エカルラート卿に市場の管理を任せてしまったのでまたまたやることが無くなってしまった。当主としての第一の仕事は微妙な感じで終わってしまったことになる。
途中美鈴を勧誘したところまでは順調に進んでいたのだが、そこから先は酷いものだったと言わざるを得ない。
収入総額などの管理を使用人たちに丸投げしてしまったせいで起こった思わぬ裏切り。思わぬ間諜の存在が発覚し、大陸側の大勢力と争うまでの事態に発展してしまった。結局精神を削って勝利したということにはなっているが、私個人は敗北しなかっただけだとしか考えていない。
実力で勝っていないのに勝利を誇るなど私の矜持が許さない。今はまだ負けなかった者だが、いつかあいつよりも強くなって勝った者になってみせる。
そのために今私がすべきことは強くなる事。当主としてこの館を切り盛りすることも大切だが、何よりもまずは館の者を護れなければならない。弱い者には誰も従わない。強者であることはそれだけで大きな意味を持つのだ。
ということであれ以来は美鈴に更なる稽古をつけてもらっている。それまでもしてはいたのだが、如何せん実戦向けではなかった。基本的な力の使い方や簡単な体術くらいのものだったし。
より実戦向けの稽古もつけてくれ、と言った時も美鈴はかなり渋っていたような気がする。曰く
『基礎があってこその応用、基礎を疎かにすれば後の実戦にも響いてくる』
とても非効率な方法だが手っ取り早く強くなる方法はあるらしい。応用であるはずの戦闘術を学んで身に付けてから基礎を学びなおす方法だ。先に薄い基礎の上に応用として実践で使うような戦い方を学んだうえで、より効率的に運用するために基礎で補完するという。
聞けば聞くほど非効率なやり方だが、私としては一刻も早く強くなりたいのだ。強くなれば館が変わる。強くなればそれだけ世界に抗える。
望まない未来を排除して望ましい未来を掴むために、理をひっくり返すために力をつけるのは最優先事項なのだ。
だから美鈴に無理を言って応用を教えてもらっている。
しかし流石は長年生きてきたというだけはある。あれからまだ十年程度しか経っていないにも拘わらず、美鈴の教えによって私の実力は跳ね上がった。今ならば勝てなくともエカルラート卿ともう少しまともな戦いができそうな気がする。
「今日もご苦労だったわね。今夜も手合わせ、願えるかしら?」
「あ~、今日は無理だね。先客がいるから。食事の後だけどレミリアも一緒にいるかい?」
先客として考えられるのはフランくらいだ。食事の時は変わらず地下に行くようにしているのでその後も残るか否かを聞いているのだろう。別に断る理由もないので頷いておく。
フランはずっと基礎の構築をしているらしい。そもそも戦いに出てくることが少ないうえに、不利になっても一発逆転できる能力を持っているので私よりも丁寧に力をつけることができるからだろう。
「そうか。まあ私としてはレミリアがフランちゃんの相手をしてくれても良いと思っているんだけどねぇ……レミリアは魔法の勉強でもするのかい?」
「えぇ。幸い適性が無いわけではないみたいだから。少なくとも美鈴よりはね」
魔法の勉強自体はかなり昔からしているが今思えばあの時は愚かでしかなかった。簡単な魔法だと思って練習していた物が実は応用技だったことはつい最近知ったことだ。
魔法は戦闘のように感覚だけで身に付くものではない。ある程度の知識と魔力の運用方法が自分の中で確立されていなければ、ただ魔力を垂れ流すだけの無駄な作業になってしまう。我々魔族は魔力が生命線である。そんなことをしてしまえば最悪死んでしまうのだ。
それを知ってからは基礎からやり直している。今のところ魔法はあまり戦闘に使うこともないので基礎から練習するだけの時間がある。
「当たり前だね。私は魔法なんて全く理解できないから。そもそも東の方には魔法とはまた違った術が発展しているからねぇ。魔法というもの自体こちらに来て初めて目の当たりにしたくらいさ」
