昔は良かった、と言えば年寄り臭いか。
でも、そう思わずには居られない。
人は欲望のままに行動し、罪を犯し、罰を恐れる。
それだけで映画何本分かの厚みはあった。
眺めているだけでもそれはそれは楽しい催し物だったし、時には特等席で助言し、人間が堕落する様を見るのは最高だった。
いけない事だと分かっていても一度欲望を解き放ってしまえば止めようもない。さながら、開け放たれた災厄の箱のように。
際限の無い人の欲望に、あるべき姿に、僕は悪魔として最大の賛辞を送ったとも。
それが今はどうだ。
"強個性"に生まれて勝ち組になれた。
"個性"を上手く使って金を稼ごう。
"個性"に恵まれなかった。
"無個性"だから職に付けない。
個性、個性、個性。
聞き飽きたんだよ。この数十年で。
「超常」は「現実」に?
「
最初は冗談かと思ったよ。笑い飛ばしていたさ。
でも、長いこと
これが
親父のセンスの無さを悲しむべきかな。
どう思う?先生?
男から唐突に話題を振られて、リンダは渋い顔をした。
「あのねルシファー、これが貴方のカウンセリングだと言う事を忘れてないかしら」
この男、ルシファーはリンダの営む医院の客だ。
初対面の時は、隠しもしない男の色気に当てられたし、何度かは体の関係も持った。
しかし、患者としてみた場合の彼はとんでもない問題児だ。
人の話は聞かないし、話はすぐ脱線する、更には「自分は悪魔である」なんて与太話を言い出すのである。
「忘れてないよ、だからここに足を運んでるんじゃないか」
「そう?じゃあ話をシンプルにしましょう。…何について、悩んでいるの?」
問いかけに少し考える素振りを見せて、彼は懐からスキットルを取り出した。
蓋を開ける前に咄嗟に手を掴む。
「お酒は後にして頂戴」
「あー、そうだね、分かった。僕は退屈なんだよ」
「退屈なのね。日常に飽きてしまっていると」
「そうなんだよ。地獄の仕事に飽きてこっちへ来たのに、退屈な日々さ」
「では退屈の理由をもう一度話してもらえる?」
「さっきも言ったけど、僕の楽しみが台無しなんだよ、見たかった映画のジャンルに全部"個性"って言葉が付いて回るんだ」
「"個性"社会が退屈の原因と考えている訳ね」
「実際そうなんだよ。みんな口を開けば"個性"の話ばかり。あとなんだっけ、"個性"を活かしてアレになりたいとか」
「アレって?」
「喉元まで来てるんだが出てこない、確かヘロインに似た言葉だったような気がするけど」
「ヒーローの事?」
彼の認識では"ヒーロー"はドラッグより影が薄いようだ。
「それだ!ヒーロー、口に出すだけで鳥肌が立ちそうだ」
「ヒーローについても、言いたい事がありそうね」
「悪に裁きを与える役目は有史以来僕のものだ。つまり、ヒーローは後からやってきた分際で僕の真似をして金を貰ってるんだよ」
「その比喩表現はちょっと分からないけど、ヒーローの所為で職に溢れているという事?」
「違うよ。ただ、最近になって
そこから読み取れるのは、父親に対する複雑な怒りだった。
「貴方はヒーローを通して父親を見ているのね。その事はまた解決法を探すとして、先ずは認識を変えてみるのはどうかしら」
「認識を変える?どんな風に?」
「今貴方は"個性"社会やヒーローと言う全体像を批判しているの。でも"個性"だって人によって違うし、ヒーローもみんな同じではないでしょ」
ルシファーはハッとした顔で手を叩いた。
「そうか!一人一人を良く見ればいいんだ」
「そうよ。そうする事で貴方の認識も良い方に」
「ヒーローを目指す者がどんな欲望を抱えているかを見てれば良いんだ。きっとドス黒い望みが出てくるに違いない!」
