吾輩は魔王である。勇者が現れてから魔王は忙しくなるものなのだ。
だというのに、吾輩に口答えする魔物がいる。勇者の前にまずはゴブリンを何とかしなければなるまい。
これは魔王様と愉快な魔物達のほんのちょっとのやり取りである。

※この作品は小説家になろうとカクヨムにも掲載しています。


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魔王なのだが、ゴブリンどもが言うことを聞いてくれない

1.ゴブリンが言うことを聞いてくれない

 

 

 吾輩は魔王である。名前などいらない。

 皆が「魔王様」と呼ぶものだから自分の名前があったのかどうかさえわからなくなってしまった。魔王と呼ばれたら吾輩も反応するのでまあいいかと思うことにした。

 魔王といえば魔物の王。つまりは吾輩に逆らえる魔物なんていないということなのだ。

 ……そのはずなんだがなぁ。

 

「おいそこのゴブリン」

「何ですか魔王様」

「貴様はこの間現れたという勇者を倒すために出立したのではなかったか? なぜここにいる」

 

 ゴブリン。魔物の中でも小さい存在だ。下手をすればその辺の人間相手にもやられてしまう。誰もがザコと認識しているだろう。

 

「魔王様、俺達ゴブリンはそれはもう弱い存在なんですよ」

「ああ、そうだな」

「そんな俺達が勇者の元に行けばどうなりますか?」

「え? それは……」

「やられちまうんですよ。そりゃもういい経験値稼ぎです」

「け、経験値?」

「そうです経験値です。ある一定の経験値を稼げば勇者はレベルアップします」

「え、レベルアップって何?」

「強くなるということですよ。いいんですか? 弱い勇者が強くなっちゃいますよ」

 

 それはよくない。

 だが、だからといって誰かがいかなければ勇者を倒せないのだ。それは困る。

 

「ならば弱いうちに貴様が勇者を倒してしまえばいいではないか」

 ゴブリンはやれやれと肩をすくめる。

 

「何を聞いていたんですか魔王様。俺達ゴブリンは弱いと言いましたよね? 人数がいれば勇者どころか村人にすらやられちゃいますよ」

「あ、ああ……そうなのか?」

「そうです。俺達ゴブリンはか弱い存在なんです。そんな俺達が勇者と戦ったって意味がないんですよ。むしろ勇者からしたらおいしいことこの上ない」

「な、なぜだ?」

「だからちゃんと話聞いてました? 勇者の経験値になるんですって。このまま行かせたって勇者が強くなるための生贄にしかならないですよ」

「で、ではどうするのだ? 貴様等ゴブリンの仕事は勇者が弱い時にしかないぞ」

 

 ゴブリンは深い深いため息をついた。

 

「いいですか魔王様。魔物は他にもたくさんいます。もっと強い魔物を勇者がまだ強くなっていないうちに送り込むのです。それだけで勇者は詰みです」

「なるほど……。で、貴様等はどうするのだ?」

「魔王様。俺達が行ったところで勇者の経験値になることは理解しましたよね」

「う、うむ」

「だったら、勇者を強くしないためにも俺達ゴブリンはこの魔王城でかくまうべきなのです。そうすれば勇者は強くなれない!」

「そうなのか!?」

 

 雷が落ちたような衝撃を受けた。

 なるほど。ゴブリンの意見にも一理ある。これは聞いてよかった。

 やはり魔王たるもの、部下の声を聞いておかねばなるまいということか。

 

「わかった。貴様の意見を受け入れよう」

「わかっていただけて何よりです。あ、城の警備はしますので三食しっかりお願いしますよ」

「うむ。食事係に伝えておこう」

 

 こうしてゴブリンは勇者を倒しに行くことなく魔王城に居続けた。

 その後、しばらくしてから吾輩の側近にそのことに対して怒られてしまうのはまた別の話である。

 

 

2.ミノタウロスの心配事

 

 

 吾輩は魔王である。皆が「魔王様」と呼ぶので誰もが認める魔王なのである。

 この間勇者が現れてから少し忙しくなった。吾輩に指示を求める魔物が増えたからである。

 とりあえず指示を求められたら「勇者を倒すのだ」と言うことにしている。吾輩の側近もそれでよいと言うので間違ってはいないのだろう。

 今日もまた、一体の魔物が吾輩の元にやってきた。

 

