少年よ、大望を描け   作:アグナ

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「人に好感を持たれたければ、誰に対しても挨拶をすることだ。挨拶ほど簡単でたやすいコミュニケーション方法はない」

   ──デール・カーネギー


第三話「高度育成高等学校について」

「──新入生の皆さん、入学おめでとう。こうして貴方たち新一年生の新しい高校生活の始まりに立ち会えたことに嬉しく思います」

 

 柔和な笑みを浮かべながら黒板の前に立った女教師の第一声は如何にも定型文とも言うべき挨拶から始まった。

 

「私が今年から一年Bクラスの担任となる星之宮知恵です。普段は保険医をしているから皆とは授業で会う機会は少ないと思うけど、その分、他の面でジャンジャン関わっていくつもりだからよろしくね? 因みにこの学校ではクラス替えは無いので、卒業までの三年間このままのこのクラスで学ぶことになるからね~」

 

 セミロングの軽くウェーブのかかった髪に、TPOを侵さない程度のファッション。今時の大人の女性を思わせる落ち着いた雰囲気と、当人の性格からかにじみ出るふんわりした空気感……。

 

 星之宮知恵。

 それが今日から俺たちのクラスの担任となる先生の名であった。

 

「そして本題に入る前にまずは一つ、謝罪から。本来であれば、挨拶と学校説明は入学式の前に行われるものなのだけれど諸事情が重なり、他のクラスとは異なり皆さんには少しの残って貰う結果なってしまった事をお詫びします。その分、説明は手短に終わらせるつもりだからそれで我慢してください」

 

 お願いと両手を合わせて謝罪の態度を取る星之宮。

 それに対して、クラスの、主に女子を中心とした生徒たちから「気にしなくて良いよー」等々と声が飛ぶ。

 クラスの空気から察していたが、どうやらこのクラスは心の広い良い人が多いようだ。

 

「ありがとう、皆がそう言ってくれて嬉しいわぁ。この学校は結構キッチリしてるから入学前から教師業務でドタバタすることは早々に無いんだけどね~」

 

 と言いながら気のせいか、星之宮先生の視線が一瞬だけ俺の方に向いたような気がした。

 俺は不意打ちに視線を向けられ眉を顰めて反応するが、対する星之宮先生側は何事も無かったように話を進める。

 

「さて、じゃあ早速説明を始めましょうか。取りあえず説明する前に資料を配るから前の人から一枚受け取って後ろの人に回してあげてね。あ、足りなかったら言うように」

 

 そう言うと窓際の列から順に紙束を回していく星之宮先生。

 特に何をいうでも無く、職務に徹する態度を見るに、やはり視線は俺の気のせいだったか、どうやら新たな環境に対し、俺も少し気を張っていたようだ。

 自分は緊張とは無縁の人間だと思っていたが、そこはまだまだ未熟な高校生と言うことか。深層部分では、という事だろう。

 

 俺は自分の内面に関して理解を深めると共に、丁度回ってきた資料に何気なく目を落とす。内容は一見して、中学時代に見た入学案内の資料と同じ。

 この学校の特徴……敷地内にある寮での生活の義務化と、在学中は一部の特例を除いて一切の外部接触を禁じるという変わったルールを記したものだ。

 

 全国の高等学校を見渡しても寮生活を強いることだけならともかく、敷地内を出てはいけない、例え肉親であっても外部の人間と接触してはならないというルールは中々類を見ない、というかこの学校ぐらいだろう。

 

 文字通りの隔離生活。

 学校という施設の目的を考えればまるで勉強するための牢獄のような環境だが、その代わりと言うべきか学校の敷地内にはショッピングモールを始め、シアタールームやブティックなど、普段の生活に必要なものを手に入れられるばかりか娯楽施設まで完備されており、小さな街の様相を呈している。

 

 そのため、外に出なくても普通に生活する分には困らない十分以上に充実した環境であると言えよう。

 流石は国立。勉強を教えるための空間にしてはかなり金が掛かっている。

 というか、だ。

 

