後方腕組みおじさんに、俺はなる。   作:hasuka

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二週目をクリアして、またも衝動的に書き上げたもの。
供養のため投稿。




ダーナ

「俺も、ダーナが好きだ。」

 

「君の優しさが、その在り方が、俺に生きる希望と勇気をくれた。

 逆だよ。助けられたのは俺だ。」

 

「これからも、君と共に生きていきたい。」

 

私を抱きしめる君。ああ、幸せだなあ。そんなことを思いながら抱きしめ返す。

君は一体、どれだけ私を幸せにすれば気が済むんだろう。幸せ過ぎて逆に不安になっちゃうよ。

だからこの幸せがずっと続くように、笑って君と生きていこう。大丈夫、君と二人ならどんなことでも乗り越えていけるよ。皆で世界の滅びを防いだように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、懐かしい夢を見たなあ。」

 

二つの満月の光が窓から差し込む静かな夜。あの時の夢を見て目が覚めてしまったようだ。

寝台からゆっくりと体を起こす。隣で眠る彼を起こさないように。今日は二人とも世界各地を回る

旅から帰ってきたばかりだ。疲れもあっていつもより早く眠りに就いたがはっきりと目が冴えてしまった。寝台から降りて、窓辺に行き腰かける。そうして月を眺めているとあの頃の事を思い出す。長かったようで短かったような。穏やかでいて、けれども激しかった。

 

私も彼も必死で駆け抜けたあの時を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が大樹の巫女となる以前、幼い頃から私にはとある力があった。それは”予知”の力。今でこそ視えた予知の”色”によってどれくらいの精度なのか分かるけど、小さかった私にはそんなことなんて分からなかった。視えたとおりになってしまう現実。それに折り合いをつけることができず家に閉じこもる日々を過ごしていた。

 

君と初めて会った日も、そうして閉じこもっていた日だった。

部屋で過ごしていた私を両親が呼んだ。私にお客さんだよって。家に閉じこもっていた私に知り合いなんているはずもなく不思議に思ったけど、両親の私を呼ぶ声がとても嬉しそうだったから行ってみることにした。

 

 

はっきりと覚えてるよ、あの時の事。

夜を溶かしたような黒色の髪、どこまでも吸い込まれそうな漆黒の瞳、穏やかさの中に凛々しさを見せる顔立ち。

とても優しい笑顔を見せて、君は私の前に現れた。

 

 

君は挨拶をして自分の名前を言った後私の名前を聞いた。

ちょっと緊張しながら名前を告げる。

 

「ダーナ。ダーナ・イクルシア。」

 

「じゃあダーナ、俺たちと一緒に遊ぼう。」

 

彼の後ろには近所の子供たちがいて私に手を振ってくれていた。

突然の誘いに戸惑った、私はこれまで誰かと遊んだことなんてなかったからだ。

どうしていいのかわからない私の肩にお母さんがそっと手を置いた。

 

「ダーナ、行ってらしゃい。大丈夫よ。皆いい子たちだから。」

 

母親同士の集まりなんかで他の子どもたちのことも知っていたお母さんはそう言った。

閉じこもっていた私を心配してくれていた両親にとってこの出来事が元気になってくれるきっかけになればいいと思っていたんだろう。

 

「じゃあ、うちの子もよろしくね。」

 

お母さんの言葉に頷いた君は、私にそっと手を差し出した。

 

「行こうダーナ。皆が待ってる。」

 

「う、うん。」

 

おずおずと私はその手を握った。私より少し大きな手はとても暖かかった。

そうして君は私を家の中からお日様の下へと連れ出してくれたんだ。

 

その日からは毎日のようにみんなと遊んだ。家の手伝いをする以外はみんなと会っていた気がする。とても、とても楽しかった。君はいろんな遊びを知っていて、みんなはとても優しくて。

 

君が腕を組んで私たちを見ながらなんだかしみじみと頷いているのを見たことがある。その仕草があんまりにも似合ってなくて面白くて、他の子と一緒に笑ったんだ。

 