「魔王様、お時間よろしいでしょうか?」

「ミノタウロスか。何用だ?」

 

 どうせまた勇者のことだろう。一言で充分だ。

 

「最近、我が同胞が人間に食べられるという話が多くてですね……どうしたものかと相談したいのです」

「勇者を……え? それは勇者に食べられたということか?」

「いえ、相手は冒険者と名乗る人間だそうです」

 

 何それ怖い。

 人間には勇者以外にも脅威となりえる存在がいるのか。

 そもそも魔物を食べる人間が存在するところからして恐ろしい。動物とは違うのだぞ。

 ミノタウロスの姿を確認する。確かに牛頭ではあるのだが……だからといって牛そのものではない。それに胴体なんて人間に近いではないか。

 

「ちなみにだが、食べられるというのはどこまでだ? 頭だけとか」

「いいえ、全身余すとこなく食べられます」

「な、何ィッ!?」

 

 全身だと!? 首から下は筋骨隆々の人間の体に近い。なのに全部食べられてしまうとは。人間は同族を食べることに躊躇いはないのか!?

 いや、ミノタウロスと人間は違うが。違うのだが何か思うことはないのだろうか。

 それとも人間は魔物を食べなければならないほどに困窮しているのだろうか。だとしたら致し方ないのかもしれない。

 

「人間は魔物を食べなければならないほどに貧困だということか」

「いいえ、人間の食物は豊富です。家畜もたくさんいるようです」

「何!? ならばなぜ貴様等を喰らう必要がある!?」

「ええ、人間にとって我らはとても美味だそうです」

「美味……?」

「冒険者どもの話では我らは肉の宝庫なのだそうです」

「……」

 

 もう一度ミノタウロスを見つめる。困り顔の牛顔だった。

 吾輩にはどうしても食用には見えない。一片たりとも食欲が湧くことはない。

 魔物ですら食べ物扱いとは。人間とは罪深い生き物なのだな。

 もしかして、吾輩も勇者に倒されてしまったら人間どもに食べられてしまうのだろうか?

 

「……っ」

 

 それを想像すると身震いが止まらなくなった。

 人間怖い、超怖い。

 

「う、うむ。貴様の心配はよくわかった。……ほとぼりが冷めるまでこの魔王城でかくまってやろう」

「魔王様、ありがとうございます」

 

 ミノタウロスは何度も頭を下げた。ちょっと涙目だった。よほど怖かったのだろう。話を聞いただけの吾輩ですら恐怖を感じたのだ。無理もない。

 警戒するのは勇者だけではない。それがわかっただけでも収穫か。やはり部下から話を聞くことは魔王として大切なことなのだな。

 

 

3.スライムが狙われている

 

 

 吾輩は魔王である。最近は部下の話をよく聞いてやっているのでなかなか良い魔王だなと自画自賛中である。

 今日もまた吾輩の前に一匹の部下がやってきた。

 

「魔王様魔王様、聞いてください!」

「なんだスライムか。そんなに慌ててどうしたというのだ?」

 

 吾輩の前に姿を現したのはゼリー状の物体だった。スライムと呼ばれる魔物である。

 口もついていないこ奴と会話できる魔物はそうはいない。だが魔物の頂点たる吾輩ならばその程度のこと、問題にすらならない。

 

「僕はとっても普通のスライムなんですが、仲間の中には種類が別の光ったスライムがいるのはご存知ですか?」

「ああ、光沢のあるスライムがいたな」

「そのキラキラスライムがですね、勇者から追い回されているそうなんですよ」

「ほう?」

 

 勇者がわざわざスライムを狙うものなのか? 何が狙いなのだろうか。

 スライムの配置を思い出してみる。とくに人間の村や町を襲撃してはいないはずだが。

 

「なぜ狙われるのだ? 何かしたか」

「いいえ何も。むしろあのキラキラスライムは子育てしている個体が多いですからね。子供のためにも、勇者と遭遇しても戦わずにすぐ逃げちゃってますよ。……あっ」

「む、どうしたのだ?」

「い、いいえ……勇者を前にして戦わずして逃げているなんて、魔物失格ですよね」

 

 スライムはうねうねと項垂れていく。感情表現がわかりやすい魔物である。

 

「何を言うかと思えば。子がいるのであろう。ならば生き残るのも戦いだ」

「ま、魔王様……」

「親は子がいてこそ働き甲斐がある。だが、子もまた親がいなければ育たぬ。子がいるのなら生き残らなければな」

 

