「そのカリスマで私を救ってよ、お姉様」   作:小鈴ともえ

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Tabula rasa

レミリアについて行くことにしたは良いものの護衛を辞める旨はきちんと人間にも伝えておかなければならない。レミリアにはああ言ったが実を言うと私も人間の事を考えて他の場所に移ろうと考えていたのだ。

本当の事を言わなかった理由は簡単だ。レミリアがあまりにも幼すぎるからである。その彼女にはまだ私の言う事が理解できないだろう。

 

人間とは自身の理解の追いつかない物をとことん排除したがるきらいがある。東の島国では神への信仰すら失われてきていると言うし、この地ではとうに神と言う存在自体が人々の記憶から消えてしまっている。妖怪もそうだ。

 

何も知らなかった人間は時代と共に知恵を付けてきた。その知恵がその行動がいつか自分たちに帰ってくるだろうことも知らず、人間は妖怪だけでなく神をも排除し始めた。

人々が妖怪に為すすべなく怯えていた時代は終焉を迎え今では夜でも大きな町には灯りがついて暗闇を消している。強い風が吹いても雨が降っても簡単には消えない火が闇夜を消したのだ。人間にとっては革命的で妖怪にとっては致命的である。

 

そんな人間の護衛をずっとやっていけるわけがないのだ。人間生きて数十年。妖怪生きて数千年、あるいは数万年以上。私たちにとっては瞬きにも等しい時間で人間は老いてゆく。

人間の目を誤魔化すためには二十年程度の間隔で場所を変え続けなければならない。人間と共存するとはそういう事なのである。

 

「ほら美鈴、行くわよ。貴方の最後の護衛なんでしょう?」

 

レミリアの話し方もいつの間に変わっている。こちらが素なのだろう。見た目にそぐわぬ気取った話し方も嫌いではなかったが、やはりこちらの方がしっくりくる。

 

私にとって初めて名前が必要になったからレミリアに頼んで付けてもらった。護衛に名前は必要ない。商人たちにとっては()()()護衛でしかないからである。

しかしレミリアの館で働くことになるのなら名前は必要だ。相手とは一度きりの関係ではなく同じ場所で暮し、同じ景色を見ることになる。この名の本当の意味はまだわからないがいつかはわかる日が来るだろう。

 

「もう行くさ。少しばかり旅支度をしていただけだからね」

 

もうここに帰ってくることも無いだろう。レミリアたちは商人たちに掛け合ってここら一帯の交易路も支配下にしたと言っていたし。見た目によらず仕事の速い奴だ。ここに残る三人の使用人たちと別れればいよいよ最後の仕事が始まる。と言っても難しいことは無い。いつも通りについて行き、妖怪が出れば退治する。

 

今回の隊は小規模なので護衛は私一人だが、実は何人いてもやることは大して変わらない。護衛が多くても足手まといが現れるだけだし。

 

 

 

 

 

美鈴とは途中で別れた。私にはまだ立ち寄るべき場所があるからだ。こういう事なら帰りをソグディアナにしておけば良かった。私の力はただの便利能力ではなかったという事である。必要以上に未来を見ると生きることがつまらなくなるから控えている時もあるんだけど。

 

手始めに向かうはインド。香辛料ならここで大体揃えられる。海路が開拓されたことで少しばかり価値は下がったようだが、それでも重要な資金源にはなる。何よりこことヨーロッパでの価格が桁違いなのだ。

 

最後にアラビア。ここで私が最も注目しているのは砂糖だ。蜂蜜では出せない味が砂糖では出せるので砂糖の価値はかなり高い。下調べは大変だったが今後のためにはやっておくべき行動だっただろう。他の勢力が目を付ける前に手中に収める。

 

そろそろ他の勢力も私たちの事情を知る頃だろう。それまでの準備は怠れない。少しでも油断すればまだ子供の私たちでは歯が立たない。そのための美鈴でありこの交易路の支配なのだ。

視察は順調に済んだ。今のところは問題なさそうだ。この時点で既に問題がある方が問題なのだがまだ大丈夫なようだ。中国がかなり異常だっただけで他の場所は概ね予定通りに進められた。

 

 

 