「ぜんぜん、にあってないよ!」

 

すると君はニヤリと笑って

 

「わかった。なら、おかわりだ!」

 

そう言って同じことをする君。皆でお腹を抱えて大笑いした。今まで涙は悲しいときに出るものだって思っていた。”予知”のせいで泣くこともあった私に初めて笑っても涙が出るんだって教えてくれた。

 

遊んでいるときは”予知”のことを忘れていられた。お母さんもお父さんも、今日はこんな事があったのと話す私を優しく見てくれた。

 

「よかったわね、ダーナ。」

 

「うん!」

 

君と出会って、みんなと遊び始めて以前のように塞ぎ込むことがとても少なくなった私。そんな私の変化を両親はとても喜んでいた。そんなある日のこと、遊びに行こうとする私をお母さんが呼んだ。

 

「今日はダーナにプレゼントがあるの。」

 

お母さんがくれたのは指輪だった。理力を封じることのできる指輪。これを着けていれば予知を見ることがなくなる。それを聞いてとても喜んだ。これでみんなと一緒になれる、もう悲しいことを見なくても済むんだって。指輪の力は本当で、私は”予知”を視ることがなくなった。そしてこれまで以上に活発になった。そんな私を見て君が

 

「ダーナはお転婆姫だな。」

 

なんて言うから、私もむきになっちゃって言ったよね。

 

「君は腕組みおじさんだね。」

 

お互いに噴き出して笑いあった。そんな幸せな日々。

 

 

 

 

 

 

 

そこまで思い返して私は月を眺めるのを止め、寝ている彼に近づく。

仰向けに寝ている彼の顔をのぞき込む。あの頃よりもずっと穏やかさと凛々しさを増した顔。私は手を伸ばしてその顔をそっと撫でる。そこに刻まれた傷。”火傷”の痕を。彼は疲れからか目が覚める様子もない。今思い出していたのは私と彼の”はじまりの記憶”。そして、彼のこの火傷の痕は私の、《ダーナ・イクルシア》の”原点”だ。

今でも思う時がある。あの時、あの結果になっていなかったら私はどうなっていたんだろうって。それほどに私の人生を変える切っ掛けになった出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お父さんと二人でお出かけをした日のことだった。私は”予知”を見ることもなくなり何の憂いもなく日々を過ごしていて、こんな日がずっと続くんだって思っていた頃。用事を済ませて帰る途中、家のある方から大きな煙が上がっているのが見えた。二人で大急ぎで帰り着くと、現れたのは燃え盛る私の家だった。そして聞く、お母さんが家の中に取り残されていることを。

 

「お母さん!!お母さん!!!!」

 

泣きながら家に近づく私を泣きながら止めるお父さん。周りにいる誰もが動くことが出来ずに、だだ燃える家を見続けるしかない、そんな時だった。

 

「おい!誰かあいつを止めろ!!」

 

その声に振り返ると目に入ったのは、口元を手拭いで覆って全身ずぶ濡れになりこちらへと走ってくる君だった。

誰も止められず私たちの横を走り抜けた君はそのまま燃え盛る私の家に突入した。

 

「嫌!!嫌あああああああああ!!!!!」

 

そんな!!彼まで失ってしまうの!!私に居場所と笑顔をくれた彼さえも!!!

間違いなく、あの時の私は絶望していた。私の、私の所為だ。私が”予知”していれば防げたかもしれないのに。そんな思いに囚われていた。

 

永遠とも思える時間。誰もが二人とも助からないと思っていた時、君がお母さんを背負って家の中から飛び出してきた。お父さんと一緒に二人の名前を叫びながら駆け寄る。お母さんは火傷を負い意識を失っていて、君は意識はあったけど両手両足に大火傷を、顔も少し焼けていた。

 

「おい!!誰か医者と理術士を呼んで来い!!」

 

誰かのその声と共に二人を助ける為に動き出す周りの人たち。

 

「見たか世界。結果なんていくらでも変えられる。」

 