 スライムはぷるぷると震えている。目なんてものは存在しないのに涙でも流しそうだ。

 

「それにしてもスライムが狙われる原因か。考えた方がいいだろうか」

「聞いた話ですが、勇者は『いい経験値だぜ』と言っていたそうです。何のことでしょうか?」

「ふむ、経験値か」

 

 どこかで聞いたことのある単語だ。はて、どこだったか。

 少し思い返してみる。わりと最近だったはずだ。

 

「あのゴブリンか」

 

 そういえばゴブリンからそんなことを聞いた気がする。勇者にいい経験値を与えてはならないのだったか。

 だとしたらまずい。このままスライムが狙われては勇者が強くなってしまうではないか。

 これを放置していてはいずれ吾輩を超えるほどに勇者が強くなってしまう。すぐに対策を取らねばなるまい。

 

「スライムよ」

「はい魔王様」

「スライムは全員この魔王城へと帰還せよ。魔王である吾輩の命令である」

「ま、魔王様……。はい、仰せのままに」

 

 スライムはうにょうにょとした動きで走って行った。

 これでよし。スライムがいなければ勇者のいい経験値になることはないだろう。

 ふぅ、今日もまた魔王としての責務を果たしたな。

 やはり部下の話を聞くのは大切なことだろうな。魔王として良いことをしたぞ。

 

 

4.側近はサキュバス

 

 

 吾輩は魔王である。王であるからには側近がいるのだ。そういうものなのだそうだ。

 

「魔王様」

「む、吾輩の側近ではないか。どうした?」

「側近ではなく私はラスティアです」

「……うむ、吾輩は名を覚えるのが苦手でな。側近が嫌なのであればサキュバスと呼ぼう」

「それはもっと嫌です!」

「う、うむ。わかった」

 

 吾輩の側近、サキュバスである。なぜかサキュバスと呼ばれることをひどく嫌っている。なぜかは吾輩にもわからない。

 側近はいつも吾輩の世話をしてくれている。紫色の髪に曲がった角がある。こうもりのような羽と尻尾を持つ魔物だ。姿自体は人間と似ている部分が多い。

 種族の特徴として、サキュバスは人間の男から精気を吸い取って自身の糧としている。そのため女の姿の方がいろいろと便利なのだそうだ。

 

「それで側近よ、どうしたというのだ?」

「……ラスティアです。はぁ……今日はもうそれでいいです。魔王様お聞きしたいことがあるのですが」

「なんだ。申してみよ」

「最近、勇者討伐に出たはずのゴブリンやミノタウロスやスライムをよく城で見かけます。聞くところによれば魔王様のご指示だそうですが。間違いありませんか?」

「うむ。吾輩の命令である。奴等には魔王城にいる方がよいのでな」

「何胸張って答えてんですか!!」

 

 側近が目尻を上げて声を荒らげる。

 これは……怒っているのか? なぜだ。吾輩は良いことしかしていないというのに。

 

「なんで怒られてるかわからない顔しないでくださいっ。まずはそうなった経緯を話してください」

「なぜわざわざそのようなことを言わねばならない?」

「い・い・か・ら」

「……それはだな――」

 

 やむなく事情を話すことにした。

 吾輩の方が側近よりも強くて偉いはずなのだが。なぜかは知らんが逆らえる気がしない。不思議である。

 事情を話し終えて側近の顔を見てみると、髪が逆立っていた。さっきよりも怒っているように見えるのは錯覚だろうか?

 

「あなた魔王でしょ! 魔物風情に言いくるめられてるんじゃないわよ!!」

 

 その魔物風情に怒られているのだが。魔王とは何なのだろうかと吾輩自身わからなくなりそうだ。

 

「今すぐ行きなさい」

「は? どこへだ?」

「あんたが言いくるめられた魔物の元に決まってるでしょうがっ!! さっさと勇者を倒しに行くように命令してきなさい!」

「だ、だが……」

「……」

「わ、わかった。では行ってくる」

 

 なんという圧力なのだろうか。目力だけで首を縦に振ることしかできなくなった。

 サキュバスにそんな魔眼などあっただろうか?