(改めて聞くと怪しすぎるだろ、高度育成高等学校)

 

 こうして資料を眺めながら情報を列挙し、並べてみればその異質さが際立つ。

 街一つ作る勢いで高校を作るなど、政府主導で築いた学校とは言えやり過ぎにも程がある。国立大学でも此処までのことはしないはずだ。

 何か危険な事情がある──とまでは思わないが流石に何か裏があると思うのは少し頭が回る者ならば思うことだ。

 

(ま、父さんが何も言ってこなかったし、陰謀論は流石に無いか)

 

 実は子供を使った実験施設とか、政府の利権絡みの黒い学校だとか、はたまた諸外国が設置した怪しげな教育を施す外部機関だとか。

 そういった事情であればとっくの昔に父が動いていることだろう。

 

 怪しいは怪しいが、そういった命に関わる類いのものや黒いものが関わってくる怪しさでは無い。

 単に、出来すぎ、やり過ぎという類い。

 少なくとも教育という一面において、この学校がただの名門学校ではないということだろう。

 

 そして、それはこの学校が持つもう一つの特徴が裏付けている。

 

「──資料はみんな受け渡ったわね。それじゃあ次に生徒手帳を配ります。それぞれ間違えないように受け取ってね。これには学校の敷地内にある全ての施設を利用したり、売店なんかで商品を購入する、言わば身分証明も兼ねた学校内限定のクレジットカードみたいな役割があるから無くしちゃダメよ? それからポイントを消費してモノの売買を行うSシステムに関しては資料に書いてあるから詳しい説明はそちらを読むように。資料にも書いてあるけれど学校内のモノであればポイントを使って何でも購入可能だから無くしちゃうと大変なことになるからね?」

 

 Sシステム。

 これもまたこの学校の特徴とも言えるものだ。

 今ほどに星之宮先生が説明した通り、この学校では学生証と機能を兼ねた学校内限定で現金の代替ともいうべきポイントを含むカードが渡される。

 目的は不明瞭だが、恐らくは生徒たちに現金を持たせないことで無駄な消費を規定するために設けられたモノだろう。

 或いは消費癖のある生徒を監視するため、とか……。

 

「学校施設や商業施設ではこの学生証を通すか提示することで使用できるわ。電子処理を行うカードと利用法は変わらないから使い方はすぐに分かるでしょう。それから使えるポイントは毎月の始め、一日に自動的に振り込まれることになっています。既にこの学校への入学を遂げた皆さんに対して、平等に10万ポイントが支給されているから後でチェックしてみてね。ポイントは1ポイントで1円よ。正直、お小遣いが多くて先生、皆が羨ましいわぁ」

 

 さらっと暢気に告げる星之宮先生。

 だが、告げられた言葉にクラスが一瞬でザワついた。

 1ポイントで1円。それを10万ポイント。

 即ち──。

 

「じゅ、10万円が貰えるって事ですかッ!?」

 

 クラスメイトの誰かが思わずと言った風に叫ぶ。

 そう、入学したばかりの俺たちはいきなり学校側から10万円のお小遣いを貰ったと言うことだ。

 高校生に与える金額としてはデカすぎるし、日本政府が関わっている教育推進学校とは言え流石にここまで来ると怪しすぎる。

 

 モヤッとしていた疑念は疑問へと変わった。

 そしてそれは俺だけでは無かったのだろう。

 浮つく生徒たちとは別に何人かの生徒が疑問を持った視線で星之宮先生の言葉に注目し、聞き逃すまいとする。

 

 その目線に気づいたのか、星之宮先生は微笑を浮かべながら満足したように頷くとザワつくクラスを鎮めながら説明の言葉を続ける。

 

「皆、ポイントが多いことに驚いているみたいね。けど、これは貴方たちに対する正当な評価の賜物よ。この学校は実力で生徒を測る。つまりこの学校に入学を果たした貴方たちにはそれだけの可能性と価値がある。ポイントはその評価を形にしたものだと言って良いわ」

 

