夢魂という得体の知れない物を追うこと三時間ほどだろうか。あれがついに一つの建物に入って行った。ここから先は全てが敵の秘密基地、準本拠地といったところだろう。
相手の実力がはっきりせず、また能力も全く分からない。対して相手側は私の情報だけは持っているだろう。能力までは割れていないだろうが見た目や実力のほどは密告されていても何らおかしくない。これも私の油断が招いた失態だろう。
「この部屋のようだね。中にいるのは大人の吸血鬼一匹だけかな。私に気づかれない程の気配の消し方をするような奴がいれば別だけど。思い切って開けてみるかい?」
「えぇ。美鈴の言葉を信じるならば二対一、恐らく大丈夫でしょう」
逆に言えば美鈴にも気づかれないような奴がいればこちらは圧倒的に不利になる。そうなった場合はもうどうすることもできなくなってしまうし美鈴にもどうしようもない事だろう。
半分賭けに出て扉を開けてみたが見た感じ部屋には一人しかいないようだ。それも眠っている吸血鬼が一人だけ。これは罠にかかってしまったかもしれない。
「これはさっきの夢魂の影響だろう。始末しておくかい?」
「いえ駄目よ。こちらから攻撃すれば相手にとっても都合がよくなるでしょう。丁度良いから夢魂について教えてくれないかしら」
正当防衛と言われてしまえばいくら攻撃されても碌な反論ができなくなる。こういう事は相手に先制を譲った方が都合が良い事も多い。
目の前の吸血鬼が起きるまでの時間は暇なので美鈴に気になっていたことの説明を頼むことにする。わからないままでいることは良くない、と昔お父様にも教えられた。馬鹿みたいな質問でもしないよりはした方が断然良いのだと。
「まあそれもそうか。夢魂についてだが私もそれほど詳しいわけじゃないから期待はしないでよ。先ず夢魂と言えば普通は獏が持つ物だ。私のいた国ではなくそれよりも東の国でそのあり方が確立した妖怪さ。あらゆる夢を司るらしいそいつは当然夢魂を持っているわけだ。それもあんなに儚い物ではなく割れることも無い物。
対して先ほどまで追いかけていた夢魂は儚い物だっただろう? あれは個人の見るはずだった夢が漂っている状態なのさ。それに触れればそこに籠められている夢を見る事ができる。恐らく密告手段はこれだったんだろうね。サキュバスは多少でも夢に干渉できる存在。獏とまではいかなくてもある程度は自由に操れるのだろう。そこの吸血鬼も……スゥ」
「え”っ、美鈴?! 起きなさいよ! 一体どういうことなのよ…」
「こういうことですよ、マドモアゼル・レミリア。さぁ貴方も大人しく眠ってもらいましょうか。エカルラート伯爵もじきにお目覚めになる。心配なさるな、スカーレット家の屋敷を攻撃するかどうかは貴方様の妹が決めることですから」
そんな声をどこか遠くに聞きながら私の意識は闇に沈んでいく。これはやはり罠だったのだ。しかしながらもう深く考えることも叶わない。私の妹が何たらという言葉が聞こえたが何をするつもりなのだろうか。もうこの急激な眠気には抗えそうもない……………………。
夢を見た。
私の全く知らない場所、知らない気候。そして知らない使用人たち。私はどうやら何処かの屋敷の当主であるらしい。でも私の身体は男になっており目線の位置も随分と高くなっている。自分の顔を確認したいが生憎吸血鬼は鏡に映らない。
一人の使用人が私の許へやって来た。何処かで見たことがある顔だ。どこだっただろうか。まったく知らない場所でも知っている者に出会うと誰か思い出せなくても少し安心する。
「伯爵、計画は順調に進んでいます。スカーレット家では当主とその妻が死んだようです」
聞いたことも無い言語だが不思議と意味を理解できる。
「それは良い事よ…ご苦労、下がって良いぞ」
思っても無いことが口をついて出てくる。お父様とお母様の死が良い事であるはずが無いだろう。私が私でないのならワタシは一体何者なのだろうか。お父様とお母様を殺したがっていた者なのだろうか。わからない。上手く考えがまとめられない。
目を瞑って少し考えた後目を開けると今度はテーブルの上にワインが置いてあった。スカーレット家では普段はあまり飲むことが無い。たまには飲むのも良いだろう。
「今年のワインはどうでしょうか。少々の天候不良はありましたが、産地は変えないべきかと思いまして我が主様の領土で作った物にございます」
「…ふん、こんな不味い物を私に飲ませるでない。作った奴を連れてこい、私自らが血を吸い尽くしてくれる。次からは天候不良なら他の土地の物でもいいから美味しい物を用意しろ」