 それと、魔王を「あんた」と呼ぶのはどうかと思うぞ。言いそびれてしまったがな。うむ、仕方がない。

 そんなわけで、魔王自ら部下の元に出向かなければならなくなった。魔王城は広いのでけっこうな手間になりそうである。

 

 

5.ゴブリンどもが遊んでいるように見えるのだが

 

 

 吾輩は魔王である。魔王であるはずなのだが、王自ら部下に会いに行かねばならなくなった。

 

「ゴブリンはいるか?」

「いますが……今は手が離せません」

 

 ゴブリンどもの部屋に訪れる。声をかけたらそんな答えが返ってきた。

 手が離せないとはどういうことだ? 魔王である吾輩が来たというのに出てこないとは。もしやとんでもなく大変な事態になっているのではないだろうか。

 心配になって部屋のドアを開ける。

 そこにはゴブリンが四匹。何かを取り囲むように地べたに座っていた。

 

「何を、している?」

「ポーカーです」

「ポーカー?」

 

 ポーカーとは何だ? ぽかぽか……ふむ、下手に予想するのはやめておこう。

 四匹のゴブリンは何やらカードらしきものを手にしている。遊んでいるように見えるのは吾輩だけだろうか。

 ここで気を遣うのもおかしな話だ。魔王らしくびしっと命令してさっさと玉座に戻ろう。

 

「ゴブリンよ命令だ。勇者を倒しに行け」

「は?」

 

 ものすごく怪訝な目を向けられた。なんかゴブリンのくせにふてぶてしくないか?

 

「魔王様、前に言いましたよね? 俺達ゴブリンがのこのこ勇者の元に行ったところでいい経験値にしかならないと」

「うむ、言ったな」

 

 ゴブリンの一匹が反論するように言った。ちなみに前回話をしたゴブリンがどいつかは覚えていない。というかわからない。ゴブリンは皆同じ顔だからだ。

 

「なのに今更俺達を行かせてどうしろってんですか。とっくに勇者は強くなって俺達じゃあ1ポイントのダメージも与えられませんよ」

「1ポイント? ……そうなのだがな、吾輩の側近に言われてしまったのだから仕方がないのだ。それに魔物は戦う生き物であろう?」

「ふぅ、戦うだけが魔物の仕事だと思っているのなら大間違いですよ」

「む」

 

 やれやれと肩をすくめるゴブリン。他のゴブリンもマネるように同じ動作をした。なぜだか苛立ちを覚えたぞ。

 

「いいですか魔王様。俺達のような弱い魔物に戦えと言ったところで屍の山を築くだけです。ならばもっと有用なことに使うべきなのです」

「つまり、何が言いたい?」

「……勇者は確かに強いです。ですが、たくさんの人間から手助けをされているのですよ」

「ほう」

「勇者は他の人間からアイテムや情報をもらったりして強くなり、着実にここ魔王城へと近づいてきているのです。つまり、勇者に手を貸す人間どもをどうにかしてやれば、逆説的に勇者は強くなれずに魔王城にも辿り着けないというわけなのですよ」

「なるほど」

 

 ゴブリンのくせになんという慧眼であろうか。

 それで、そこからどうゴブリンが戦わないということになるのか。その答えは次のゴブリンの言葉にあった。

 

 

6.ゴブリンと遊んだのだが

 

 

「俺達も勇者と同じようにその手助けする人間と仲良くなればいいんですよ」

「何? 人間とだと?」

 

 ゴブリンの言っている意味がわからないのだが。魔物と人間が仲良くなんてできるわけがないだろう。

 ゴブリンは吾輩の心の中を読んだように続きを口にする。

 

「人間どもも一枚岩ではないのです。中には勇者を疎んじている者さえいる。そこが人間の不思議なところですがね」

「まさか、理解できぬな」

 

 勇者は人間どもの希望ではなかったのか。人間とは理解に苦しむ生き物よな。

 

「そこでこれです」

 

 そう言ってゴブリンが掲げたのは手に持っていたカードだ。

 

「これはトランプというカードになります。今はポーカーというゲームをしていますが、遊び方は様々です」

「いやいや、遊んでどうするのだ」

「魔王様、その遊びこそが重要なのです」

 

 ゴブリンはここからが重要ですよ、と言いつつ指を立てる。

 

「人間は娯楽がないと生きてはいけないのです。それは階級が上の者ほどそういう傾向があります」

「そうなのか」

「つまり、このトランプでの遊びを極めた時こそ、そういった人間どもをこちら側へ引き込むチャンスとなるのです」

「そ、そうなのか!」

 

