夜はすなわち吸血鬼の時間
まともに戦えば私だけでは到底太刀打ちできないが、相手が身動きできない状況の場合は偉そうに振る舞える。卑怯だと言われても仕方ないがこのような状態になった以上こちらの作戦勝ちという形になるので、勝者の特権とでも言えば聞こえは良いだろうか。
今はもう日が昇り始めた頃だということでホールに通してある。私自身この館の構造をあまり理解できていないので応接間となるべき部屋が何処なのかわからなかったためだ。檻が邪魔にならないような広い場所ならばどこでもいいか、ということでホールにいるわけである。
因みにフランは既に地下の自室に戻っている。いつまでも上にいることは良くないとのことだ。私はどうすればあの子を地上で生活させられるのだろうか。便利な未來視というわけではない私の能力は何も教えてくれない。
「お前を殺さないと私は言ったな? あれは嘘ではない。お前の館、延いてはお前の領地を奪う気もさらさらない。ただ少しばかり協力してもらおうとね。何、簡単な事だ。西洋の経済はお前が管理しろ。ご存じの通り紅魔館の持つ領土は狭いのでね、大陸側に大きな勢力を持つお前の館が丁度良いのだ。出した利益はそちらにもくれてやる。どうだ?」
うむ、自分で言うのも何だが私ってなんて優しい吸血鬼なのだろうか。普通なら敗者は館や領地さえ勝者に取られる。さらに一方的な力関係が生じるために分け前を貰う事すらできずにただ働き状態になることも多い……と思う。
そんなに他の吸血鬼と関わらないからそのあたりの知識はほとんどない。でもこいつの雰囲気を見る限りでは支配した土地の権利は奪っていたのではないだろうか。
「ッく……如何に魅力的な提案であっても私がそんな物に……」
「断る、と言うのか? 自分の置かれている状況をよく見てみると良い。お前も手下が大事だろう? 素直に受け入れろ。今のお前は人間よりもなお脆い」
「断らせる気が無いではないか。まるで悪魔だな……」
その通り。これは
いくらでも、何とでも言うがいい。こいつが存外情に厚い事は知っている。冷たい仮面で隠した本性を私は知ってしまっている。
お前は結局農夫から僅かばかりの血を採っただけだったのだろう。
お前は街で誰も攫わなかっただろう。
兄を殺めてしまった時の僅かではない後悔も私は知っている。
そして何よりもあんな貧弱なサキュバス一匹を間諜として信頼しきっているところにお前の性格が表れている。仲間は売らない、自らの命を散らすような馬鹿でもないはずだ。
「……しかし負けたのならば致し方あるまい。我が領地への手出しは決してしないと契るならば私もお前たちとは敵対しないと誓おう」
「ならば契約成立だ。自らの血を以てこの紙に署名しろ。なれば絶対の誓いとならん」
私たちこそ悪魔である。その契約は絶対であり何人たりとも破ることは許されない。本来ならば言葉だけでも十分な拘束になる。しかし血を使った契約はより拘束力が強くなるのだ。
破ろうとも思えない程の圧倒的な拘束。恐ろしいほどの罰が生じるはずだ。やったことが無いから知らないけど。
「ふむ、契約をするのは良いのだがな、スカーレット嬢……まずはこの水をどうにかしてくれないことにはどうすることもできぬ」
「あっ……あぁそうだな。しばし待っていろ……美鈴、フランを呼んできて頂戴」
忘れていたが忘れていたとは言えない。……だって普通に話ができていたのだから覚えていなくても仕方ないはずだ。むしろ覚えていた方が不思議だ。うんそうに違いない。
なんて頭の中で色々言い訳をしていたら美鈴がフランを連れて戻ってきたようだ。何故か不機嫌に見えるけどどうしたのだろうか。
「何の用よお姉様。寝てたところを起こされて気分が悪いんだけど」
「あ、あー……フランが作った水の檻を解除してもらいたいな~と思ってね?」
そういえばこの子が私よりかなり早く寝ることを忘れていた。不機嫌なフランはあまり見られないからきちんと記憶に留めておこう、とはいかない。
何せ今のフランの機嫌の悪さはそう言ったおふざけができるような雰囲気ではないのだ。瞳の色が真紅だし今にも突っかかってきそうだ。
