都会という名の闇   作:紫 李鳥

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「なんなら、傷害罪で訴えようか?それとも店の客を減らそうか?やり方はいくらでもあるんだよ。あんたの態度次第では」

 

 晶子はそう言いながら、シャツの釦を()めた。

 

「……」

 

 母親は返す言葉が見つからないのか、青菜に塩と言った様子で俯いていた。

 

「どうすんの?協力するの、しないの」

 

「……します」

 

 途端に、借りてきた猫のようになった。

 

「じゃ、結香の部屋を見ていい?」

 

「……どうぞ」

 

 

 ――だが、日記帳らしき物は無かった。警察が押収している可能性もある。

 

「篠田さん。あなた、犯人を知ってますよね」

 

「ぷっ」

 

 母親は、口に含んだばかりのコーヒーを吹き出した。

 

「……知ってるわけじゃないけど――」

 

「推測で構わないから」

 

「……鈴木っていうお客さん。武藤さんでしたか?お名前」

 

「ええ」

 

「武藤さんが店に来た時、入れ違いに入ってきたお客さんがいたでしょう?私が、スーさんて呼んだ人」

 

「……ああ」

 

 野球帽に、エンブレムの付いた黒っぽいジャケットを着た、中肉中背の50前後だった。

 

「その、スーさんて人が結香にぞっこんだったの。だから、もしかしてと思って」

 

「でも、事情聴取は受けたんでしょ?」

 

「ええ。けど、アリバイなんて、はっきりしないのが普通でしょ?一人住まいの人は多いだろうし」

 

「でも、飲みに来てるってことは、容疑者じゃなかったってことよね」

 

「……でしょうね。けど、なんだかスッキリしなくて」

 

「だったら、結香との関係を探るとか、復讐しようとか思わなかったの?」

 

「武藤さんは他人事(ひとごと)だから、簡単にそう言うけど、それが原因で、スーさんが来なくなったら困るのよ。金払いのいい客を失うことになるし。店の経費や家賃の支払いで、月いくらかかるかご存じ?私だって食べていかなくてはならないんですよ」

 

「だったら、店を閉めて、家賃の安いとこに引っ越すとか、方法はいくらでもあるでしょ?」

 

「そんな、武藤さんのような生き方ができる人間ばかりじゃないですよ。やっと常連客も増え、軌道に乗ってきたんです。犯人を挙げるために、今の生活を壊すことはできません。冷たいように聞こえるかもしれませんが、この歳で違う人生を生きる勇気はありませんし」

 

「……」

 

 晶子は、冷めたコーヒーを口に含んだ。

 

 

 スーさんとやらの名刺と、結香の写真を要求すると、母親は自分の部屋らしき和室の(ふすま)を開けた。すると、そこには、箪笥(たんす)の上に置かれた結香の遺影があった。晶子はホッとすると、線香をあげさせてもらった。

 

 微笑(ほほえ)む素っぴんの結香に、「犯人を挙げてやっからね。安らかに眠りなよ、クソガキ」と心で言ってやった。すると、一瞬、結香がプッと吹き出したように見え、「無理すんなって。警察に任せて、リュックでもおんぶしてな。オバサン」と言ったように聞こえた。

 

 鈴木均(すずきひとし)の名刺を携帯で撮ると、

 

「あなたは余計なことをするなと言うでしょうが、結香ちゃんは立ち直ると約束したんです。もしかして、ホテルに行ったのは別れ話をするためだったのかもしれません。きっかけはどうであれ、私と結香ちゃんは縁があって出会ったんです。17年しか生きられなかった結香ちゃんの無念を晴らしてやりたいんです」

 

 母親にそう言って、晶子は頭を下げた。

 

 

 

 仕事の予約を入れてなかった晶子は、翌日、履歴書を手にすると、小竹向原にある〈鈴木紙工〉に向かった。――案の定、【パート募集】の張り紙があった。零細企業は往々にして張り紙をしているものだ。新聞や求人誌の掲載料は馬鹿にならない。

 

 現場責任者の鴨下(かもした)という40代の男が面接に当たった。倉庫内作業の経験をアピールすると、即決だった。

 

 登録している派遣会社に、ケガを口実にした長期休暇を申請すると、翌日から〈鈴木紙工〉に出勤した。仕事の内容は、印刷した活字の訂正シールを貼ったり、雑誌の間に訂正チラシを差し込む作業だった。

 

 晶子の手慣れた仕事っぷりに、出社した社長の鈴木が満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「あ、武藤さん、社長を紹介しよう」

 

 昼の休憩をしていると、鴨下と鈴木が休憩室に入ってきた。

 

「鈴木です」

 

 軽く会釈をした。

 

「武藤晶子です。よろしくお願いします」

 

 お辞儀をした。

 

「……あれぇ、どこかで会ってる?」

 

「……さあ」

 

 晶子はすっとぼけた。

 

「社長、その手は桑名のなんとかですよ」

 

 パートの主婦がからかった。

 

「ハッハッハッ」

 

 皆が笑った。

 

 

 

 仕事を終えた晶子は、タイムカードに打刻すると、事務所で煙草を吸っていた鈴木に挨拶した。

 

「お先に失礼します」

 

「あ、お疲れ。明日も頼むよ」

 

「はーい」

 

 

 ペットボトルのカフェオレを飲みながら、駅までを歩いた。仕事を終えてからのこの水分補給は、至福のひとときだった。

 

 さて、鈴木を探るために潜り込んだものの、どうやって、×日の鈴木の行動を調べればいい?警察が帰したと言うことは、容疑者ではないと判断してのことなのだろうが、母親が言っていた、鈴木への疑惑がどうしても引っ掛かる。警察の見解より、肉親の直感のほうが信憑性(しんぴょうせい)があるのではないだろうか……。

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