 なるほど。遊びとはいえバカにはできないものなのだな。

 

「人間どもを仲間にできれば勇者はアイテムを獲得できず、情報もないまま魔王城にも辿り着くことなく彷徨い続けましょう」

「ふむ、貴様も考えているのだな」

「そうなのです。……ところで魔王様。少し遊んでみませんか?」

「吾輩がか?」

「こういう作戦を実行する上で魔王様にも体験していただきたいのです」

「よかろう。遊び方を説明するのだ」

 

 ゴブリンからポーカーのやり方を教わった。思ったよりも簡単そうではないか。

 吾輩が参加するために座ると、ゴブリンどもが笑った気がした。きっと気のせいであろう。

 

 

「吾輩はフラッシュだ」

「俺はフルハウスです」

「……」

 

 まあ、いきなり勝つというのも虫のいい話か。

 

 

「うむ、ストレートだ」

「あ、俺は4カードです」

「……」

 

 ゴブリンに強い手がきている。運が向いているのだろうか? これは考えねばなるまい。

 

 

「2ペアか……。ここは勝負を降りることにしよう」

「やったぜ! ブタなのに勝っちまいました」

「……」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……ポーカーとは、奥が深いのだな。

 

「ふー、勝った勝った。魔王様、負け分はまた今度お願いしますよ」

「わかっておるわ!」

 

 まさかこの吾輩が敗北を味わわせられるとはな。

 ポーカーか。研究する必要がありそうだ。そして今度はゴブリンどもから負け分を取り戻してやるのだ!

 

 

7.ミノタウロスの料理

 

 

 吾輩は魔王である。最近、魔王の仕事とは何かと考え中である。

 

「あっ、魔王様こんなところへ何かご用でしょうか?」

「む? ミノタウロスか」

 

 そういえばこ奴も魔王城にいたのであったな。

 さて、どうするか。

 側近の言った通りに勇者の元へ向かわせるべきか。

 ただ、同胞が人間どもに食われたというではないか。それなのに勇者の元へと行かせるのは少々かわいそうである。

 ただやられるだけならまだいい。しかし食べられるのはちょっとなぁ。人間は魔物を家畜か何かと勘違いしているのではなかろうか。

 

「ど、どうされたのですか? こちらをじっと見つめたりなんかされて」

 

 ミノタウロスはくねくねと体をくねらせる。見た目に反して柔らかい体をしているらしい。

 それはつまり、柔らかく締まった肉を持っているということだ……。

 

「はっ! 吾輩は何を?」

 

 何やらよからぬ考えをしてしまったような……。いやそんなことはないはずだ。吾輩は魔王。間違った考えなど持たぬ。

 

「それにしてもミノタウロスよ」

「はい、何でしょうか?」

「その恰好はなんだ?」

 

 ミノタウロスが「これですか?」と口にしながら身に着けているそれをつまんで見せた。

 

「エプロンです」

「エプロンとな」

 

 ミノタウロスの前かけであったか。

 

「これから食事でもするのか?」

「何をおっしゃるのですか。エプロンなんですからこれから料理するのですよ」

「なんと!」

 

 まさかミノタウロスが料理をするとは……。というか料理ができる魔物がいたことに驚きである。

 いや待てよ。吾輩は食事をする時にちゃんとした料理を食べているではないか。これでもナイフとフォークの扱いは完璧なのである。魔王だからな。

 そういえば、その料理を作っているのが誰なのか、吾輩は知らない。

 

「まさか貴様……吾輩の料理も作っていたのか?」

「ええ。ですがそれは最近のことですね。魔王様にこの魔王城に滞在するように命じられてからですから」

「……ちなみになのだが、貴様の前は誰が作っていたのだ?」

「魔王様の側近であるラスティア様です」

 

 あのサキュバスか。

 正直に言うと最近の食事の方が美味であった。つまりこのミノタウロスの料理ということなのだろう。

 

「……」

 

 なぜだろうか? この事実を口にしてはならない気がする。とくにあの側近の耳には入れてはならない。そんな魔王的な直感があった。

 

「う、うむ。これからもしっかり吾輩に料理を振る舞うのだぞ」

「はい! 喜んで!」

 

 このミノタウロス、戦う時よりもやる気に満ち溢れているように見えるのだが。

 この調子ではやはり勇者の元へ行けとは言えぬな。まあそれで美味な食事ができるのだからよしとしておこう。

 