地面に倒れこんで息も絶え絶えだった君は、そう言って意識を失った。その後、駆け付けた医者と理術士に二人は手当をされた。幸いに、お母さんも君も命に別状はなかった。

 

「無意識に理力を使ったんだろう。でなければ命を落としている。」

 

手当をしてくれた人が言った言葉にゾッとした。そしてますます後悔の念が強くなる。私が予知を封じていたせいだ。視えていればお母さんも君も危険に晒さずに済んだかもしれないのに。

二人が無事だった喜びと自身への後悔で私は泣き続けた。お父さんはそんな私をずっと抱きしめてくれて、泣き疲れた私はそのまま眠ってしまった。

 

次の日、お父さんと君の両親と二人のお見舞いに行った。お母さんと君は目を覚ましていて、私たちに気づいた二人は笑顔を見せてくれた。

それを目にしたとたん涙が溢れてきた。駆け出してお母さんの胸に飛び込む。

 

「お母さん!!」

 

「ごめんね、ダーナ。心配かけたわね。」

 

お父さんが私ごとお母さんを抱きしめる。この暖かさが消えないように私も強く抱きしめた。そうして暫く、今度は君を見ると君の両親に抱きしめられながら叱られ、褒められている姿が目に入った。君が私を見る。謝らなきゃ、そう思った。

私は近づいて口を開いた。”予知”の力があること、指輪でその力を封じていたこと、指輪を外していれば火事のことが”視えて”防げていたかもしれないこと。

また涙が零れてきた。

 

「だから、ごめんなさい!」

 

俯いていると君の手が伸びてきて私の額を軽く弾いた。驚いて顔を上げると君は優しく微笑んでいて

 

「ダーナ、君の所為じゃない。君のお母さんも、俺も死ななかった。今はそれでいいじゃないか。それにこういう時はありがとう、それだけでいいんだ。」

 

そう言って火傷の痕が残る手で私の涙を拭ってくれた。心が熱を持った。暖かくて、なのに苦しい。それまで輪郭のなかった君への想いがはっきりと形になった瞬間。当時はその感情が何と呼ばれるものか知らないまま、私は突き動かされるように君のその手をぎゅっと握って、今できる精一杯の笑顔で

 

「ありがとう!」

 

そう言えたんだ。そして思う。君のように誰かを笑顔に、助けられる人になりたいって。これが私の”原点”。一生忘れることのない大切な出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時抱いた感情が恋だって知ったのは大樹の寺院に行ってから。オルガちゃんやサライちゃんには沢山からかわれたなあ。

少しの気恥ずかしさを感じていると、そっと手が重ねられる。

 

「ごめんね。起こしちゃった。」

 

「どうした、眠れなかったのか?」

 

「ううん。あの頃の夢を見て目が覚めちゃったの。」

 

「そうか、実は俺もあの頃の夢を見てた。」

 

「あはは、お揃いだね。」

 

寝台に座ると彼も体を起こし私の隣に座った。彼の右腕を抱いて肩に頭を預ける。久しぶりにあの時を思い出したせいなのかいつもより心臓の鼓動が早い。

それを誤魔化すように私は口を開く。君のようになりたいと思ったこと。おかげで”予知”と向き合えるようになったこと。そして、大樹の寺院から使者が来たこと。

 

「あの頃の私は”大樹の巫女”になろうとも、なれるとも思ってなかった。だから修行が終わったら故郷に帰って君に恩返しをしようと思ってたのに、君は『旅に出ることにしたんだ』って、びっくりしたよ。」

 

「だから悪かったって。でも今なら分かるだろ?あの旅が必要なことだったって。それを言うなら俺が寺院に会いに行くよって約束したら、来るのが”視えた”から抜け出して王都でご飯を強請ったダーナも大概だよね。後でオルガさんとサライさんに見つかって。大変だったんだぞ。なのに君はクスクスを笑うばかりで、二人が理性的な人で助かったよ。」

 

