フランが生まれてからはもう毎日が楽しくて仕方ない。だってずっと妹か弟が欲しかったから。
『もうすぐ姉になる』とお母様に言われた時は何のことかさっぱりわからなかったが、意味が分かった後からはずっとそわそわしていた。
五歳になってから始めた勉強も一旦中断されたくらい集中力が切れていたらしい。
当主になるための勉強は正直に言うと楽しいものではない。でもお父様だって昔は同じことをしたらしいから頑張るしかない。
生まれてくる子が男の子ならばきっとその子が次期当主だろうけど、もし生まれてくる子が女の子ならきっと長女の私が次期当主になる。だから勉強はしておくに限るのだ。
生まれてきた子は女の子だった。これはつまり私がまだまだ勉強を続けないといけない事を意味する。まあ弟であってもある程度の勉強は続ける気ではあったけど。
もしかしたらこの子が五歳になった時に一緒に勉強をできるかもしれない。私よりも当主として相応しい力をこの子が持っているのならこの子が当主になるでしょうし。
そのことを考えると今からとても楽しみだ。姉妹二人でするお勉強はきっと今よりずっと楽しい。
フランは可愛い。悪魔なのに天使のようにかわいい。
それに羽はとても綺麗。頼りない枝のような骨だけど、そこには七色に光るの宝石のような飾りがついている。
どうやら時期当主候補は私のままらしい。外との交流をするにあたってもフランのような羽では館の威厳が保てないらしい。
そのあたりの難しい事は今の私にはいまいちピンとこないけど、勉強を続けていればいつか分かるときが来るのだろうか。
最近は(というかフランが生まれてからは)毎日夕方起きてすぐと夜が更けてきた頃にお母様のところに行くようにしている。
二回目が夜更けからしか行けないのは勿論勉強があるためだ。フランにいち早く会うために最近は熱心に励むようになったと思う。
だからかお父様も、勉強を教えてくれている使用人もよく褒めてくれるようになった。お姉様になったのだから当り前だ。こんなこともできないとフランに顔向けできない。
「お母様!今日も会いに来たよ!」
私の一番幸せな時間。フランが生まれるまではお母様と話すことろくにもできていなかったし、なによりフランに会うのが楽しい。
私が構ってあげるといつもキャッキャと笑ってくれるのだ。本当に可愛い。
「あら、今日も早かったわね。お勉強はしっかりしてきたの?」
「当たり前でしょ、お母様。お父様から逃げるなんてできないわ」
「それもそうね」
フランがどれだけ泣いていても私が抱いてやるとすぐに泣き止む。お母様たちは『フランドールは本当にレミリアが好きなのね』なんて言っている。
でも生まれたばかり赤子が他者を認識できるはずはないので、そんなのは単なる偶然だと私は考えている。丁度泣き止む時に交代しているだけだと思う。
でもたまにフランが何か考えているんじゃないかと思う時がある。たまに一瞬だけお父様みたいな顔になる事があるのだ。似ているから、というわけではない。真剣に何かを考えているときの表情とそっくりなのだ。一瞬だけなので私の見間違いかもしれないけど。
お母様に聞いた話によるとフランはあまり昼泣きをしないそうだ。そのおかげでとてもよく眠れるらしいが、逆にフランの事が心配になるらしい。
普通の赤子は元気に昼泣きをして寝ている親を困らせるものらしい。
記憶には無いが私もよく泣いてお母様を随分困らせていたみたいだ。
お母様の観察によると、フランが泣くのは特定の条件を満たした時だけらしい。
・お父様の眷属が部屋に入ってくる
・非常に驚く事が起きる
・お腹が空く
の三つらしい。私がいるときは大抵一つ目が原因で泣いている。確かにゾンビのような眷属たちは赤子から見れば相当怖いものに違いない。私も軽くトラウマになっている。
だが眷属と言うのは便利な物で、他の使用人たちと違って意思が無いのだ。だから特定の命令さえすれば絶対に遂行してくれる。
この館でもたくさん雇われているのはそんな理由だろう。