 

8.スライムの新たな仕事

 

 

 吾輩は魔王である。魔王であるからには玉座にふんぞり返らなければならないのだ。

 

「最近玉座の座り心地が良いものだな」

 

 最高級の玉座らしいのでもともと座り心地は良かったのだ。

 しかし、最近はより一層良くなったというか。柔らかく沈み込むので尻に優しいのだ。腰の負担も軽くなった。

 

「側近よ。この玉座は新しくなったのか?」

「いいえ魔王様。それは新品ではありませんよ。いつもの玉座のままです」

「何?」

 

 だとしたらこの座り心地はなんだというのだ? 明らかに前と違っているではないか。

 吾輩の疑問に気づいてか側近は続ける。

 

「座り心地が変わったのはスライムを敷いているからでしょう」

「何っ!?」

 

 吾輩は飛び上がった。玉座から離れて座る位置をまじまじと見つめる。

 

「魔王様どうぞお気になさらずお座りください」

「……」

 

 本当にいた。

 スライムは平べったくなっていた。禍々しさを演出するために照明を薄暗くしていたせいで気づかなかった。

 

「何をしているのだ?」

 

 スライムに敷物になれなどと命令はしていない。

 ならばなぜスライムはこんなことをしているのか。屈辱以外の何ものでもないだろう。普通自分からこんなことはしないはずだ。

 しかしスライムからの言葉は明るかった。

 

「魔王様の負担を少しでも軽くしようと思いまして。魔王様の腰を守れるのでしたら僕は本望です」

 

 どうやら吾輩のために自主的にしていることだったようだ。信じられぬが声色から本当のことを口にしているのだとわかる。

 これをどう対応したものか。褒めるというのは違う気がする。

 

「もちろんラスティア様からは了承を得ています」

「む、誰だ?」

「私です。いい加減私の名前を憶えてください」

 

 側近のサキュバスだった。なぜか目尻を吊り上げている。

 ……側近と当の本人が納得しているのならよいのか? いや、吾輩は了承していないぞ。

 

「吾輩は部下を尻に敷く趣味はない。ただちにやめよ」

「魔王様はラスティア様の尻に敷かれていますもんね。敷くよりも敷かれたいお気持ちはわかります」

 

 こ奴……っ。

 側近も「そ、そんなことないわよっ」と言っているではないか。このスライムはどこに目をつけておるのだ。……本当に目はどこについておるのだ?

 

「側近よ、スライムは勇者の元へ向かわせなくてもよいのか?」

「いいのではありませんか。魔王様の腰の負担が軽くなっているようですし、役に立つのなら好きにさせておきましょう」

「むぅ……」

 

 側近のお墨付きか。側近ならば問答無用で勇者を倒しに行け、とでも言うのかと思ったが。

 

「僕の仲間がラスティア様の座布団になってますしね。気に入っていただけたようで良かったです」

「……」

 

 側近もしっかり堪能しているようだ。どうやら手放したくないらしい。

 確かにこの座り心地は最高だからな。その気持ちはわからなくもない。

 

「みゅぐ……」

 

 ならばスライムの上に座ってやろうではないか。

 このぐにぐにの中にあるふわふわとした感触。たまらない。

 この感触を知ってしまってはもうスライムを手放せないのかもしれぬ。あ~、なんと恐ろしい~。

 

 

9.サキュバスはビッチ

 

 

 吾輩は魔王である。側近はサキュバスである。……サキュバスってそんなに強い魔物というわけでもないはずなのだが、なぜ吾輩の側近をやっているのだろうか?

 

「何かご不満でしょうか?」

「そ、そんなことはないぞ」

 

 側近からの圧力。なぜかこの雰囲気になると逆らえる気がしない。

 サキュバスがため息をついた。

 

「……私、魔王様に認められていないのかしら」

「何か言ったか?」

「いいえ何も」

 

 そういうわりに少し落ち込んでいるようなのだが。

 そういえばと、この間ゴブリンから聞いたことを思い出す。

 

「側近よ」

「何でしょうか?」

「もしかして男に飢えておるのか?」

「うぇ!?」

 

 側近は奇妙な呻き声を漏らす。

 

「いや、サキュバスは人間の男の精力を吸い取って自らの糧とするのだろう? 側近はずっと魔王城にいるのだから男に飢えているのだと思ってな」

「……」

 