「ふふっ。『ようやく見つけたぞ!ダーナ!っと、その方は?』『彼?私の初めての人、かな?』『はじっっ!?貴様あ!!』『違う!!誤解だ!!』って、いつも君の所為で揶揄われてたから意趣返ししようかなって。初めて見たよ君のあんなに焦った顔。」

 

尽きることのない話。すると彼は立ち上がって棚の方へと向かう。戻ってきた彼の手にはお酒と二つの杯。

 

「完全に目が覚めた。明日は休めるし、今はダーナと話していたい。」

 

「うん。私ももっとお話ししたい。」

 

隣に座った彼から杯をもらいお酒を注いでもらう。自分の分も注いだ彼が杯をこちらに差し出す。私もそれに合わせる。

 

「「乾杯」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寺院での修業は大変ではあったけれど挫けることはなかった。オルガちゃんやサライちゃんにも出会えた。二人に聞かれたことがある。どうしてそこまで誰かや何かのために動けるのかって。私は話した。君との出会い、思い出、そして出発の前二人で話した時、君のようになりたいと言った私にくれた言葉。

 

「あの時の行動は反省はしているけど、後悔はしていないよ。」

 

「でもさ」

 

「救われた人は、救ってくれた人が死んだらさらに悲しむだろ?あの日、俺は悲しみを増やすところだった。だから死んだら駄目なんだ。」

 

「誰かを救うには、自分も生きていないといけない。」

 

「想いだけでも、力だけでも救えないんだ。難しいよね。」

 

「だからダーナ、生きるんだ。そして周りを頼るといい。君は優しいから誰かがきっと力を貸してくれる。」

 

「まあ、一度やらかした俺が言えたことじゃないけどね。」

 

誰かを助けられるのなら、君のように自分の身を犠牲にしてでも、そう思っていた私はハッとなった。そして、その言葉を胸に刻み付ける。だから私は頑張れるんだ。そう伝えると二人とも納得してくれた。そしてからかわれた、彼のことを話すお前は恋する乙女だったぞって。顔が熱くなる。

 

「もう!オルガちゃん!」

 

「いつもお転婆姫に振り回されているのだ。これくらいは許してもらわねばな。」

 

「まあまあお二人とも。ですが良い方ですね。今は旅をしていらっしゃるのでしょう?また会えるといいですわね。」

 

「それについては心配していないかな。王都や寺院には必ず来るって言っていたから。」

 

実はもう君が来るって”視えて”いたのは二人には内緒にした。初めて王都に来る君を驚かせてあげようって決めていたし、話したいことも沢山あったから。二人に話したら止められちゃう。君と王都を回って、見つけた秘密の場所にも行こう。楽しみだなあ。

 

 

 

 

久しぶりに再会した君はとても驚いて、あの頃と変わらない笑顔で再会を喜んでくれた。私と同じく背はあんまり伸びなかったみたいで私よりも頭一つ分くらいしか差がなかった。そして肩には見慣れない鳥が止まっていた。

 

「久しぶりだね。会いたかったよ。」

 

「ああ、久しぶり。元気そうでよかった。」

 

二人で王都を見て回りながらお互いのことを話す。私は君の話に夢中になって、君は私の話を興味深く聞いていた。そうして話すこと暫く、私はずっと気になっていたことを聞いた。

 

「ねえ、その鳥はどうしたの?」

 

そしたら君は今まで見せたことのない苦い顔をした。予想していなかった反応に戸惑うと

 

「こいつの名前はリトル・パロ。旅先で出会ってから勝手についてくるようになったんだ。」

 

「オマエ、オモシロイ!オマエ、オモシロイ!」

 

「わ!喋った!?」

 

どうやら人の言葉を理解し話すことの出来る鳥のようで、仕込めば色々話せるようになると君は言った。

 

「そうだ、今度からパロに手紙を持たせてダーナに送るよ。でないと君は王都の外まで飛び出してきそうだ。」

 

「もー、ひどいなあ。流石に私でもそこまではしないよ。でも手紙がもらえるのは嬉しいかな。ちょっと待って、そうは言ってもパロは大丈夫なの?」

 

