あまりにも忙しかった毎日から抜け出すためにフランから提案されたことは、思い切って仕事を減らすこと。家の富ばかりに目をつけて様々な事に手を出し過ぎていたから、少しでも負担を軽減するために手を引くべきだということだ。
それは私だって初めに考えた対策法だろう。でも何処かでそれを許せない自分がいた。
私がしなければ誰がするというのだ。
家の事は家長が取り仕切らねばならない。現当主である私が館を動かす資金繰りを行わねばならない。食べる物や着る物を得るにも、館を回す者を雇うにも、私がどうにか工面しなければならないと一人考え込んでしまっていたのだ。
そんな私を見るに見かねた美鈴がフランと一緒に考えてくれたらしい。できた娘たちだよ。本当に私にはもったいないくらいに。
館で働いている者たち、館に忠誠を誓っている者たちは私に対して物申すことも無ければ助言をくれるわけでもない。彼らにとっては館が回り、私が倒れでもしなければ何も問題はないのだろう。当然私を粗末に扱っている、というわけではない。ただ
それに対して私との距離がかなり近い美鈴やフランは私個人を見ている。どちらが正しい、正しくないではない。取るべき態度を考慮すればどちらでも正しい。
それでも館の当主は概念ではなく実在する私なので、私にとっては後者の方が嬉しい。この館で働きながらも私の友人と言った方が近い美鈴と私の唯一人の肉親であるフラン。この二人ならば立場を考慮に入れずに私を気遣ってくれるのだ。
結局あの日は私が寝るまで地上に帰さない、とフランが言い張ったので仕方なく地下で寝ることになった。当然だが私の
フランがこういった提案をしてくることは今まで無かったし、よく考えてみれば一度も一緒に寝たことが無かったので承諾した。二人で入るには少しばかり窮屈だったが、それでも大人になっても使えるであろう大きさの棺桶。まだまだ子供な私たちが寝る分には困らなかった。
まだまだ幼い頃にお母様とは寝ていたはずだが、誰かと一緒に寝るなど記憶にある限りでは初めての事だ。妹だと分かっていても少し緊張してしまったのは仕方のない事だと思う。身内びいきを抜きにしてもフランは可愛い子だ。
寝顔を直視しないように背を向けて考え事をしていたらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。目覚めるとフランは既にいなくなっていたし、傍のテーブルの上にはまだ湯気の立っている夕食と共に置手紙と時計まで置かれていた。
あの時に置かれていた手紙はフランの中では破棄する想定だったのだろうが、私は今でも大切に保管している。あの子からの直筆の書き物など今の今まで受け取ったことが無かったような気がするからだ。単なる記念として残してある。
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置いてある時計はお姉様のために作った物だから持って帰っていいよ。いらなかったら放っておいて。動力は魔力だから狂わないし止まらない自信作なんだ。
図書館にいるから何かあったら来てね。
それと夕食は美鈴が作ってくれたものだから残さず食べてね。少しでも残したら美鈴からのこわーいお仕置きがあるらしいよ。
今夜も頑張って!
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途中でインクが切れかかったのだろうかとも思えるほど字が薄くなっているが、いつ見てもなんとも可愛らしい置き手紙だ。
時計は当然いただいておいた。フランは自分用に砂時計を持っていたはずなので、これは完全に私のためを思って作られた物なのだろう。砂時計よりも直感的に理解しやすい針がついた時計だ。盤面の数字も少し歪だし彼女の手書きなのだろうか。
この時計を貰ってからもう二年ほどになるが、壊れる様子も無ければ狂っている気もしない。魔力は私の物を使っているらしい、というところは分かっている。目覚ましと睡眠へ誘うという優秀な二つの機能がついているからだ。
これに気づいたのは貰ってしばらく経ってからだ。どうにも床に就くに相応しい時間に時計に触れることで、少しの間ハープのような音が流れるようになっているのだ。そして夕方になるとけたたましくない程度にうるさい音が出て起こしてくれる仕組みになっている。
就寝するべき時間も起床するべき時間もどちらもフランが設定したものであろうが、あくまでも音を鳴らしているのは私の魔力によるものだ。