またまた思ってもない事を。正直に言うと口に含んでも味はあまりしなかったがそこまで怒るほどの事でもないだろう。作った人間を吸血するという事はつまり死刑も同然である。
人間に限らず生きている物は誰にでも失敗があり、それを一度しただけで極刑に処すのは独裁者のすることである。先の発言を取り消そうとして顔を上げれば、目に入ったのは見知らぬ街だった。
先ほどまでテーブルで優雅にワインを嗜んでいたはずなのに今は空を飛んでいる。ワタシについて飛んできているのはやはり見覚えの無い吸血鬼や魔物ばかり。
見覚えの無い場所なのに行くべき場所は分かっていて自然にそちらに向かって飛んでいる。
「さあ着いたぞ、ニームだ。私の土地なのだから好きに使ったって誰も文句は言いやしない。そもそもスカーレットの奴とは違って人間ごときに負ける私ではないがな」
「流石は主様です。では早速行きましょう。今日は二、三十人といったところでしょうか」
「別に気に入った女がいれば何人でも好きに攫って構わん。だが食料の確保も忘れるでないぞ」
我ながら(実際には私ではないけれど)最低な言葉だと思う。街に出て食料を確保するならばまだしも言っていることが下種すぎて吐きそうになる。
それに付き従う従者も従者だ。これ以上は耐えられないかもしれない。私の意思で吐くことも許されない不自由さにいつまで耐えなければならないのだろうか。
あまりの鬱屈さに頭を押さえていると何やらまた周囲が変化したらしい。目を開ければ今度は目線が随分と低くなっていた。ワタシが私に戻ったのかとも思ったがどうやら違うらしい。見慣れない館の内部は紅い私の館よりもかなり朱い。
そしてやはり近くにいるのは知らない者、恐らく私とほとんど同じくらいの子供の吸血鬼だ。兄弟の一人なのだろうか。
「おーい、どうしてこの館にデンマーク人がいるんだぁ? 何か言えないのか、あ?」
「お前はそれしか言えないんだな。何度も言っているだろう? 僕は
「言うようになったじゃないか。次期当主は兄である俺に決まっているだろう? お前のようなひ弱なおぼっちゃまには逆立ちしても負けないね」
そしてまた転換。世界が歪むわけでもなく、私が目を閉じたその瞬間に場面は移り変わる。今度は先ほどから少し時間が空いた場面のようだ。先ほど口論していた兄が倒れ伏してワタシを見上げている。その眼は虚ろでもう何も映ってはいなかった。
「ドニ・エカルラートはここに当主となったことを宣言する。まずは粛清だ。兄方についていた者は一人残らず処刑せよ。私の意思に反する者も直ちに処刑だ。全てを正してやらねばならない」
エカルラート…そうか、ワタシが私を嵌めた張本人でありスカーレット家を潰そうとした張本人で正しかったわけだ。
少し…意識の浮上を感じる。そうか、これは夢だった。私の意思が働かなかったのもそのためか。
少しだけ浮上した意識の中で私の隣にいるのは美鈴か。どうやら捕縛されているらしい私たちが見ているのは大人になったドニ・エカルラートと対峙するフランの姿。
やめろ、フランには手を出すな。館を明け渡してもフランにだけは手を触れさせたくない。でも今の私が何をできるだろうか? 美鈴と共にただ捕まっているだけの私が。
あぁ、私はなんと無力な存在だろうか。フランのために強くなると誓ったのに事あるごとに自分に失望してばかりだ……………………。
『起きろ!!』
怒声とともに意識がさらに急速に上昇する。先ほどの光景も夢だったようだ。だが現実もそう甘くない。
「ようやく起きたかね、レミリア・スカーレット。お前がどんな夢にうなされていたのかは存じないがお前の見た夢は私の見るはずだった夢だ。
「これは何のつもりだ? ドニ・エカルラート。お前の目的は何なのだ」
現実でも捕縛されていることには変わらない。私が名を言った時に相手が一瞬だけ少し驚いた表情をしたが特に気にしないことにしたらしい。
そしてこの言葉。私の能力を知っていて予知夢を見たことがあるのも知っているように感じる。夢にいるときから思っていたが嫌な男だ。どこからこんな情報が漏れているのかがわからないことが最も不気味である。
「私の目的か? 世界を支配することだよ。そのためには手段も択ばない。お前たちの運命を握っているのはもはやお前ではなく私なのだ。スカーレット家は堕ちていただくよ。まずはお前の館に向かおうか。その眼で自分の館が崩されるところを見るがいい」
主人公は最強じゃなくていい
夢魂はいわば幽霊。美鈴さんでも気配は読めません