「大丈夫。旅先で似たようなことはしていたし、なにせパロは……いや、何でもない。出来るよな、パロ。」

 

「デキル!デキル!デモ、ホウビヨコセ!エサ、ヨコセ!」

 

「だそうだ。」

 

「あはは。じゃあ自己紹介しないと、私はダーナ。よろしくね、パロ!」

 

そしてオルガちゃんたちに見つかって、君を紹介して。君とオルガちゃんは初対面なのに

 

「苦労、されていますね。」

 

「……分かってくれるか。」

 

それだけであっという間に仲良くなっちゃうし、ちょっと嫉妬したんだよ。サライちゃんはニコニコしながら私たちを見ているだけだったし。それから大樹の寺院も案内して、楽しい時間はあっという間に過ぎた。

 

君と過ごした時間はとても楽しかったけど1つだけ気になることがあった。私たちといる時は笑顔を絶やさなかった君が、どうして”はじまりの大樹”を見ていた時あんなに真剣な……違う。怒りや悲しみを堪える顔をしていたのか。その訳を聞くことができないまま君は旅を再開し、理由を知るのは”あの日”を迎えるまで待たなければいけなかった。

 

 

暫くして、パロは本当に君からの手紙を運んできてくれた。手紙には様々な国や自然の美しさや厳しさが綴られていて、私はそれを何度も読み直した。故郷にも一度帰っていたみたいで両親からの手紙が入っていた時もあった。手紙の最後にはいつも私を気遣う言葉が書かれていて、君に会いたいと思う気持ちは募るばかりだった。流石にその部分は見せなかったけど、オルガちゃんもサライちゃんも君の手紙を楽しみにしていたんだよ?

 

私も君に手紙を書いた。寺院でのこと、王都でのこと。手紙の最後には君の旅の無事を祈る言葉を。

 

そんな日々を送り、寺院に来てどれくらいの時が過ぎただろう。

 

私は”大樹の巫女”に選ばれた。

 

 

 

 

私が巫女となって初めて君と再会した日。なんとか時間を作り君に会えた私。案内したのは前に行けなかった私の秘密の場所。王都の入り組んだ所にあって人も殆ど来ない、そしてそこからは王都の塔堂とはじまりの大樹がよく見えた。

 

風が木々を揺らす音と鳥のさえずり、水路を流れる水の音。まるでここだけ世界から切り離されたかのような穏やかな空間。

 

「おめでとう、ダーナ。」

 

「ありがとう。最近は君の噂が王都や寺院に届く時があるよ、各地で人助けを行う旅人がいる。”聖者の再来”かもしれないって。巫女になってようやく君に近づけたかなって思ったのにまた遠くなっちゃった。」

 

「よしてくれ、俺はきっかけを作っただけで、彼らが勝手に救われただけさ。ドツボに嵌りそうだからこの話はここまでにして、今日はダーナに贈り物があるんだ。」

 

そう言って君が渡してくれたのは、使い込まれた数冊の本と理力で加工された神秘的な気配を放つ紺に近い紫色の草が三枚。本は君が旅した各地のことがまとめられていて、紫色の草は”アウラ草”といい霊薬の材料となるおとぎ話にしか出てこないとされるとても希少な草だった。

 

「本は読み物でも巫女の務めにでも役立ててもらえれば嬉しい。アウラ草は枯れないように加工してあるからお守りにでも、もちろん薬に使ってくれてもいい。三枚あるから二枚はオルガさんとサライさんに渡してくれ。」

 

「そんな!こんなに貴重なもの貰えないよ!」

 

「俺にはもう必要のないものだから。受け取ってもらわないと困るよ。」

 

半月刀をくれたサライちゃんと同じようなことを言う君。私はお礼を言って大切にしまった。そして置いてあった椅子に二人で並んで座る。

 

隣に座る君の右手をそっと握る。子供の頃、私を外に連れ出してくれた暖かい手。とても穏やかなで幸せな時間。

 

「本音を言うと、ダーナが巫女に選ばれませんように、そう願っていた。」

 