「え」
「ありがとう先生。視界が開けたよ」
「ちょっと、ルシファー!」
ルシファーは部屋を出て行った。
「…あれで解決したのかしら?」
「ちょうど良かった、モジャモジャ君。君みたいな子を探してたんだ」
「はぁ…(外国人だ…!日本語ペラペラ…!)」
緑谷 出久は中学校の帰り道、奇妙な外国人に出会った。
学校で幼馴染の爆豪勝己に"ヒーローになりたい"という夢を馬鹿にされ、落ち込み気味の帰宅途中での事。
下を向いていた為に曲がり角から歩いてきた背広の男に気が付かず、ぶつかって尻餅をついてしまう。
「ああ、ごめんね気が付かなくて。…おやこれは?」
「あっ、それは…!」
男は地面に落ちた出久のノート"将来の為のヒーロー分析"を拾い上げてニンマリと笑った。
「君みたいにヒーローを志す人を探していたんだ、趣味の一環でね」
「は、はあ…」
男は出久を引っ張り起こすとノートを流し読みしていた。
「ヒーローが好きなんだね、良く描けているじゃないか。ノートに火を付けるのも奇抜で面白い」
「いや、それはかっちゃんに爆破されて…」
「おっと自己紹介が遅れてしまったね、僕はルシファー。よろしく」
「あっはい、緑谷 出久です。よろしくお願いします」
「最初はヒーローに直接聞きたかったけどそれは後のお楽しみにしよう。ヒーローを目指す小学生の意見も聞かないとね」
「あの、中学生です……」
「おや失礼、日本人は若く見えるって言うけど本当なんだ。いや、もしかして君の個性はウンパルンパになる個性だったり」
個性の話になって出久は唇を噛んだ。
『"没個性"どころか"無個性"のてめェが〜、何で俺と同じ土俵に立てるんだ!!?』
幼馴染に言われた事が頭を過ぎる。
「何か言いづらい事を聞いたかな?ま、いいや、すぐに終わらせよう。緑谷 出久、"君の望みは何だ?"」
「あっ…」
問いかけられた瞬間に、頭の中が真っ白になった。
質問に答えないと、それだけが思考を支配する。
「ぼく、は…」
「聞かせてくれ、君の内にある欲望を」
僕の望みは、僕の夢は。
「無個性でも、ヒーローになりたい。オールマイトのようなヒーローに…!」
ルシファーは面食らった顔をして、眉を顰めた。
「…えーと、他には無いのかな?ヒーローになってモテたいとか、お金持ちになりたいとか」
「困っている人を笑顔で救ける、そんなヒーローになりたいです」
出久の答えに、ルシファーはあからさまな溜息を吐いた。
「やれやれ、若い子の欲望は当てにならないな。純粋過ぎて面白くない」
「あのっ!」
「なんだいモジャモジャ君」
出久が夢を語った時、ルシファーは決して笑わなかった。
その事が、少しだけ嬉しかった。
「否定、しないんですか?"無個性"じゃヒーローになれない、って」
「どうして僕にそんな事を聞く?」
「えっ、だって僕は"無個性"で…」
「それが僕に関係あるか?君自身の問題だろう?」
「それは、そうですけど…」
ルシファーは出久の周りを歩きながらニヤリと笑った。
「まあでも、今の君を見る限りヒーローにはなれなさそうだ」
「うっ」
「ヒーローってのは、
「あっ」
言われて出久は気付かされた。
プロヒーローはみんな体を鍛えている。
いかなる状況でも即応する為である。
ヒーローになりたいと口にしながら、出久は自分磨きを怠っていた。ひょっとすると自分の姿は、周囲には"口先だけのダメな奴"に見えていたのだろうか。これでは幼馴染に馬鹿にされるのも納得だ。
そうだ。もっと努力しないと。
夢を叶える為に全力を尽くすんだ!
