訓練が終わり、兵士達が訓練場を使っている頃。
暇潰しの為に聴いたのでしょう。机に顔を当ててだらんとしている少女を見ながら、私は少しだけ苦笑しながら一枚の紙を見せました。
「…こんな感じです。一応言ってはいけないお仕事とかはお父様やお母様がやっているんですよ?」
「という事は…今はまだ勉強中なんですかね?」
「そうですね。今はちゃんと訓練に集中して欲しいからと…最低限しか教えて貰えてないんです」
私だって戦場を経験した立派な王族なのにと、少しだけ頬を膨らませてから言えば…少女は困った様に笑ってから「それだけこの国が危ないんですよ」と喋りました。
基本的に目の前の少女は現実的な事を言います。
楽観視をせず、何処までもお人好しで無鉄砲。それは生まれ育った環境の所為なのか、それとも今まで培った経験なのかは分かりませんでした。
「魔王の襲撃が多くなりましたね」
「そりゃあそうですよ。あちらも戴冠式を終えてスキルの譲渡が決定したのですから」
「…へ?」
「因みにその戴冠式は私も呼ばれましたね。取り敢えず来賓呪辞をして帰ったのですが…割と面白かったですよ?」
違う、そうじゃない。
何故魔王の戴冠式に呼ばれたのか…とか、そもそも結界を通り抜ける方法があるのか…とか。
色々聞きたいが絶対目の前の先生は答えてくれない。寧ろふざけ切った回答をして私を苛々させるに違いないのだ。
「…ソウデスカ」
「因みに呼んだ魔王は本当に来たの?みたいな表情でこっち見てましたね。あれは面白かったです」
「……因みにどうやって入ったのか聞いても良いですか?」
私の質問を聞いて、先生が少しだけ困った様な表情を浮かべ…そして回答を思いついたのか嬉しそうに笑いました。
「魔王がトイレに行く時テレポート使うので、其処だけテレポート場所を設定可能なんですよ。なんで昔結界を張る前にちょちょっと入ってテレポート先に設定したという訳です」
「…時々手段と目的が入れ替わってるって言われません?」
私の一言を聞いて先生の首が小さく傾げられ…私は諦めて先生の頭に膝を乗っけました。
…そうすれば頭を撫でてくれないかなと予想したのですが…先生は困った表情のまま私の持っていた紙を流し読みし始めます。
「…先生ってノーマルですか?」
「レズですよ。時々レズのサキュバスと一緒に遊んだりしてます」
「……は?」
「一応人助けなんですよ?レズのサキュバスって男性の精気を吸えず死んでしまうんです」
「そうですか」
「生きる場合には女性の精気を取らないといけないんですが普通の女性だと精気の取られ過ぎで動けなくなりますし効率も悪いらしいんです。だから私の精気を吸い取らせてどちらもwin-winなんですよ!」
「そうですか」
突然早口になった先生を濁った眼で相槌を打ち、私は先生がレズという情報だけを手に入れて満足していた。
…そして私が女王になった暁には、この世界のサキュバスを全員消し炭にしてやろうとも。
「…まぁなんで。基本的に人間の女性には襲い掛かりませんよ」
「合意の上でもですか?」
「合意してくれるんですか?」
意地悪な言い返しに少しだけ口を窄めれば、「今のは私が悪いですね」と優しく頬を撫でてくれた。
…本当は頭を撫でて欲しいのに、どうして撫でてくれないんだろう。
「まぁもし合意の上でしても良いよって人が居たら、するかもしれませんね」
「本当ですか!?」
「おおう乗り気ですね…もしかして貴族のお嬢様と恋バナとかしないんですか?」
「…まぁ。趣味嗜好が違うので」
その一言を聞いて小さく首を傾げた、幼い私の趣味嗜好を捻じ曲げたマシロ様を見ながら…私は思わずため息を吐いてしまいました。
「因みに先生は浮気はありな人ですか?」
「本気で一人を愛したら先生、多分今を生きてないですよ」
言葉に籠められた強い想いを感じて、私は思わず黙ってしまった。
…きっと、愛した人は既に死んでしまったのだろう。
毎日を幸せに過ごして、一緒に冒険者として戦って、引退したら老後も一緒に居て。
……そして、看取られて死んだ。
「…秘術を使わなかったんですか?」
「えぇ。私が望めば使いますとは言ってくださったんですけどね。…こんな孤独に誘う事なんて、私には出来ませんでした」
そういってから、マシロ様は私の身体を起こして立ち上がる。
…そしてゆっくりと窓際に言ってから、祈りを捧げるのだ。
「…あの子が第二の人生も、幸せに過ごせます様に」
…その苛立ちが嫉妬だと気付いたのは、先生が謝りに来たあの日の……ずっとずっと後の事だった。
私とマシロ様のお話…ですか?
