者に渡るために一度リセットされるのだ。
しかし、ISのシステムは本当に複雑にできている。
これに入り込むのはどういうことか。
今の仮定だと零式その物にジャック機能があるわけではなく、GN粒子にあるということになる。
つまりGN粒子は操縦者の脳波を伝える性質があるということだ。
ここまではわかった。
わからないのは、GN粒子が何故人の脳波を伝える性質を持っているのかということだ。
「束さんに会いたいなぁ……」
束さんの力を借りれば、見えてくるものがあるかもしれない。
「束とは連絡は取れないのか?」
「まったく取れません。アドレスも変えたみたいですけど、俺に変えた後のアドレスは届いていません」
信用されていない。ということなのだろうか。
助手くらいは信用してほしいものだ。
「篠ノ之に聞いてみたらどうだ?」
「いや、箒はどこか束さんを避けてる所があるみたいで」
「そうか」
昔に何かがあったみたいだが、束さんは話してくれないし。
俺みたいな他人がでしゃばる場面でもないし。
近いうちに束さんが箒に接触する気がするんだよなぁ。
第四世代のISが完成したら、まず箒に渡すと考えていいはず。
箒は束さんを避けているようでも、束さんは箒のこと大好きだから。
「じゃ、そろそろ俺は部屋に戻ります。織斑先生」
「一夏の訓練で疲れたのだろう。ゆっくり休め」
疲れたのは一夏の訓練ではなく、箒との戦闘だったんだが。
「はい」
織斑先生と別れ、一夏の部屋の前を通りすぎる──その瞬間。
バシィンッ! 一夏の部屋からものすごい音が聞こえた。
何があったのか、扉をノックする。
「おい、一夏。今の音は──」
「月夜かっ!? ちょっと待ってくれ」
間もなく一夏が扉を開ける。
奥には箒と……
「あ、今朝の」
「あんた誰よ」
そういう鈴音の言葉にはトゲがあった。
「ほら、一夏の後ろに座ってた十六夜月夜」
「へー」
「心底どうでもいいって感じだね」
「で、あんたは一夏の何?」
会話くらいはしてほしい。
「何って別に、友達だけど?」
「随分と仲が良さそうだけど……。私は一夏の幼馴染みの凰鈴音よ。幼馴染みのね」
二度言われた。
いや、鈴音は何を怒ってるんだろうか。
何もした覚えもないというか、まだ話したことすらないぞ。
「しかも名前で呼び合ってるし」
「当たり前だろ、別に」
一夏の言う通りだ。
名前で呼び合って何が悪い?
「一夏ねぇ、あまり女子を名前で呼ぶもんじゃないよ?」
「「……は?」」
いや、待て。きっと聞き間違いだ。
「ちょいちょい」
「何よ」
「女子って俺のこと?」
「だから何よ!」
…………、……………………。
あの……なんて言うか。えーと。
「十六夜月夜って男なんだが」
「あ、そうなの。そんなのどうでもいいわ」
「どうでもいい!? よくねぇよ!?」
「煩いわね、スッこんでてよ!」
はい、スッこんでまーす。
物凄い剣幕だった。
視線だけで心臓に穴が開きそうなくらい。
「鈴、約束っていうのは」
「う、うん。覚えてる……よね?」
あそこまでコロコロ表情を変えてたら疲れるだろうに。
さすがは代表候補生。いや、関係無いが。
「えーと、あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を──」
「そ、そうっ。それ!」
「──おごってくれるってやつか?」
「…………はい?」
なんだそりゃ。という顔をしてる。
俺も鈴音も、箒すらも。
「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって約束だろ?」
どういう経緯でそんな約束をするのか。
ああ、そうか。一夏って──
「いやしかし、俺は自分の記憶力に関心──」
パアンッ!
「……へ?」
鈴音が一夏の頬をひっぱたいた。
「え、えーと……」
箒、次に俺に目を配る。
分かってないのか。今の状況が。
「………………」
鈴音は肩を小刻みに震わせ、怒りに満ちた眼差しで一夏を睨んでいる。
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、唇はそれがこぼれないようにきゅっと結ばれていた。
「あ、あの、だな、鈴……」
「最っっっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ! 犬に噛まれて死ね!」
そこからの鈴の行動は素早かった。
床に置いてあったバッグをひったくるように持って、ドアを蹴破らんばかりの勢いで出て行く。
バタンッ! という大きな音が響いた。
「……まずい。怒らせちまった」
「一夏」
「お、おう、なんだ箒」
「馬に蹴られて死ね」
箒もご立腹のようだ。
それもそうか。約束をちゃんと覚えてないのだから。
いや、一夏の記憶力を疑うわけではない。
これは一夏の唐変木のせい。そう、一夏は唐変木。
鈴音は昔一夏と約束をしたようだが。
あの様子だ。恥ずかしがってちゃんと言葉の意味を伝えられていないのだろう。
つまり、一夏の唐変木のせいでもあり、ドストレートに言わない鈴音のせいでもあるのだ。
ここは俺だけでも一夏の味方になってやろう。
「一夏」
「なんだ月夜」
「豆腐の角にするか?」
「お前もかっ!?」
──翌日、生徒玄関前廊下に大きく張り出された紙があった。
表題は『クラス対抗戦日程表』。
一夏の一回戦の相手は二組──鈴音だ。