「だからモジャモジャ君。一度ヒーローや個性を抜きにしてやりたい事を考えるのはどうかな。幸いにも世界には楽しみが沢山ある、そこから君の本当の望みをーー」
「ルシファーさん!ありがとうございました!僕、もっと頑張ります!」
「えっ、ちょっと」
出久はルシファーに礼をして帰ろうとした。
自分磨きを含めてこれからのスケジュールを考えないと。
幼馴染には馬鹿にされたばかりだが、今の出久は夢に向かって進むやる気に満ち溢れていた。
その矢先、
「Mサイズの…隠れミノ…」
「大丈夫、身体を乗っ取るだけさ、落ち着いて。苦しいのは約45秒…すぐ楽になるさ」
「ん"ーーっ!(息が出来ない!!)」
液体のヘドロ
誰か、助けて。
朦朧とする意識の中、軽薄な男の声が聞こえてくる。
「モジャモジャくーん。あらら、凄いことになってるねぇ」
「何者だ…!」
「ん"ーっ!(ルシファーさん!?)」
「僕はルシファー、よろしく……しなくて良いや、変な病気を
「まさか、ヒーローか…!?」
「僕がヒーロー?勘弁してくれ、ヒーローの薄給じゃ愛車の手入れも出来なさそうだ。しかし本当に気持ちが悪いな。地獄の魔物が可愛く見えてくるよ」
「Lサイズ…このガキより頑丈そうだ…。お前の体にしよう…!」
「ん"ーー!(僕の所為でルシファーさんまで危険に…!逃げて!)」
ヘドロ
「もう大丈夫だ君たち!!私が来た!」
ヒーローが現れた。
「大丈夫かい少年!…気絶しているのか。ナイスミドルの君も大丈夫だったかな?」
「君の事、知ってるよ。テレビで見た顔だ」
自身の一撃によって散らばったヘドロ
この男、オールマイトが少年を救けるまで敵と会話をしていたようだ。
最近はヒーローの存在に安心して危機感の薄れた一般人が多くいると心配していたが、これはかなり深刻な問題になる可能性がある。
「HAHAHA!これは失礼、オールマイトです」
「そうだオールマイトだ!一文字変えて
「Oh……プレイボーイ…!」
「ここで会えたのも何かの縁だ。是非とも君に聞いておきたい事があってね。No.1ヒーロー、現代のクラーク・ケント」
「良いですよ!何でも聞いてくれちゃって!ただし、個人情報はNGだぜ!」
質問の割には随分と剣呑な顔だと不思議に思ったが、ヒーローはファンサービスを忘れてはいけないものだ。
「それは良かった。オールマイト、"君の望みは何だ?"」
私の望み?変な事を聞くものだ。
「それは勿論、市民の皆さんを助け続ける事さ!」
「えっ」
平凡な台詞だが、ヒーローならこれがベストだ。
どんな時も、奉仕の精神は共にある。
だが、男にとっては予想外だったようで、開いた口が塞がらない様子だった。
「…いや、そんな筈はない。もう一度聞くよ?"君の望みは何だ"」
「またかい!?時間が押してるんだが…、えー、そうだなぁ、仕事を終えて観る映画は最高だよね!」
再度質問されるとは思っておらず、チャーミング路線で趣味を明かすが、更に困惑に染まる男の表情。
そんな顔されても私も困る
「そうか…、もう良いよ全身タイツ君、僕はもう帰る」
「そうかい?気を付けて帰ってね!!」
男はそう言うと、踵を返して帰っていった。
そういえば彼の名前聞いてないな。
さて、マッスルフォームが切れる前に少年を起こさないと。
「……何故、僕の力が効かない?」
ナイトクラブ「LUX」
歓楽街一の賑わいを誇るクラブのプライベートルームで、ルシファーはウィスキーの入ったグラスを傾けていた。
………あの男には僕の力が効いてなかった。
思い出すのはあの全身タイツ男、オールマイト。
正義のヒーローなどと笑止千万な職業に就く、あの画風の濃い男。
昼間、ルシファーは確かに"人の欲望を引き出す力"を使って質問したのだ。しかし、オールマイトには通用せず、当たり障りの無い返事をされて終わってしまった。
嫌悪と言ってもいい感情を現代のヒーローに抱いているルシファーに取って、これほど屈辱的な事は無かった。
考えれば考える程苛立ちが募るので、気分転換にピアノを弾こうと思った。
こういう時は、得意の歌でも唄って悪感情を流した方が良い。
グランドピアノの椅子に座り、グラスを置くと
「…あれ?」