 なぜ黙るのか。

 いや、ここは魔王として側近には元気を出してもらわねば困るからな。なんとかしてやろう。

 

「せっかくだ。その辺の町にでも行ってくるがよい。存分に男漁りをしてくるがよいぞ」

「私をビッチみたいに言わないでください!」

 

 なぜか怒られてしまった。解せぬ。

 吾輩は魔王として側近のことを考えたのだが。本人にうまく伝わっていないようだ。

 

「しかしサキュバスは男に跨らなければ力が出ないのであろう?」

「それ偏見ですからね! サキュバスに対しての偏見ですからね!!」

「む、そうなのか?」

 

 吾輩は間違っていたのだろうか? おかしい。ちゃんと確認はしたはずなのだが。

 

「この間ゴブリンから聞いたことなのだがなぁ」

「ほう……魔王様になんてことを吹き込みやがって。あのクソザコども、ぶっ殺してやるわ」

 

 禍々しいオーラが側近の背後から立ち昇ってきた。吾輩ですら冷汗をかいてしまうほどだ。

 

「私、少し用事ができましたので外させてもらいますね」

 

 笑顔が怖いぞ。

 背中を見せた側近に吾輩は何も言えなかった。

 

「……魔王様」

 

 と、思っていたら側近は振り向いた。

 

「か、勘違いしてほしくないから言っておきますけど、私男に跨ったことなんてないですからねっ」

「う、うむ」

「処女ですからっ。まったくもって未経験ですのでっ。私は魔王様に……っ」

「ま、まあ落ち着け側近よ」

「はっ!? わ、私は何を……っ!」

 

 側近は顔を赤くしてわたわたと慌てる。落ち着けと言ったはずなのだが。

 

「し、失礼しますっ」

 

 側近は退出する。吾輩は息をついた。

 

「いつもながら側近の相手は疲れる」

 

 そう呟いた時、側近が戻ってきた。聞かれたのかと思ってギクリとしてしまう。

 

「魔王様」

「な、なんだ側近よ?」

 

 吾輩の側近はニコリと笑った。

 

「側近ではなくラスティアとお呼びください」

 

 吾輩の側近はいつも通りの側近であった。

 

 

10.ゴブリンどもが言うことを聞いてくれない

 

 

 吾輩は魔王である。魔王は勇者に打倒される存在。そういうものなのだそうだ。

 

「ここまでだ魔王!」

「ぐぅ……」

 

 ついに勇者どもがこの魔王城に攻め入った。

 奴らは数々の魔物の襲撃を乗り越え吾輩の元までやってきたのだった。

 そして、吾輩は敗れた。

 第二形態まで見せたのだが倒せなかった。ここまでやって負けたのだから完全敗北と言っても過言ではない。そう納得してしまった。

 決着をつけるため勇者が剣を振りかぶる。

 吾輩もここまでか……。そう諦めた時であった。

 

「総員、突撃だぁぁぁぁーーっ!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーー!!」」」

「な、なんだ!?」

 

 剣を振りかぶったままの姿勢で勇者が動揺して固まる。吾輩もぎょっとした。

 ゴブリンが軍勢とも呼べる数で勇者に飛びかかったのである。

 

「ゆ、勇者様っ」

「くそっ、なんだこのゴブリンの数は!?」

 

 勇者の仲間も動揺している。というか吾輩も動揺したままだ。

 いきなりゴブリンどもはどうしたというのだ? 勇者が強くなったから邪魔になるからと魔王城の隅に追いやったというのに。なぜわざわざ出てきてしまったのか?

 

「魔王様を守るのだぁぁぁぁーーっ!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーー!!」」」

「くっ、このザコどもが!」

 

 固まっていた勇者だったが応戦し始める。そうなればゴブリンがいくら束になろうとも勝てる相手ではなかった。次々に薙ぎ払われていく。

 何をやっているのか。そんな無駄なことをして、屍の山を築くだけではないかっ。

 だがすでにボロボロとなった吾輩にはどうすることもできない。止めることなどできはしなかった。

 

「魔王様、失礼します!」

「ミノタウロス……?」

 

 ミノタウロスが吾輩を担ぎ上げる。そして走り出した。

 

「なっ!? 逃げる気か!」

 

 勇者の仲間の一人が気づいた。

 