「本当にレミリアはフランドールが好きね。相思相愛だわ」
ソウシソウアイが何の事なのかはわからないが私がフランを好きなのは確か。妹を嫌う姉がこの世界のどこにいるだろうか。少なくともこの館にはいない。
「うん、私はフランが好きよ。だってたった一人の妹だもの。お母様も羨ましいでしょ?」
「えぇえぇ、とても羨ましいわ。レミリアはいいわね~」
お母様は末っ子だったらしい。だから姉の気持ちがわからないのだ。
「だったら私がお母様のお姉様になってあげようか?」
「あら!レミリアが姉なら頼もしいでしょうね」
私の冗談にも付き合ってくれるお母様は大好きだ。厳しいけど私の事を考えてくれているお父様も大好き。可愛い妹のフランの事も勿論大好き。
だからこんな生活がずっと続けばいい。そうすれば毎日楽しいもの。
レミリアのそんな思いとは裏腹に現実とは非情な物である。幸せを構築するのには多くの時間が必要だ。しかしそれを壊すのには時間はかからない。
ほんの一瞬が後の運命を分かつ。なんと悲しい事だろうか。
その日は突然やってきた。フランドールが生まれて早二か月。館の住人の誰もが生活のリズムを取り戻した頃である。
昼間の館に突如として悲鳴が上がる。それは断末魔のようにも聞こえた。
吸血鬼とは耳の良い生き物だ。いくら眠っていたとはいえこの悲鳴なら飛び起きるくらいにはうるさい。当主もレミリアもそれは同じだった。
「おい、お前たち!悲鳴は何処からだ?!」
「恐らく御夫人の部屋からかと。我々も今すぐ向かいますが如何せん情報不足でして………」
そう、悲鳴の下は夫人の部屋であった。
恐ろしき速さで部屋に到着した当主だ見た光景とは…血にまみれ、所々が爆散したように見える死体とその死体の腕のあったであろう付近に落ちている銀製のナイフ。ショックで気を失っている夫人。手を握っているフランドールだった。
夫人が生きていることを確認して一息ついた当主だったが次なる問題が発生している。
一体何故、この使用人と思われる妖怪が夫人とフランドールを襲ったのか。そして何故爆散しているのか。
夫人が気を失ってしまっていることを考えれば使用人をこの状態にしたのはフランドールしかいない。だがこんな生まれて間もない赤子が?
「お母様たちは無事なの?!お父様!」
そこに到着したのはレミリア。彼女も場所を聞いて急いで飛んできたのだ。
「あぁ、二人とも無事だ。しかしこうなった以上仕方あるまい。フランドールを地下に幽閉する。
レミリア、お前にとっては辛いことかもしれん。私だって本当はこんなことをしたくはないのだ。
だがこれはお前のためでありこの子のためだ。この惨状を生み出したのはこの子以外にあり得ない。わかってくれ…レミリア。この子が自身の持つ能力を正しく理解し、制御できるようになれば地下から出すと約束しよう。
だが今はダメだ。制御不能なうえにこの危険な能力だ。次はお前のお母様がこうなってしまうかもしれないんだ。もしかしたらお前かもしれないし私かもしれない。
地下への幽閉。私の勝手な判断だがどうか許してくれ。これしか道は無いのだ」
館のトップからこうも言われてしまってはレミリアでも何も言い返せない。そこに妻への、そして子への愛が見えてしまったから。
「毎日一時間だけ………面会を許可しよう。だがお母様か私と一緒の時だけだ。それでいいか?レミリア」
フランドールの持つ能力は大変危険である。だが他者との関りを完全に絶ってしまえば精神は非常に不安定になってしまう。
それは妖怪にとって最も避けるべき状況だ。だからこそ毎日誰かと会う事は許可するのだ。時間を決めて。
「……分かった。私もっと勉強を頑張るよ。そうしたらきっとフランにも教えてあげられるよね」
時期当主が確実になった今、幼き子は更なる努力を誓う。姉として、妹を救うために。
次話はフランドール視点がメインだと思います
今一番怖いのはサブタイトルのネタが早々に切れそうなこと。次話はまだ大丈夫そうですけど