試しに触れずに寝たことがあったが、その時には音楽も鳴らなければ起床時の音も出なかった。
夜の間に時計に触れる事が引き金になっているらしいが、その時に取り込まれる魔力は微々たるものである上に、魔力は時間経過で回復してしまうので全く感じ取れない。
故に私には何の不都合も無く時計は動き続けるというわけだ。ありがたいものである。
そんな考え事にふけっていると自室の扉がノックされる音が聞こえた。執事長か誰かだろう。
「お嬢様、客人がお見えになりましたが」
馬鹿な。
確かに今夜少しばかり話し合いたいことがあると相手を招待したのは私だ。それでもまだこの時計が指しているのは11時過ぎ。約束の時間は
それでも出られないことは無いので部屋を出て食堂に向かう。何故か客をもてなす時は(客なんて一人しかいないが)客間ではなく食堂を使っている。こちらの方がもてなしの料理も出せて一石二鳥なのだ。客間は今のところただの空き部屋になっている。
「ご機嫌麗しゅうレミリア嬢。招きにあずかり光栄だね」
「ああご機嫌よう。それにしてもエカルラート卿よ、少しばかり早く来たという自覚は?」
「もちろんある。美鈴嬢にも同じことを言われたからな」
確信犯じゃないか。でも時計が狂っているわけでは無くて少し安心したのは秘密だ。それにしてもエカルラート卿が時間を間違えるとは考えにくい。こう見えて結構律義だから。
「本当はもう少しロンドンの町を観光しようと思っていたのだがな……少し気になる話が耳に入ってきたのでね。急いでこちらに来たというわけだ」
「気になる話、とな? 想像もつかんな」
そもそもロンドンはこの館から少し離れている。それでもイギリス王国の最大勢力がスカーレット家であるから支配下ではあるのだが。
「うむ。何やらスカーレット家の勢力が弱まっているとかなんとか。人間同士の噂などあてにならぬものだが…………本当なのか?」
「ふっはははっ……なんだ、そんなことか。まあ間違ってはいないよ。近頃は意図的に領地を減らしているんだよ。ここからでは北の方や西の方は管理しにくいからね。他の勢力に譲ってやっているのさ」
これもフランから提案された私の仕事を減らす活動の一環だ。領地が広ければ、それだけで付き合わねばならない人間や魔物も多くなる。性格も様々な奴らをまとめる程精神に余裕はないので、他の勢力にその管理を任せているのだ。
勿論領地をくれてやった相手とは協力関係になる。相手もスカーレット家と対立はしたくないだろうから案外都合が良いのだ。
「馬鹿な。領地とは力の象徴。それを譲渡するなど正気とは思えない」
「私が狙っているのはそれさ。誰にとっても土地がもらえるのは良い事だろう。自分の家の力が強まったことの証にもなるのだからな。しかし実力が伴っていなければどうだ? 運が良ければそのまま存続し続けるだろう。だが大抵はそう上手くいかないさ」
かつて人間やエカルラート卿がここを攻めて来たように、力のある者のところには力のある者が攻め込んで来る。何故か。領地を奪うためだ。
「領地が広いということはそれだけ外敵が増えることにもなる。外だけではない。内にいる人間からの蜂起の懸念もまた増すことになる」
人間は厄介な生き物だ。単体では怯えて何もできないくせに、集団になると急に気が大きくなる。大いなる力に簡単には恐れなくなってしまうのだ。
また人間は勝手な生き物でもある。平和が長く続けばすぐに戦を起こしたがる。被支配であるからこそ平和であるのに、自らその平和を壊そうと画策しだすのだ。
まだ生まれて六十年。それでも人間の扱いは並みの吸血鬼以上に上手い自信がある。人間ともかなり深く付き合った結果だ。付き合いは狭く、深くの方がやりやすい。
「分かるか? 領地を与えられただけの弱者は勝手に滅んでいく運命にあるのだ」
それでなくとも領地が増えれば強くなった気になってしまう。慢心した弱者ほど崩されやすい者はいないし崩しやすい者もいない。
海を挟んだ大陸側はエカルラート家の領地であり、こちらの王国ではスカーレットが最大勢力なのだ。結果的に領地を分け与えることは慢心した者たちが崩し合うことに繋がり、この王国におけるスカーレット一強を助長することになるのだ。
「くっくっく……百年もすればこちらにいる吸血鬼一家はスカーレットだけになっているかもしれないねぇ」
仕事を減らせて敵対勢力も潰せる。我ながら完璧な策だ。
「光栄だね」と打とうとしたときに「光栄だべ」になって急に全身の力が抜けた
遅くなった理由とは一切の関係がありません
ああ純粋だったころのレミリアはどこへ