「そのカリスマで私を救ってよ、お姉様」   作:小鈴ともえ

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というかまた前話の投稿時間ミスしてましたね


天空のグリニッジ

 エカルラート卿がこの館に来ることは案外多いがその逆はかなり少ない。実際にもう初めて会った時から七十年以上が経っているが、あちらが訪ねてきたのは二十を数える。逆に私がフランスを訪ねたのは片手の指でも足りるほどだ。

 有している領地も力もあちらの方が数段上だというのに自分の土地を離れる機会はあちらの方が多いとはこれ如何に。

 

 勢力が強いからこそ当主の代わりになれる存在が多くいるのかもしれないけど。それにしても危機感が無さ過ぎるというかなんというか。

 自分の代わりになれるやつが多いという事は当主交代が起こる可能性も高くなるということなのに何とも暢気な吸血鬼である。私よりもかなり長く生きているからこそ、そのようなことは起こらないのだという根拠があるのかもしれないけれど。

 

 今夜もまたこちらにやって来た。と言っても前回からは十五年近くも経っているように思うから案外久しぶりである。おそらく人間側の世代交代を考慮して時間を空けたのだろう。

 私たちと違って人間は十数年から数十年で各勢力の長が軒並み入れ替わってしまう。直接会う事は無いが文面でのやり取りくらいはしなければならない。この十五年はそのような新しい町長や村長たちの人となりを見るための期間だったと言えよう。

 

 正直に言えば人間との交渉なんてかなり面倒な事なのだが、これもゆくゆくはこの館、紅魔館のためとなるのだと思えば人間の鬱陶しさも幾分かマシになる。

 

 因みにこの館は正式に紅魔館と名付けられることになった。美鈴よりもフランの方がこの名前を気に入っていたのは意外だった。

 あの子からしてみれば館の名前など無くても困らないものだとばかり思っていたが、別の候補も考えようと言った時には真っ向から反対されてしまった。ま、あの子が気に入ってくれたのならば何でも構わないのだが。

 

 人間が勝手に名付けたものだが紅魔館の悪魔、なんてなかなか悪くない異名じゃなかろうか。美鈴やフランの事は人間には知られていないようだ。その昔は人間がこの館に攻め込んで来ることもあったが、友好関係を結んでからはそんなことも無くなった。

 

 フランに関する記憶を持っていた者もとうに死んでしまっている。誰かに伝えることもおぞましいと思ったのだろうか。結局誰にも伝えられずにフランの存在は隠されることになった。

 私としてはそちらの方が都合が良い。下手に刺激されたら私の手に負えなくなる可能性も非常に高い。能力を無差別に使うような事態にはなったことが無いが、ただ過去に無かったからと言って油断することはできない。

 フランの存在は明るみに出ない方が良いのだ。私にとっても彼らにとっても。

 

 

「お久しぶりだね、レミリア嬢。お変わりないようで安心したよ」

 

 そうこうしているうちにエカルラート卿がやって来た。いつも通りだが時間通りに来てくれるのは有難い限りだ。それまでに用を済ませておけば待つ時間も無く、焦る必要も無い。少々狂気じみていても律義なのはそれだけで助かるのだ。

 

「久しぶりだな、エカルラート卿。そちらこそ何ら変わりないようだ。それで、今日はいったいどんな用で来たんだ?」

「いや何、私もそうだがレミリア嬢もなかなか大変だったろうと思ってね。久々の観光も悪くないんじゃないかと思った次第だ。どうだろうか?」

 

 なるほど。確かにここ数年はなかなかに大変だった。主に人間との付き合いだけど。人間好きな美鈴も手伝ってくれればもっと楽になるはずなのに。

 私ではあくまでも事務的な経験に基づいた交流しかできない。心理的には私と人間とでかなり距離があると思う。道具とみるならばそれで良いのだろうが、それがあまりにも露骨になればまた何か面倒な反乱を起こされるかもしれない。

 近すぎず、遠すぎない。そんな距離の取り方は私よりも美鈴の方が何倍も上手いのが現実だ。あの子を誘い入れるときもそう言って説得したはずなのだが。

 

「聞いているかい? そんなに深く考えずとも良いのだが。嫌ならば断わってくれても構わないしな」

「ああ悪かった。少しばかり考え事をしていたよ。……まぁたまには気分転換も悪くないかもしれん。美鈴、行ってきてもいいか?」

 

 自分の領地ではあるが観光というほどよく見たことは無かった。エカルラート卿はこちらに来るときに偶に見て回っているようだしそれについて聞くのも悪くない。

 

「私はレミリアの保護者じゃあないんだ。立場で言えばレミリアの方が高いんだし自分の事は自分で決めればいい。エカルラート様に限ってレミリアに何かするとは思わないから尚更だ」

 

 ただし…………

 そう言って今度はエカルラート卿の方を向く美鈴。まあ私に手を出せば許しはしない、というある種決まり文句のようなものだ。

 エカルラート卿が美鈴の迫力に押されているうちは安心というわけである。つまり未来永劫、だろうか。美鈴のように静かに怒る者の方がうるさく騒ぎ立てる者よりもよほど怖い。