「そういう事なら先に言ってよ。ここじゃなくても解除はできるんだしさ。じゃあおやすみ」
「え、えぇおやすみ」
ここでないとできないと思っていたから呼んだのにその必要は全くなかったらしい。寝ているところを起こされた、地下でもできる解除をわざわざ地上でやらされた、となってフランは二重の意味で機嫌が悪くなってしまったらしい。
結局早く寝たかったらしくすぐに戻って行った。それでも檻はきちんと解除されているからこちらも何も言えない。今回に関してはそもそも悪いのは私だしね。
「ほら、契約はこれで良いな? それにしても……フハハハ……いや悪かった。しかし随分と仲の良い姉妹なようで。スカーレット嬢にもあのような一面があったとはなぁ」
「黙っていろ。仲が良いのは偏にあの子が良い子であるからだ。さもなくばお前たち兄弟のようになってもおかしくはなかろうよ」
これは失言だったかもしれない。ドニ・エカルラートもここには何か思うところがあるはずなのだ。それを妹自慢のついでに零してしまうなんて私もまだまだ成長できていないということだ。
今のフランが何処かで変わってしまう可能性も十分にあるから、私もこいつの兄のように殺されてしまうかもしれない。今のままならばまず間違いなくないだろうけど。
「果たしてその通りなのだろうか。兄は嫌な奴だったが決して悪い奴ではなかったはずなのだ。
…………もうこの話は終わりにするか。して、スカーレット嬢はそちらの富を奪っていた私に経済を管理しろと言うことだ。契約が為されたがゆえに以前のような事は起こり得ないが何故私に任せようと思ったのだ?」
「愚問だな。領地が広いというのはそれだけで大きな利点となる。大きな勢力からの報復を恐れれば裏切りが出にくい。しかも私たちの館よりはかなり市場に手が出しやすいだろう。理由らしい理由などこれくらいだ。既に契った身だ。まさか裏切るような事はあるまい?」
根から腐っているような奴ならばたとえ裏切らないと誓ったとしても任せるようなことは無いだろう。そもそも生かす価値もないような下種ならば直ちに殺している。
このドニ・エカルラートが死んでいないという事はすなわちそういう事なのだ。少し前までの敵に任せるリスクよりもリターンの方が大きいと見た私の勘だ。西洋一の勢力とも言えるエカルラート家がついているとなればこの辺りの町も多少は安全になる。
人間は知らないだろうが、妖怪同士の噂はとても速く伝わる。根も葉もないうわさ話である時もあるが大抵は大きくずれていることも無い。エカルラート家がスカーレット家と協力関係になったと噂が拡がれば近隣の町の被害は大幅に減るだろう。
そういった意味でも巨大勢力を味方につけることのリターンは得られる。今こいつに言ったことはこのような理由の建前である。
「まあその通りだな。実際にどのような事をすれば良いのかという話に移る前に一睡しても良いだろうか……私の棺桶が無くても問題はない。暗くて狭い場所ならば大抵どこでも寝られる」
もしかすると子供の頃はそういう風に寝ざるを得なかったのかもしれない。子供時代なんて棺桶一つで二人くらいは寝られるだろうし。
この館ではそもそも部屋が全然別の場所にあったから一人一棺桶だったけど。
「では今夕から話を始めようか。場所は適当に見つけてくれ」
普段ならまだ寝るような時間ではないがどうせなので私も寝ることにする。敵がたくさんいる状況で眠るのはあまり気が進まないけど仕方ない。
主がああなったから何もされないとは思うけど。一応美鈴には部屋の前を警戒させておこうかな。美鈴がいつ寝ているのかは全然知らないが、今は眠る気配もないのでそれくらいは良いだろう。
悪いだけの敵を作りがちになる癖を治したかったのです。ただのかませ犬ならばそれでもいいんですけど、そのキャラに魅力が生まれないと思っています
昨日の敵は今日の友。どことなく東方的でしょうか
内容と深さは比べ物になりませんが
スカーレット嬢に対してエカルラートをなんと呼ばせるか迷います