『さて、この中に裏切り者がいるはずだ。正直に名乗り出れば極刑だけは勘弁してやろう』
美鈴さえいれば裏切り者を暴くことなど容易にできる。嘘を吐く時の一瞬の緊張、気の張り具合の変化は人間には感知できない物であろうがその道を究めてきた者にとってはそうではない。
私にもわからない変化であっても美鈴には感知できるという事なのだ。だから炙り出すことは容易いと考えていた。だが美鈴の様子を見る限りではそう簡単な事でもないらしい。
「これは困ったね、レミリア。三人が三人皆嘘を吐いているようで簡単には判断できそうもない」
「手の打ちようがない、というわけか」
「今のところはそうなるな。もう少し様子を見てみるしかないだろうね」
「仕方ない。今日のところは一旦帰るとするか」
勿論嘘である。わざわざ二日もかけてここまで来たというのにそう簡単に帰るはずなど無い。ここで裏切り者を油断させることで夜間の動きを捉える狙いである。
最悪の場合は拷問も考えるが出来ることならしたくはないものだ。お人好しではないが好んで誰かを手にかけるシリアルキラーというわけでもない。それに私個人の見解として裏切り者自身よりもそれを遣わす者に制裁を加えたいのだ。
美鈴の言うもう少しがどのくらいになるのかはわからないがエカルラート家の使いか何かがここに来てもおかしくはない。あまり館を空けるのはよろしくないがずっと利益が流れ続けるのも良くない。元から断ち切るためにも今は我慢の時だ。
常にここを監視できる場所でしばらくは待機か。昼間はろくに出歩けないし暇でしかない。
「誰が怪しいとかは無かったの?」
「そうだねぇ……少しばかり怪しかったのはあのサキュバスの奴かな。エカルラート家の名を出した時に一瞬だけ硬直した気がしたからね」
あれは確か私が生まれるよりも前に仕えていた使用人だったはずだが。それに力もろくにないため戦闘にも駆り出されないような奴だ。そんな掃除しか能のない奴を送り込むのはあまりにもリスキーではないだろうか。
そう思わせるための演技だったのかもしれないしそれを見越して送り込んできたのかもしれないけど。厄介な奴らだ。何故私たちの館に狙いを定めているのかはわからないが。
「今夜は寝かせないよ」
「えぇ、寝てしまったらサキュバスの独壇場だものね。ま、夜の帝王たる吸血鬼に敵うはずも無いでしょう。安心して良いわよ」
「はっはっ、レミリアはお子様だからねぇ。今改めて分かったけど」
失礼な。…とはいえ夜に眠たくなるのは避けたいから今のうちに寝ておこうかな。今なら美鈴も傍にいるし変な事はされないだろう。
「ねぇ知ってる? 当主が留守になった途端に館に侵入してくる馬鹿がいるんだって。どこの馬鹿なんだろうね?」
お姉様から事情は聞いている。使用人の裏切りが発覚したから現場に向かうという話だ。美鈴も一緒に行ったようだから実質この館の護りは私だけに任されていると言っても過言ではない。ただ勿論私自身が地上に出ると(主に使用人たちが)拙いことになるので目立たないよう蝙蝠を飛ばして見張っている状態だ。
何も無い日が続いていたのだがお姉様が館を出てから四日程経ってようやく動きがあった。確か敵方のトップはなんとかかんとかとか言うフランスの吸血鬼だったはずだ。
「貴方の求める情報はここにはないよ。帰ってそう言ってきなよ。貴方のご主人様にでもさ」
最後の晩餐は現実となった。主と十二人の
「あぁ、ごめんね。私フランス語は話せないし理解もできないんだよ。だから…さっさと帰れって言ってるの」
別に私はむやみに誰かを殺す気はない。こんな偵察に来ただけの下っ端を殺しても相手から変に目の敵にされる未来しか見えないし、こういうのはさっさと何処かに行ってもらった方が良いのだ。かなり強引だが魔力を多めに出して首を搔っ切るポーズをすれば、言葉の通じない相手も流石に私の言わんとするところが理解できたらしい。文字通り飛ぶように館を出て行った。
別にそんなに怯えなくても良いと思うのに。殺意も感じられないくらいだったと思うし武器も何も持っていなかったんだけど。
「うーん、やっぱり力加減がまだまだなのかなぁ」