 

 何はともあれ美鈴の許可が下りたのならば出かけない理由はない。許可も何も無かった気がするがとりあえず私の中ではあれは許可。私と美鈴では精神年齢が段違いだからどうしても聞きたくなってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして夜の街に繰り出したわけだが、当然人間は寝静まっているので真っ暗で不気味なほどに静かだ。稀に灯りの点いている家もあるがどうせ翌日の仕込みをしている店主やらだろう。じきに寝てしまうに違いない。

 その灯りも蝋燭のものなのだろう。薄暗い上に仄かに揺らいでいるのがわかる。人間も魔法を容認すれば紅魔館のように夜でも常に明るい状態ができるというのに。こういうところに関しては頑固で愚かだと思わざるを得ない。

 

「この街はあまり変わらないね。やはり指導者が変わっても本質は変わらないということか」

「新しい指導者と言っても所詮は先代の意思を受け継いでそつなくこなすだけだからな。そりゃすぐには変わらないさ。見上げた意思を持ったような奴が出て来ればまた別なのだろうがな。とにかく人間は安定を求めるものだ。なかなか出ては来ないだろうよ」

 

 あるいは出てきても頭角を現す前に同じ人間に潰されるのがおちだ。

 力こそ正義を謳う奴さえも本当に力を持つ人間は排除するのだから意味が分からない。自分たちを守ってくれる、紅魔館でいう美鈴のような存在でも多勢に無勢で押しつぶされてしまう現状。過ぎない程度になら人間同士で潰し合うのは大歓迎だけど。

 

「それにしてもやはり綺麗な街だな。レミリア嬢が何か指示でもしているのかい?」

「いや、何も。人間の好きにさせているだけさ。私は私好みな街を作りたいわけではないからな。適度に放置している方が人間も大人しい」

 

 私たちにとっては恐怖によって人間を支配することも容易い事ではある。だがそれにいったい何の意味があろうか。弾圧すればするほどその苛立ちへの捌け口が無くなって暴走してしまう。

 あくまでも自由に生かす。もう家族がやられるところなど見たくない。当主としてそうさせてはならないのだ。人間の好きなようにさせる。放任と言えば聞こえは良いかもしれないが、実際にしてるのは放置でしかないと自覚してはいる。やめる気はないが。

 エカルラート卿もそのあたりのことは分かっているのだろう。何せ私とは当主としての経験も違う、お父様たちと同年代の吸血鬼なわけだし。

 

 

 その後は特に会話も無く、遥か上空から街の全容を眺めている。この街は冬の殊更寒い朝には視界が無くなるほどの霧が出るらしい。

 それが人間の法螺なのか真実なのかはさておき、もしその霧が血のように鮮やかな色をしていれば、あるいは吸血鬼の力の象徴として太陽光さえ遮るかもしれない。面白いがそのような事は起こるはずもない。幸い白と言うのは染めやすい色ではあるのだが。

 

 いずれにせよ私たちがその霧を見る事はかなわないだろう。朝に外に出るなど自殺以外の何物でもない。それに寒いのはあまり好きではない。

 

「そろそろ日が昇りそうだな。一日泊っていくか?」

 

 随分長いこと空にいたようだ。もう東の空が白み始めている。いくら大人の吸血鬼でも日が出る前にここから海を渡るのは不可能。選択肢などあってないようなものだが形式上聞いておく。

 返事はやはり聞くまでもなかった。当然だわな。

 

「そういえばフランドール嬢は元気なのかね?」

「ああ……だが何故唐突にそのようなことを?」

「いや何、彼女とは話したことも無いからね。一泊させてもらうならば少しでも話を、と思った次第だ」

「それは駄目……いや無理だ。不可能だ。昔見ただろう? 感じただろう? あの子は私たち以外には心を開かない。元気だが、それゆえに危険な子でもある」

 

 ほとんどは嘘。それでも他人をフランに会わせるわけにはいかない。あの子が危険な状態になるときが未だによくわかっていないからだ。私たちが危機に陥ったらほぼ間違いなくあの状態になる事は分かっている。

 だがその他がいまいち分からないのだ。数日に一回程度と言う頻度で、特に何も無いにも拘らずああなるときがある。周期的ですらない上に時間もまちまちなので全く読めないのだ。

 

 もし急な事でエカルラート卿に怪我を負わせたという事があちらに知られてしまえば紅魔館側に勝ち目はない。かなり領地を削ったせいで戦力になる見方が異常に少ないからだ。

 だから間違ってもフランには会わせない。破壊の力は単純な実力の差を埋めてしまう。ここは少しでも脅して引いてもらうよりほかない。

 

 今日だけは美鈴を門前ではなくフランの部屋の前に配置しておくか。




「霧のロンドン」の霧が主に自然発生の霧の事ではないと知った時の衝撃はもう相当のものでした
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