東の方には陰陽思想なるものの下でその者との相性や性質などを見極められるらしい。こちらからすればその方が良く分からないのだが、美鈴にとっては魔法の方が理解しにくいんだとか。
どちらの方が便利、だとかどちらの方が優れている、と言うのは難しい。どちらも極めなければそれを比較できないだろうからだ。
それができれば究極の術者になれるはずだが、そもそも物が違いすぎる気がするのでやはり無理だろう。オリエントの文化に明るいフランにも陰陽の考え方は難しいらしいし。
「ま、そんなことは後でも話せるから早く地下に向かおうか。早くしないと折角の料理が冷めてしまうからね」
どうせ冷めても魔法で温められるんだけど。フランは朝食の時はそうしているらしい。でもやはり出来たての温かさとは別物であるようだ。料理が全体的に温まっているのと皿まで熱々になっているものとの差なのだろうか。
地下の迷宮も私たち二人とフランだけは迷わないようになっている。ちなみにフランによると知らぬ者でも永遠に迷うような事は無いらしい。迷い込んだ者が死まで見えてくるころになれば、その魔力の消耗を検知して出口の光が現れるらしい。
相手を死の直前になるまで彷徨わせるなんてなかなかの悪魔っぷりである。それでも一応出られるだけの魔力を残している状態で出口を出現させるのは彼女の優しさなのだろうか。
地下部屋の扉が開くとフランはいつものように本を読んでいた。魔法の本ではなく基本的な教養を身に付ける勉強の本。私はもう既に読んで頭に入れた物であるし、フランも昔一度読んでいるのを見た気がするが……何度も見直して勉強するほど熱心なようだ。
そういえばついこの前読んでいた本も昔読んでいた本だった気がする。物語などは二度目で違った感想が出てくることもあるが、勉強の本など何度読んでも得られる物は同じではないだろうか。
「おーいフランちゃん、食事だよ」
「……え? あれ本当だ、もうそんな時間だったんだね」
確認しないのに手元に砂時計を置いている理由は何なのだろうか。寝る時間と起きる時間を確認するためならば棺桶の傍においてけばいいと思うのだが。
相変わらず私たちが入って声をかけた後も返事にしばらく間が空くし。聞こえていないわけではないから別に構わないが、あれをブツブツ呟きながら読み、なおかつこちらの声が瞬時に耳に入らないほど集中しているなんて……ちょっと不思議である。
そもそも今まで私が見てきた限りフランの頭ならばあんなもの集中するまでもなくスラスラ読めると思うのだ。もしや表紙だけ変えて中身をそっくり入れ替えた魔導書だったりするのだろうか。
「いつもいつもそんなに集中して本を読めるなんて凄いねぇ。私は本を読むのは苦手だから尊敬してしまうよ」
「ふっふっふ、私は主人なんだからもっと尊敬してくれてもいいんだよ?」
フランと美鈴が茶番をしている間に中を盗み見てみたがどうやら何の変哲もない算術書だった。やはり魔導書などではなく、ピタゴラスの定理やらなんやらが書いてある易しい算術入門書のようなものである。
何か特定の魔力を与えれば中身が変化するタイプの魔導書に変わっている可能性はある。フランの部屋を見渡せばそこかしこに魔法が使われた物が置いてあるのがわかるからだ。
かなり前に作られた砂時計や勝手に開く扉を始め、本棚も見た目以上に中身が詰まっているし、寒い地下を暖めるための箱も置かれている。そもそも地下全体がフランの魔法で改造されている。
私の知らない魔法も多くあるが、その多くは基本的な物を少し応用しただけだという。恐らくそれは魔法の勉強をずっと昔から続けていたフランから見ての意見だろう。私がこの応用段階に到達できるのはまだまだ先のような気がする。
総合的な戦闘能力でみればレミリアの方がフランよりも強いです
絶対的な経験が段違いですから、能力発動前に右手切り落とすくらいはできそう