お姉様には内緒で美鈴と様々な訓練をしているというのに相手の美鈴が強いせいか力加減はまだうまくいかないようだ。かといって自分の分身を出して相手にしたところで実力が同じなら手加減も何も無いし。
まあいいか。まだまだ先は長いのだからそのうち嫌でも身についてくれるだろうと信じておこう。館中に飛ばしている蝙蝠の制御は上達している実感が持てるのにどうして自分の身体のことになると成長の実感が持てなくなるのかなぁ。
あぁ、でも蝙蝠は自分自身か。なんだかよくわからなくなってきたが文字通り身を削って蝙蝠にしているだけなのでしていることは萃香の超劣化版である。きっとお姉様ならもう少し効率よくできるんだろうなぁとは思いつつまた何か動きが見つかるまで図書館で勉強である。
因みに食事は部屋で待っていても絶対に届けに来ないので地下へ降りる階段の入り口付近に専用の棚を付けておいた。以前にもお姉様がいない時はそうしていたので使用人たちも暗黙の了解として毎晩そこに置いてくれているし、朝食器をそこに置いておけば片付けてくれる。
もし十五年前の私があんなことをせずにずっと地上で暮らしていたなら今頃どうなっていたのだろうか。今回お姉様と出かけるのは私だったかもしれない。もしかしたらお姉様が美鈴を勧誘しなかったかもしれない過去まで考えられる。
お姉様の運命とやらが与える影響はあまりにも大きい。私はお姉様の操る運命が早苗の起こす奇跡と同じようなものだと考えている。良い方向に転ぶこともあれば悪い方向に転ぶこともある。
結果として誰の望む物になるのかはわからないし誰も望まない未来が出来上がるかもしれない。それこそが運命、神の与える天命ではないのだ。まあ私は
天命なんてあってもつまらないじゃないか。すべてが神の掌の上だなんて考えるだけで吐き気がする。私たちはあまりキリスト教に関りが無いはずなのだが考えるだけで拒否反応が出る。これも伝説に縛られやすい異形の定めなのだろう。
これは……宿命になるのかな。なんだかよくわからなくなってきたから勉強を再開しよう。突き詰めたところで今の私に答えが出せる気はしないし、それならば少しでも知識を増やす方がよほど有意義だと思う。特に私にはなじみの無い知識が多いし。
そもそも自分の能力についても詳しくは分かっていない。対象が物質であることが最優先事項なのだがその限界がまだわからない。今の私に隕石を破壊できる程の力が出せるとは思わないしこれから成長する過程で能力も強化されるのだろうか。それとも現状が
「まぁ考えていても始まらないよね、うん…勉強を続けようか」
美鈴に起こされてから二時間ほど経っただろうか、ようやく使用人たちに動きがあった。すなわち睡眠時間である。
「やはり見立て通りか。弱い者はこうも騙されやすいものだとはね。行くわよ美鈴」
「あまりにもこちらの意図通りに動いてくれるから逆につまらないね。もう少し周囲を警戒できるから何十年も潜んでいられたと思っていたのに…拍子抜けも良いところさね」
私としては簡単に見つかってくれた方が良かったが美鈴の言いたいこともわからなくもない。しかしどういったことなのだろうか。三人全員が寝たところで例の使用人から何かが出てきたのだ。
暗い色のそれは泡のようにすぐ割れてしまいそうで、それでいて輪郭まで良く見えるほどにしっかりしていそうである。
「あれは……夢魂だ。そうか…夢の世界でやり取りをしていたという事か。レミリア、急いであれを追うよ」
「あれが一体何だと言うのよ。そもそも夢魂って何? 危険な物なの?」
急に走り出した美鈴を追いかけながら聞いてみる。夢魂なんて言葉は聞いたことも無いしそもそも実態がわからない謎の塊である。それに思いのほか速い。
「説明は後だ。あれを見失わないように追いかければ敵のアジトにたどり着けるだろう。一晩以内に着くはずだからそう遠くはないはずだよ」
まだ説明はしてくれないらしい。確かにあの小さな球を追うなら空より陸の方が良いし、走る方が当然飛ぶより体力を消耗する。どこまで行くかわからない以上ここで無駄な体力は使わないようにしようという算段だろう。
まあ後で説明してくれるならそれでいい。あれが鍵を握っているのは確かみたいだし追いかければ自ずと情報は出てくるはずだ…と信じたい。