「頼んだぞ! 我等の意地を見せてやれ!!」

「「「おおっ!!」」」

 

 大勢のミノタウロスが吾輩を担いだミノタウロスと勇者の間に入る。

 

「な、何を……?」

「魔王様を逃がしてみせます!」

 

 なぜそのようなことをするのか? 吾輩にはわからなかった。

 背後に響くのは断末魔の嵐。ゴブリンどもとミノタウロスどものものだろう。すでに勇者に勝てるものではない。吾輩が負けてしまったのがその証拠だ。

 

「追え! 逃がすな!!」

 

 勇者の声だ。あれだけの数がいても脅威になりえなかったようだ。

 だから、やめるのだ。無駄な抵抗ではないか。

 吾輩の心の声が聞こえたかのようにミノタウロスはこちらを向いた。

 

「我等の意地です。わかってください」

 

 わからぬ。そうした返答は声にならなかった。

 吾輩を担いでいたミノタウロスが倒れる。追いついた勇者の一撃が胴体を切り裂いたのだ。

 こんなにも動けないことがもどかしいとは。沸々としたイラ立ちが体内の奥底から生まれる。

 ミノタウロスが倒れ、吾輩の体は投げ出される。地面と衝突するところで柔らかいものに包まれた。

 

「僕にお任せを」

「スライムか?」

 

 どうやらスライムに受け止められたようだ。心地の良い感触が吾輩の体を包む。

 

「次から次へとっ」

 

 勇者の苛立ちがわかる。少しだけ清々した気分だ。

 

「ラスティア様! お願いします!」

「ええ、わかったわ」

 

 今度は側近が吾輩の体を担いだ。細身とは思えないほど軽々と背負われる。

 

「後はお任せを!」

 

 待てとは言えなかった。

 スライムの並々ならない覚悟。そんなものを見せられたようだ。

 

「魔王様しっかりしてください!」

 

 言葉が出ない。傷だけではない原因を悟った。

 蹂躙される音だけが聞こえる。不快な音だ。

 そんな音を聞きながら、吾輩は意識を手放した。

 

 次に目を覚ました時には側近の姿だけだった。

 

「……ここは?」

「魔界の森です。もう勇者どもは追ってきていませんよ」

「……そうか」

 

 吾輩の傷はだいぶ癒えていた。おそらくサキュバスが治癒魔法でも使ったのだろう。

 傷が癒えたところでどうするというのだ。吾輩はすべてを失ってしまった。それが敗者の末路だ。

 暗い暗い森の中。未来が見えなかった。

 

「ラスティアよ。吾輩はどうすればいいのだろうか?」

「え? 今なんと?」

「吾輩はどうすればいいのかと……」

「その前です」

「……ラスティアよ」

「おおおおおおおおおお!! ついに、ついに! 魔王様が私の名前を呼んでくれたわ!」

「え、いや、ちょ……」

「これは私を女として見てくれたと考えていいのよね? いいのよね!」

 

 今そこは興奮するところではないだろう。吾輩の側近のくせに冷静さが欠けている。

 ラスティアはいやんいやんと言いながら首を振っている。まともに吾輩の声が届いていない。話にならない。

 吾輩シリアスになりたいのだが……。なぜかそういう空気になっていないのはなぜなのか。

 

「それは俺達が生きてるからじゃないですかね」

「なっ!?」

 

 森の奥からゴブリンが現れた。それも大勢だ。中にはミノタウロスやスライムの姿まである。

 それは吾輩を逃がすために散っていった者達の姿であった。

 

「な、なぜ?」

「そりゃまあ俺達ザコキャラですからね。すぐに復活するんですよ」

 

 ゴブリンが何を言っているのかわからない。相変わらず理解に苦しむ。

 だが、ゴブリンどもが生きていた。それだけで救われた気がしてしまったのだ。

 

「ボスキャラは復活しないですからね。魔王様にはまだまだ働いてもらうんですから、勝手に死なないでくださいよ」

「ゴブリンのくせに……生意気な口を叩く」

 

 ゴブリンはにやりと笑った。

 吾輩の言うことを聞かないゴブリン。だが、腹立たしいとは思わなかった。

 

「また最初から始めましょう。それで勇者どもをぎゃふんと言わせてやるんですよ」

 

 吾輩の手には余る奴等よ。

 だが、まだまだ当分の間は退屈せずに済みそうだ。

 

 

 


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