しかし、音は鳴ることは無かった。
何度鍵盤を押しても調律された音は響かない。
すわ故障かと慌てかけたが、思い直す。
ピアノは鳴っていないのでは無い、
まるで、"時間の流れを変えた"かのように。
こんな事が出来る存在に、ルシファーは心当たりがあった。
「君か、アメナディエル。我が兄弟」
ルシファーがピアノから顔を上げると、窓際に大柄な黒人男性が立っていた。
「その天使の衣装ダサいと思ってたけど、今の世界なら受け入れられるかもな。ヒーローっぽくて」
「ルシファー、地獄へ戻れ」
この父を同じくする兄弟は何かあれば神の命令に従えだなんだとルシファーに言い寄ってくる。
「またそれか。あ、良い提案がある、絶滅危惧種の"人間"って種族がいるんだが、そいつらが絶滅したら地獄に帰るよ」
「ふざけるな」
「今は君との無駄話に付き合う気分じゃないんだ。出直してくれ」
「お前は役目を放棄している、父上の命に背いているんだぞ」
「関係ないね。親父の言ったことだから何だって言うんだ」
ルシファーがそう言うと、切れ味の鋭い天使の黒翼が喉に突きつけられた。アメナディエルの翼だ。
「侮辱するな!神の定めし事に必ず意味はある!」
「今の社会もか?"個性"なんて醜悪な物を神が望んだと?」
そうだ、こいつにも聞いておきたい事があった。
「翼の"個性"を見たことあるか兄弟?人が天使の領分に踏み込んでるんだぞ?息子たちの面目を潰すのが親父の望みか?」
「いや、しかし…、それでも父上には考えがある筈だ」
ルシファーの問いかけにアメナディエルは動揺しているが、神を信じ切っているので話にならない。
いい加減、ルシファーも腹が立って来ていた。
「親父が考えに考えて僕らの顔に泥を塗ろうとしてるのは良く分かったよ!今日だって、僕の力が効かない人間が居たんだぞ!信じられるか!?」
この事実には流石のアメナディエルも表情が変わった。
「……何っ?」
「たかだか"個性"がある程度のヒーローに、僕の力が通用しなかったんだ!これほどの侮辱があるか?」
「それは本当か?」
「僕が嘘を付かない事は知ってるよな兄弟」
アメナディエルは考えを纏めるように目を瞑り、暫くしてルシファーに口を開いた。
「お前はその人間を追いかけるべきだ」
「何だって?」
「これは全て父上の導きに違いない。その人間がお前の力を弾いたのも意味がある筈だ。ヒーローに付いて回る事でお前が変わるのを待ってるんだ」
「…兄弟、お前は僕にこう言ってるんだぞ。僕の事を軽んじている父上の仕組んだ計画に従え、と………ふざけるな!」
あまりの怒りに普段は隠している悪魔の顔が表に出る。直ぐに元の顔に戻ったが、噴出した怒りまでは消えそうに無かった。
「これは神の試練だ。お前の為に用意されてるんだよ」
「……ああ、そうだな。その提案に乗ってやるよアメナディエル」
その言葉にアメナディエルは喜色を露わにした。
「そうか!やっと父上の導きに従う気になったんだな!」
「いいや?」
「ん?」
「もっと面白くしてやるよ。親父の計画を逆手に取るんだ。全てぶち壊してやる。ヒーローって奴がどうしようもない欲望の塊で、悪である事を証明してやろうじゃないか」
「校長、どういう事です。この時期に特別講師なんて」
「僕にも分からないさ。ただ、警察上層部から是非ともと強い念押しがあったのさ!」
「縁故就職ですか…合理的じゃないな」
「経歴を見る限り変な点はありませんね。………えっ、ナイトクラブのオーナー?」
「Wow…!プレイボーイの香りがするジャン!?」
「LUX…非合法スレスレの有名なクラブじゃないか」
「あれ、オールマイト?どうしました?」
「………ん"ん"、いえ何も(知ってる人だーー!?)」
「今年から特別講師を務めることになった先生を紹介する。…どうぞ」
「わぁ、海外の人や…!?」
「すっごいハンサム系!」
「おいらには分かる…!アイツは遊び人だぜ…!」
「おい峰田落ち着けって」
「みんな!静まりたまえ!自己紹介の途中だぞ!」
「ケッ…!」
「あ、あの人は……!?」
「僕はルシファー。ルシファー・モーニングスター」
地獄の王だ。
さあ、君達の望みを聞こう。