 クラスの生徒たちを見渡すようにして星之宮先生は言った。

 この10万ポイントは実力を示した俺たちへの評価だと。

 それだけの評価を下す価値と可能性が俺たちにはあると。

 過大とも言える対価を示すことで雄弁にそれを語る。

 

「でも一つだけ注意事項。このポイントはあくまで学校内でのみ使えるものだからポイントを貯めて卒業後に現金化、ということは出来ないから注意してね。そこだけ注意してくれれば後は貴方たちの自由よ。だからといって、カツアゲやいじめとかしてポイントを人から取っちゃダメだからね? この学校はそういうのには敏感なんだから」

 

 人差し指を立て、ウインクしながら要注意を促す星之宮先生。

 カツアゲやいじめの話は置いておくとして、学校内であれば現金と変わらず何にでも購入、利用できるとはなんともはやというべきだろう。

 それを入学時点で10万。

 ポイントを評価とするならば名門校の受験に受かった生徒に10万円というのは相応の評価と言えなくも無いのかも知れない。

 

 伝聞ゆえ、詳しくは知らないが大学では資格取得や成績に応じて学校側から奨励金という形で金銭を生徒に支給するという制度がある聞く。

 それを真似た形であるならば成る程、合点もいく話だが。

 

 幾つか、疑問点があるのは確かだ。

 

「さて、以上で私からの説明は終わりなんだけど……何か先生に質問したいことはあるかしら?」

 

 何かを期待するような星之宮先生の問い。

 意図を感じさせる微笑みでクラスを見渡す。

 

 ……目立つのは不本意なのだが。

 今後の生活に多少なりとも響くとあれば動かざるを得まい。

 

「「「はい」」」

 

 そう考え、手を上げると同時に重なる声。

 素早く目を向けると俺の他に二人の生徒が挙手している。

 一人は星之宮先生が教室に来る前に雑談していた相手、一之瀬。

 そしてもう一人は見知らぬ男子生徒。

 

 どうやら先生の話に疑問を抱いたのは俺だけでは無かったようだ。

 一之瀬と男子生徒と目が合う。

 己以外の質問者に対して、一瞬目配せを交わし合う。

 さて──ほぼ初対面で上手く合わせられると良いが……。

 

「はい、じゃあまずは一番手を挙げるのが早かった渋沢くんからどうぞ」

 

 と、先鋒は俺か。

 だとするならば手始めに聞くべき事は。

 

「では一つ、ポイントに関する質問です。入学した生徒全員に10万円相当のポイントが配られているとの事でしたが、それは他クラスも共通で配られているという認識で間違いないでしょうか?」

 

「はい。その認識で間違いありません。この学校に入学した生徒たち全員に対し、その評価として10万ポイントは配布されているわ。それは他のクラスも例外ではありません」

 

 先ほど、先生が言ったように10万ポイントは入学した生徒たちの評価。それに対する対価であるとみて間違いは無いと言うことだ。

 少なくともどのクラスに対しても新入生には10万ポイントが配られているという認識に間違いは無いだろう。

 

「それじゃあ次に、神崎君、質問をどうぞ」

 

「はい」

 

 俺の質問が終わると同時に次の質問者が指定される。

 神崎、と呼ばれた男子生徒は問うべき内容をやや考えてから口にする。

 

「星之宮先生は入学を果たした俺たちには10万ポイントを支給されるだけの価値と可能性があると言いました。そしてこの学校は実力で生徒を測るとも。ということは成績の善し悪しによってポイントが上下するといったことはありますか?」

 

「ポイントの上下に関しては一度支給されたポイントが上下することはないので安心して使って大丈夫よ。手の持った10万ポイントが成績不振でいきなり無くなるということは無いわ」

 

「……ありがとうございます」

 

 質問が終わり黙礼しながら着席する神崎。

 此方に少し視線を向けた後、考えるように黙り混む。

 

 ポイントに纏わる全貌はまだ見えないモノの、その役割に関してはこれでハッキリしただとすれば最後にすべき質問は一つ。

 

「最後に、一之瀬さんどうぞ」

 

