都会という名の闇   作:紫 李鳥

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 〈紫煙(しえん)〉というスナックは、千川通りから路地を入ったビルの一階にあった。――ドアを引くと、ドアベルの音と共にカウンターの女が振り向いた。時間が早いせいか、客は居なかった。

 

 この女が結香の母親か……。厚化粧をした結香に似ていると、晶子は思った。

 

「いらっしゃ……」

 

 場違いの女客に面食らっていた。

 

「私、武藤と言いますけど、失礼ですが、結香さんのお母さんでしょうか」

 

「そうだけど、また、警察?」

 

 母親が(いか)めしい顔をした。

 

「……また、警察って、結香が何をしたんですか?」

 

「……あんた、誰?」

 

「友だちです」

 

「友だち?……随分、歳が違うね。私の友だちってんなら分かるけど」

 

 母親は、灰皿の煙草に手を伸ばした。

 

「歳の離れた友だちがいてもいいでしょ?それより、結香ちゃんが何したんですか」

 

「……殺されましたよ」

 

 母親は、横を向いて煙を吐いた。

 

「えーっ!……こ、殺された?」

 

 晶子は、自分の耳を疑った。途端、結香との出来事が走馬灯のように駆け巡った。

 

「ど、どこで、いつ?」

 

「あんた、ニュース見てないの?×日の夜よ。池袋のラブホテルで、首を絞められて」

 

「……」

 

 その事件は知っていた。だが、身元が判明する前だから、当然、名前は出ない。……あの、殺害された高校生が結香だったなんて……。×日と言えば、結香と居酒屋で呑んだ翌日だ。

 

「で、犯人は?」

 

「……いや、まだ」

 

 母親は不味(まず)そうに煙を吐くと、煙草をもみ消した。

 

 母親の「……いや、まだ」には、「捕まっていない」と続くのだろうが、「……いや、まだ」で、口を(つぐ)んだのは、犯人を知っている、と晶子に思わせた。

 

 カランコロン。ドアベルが音を立てた。

 

「あら、スーさん、いらっしゃい」

 

 

 

 ――結香との短い付き合いが、自分の人生のすべてだったかのように、結香とのシーンが頭にこびりついて、鉄兜のごとく覆い被さっていた。「ウザいんだよ!」「オバサンっ!」「ババーっ!」……。結香の汚い言葉が、いつまでも耳から離れなかった。

 

 結香。誰に殺されたの?……どうして、ラブホテルなんかに居たの?やり直すって、約束したよね?……なんでだよっ?なんでだよっ!「結香のバカヤローっ!」晶子は、星も見えない都会の空に向かって怒鳴ると、声を上げて泣いた。

 

 

 翌日、図書館に行くと、結香の事件が載った新聞を漁った。

 

【――女子高生は、ベッドに仰向けの状態で倒れており、着衣に乱れはなかった。死因は、首を絞められたことによる窒息死。死亡推定時刻は、×日の午後6時半前後とみられ、先にホテルを出た中肉中背の男は、黒っぽい野球帽に黒っぽいジャンパーだったとのこと。年齢は40~50歳ぐらい。被害者の財布や携帯電話がないことから、行きずりと顔見知りの両面から捜査をしている】

 

 いや、行きずりなんかじゃない。やり直すと約束したんだから。それに、あの母親の様子からして、絶対、顔見知りの犯行だ。……結香にはボーイフレンドはいなかったのかな……。

 

 母親から話を訊こうと思い、菓子折りを手土産にすると、要町のマンションに向かった。――時間を見計らって訪ねたものの、母親は化粧っけのない寝起きの顔を眩しそうに歪めた。

 

 

「――結香ちゃんにボーイフレンドはいました?」

 

「さぁね。娘のことは関知しなかったから」

 

 インスタントコーヒーを淹れながら、上の空で答えた。2LDKの部屋を見回すと、リビングにも、結香の部屋だと思われる机の見える部屋にも、結香の遺影は無かった。

 

「日記帳とかは?」

 

「さあ……。私はあの子の部屋はいじったことないから」

 

 母親は、コーヒーカップを晶子の前に置くと、ガラスのテーブルを挟んだ。

 

「日記帳を探してもいいですか?」

 

「……そんなもの探してどうするの?」

 

 煙草に火を付けようとした母親が(いぶか)しげな顔を向けた。

 

「どうするって、犯人を捕まえたくないんですか?」

 

「そんなのは警察がやってますよ。日記帳があったら押収してるでしょうよ」

 

 レースのカーテンを引いた窓辺に顔を向けた。

 

「……どうして、ラブホテルなんかに」

 

「さぁね。あの子に訊いてみないと分かりませんよ」

 

 感情を抑えていた晶子だったが、母親の結香に対する愛情の無さや、人面獣心(じんめんじゅうしん)な態度に我慢できなくなっていた。

 

「おいっ、こらっ!死んだ結香にどうやって訊くんだよ。あー?」

 

 突然の晶子の剣幕にびっくりした母親は、指に挟んでいた煙草をレザーのソファに落としてしまった。慌てて拾うと、呆気に取られた顔を向けた。

 

「あんた、それでも母親かよ。てめぇが産んだガキだろが。私は結婚したこともなけりゃ、子どもを産んだこともないけど、人並みに愛情の欠片(かけら)ぐらいはあるよ。あー?赤の他人の私が心配してるって言うのに、実母の当のあんたは無関心か。あー?あんな不良にしたんだって、てめぇの責任だろがっ」

 

「……」

 

 煙草をもみ消した母親は、居心地が悪そうにソワソワしていた。晶子は、ジャケットの中のシャツの(ぼたん)を外すと、

 

「ほら、見なよ」

 

 と、左肩を出して、シャツを捲った。

 

「おめぇのガキに傷つけられた(あと)だ」

 

 母親は目を丸くしていた。

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