「え?」

 

君の突然の言葉に戸惑う私。君を見ると君は前を向いたまま独り言のように続ける。

 

「これから王都の民たちは君に期待をするだろう。サライさんにも。そして君たちは期待に応え続ける。分かるよ、ずっと君たちを見てきたんだ。だけど民たちは君たちが最善と思って行った行動でも裏切られたと思ったら手のひらを反す。そんな光景を俺は旅の中で目にしてきた。だから、選ばれてほしくなかった。」

 

「ダーナは優しいから、きっと多くの思いを託される。そんな君が背負う重さを少しでも肩代わりできればいいんだけどな。出来ない自分が情けないよ。」

 

ううん、そんなことない。君はずっと前から私を助け続けてくれているんだよ?君がいるからありのままの私でいられる。君の想いが私に勇気と希望をくれた。だから、そんなに悲しい顔をしないで。私が好きになったのは優しい笑顔を見せる君なんだから。

 

「そんなことない。」

 

「それに大丈夫だよ。君が教えてくれた、周りを頼れって。だからね、私やオルガちゃん、サライちゃんに君。皆がいればどんな事でも乗り越えられるよ。」

 

どんな予知が見えても、どんな事が起こっても私たちなら絶対に乗り越えられるんだって思った。

 

君は何も言わず、握った手を優しく握り返してくれた。このまま時間が止まってほしいと強く思った。

 

 

 

君はまた旅立ち、私は巫女として務めを果たす日々。君から送られた本は私たちの大きな助けになった。私の予知やサライちゃんの政では届かないところを支える力となり益々エタニアは栄えた。栄華と繁栄を極めていた時代の中、君は一人世界をめぐりこの時代に取り残されそうな人々を支え続けた。”聖者の再来”その声はますます大きくなった。

 

 

でも、あの日以来君には会えていなかった。そして私たちの知らないところで君は一人、運命との戦いを始めていた。

 

 

 

 

 

 

杯を重ね、思い出しながら話す。夜はさらに更けて私と君の話声だけが響く。

 

「あの頃は次から次にいろんな事が起きてあっという間だったね。」

 

「イオちゃんに出会って地下聖堂の存在を知り、精霊たちの力を借りてエタニアの、ううん、世界の真実を知った。君はイオちゃんにも会っていたんだね。言われたんだよ?『ダーナは幸せ者だねえ』って。」

 

「俺が”聖者の再来”と呼ばれてたから『どんな奴か見に来たんだ』と現れてね。全部話したら大笑いされた。『そこまで知っていて、世界よりダーナを選ぶなんて。でもそういうの嫌いじゃないよ、しっかりやりな!』そう言われたよ。」

 

「そして、星が落ちてくるのが予知で見えて対策が大変だって思ってたら、まるでそうなるのが分かっていたみたいに早く対策が終わったの。」

 

「君が各地でつないだ縁が王都に優秀な理術士を呼んで、そうして大陸中の理術士や君が王家に寄贈してくれた理法具で塔堂と各塔が強化できた。民の避難出来そうな場所も贈られた本に書かれていたし、他の国とのやり取りはパロが手伝ってくれた。」

 

この時に確信したんだ。君は滅びの事を知っていた。だからあの時、はじまりの大樹を見たときあんな顔をしたんだって。空になった杯を置いてジトッとした目で君を見る。

 

「何にも話さずに一人で全部背負っていたの、まだちょっと根に持ってるんだから。周りを頼れって言ったのは君だよ?」

 

すると君は困ったように笑って私を抱きしめた。

 

「本当にごめん。何を言っても言い訳になるけど、ダーナを守りたくて必死だったんだ。君が生きていれば俺はどうなったっていい、あの頃はそう思ってた。」

 

「じゃあ、今は?」

 

「君とずっと一緒にいたい。」

 

「ん。合格だよ。」

 