美鈴とはフランスの辺りで落ち合うという事で話をつけてある。予定ではあと三日ほどで到着するはずだ。それまでは特にすることが無いので一度館に戻っても良いだろう。館の者にも新しい住人が増えることを言っておいた方が良いだろうし。

それにしてもこの一週間ほどの間に雨が降らなくて助かった。もし降っていたら予定が大幅にずれることになっていただろう。

 

「ただいま。私がいない間特に何も無かったかしら?」

 

「おかえりなさいませお嬢様。こちらは何も問題はありませんでしたよ。お嬢様の方はいかがなさいましたか? 何やらお召し物が汚れているようですが…まさか戦闘に?」

 

流石は使用人だ。少しでも服が汚れていたら目ざとく見つけてくる。主人としては嬉しいが常に見られていると思うと少し居心地が悪かったりもする。

 

「よく分かったわね。そう、少しばかり面倒ごとに巻き込まれてね。でも大丈夫よ。怪我もしなかったわ」

 

身体的な怪我はしなかったが私のプライドは少し傷ついたかな。そんなことをわざわざ言っても仕方がないので言わないが。

 

「そのことに関連して少し良い知らせがあるわ。これから新しく東洋の妖怪を雇う事になったの。だからまた三日後には館を出るわ。すぐに帰ってくるでしょうけれど。……安心なさい。東洋の妖怪と言っても商人たちの護衛や通訳をしていたような奴よ。言葉も通じるし人柄も良いわ」

 

「それなら問題は無さそうですね。わかりました。お疲れでしょうからお食事を準備いたしましょう。妹様の分はもうお届けしてしまったのですがお嬢様はどうなさいます?」

 

フランの分はもう持って行ったのか。でもそれは大した障害にはなるまい。一緒に食事をするというよりは少しでも同じ時間を共有してあげたい、という思いがあるだけだから。

 

「いつも通りによろしく頼むわ。私の部屋に戻っているから準備出来たら呼びに来て頂戴」

 

交渉自体は上手くいったからあとはそれをどう管理していくかだ。勿論商人たちへの謝礼は用意しておくとして、如何に裏で糸を引いていることを悟らせないように動くかだ。それが最重要事項である。どうせ時間の問題なのだろうがそれでも来るべき時の準備にかける時間は多いほど良い。

 

「かしこまりました」

 

 

 

食事の準備にはもう少し時間がかかるだろう。その間に今回の小旅行についてのまとめをしておけば良い。お父様の作ったみたいな役立たずな資料ではなく今後も役に立てられるような資料を作らなければならない。私に何があるかはまだわからない。そうなった時に残された者が困らないようにしなければならないのだ。それが当主の務めのはずなのだ。

 

しかしお父様の書類が全く役に立たなかったかと言えばそうでもないのが腹立たしいところだ。

『雇うか雇わないかは当主の決めることである。自分の直感を第一に信用しろ』

精神論ばかりだったのに結局は少しばかり参考にしてしまった。なんだか自分が許せない気持ちにならなくもない。

 

まあこんなことに腹を立てている時間も勿体ない。時間は腐るほどあるのだがそのことと時間を無駄にするのは全くの別問題である。美鈴を迎えに行くまでには何とか終わらせておきたい。

美鈴には言っていないが彼女に戦闘というものを習いたいのだ。それをしようと思えば他の事務仕事は早々に終わらせておくに限る。

 

つまらない事だがしなければならない。私よりもはるかに成長、老衰が速い人間でさえも十五でこんな事務仕事をしている者は少ないだろう。そう思うと今こうして私がやっているのはひどく不思議に思えてくる。

美鈴の言葉を借りるならまだまだ経験も積んでいない小童。人間で言うならまだ赤子として自我も無い頃ではないだろうか。まあ本当に幼い子供の内は人間も妖怪も大して成長速度が変わらないから正確にはそうではないんだけど。

 

コンコンッ「お食事ができましたので参りました」

 

考え事をしていれば時間はすぐに経ってしまう。結局内容を大してまとめられていないまま食事ができてしまったようだ。残念。

 

「今行くわ」

 

なんにせよ一週間ぶりのフランとの再会だ。早く行ってあげるのが吉だろう。あの子は私が帰って来ていることも知らないから別に気にしていないだろうけど。

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