「はい」

 

 回ってきた順番に立ち上がる一之瀬。

 

 ……入学を果たした評価(・・)として10万ポイントが支給された。

 ……一度手にしたポイント()成績不信で無くなる事は無い。

 

 二度の質問を行い、ポイント=評価という図式は出来上がっている。

 最初は十万という単位に動揺したが。

 要するにこれが現時点での俺たちの評価ということだろう。

 そして、少なくとも成績如何によっては手に持つポイント以外が上下する。

 加えて、実力で生徒を測るという実力主義がこの学校ならば。

 

「では私からの質問です。先生は入学時の新入生に対する評価として十万ポイントが配られていると言いました。また先生は支給されたポイントはともかく、成績次第で支給される(・・・・・・)ポイントは上下することに関しては言及しませんでしたが、これはつまり……。

 ──毎月配られるポイントは成績次第で変わる(・・・・・・・・)という認識で間違いないでしょうか?」

 

 一之瀬の質問にクラス全員の目が星之宮先生の方へと向く。

 そう、彼女は毎月ポイントは学校から支給されると言った。

 

 しかしそれが10万ポイントであるとは一言も言っていない。

 説明でも、先の質問でも言ったように。

 10万ポイントはあくまで入学を果たしたことへの正当な評価であると。

 それ故に同学年全クラス共通に支給されていると言った。

 

 つまり、これは俺たちに対する現時点の評価。

 それが10万ポイントであると言っているに等しい。

 そして続く質問でポイントは成績次第で上下するとも。

 

 だとすれば、この学校におけるポイントというのは。

 

「──良い質問ですね。その通り、支給されるポイントに関しては貴方たちの成績、或いは授業態度や普段の生活を参照に変動することがあります。支給されるポイントをプライベートポイント、そしてそれを定める評価値としてクラスポイントが別途に定められてあって、クラスポイントの数字×百倍をした数字がプライベートポイントとしてそれぞれ生徒に支給される仕組みになっているの」

 

 入学時点でのプライベートポイントは10万ポイント。

 それが×百倍された数字だというならば。

 逆算して1000ポイント。

 入学時点で俺たちに下された、学校の評価。

 

「優秀な皆さんならばもう察しているでしょう。この学校では、貴方たち一人一人の成績や態度と言った評価を軸に……。

 クラスの(・・・・)ポイント(・・・・)()成績に(・・・)反映される(・・・・・)。つまり貴方たちの今後の生活態度や成績次第でクラスポイントは変動し、ひいてはその評価に合わせて毎月配られるポイントは変わります。だから皆、きちんと授業を受けて、頑張って勉強することね。

 ──それじゃあ皆、これから三年間。一緒に頑張ろー!」

 

 一通りの連絡が終わったためか。

 言葉を崩し天真爛漫に笑顔で生徒たちを鼓舞する星之宮先生。

 しかしその元気に付いてこれるものはいなかった。

 

 ──唖然とする生徒。

 

 ──事態を把握しかねる生徒。

 

 ──困惑を隠しきれぬ生徒。

 

 総じて、共通するのは皆、動揺しているということだ。

 クラス単位で評価され、評価によってクラスポイントは変動する。

 そしてクラスポイントを元にプライベートポイントが決まる。

 

 それは日頃の評価が日々の生活に影響してくると言うこと。

 文字通り生徒の実力を測り、常にその評価を下す。

 優秀な生徒はポイントによって満足のいく学生生活を。

 劣った生徒はポイントによって不遇なる学生生活を。

 

 加えてクラス単位で評価が変わるというならば、スタート地点こそ差は無かれど、今後の次第によってはクラス事にポイントの差が付き、それがクラスの評価となるということで……ああ、つまり他のクラスは競争相手ということだ。

 

 クラス単位で競争し、その評価を日常生活に反映する。

 なんともはや。

 

 

「ようこそ実力至上主義の教室へってか……流石は政府主導、曰く付き名門校っていうところか、やることがえげつねえな」

 

 

 この学校は、文字通り……実力が全てということだ。




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