私も抱きしめ返す。私と君のお約束の行為。滅びを乗り越えて落ち着いたころ、改めて君にだけ視えていた世界の話を聞いた。君が生まれなかった世界、それを知ってから時々怖くなる。君が突然私の前からいなくなってしまうんじゃないかって、だから少し意地悪をしてこうして君がここにいることを確かめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堕ちてきた星を私たちは完全に防ぎ切った。なのに私は胸騒ぎが止まらなかった。君は大樹のもたらす滅びのことを知っていたと今の私は確信していた。なのにこの時になっても君は私たちの前に姿を現していない。まだ私たちの知らないことがあるんじゃないか、そんな思いが強くなる。

 

王宮にある空中庭園。そこで皆の歓声が上がる中、急に濃い霧が辺りを包み始めた。

 

「オルガちゃん!サライちゃん!」

 

三人で固まり背中合わせになる。そして、私たち以外何も見えなくなった。油断せずに周りを警戒しているとサライちゃんの様子がおかしいことに気づく。

 

「サライちゃん?」

 

「まさか、本当に……」

 

私たちの周りの霧が引き、少し見通しが良くなった。そこに現れる三つの影。一体は水生生物を、もう一体は動物を、最後の一体は昆虫や植物を思わせる姿だった。

私たちの前にオルガちゃんが出て叫ぶ。

 

「何者だ!!」

 

「私の名はヒドゥラ。”進化の守り人”と呼ばれるものです。あなた方に危害を加えるつもりはありません。ただ、話しをするために来たのです。」

 

「突然現れて、その話を信じろと?」

 

「ええ、彼らが話に来たというのは本当ですわ。」

 

その声に驚く。どうしてサライちゃんが?私もオルガちゃんも戸惑う中サライちゃんは彼らの隣へ行き私たちに向き合った。そして彼らから話されるはじまりの大樹の真実。壁画と庭、ラクリモサのこと、守り人のこと。

 

イオちゃんとの会話と地下聖堂のモノリスからそれらを知っていた私とオルガちゃん。でもどうしてサライちゃんがその事を知っているんだろうか。私が尋ねる前に彼女が言った。

 

「私も守り人なのです。」

 

「バカな!!」

 

オルガちゃんの叫び。でもサライちゃんは悲しそうに首を振り、話し始めた。彼女自身の事、私を守り人として見出したこと。流石の私も動揺を隠せなかった。

 

私たちが落ち着くのを守り人たちは待ってくれた。ヒドゥラさんが言う。

 

「今までの話を踏まえた上で本題です。ラクリモサはまだ終わってはいません。ですがあなた方と同じようにそれを止めようと戦っている者がいるのです。それもたった一人で。」

 

「まさか」

 

「あなたの予想どおり”彼”です。彼はその身を犠牲にしてラクリモサを、いえ、世界の滅びを止めるつもりです。」

 

今度こそ私は取り乱した。どうして君がと詰め寄る私にサライちゃんは言う。

 

「私がダーナさんが守り人になるだろうと思ったように、他の守り人は彼が守り人になるだろうと彼を見ていましたの。でも彼は私たちの想像を超えていました。」

 

彼女が取り出したのは周りの風景ごとその時を記録する理法具。映し出される”セレンの園”。そして君と守り人たちとの邂逅。

 

『驚いたぜ!まさかこの場所にたどり着くとは。オメエ一体何者だ?』

 

『好きな女の子に訪れる胸糞悪い未来を変えたい。ただそれだけを願う男だよ。』

 

交わされる問答。初めて目にする君の激情。君だけに視えていた世界の滅びと大地神の見る夢、私に訪れる未来。そして、君の覚悟。

 

『あなたはそれでいいのですか?ダーナさんは悲しむわ。』

 

『わかってるよ。彼女が慕ってくれていることぐらい。悲しませてしまうだろうね。だけど俺はダーナに生きていてほしいんだよ。世界のためじゃなく、自分自身のための人生を歩んでほしいんだ。彼女を守り人に、進化の女神なんかにさせてたまるか!!』

 