確かに幾らでもありますが…それだったら私がマシロ様を“先生”から一人の“少女”として認識した思い出を語っても宜しいかしら。
…ありがとう。余り人に話した事は無いからお聞き苦しいかもしれないけれど…頑張って話すわね。
想像を超える、と言えば良いのでしょうか。
それともやはり期待通りだったと喜ぶのが良いのでしょうか。
結局彼女に傷一つすらつけられず、逆に私の身体はボロボロで。
王女相手に容赦ないと口を尖らせれば、「戦場では皇位は関係ありませんよ」とお叱りの言葉を受けてしまいます。
「…っ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
「油断しないで下さいね。戦場で油断したら死にますよ」
「わがっでまずぅ…」
「ならばよし。これくらいは簡単に終わらせて次に行きましょうね」
私の言葉に満足したのか大量の魔法を放ち、私に回避の練習をさせる伝説の少女を見ながら…過去の私は思わずため息を吐いてしまいました。
それと同時に私の髪の先端が焦げ始め、私は慌てて魔法を避けながら一歩踏み出そうとするのですが…
「っ!」
「ちゃんと相手の技を確認して、何処の弾幕が薄いか把握しなさい!唯突っ込むだけでは火達磨になって終わりますよ!」
「っむ、むり」
私の悲鳴すら少女には届かず、結果火耐性を貫通した魔法に焼かれて私の身体はボロボロになってしまいました。
何度も何度も泣いて泣いて、泣いて…そしてどうして私がこんな目に合わないといけないんだろうと思った日もありました。
と言うかあまりの厳しさに思わず王城に居た兵士達を叩きのめして逃げた時もありました。
煌びやかなドレスから動きやすい服装(後で聞いたのですがその服はマシロ様が作った私専用の服らしいです)に姿を変え、私は王城を脱走して街の外に行きました。
全力で走り続け二時間ほどでしょうか?
お腹が空いてしまい更には喉も乾き、けれど街での買い物が一切分からなかった私にはそれを満たす方法なんて分かりませんでした。
「…おや王女様。今日は街にお出掛けですか?」
そんな時に現れたのが、生まれてからずっと私に指導をしてくださった先生であるマシロ様でした。
今日も訓練をすると知っていた私はマシロ様から全力疾走して逃げようとしましたが、その前に微笑んだままのマシロ様が私の手を握りしめました。
握り方は優しく…けれど逃げる隙を与えない様な握り方で手を繋ぎ…街の高級レストランに入りました。
二人でと笑顔で言ったマシロ様の手を払って逃げる気力も体力も根性も無かった私は、大人しくやってくる料理を待つ事しか出来ませんでした。
お互い無言のまま時間が過ぎ去り…無言に耐えきれなくなった私は料理に一切手を付けてない(勿論当時の私は気付いていませんでしたけど)マシロ様に話しかけました。
「…あの」
「どうしました?」
「えっと……今日の、訓練なんですけど」
「おや。訓練をお望みだとは思いませんでした」
お道化た様に笑ったマシロ様を見て、私は思わず顔を伏せてしまいました。
…確かに訓練が嫌だったから逃げたのに、話題が訓練だったら「じゃあ今此処でやりますか?」なんて言われるに決まってます!