君が守り人の前から姿を消したところで映像は終わった。私は子供の頃に戻ったように涙が止まらなかった。嬉しかった。君が私のことをそんなにも思ってくれていたことが、そして好きだと言ってくれたことが。悲しかった。私に何も言わずに一人で戦っていたことが。両手で顔を覆って泣く私。その両肩にオルガちゃんがそっと手をのせてくれた。

 

「サライよ、その映像を私たちに見せてどうするつもりなのだ。」

 

「今ならまだ彼に追いつけます。」

 

その言葉に顔を上げる。サライちゃんは申し訳なさそうな顔をした。

 

「試すようなことをしてごめんなさい。ですがダーナさんの覚悟が知りたかったの。行っても彼を救えないかもしれません。逆に彼の言ったとおりになるかもしれません。最悪、ラクリモサを止められないかもしれません。それでも抗う意思があるのか。」

 

心に大きな灯がともる。体の奥から尽きることなくあふれてくる君への想い。奮い立つ。

 

「どうやら、心配はいらなかったようだな。サライ。」

 

「そのようですわね。オルガさん。」

 

「オルガちゃん、サライちゃん、力を貸して!!私も、彼も、皆も死なない未来をつかみ取るために!!」

 

「ああ!!」 「はい!!」

 

すぐに追いつくから待ってて。今度は私が君を支える番だよ。言ったよね、皆とならどんなことでも乗り越えられるって。そして全部終わったら伝えよう、『君のことが好き』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時ダーナにキスをされて俺はこのまま死ぬんじゃないかって思った。」

 

「大げさだなあ。だけど私も君に抱きしめられてこれは夢なんじゃないかって思った。」

 

「似たもの同士で、お互い様だな。」

 

「うん。そうだね。」

 

お互いを抱きしめながらの会話。あの日、世界の滅びを乗り越えることの出来た私たち。その後も、パロがマイア様の化身だったり、サライちゃん達が守り人から解放されたり、いろいろあったけどお互いの無事を喜び合った。私は何処かへ去ろうとする君を捕まえて想いを伝えた。君もそれに応えてくれて、生まれてきてよかったと心の底から思えた。

 

その後は皆で王都の混乱の終息に当たる日々。各地に縁がある君が王都の外交官達と世界を回り、私とオルガちゃんは寺院を率いて民に寄り添い、サライちゃんは民に積極的に姿を見せて王都の混乱を最小限に抑えた。

 

そうして世界が落ち着きを取り戻したころ、サライちゃんの手腕で上手く真実を公表したことで私と君の名は世界に広まった。そしてそれが私とサライちゃんの狙い。もちろん君と一緒になるための。

私は最後の戦いで力を失ったことにして巫女の役目をオルガちゃんに押し付け……引き継いだ。

 

「まったく。あの時のお前たちの想いを知っているのだから、断れば私が悪者になってしまうではないか。」

 

オルガちゃんはそう言って引き受けてくれた。私は本当にいい人たちに巡り合えたと思う。

 

そして、私は君と結ばれた。あの時の幸せは一生忘れることはないだろう。それから一緒に世界を旅した。君が手紙で書いていた場所を巡り、故郷にも帰った。私の両親も君の両親もどちらも祝福してくれた。

 

旅をすること数年。今私たちは王都のはずれに家を建て暮らしている。時々王宮や寺院に相談役として招かれたり、フラッと旅に出たりするそんな毎日。

 

「私ね、今本当に幸せなんだ。」

 

「それは俺も同じだよ。ダーナと過ごす日々は毎日が宝物だ。」

 

体を離して君を見つめる。穏やかに微笑む君を見てあふれ出す暖かい気持ち。目が覚める前に見ていた君と想いを伝えあった時の夢、あの時抱いた決意を君に伝える。

 

「この幸せがずっと続くように、一緒に笑って生きていこうね。君と二人ならどんなことでも乗り越えていけるよ。」

 

「ああ、これからもよろしくな。」

 

私は目を閉じて君に顔を近づける。君の近づく気配。

 

 

 

そして、月明かりに伸びる私と彼の影は重なった。

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。

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