……まぁ、マシロ様の性格を知った今はそんな事を考えませんが…当時の私の心境はそんな感じでしたね。
「心配しなくても今日はお休みですよ。と言うより嫌なら私じゃなくても良いんですよ?別に私は女の子を悪戯に傷付けて喜ぶ変態じゃありませんからね」
そんな風に言っていたマシロ様に、当時の私はかなり驚いていたと思います。
てっきり巷で噂のドS少女かと思っていたので唯虐める事に快感を覚えているんじゃないか…そんな風な妄想を膨らませていた時期もありました。
「一応言いますが、あの訓練に私の趣味嗜好は一切関係ありませんよ?」
少しだけ呆れた様な表情を浮かべながらそう言ったマシロ様を見て、過去の私は疑い深く見ていました。
…まぁ、生まれてから今までずっと殴る事すら出来ず唯痛みに耐える訓練…と言うよりは虐めの方が近かったんですけど…を受けていた私からすれば、いまいち決め手に欠ける情報だったとしか言いようがありません。
勿論マシロ様も今の情報で説得させる気は無かったのでしょう。私の顔を見て苦笑しながら喋り始めました。
「えっとですね王女様。もし仮にダメージを食らった場合、即座に反撃できますか?」
「出来るに決まってます」
私の言葉を聞いて、マシロ様が突拍子も無く頬を叩きました。
その瞬間無意識で身体が動き、私は拳で少女の脳を殴って動きを止めようとして…そのまま私の手は少女に掴まれました。
「反撃もちゃんと急所狙いですし、殴られて即座に反撃が出来るのは良い傾向です」
「…それがどうしたんですか」
「もし仮に私があの訓練をしていなかったら、ちゃんと反撃は出来ていましたか?王女様?」
その一言を聞いて、私は思わず息を飲みました。
…生まれてすぐの私は剣を振るのもやっと。けれど周囲からの誉め言葉に終始浮かれてばっかりで、正直兵士としてはド三流も良い所でした。
……もしかしたら、新兵としても危うかったかもしれません。
「攻撃をしたい。怪我無く倒したい。相手の攻撃を全て避けたい、受け流したい…理想はそうでしょう。けれど現実で傷無く倒せますか?500人からの攻撃を避けられますか?全てが急所狙いの一撃を、貴女は集中力を切らさずに避けきれますか?」
私は無理でしたね。
そう言って笑ったマシロ様を見て、私は思わず息を飲んでしまいました。
…その笑顔の裏に、どれだけの傷や痛みがあったかなんてわかりませんでしたが…それでも、私以上に苦労しているという事だけは…昔の私でも理解出来たのです。
「私は神様によって無限の命が与えられたので大丈夫ですが、貴女達は一つの命しかありませんからね。……だから、私が見れる時にしっかりと死なない術を…とは思っていたんですが…」
「…ぁ」
後にも先にも、マシロ様が私を撫でてくれたのはこの一回だけです。
お父様の話では一応私が生まれた瞬間、祝福を籠めて撫でてくれたらしいが…私が覚えている記憶ではこの一回しかありません。
「…少しだけ焦り過ぎちゃいましたね。明日からはのんびり、日向ぼっこでもしながら座学をしましょうか」
「…っ!い、いえ!明日から、いえ今日からでも!」
始めて撫でてくれたマシロ様に、褒めて貰える時にまた撫でて貰えるんじゃないか。
そんな思いが先行して口走った台詞は、完全に口から出まかせで。
でもそれすらもお見通しだったのでしょうね。マシロ様は慌てないでと小さく微笑みながら優しく撫で続けて…
「先ずはご飯を食べてからですよ。気分転換になるなら一日くらい遅れたって良いんですよ」
「…ぅ」
「戴冠式までは、一緒に居ますからね」
その言葉を聞いて、昔の私は少しだけ口を緩ませてしまって。
…けれど魔剣の勇者によって友達が死に絶え…
「ごめんなさいアイリス様。約束、果たせそうにありません」
そう言いながら去っていったマシロ様の顔と魔剣の勇者と呼ばれたあの冒険者の姿を…
「…アイリス様。今日はこれくらいで」
「そうですわね。ありがとうございます」
私は絶対に、忘れない。